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atelier arc-en-ciel アトリエ アルカンシエル  作者: 諏我一涙
第一歩は踏み出した
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side.O 2話 藍色と緋色

あいつ等と出会う前だって俺は楽しく作曲してたはずなんだ…なんだが、いまとなってはもう、あいつ等と出会っていない自分は思い出せないし、想像し難い。

きっと、出会ってしまったが最後。俺の人生はあいつ等と共に在る。この先もずっと….



「わぁ! びっくりした…橋真(はしま)さん、どうしたんですか? こんなとこで。今日打ち合わせじゃなかったでした?」

 ひいちゃんが躍るように動いていた指を止め、ジャバラの空気を抜きながら俺を見る。

「俺も驚いた! 打ち合わせ終えた帰りにちょっと散歩してたら、公園からアコーディオンの音が聴こえたからつられて来たんだ」

「お疲れ様です。時々、人気のない場所とか時間帯を狙って外で弾いてるんです」

「そうか、ひいちゃんも音楽やってるんだな? 知らなかった」

「やってる、ていうか、昔ちょっと勉強してて、いまでもちょっと音が出せるってその程度のことです」

 そう言って、伏し目がちになったひいちゃんはいまにも泣き出しそうに俺の眼に映ったけれど、アコーディオンを撫でる手から、その自分の楽器を音楽を大切に想っていることが伝わる。

「『ちょっと音が出せる』って、そんなレベルじゃないだろ⁈ ひいちゃんって元プロの奏者なのか? いや、現役って言われても信じる」

 俺は唯々もの凄い音を持った人に出会えて興奮していた。

「あ、いや、そんな…褒めて貰えてるのだとすれば嬉しいです。でも…私はプロの奏者とか凄いものじゃない、です」

「いやでも、その音。音楽学校は行ってたんだろ?」

 ひいちゃんが困惑しているのにも気付けない程に…

「……学校は小学校から音楽科でした」

「小学校から? ガチじゃん? 俺なんか中学からだぞ? 専攻はずっとアコなのか? それ結構年期入ってそうだよな?」

「4歳の頃からピアノ教室に通い始めて、小学校の入試はピアノ専攻で受けました。アコは入学してから出会った楽器で、最初は第二楽器として勉強してたんです。中等部への内部進学試験のときにピアノを第二、アコを第一に入れ替えて受けて、この子は中等部に上がってすぐに学内のローンで買ったのでもう人生の約半分は一緒に居ます」

「そうか…大学は? いや、院? 何でプロに進まなかったんだ? その腕があれば幾らだって道はあっただろ?」

「いえ、そんなことは……私の音を橋真さんみたいに評価してくれる人はほとんど居なかったですし、コンクールも苦手だったんで、全然。音大付属の高校ではありましたけれど、私の最終学歴は専門学校。しかも文化文芸。元図書館司書です」

「そう、だったんだ? あ! ひいちゃんが音楽学校卒ってことは、藍も?」

「そうです。藍の場合はピアノからのベースですが、高1の夏にあいつがフランスに発つまでは4歳から毎日一緒に弾いてました」

「へぇ……藍もひいちゃんみたいに時々弾くのかな?」

「どう、ですかね……でも、少なくとも私と違って、藍の腕は本物です。あいつの音は超絶格好良くて、聴き惚れる。大好きでした」

 少し遠くを見るひいちゃんの横顔は、淋し気で悲し気で、それでいて嬉し気で楽し気だった。俺も藍のベースを聴いてみたいと思った。藍とひいちゃん、二人が自分の音を相手のそれに重ねたらどんな音楽になるのだろう。二人で奏でる音楽を聴いてみたいと思った。そんな幸福な光景を見たいと思った。



 ひいちゃんのアコーディオンを聴いたあの瞬間、俺のモヤモヤは晴れ、見えたものがある。俺がいまやりたいこと、俺が作りたい音楽がそこにある。

 俺は、夜勤に出て行ったひいちゃんと入れ違いに帰って来た藍を捕まえ、隣の自分の部屋に移動する。ここにはピアノや作曲に必要な機材が所狭しと並んでいる。

「さっき、ひいちゃんが人気のない公園でアコーディオン弾いてるところに偶然通り掛かってな。藍とひいちゃんが音楽学校卒だって聞いたんだ」

「あいつのアコ、聴いたんですか? どうでした? 度肝抜かれませんでした? 緋色の音は1音1音が生きてて自由で唯一無二だから、耳を心を感情を揺さぶられるんですよね……あぁ、俺も聴きたかったな…」 

「確かに、圧倒的な技術と表現力には驚いた。あんな音を出す奏者には初めて会ったな」

「ですよね? 本当、凄いんです、あいつ。4歳の頃には既に天才でした」

 藍の眼は、公園で見たひいちゃんのそれと同じだ。

「ひいちゃんは、自分はちょっと音が出せる程度だって言ってたけどな。で、自分とは違って藍は本物の腕を持ってるって言ってた。藍の音は超絶格好良くて聴き惚れるって、大好きだって」

「昔、二人で弾いてたときは、緋色、そんなようなこと言ってくれてましたね。でも、俺の腕は秀でていたわけではないですし、高1の夏、日本を出て以来、弾いてないんですよ」

「もう手元にないのか?」

「当時弾いてたのは、売り払ってから日本を出たのでもうないです。でも、フランスで同じものを買い直しちゃって…」

「また弾いてみる気はないか?」

「いや、でも……」

 言い淀む藍に俺は一旦詫びを入れる。話す順序を間違えたかも知れない。

 二人に相談事があると伝え、俺がバーチャルパーク用に作りたい曲の件を切り出す。

「七人で演奏と歌唱をしたいと思ってるんだ。で、全員が賛成してくれたら、他の四人に演奏を教えるの、藍とひいちゃんにも手伝って貰えないかと思って」

 意を決して言葉にしてみた。

「それはアトリエ アルカンシエルのテーマ曲みたいなことですか?」

「そういうつもりで作りたいと思ってる」

 藍は俺の話を真剣に聴き、七人でやりたいという俺のアイデア自体は肯定してくれた上で、少し考える時間を下さいと結んだ。


 藍が賛成の返事をくれたのは数日後だった。

 すぐさま七人会議の招集を掛け、全員に俺の意向を伝える。

 碧、紫来、アオ、ダイの四人が口々に面白そうだと言ってくれ、安堵した瞬間、想定外に待ったが掛かった。

「藍、もう一度ベース弾くことにしたの?」

 その顔はとても真剣で声は硬質で、俺が初めて見るひいちゃんだ。

「緋色は? 他者に聴いて貰うことを前提に、お前もまた弾くんだろ? アコ。緋色と奏でられるなら俺だってまた弾きたいよ」

「そっか」

ひいちゃんは口を閉じ、口角を上げ目尻を下げた。

(え? いま…)

ほんの一瞬だった。ひいちゃんが泣いているように見えた。

藍はその顔に気付いただろうか?

 俺の提案は全会一致で可決となった。

 と同時に、藍とひいちゃんの間にある溝と二人が抱える傷を垣間見た気がした。

 けれど、俺も他の四人も突っ込んで訊くことはしなかった。先ずは二人が二人の間で話し合うべきことだと察したからだ。

 ひいちゃんが重くなった空気を詫びると、続いて藍がざっと自分達が音楽学校に通っていたことを全く事情を知らない四人に向けて説明した。

 その後、仕切り直すべく俺は努めて明るい声で訊く。

「藍とひいちゃんはベースとアコーディオンだとして、他の四人は何がいい? 取り敢えず何でもいいから希望言ってみて」

「何でもいいなら、俺、チェロやってみたかったんだよね」

 最初に口を開いたのはアオだ。次に紫来。

「俺はヴァイオリンに憧れるな」

 ダイが遠慮がちに、

「俺、ドラムに興味があって…」

 こんなとき真っ先に手を挙げそうな碧が黙っている。

 俺から振ってみると、珍しく真剣に悩んでいる様子だ。

「うーん、俺はね…女の子にモテそうなのがいい」

 流石、碧。

「じゃ、お前は何でもいいってことな? 俺が決める。ギター」

「何か決め方雑じゃない? ギター、本当にモテる?」

 他の楽器とのバランスだけで即答すると碧からやや疑いの眼を向けられるが、ここは完全スルーでいこう。

「一応訊く。アオ、紫来、ダイ、碧、自力でいけそうか? バーチャルパークに音を入れるのを最後の作業に回したとして、マスターまでの目標日数は…1か月ってとこか? 各々の担当の作業ペースにも依ると思うけど」

「無理」

 即答で四人の声が揃う。

「藍、ひいちゃん、演奏出来る楽器何種類くらいあるか教えてくれ。いま挙がった中で出来るのあるか?」

「緋色は何でもいけますよ。俺はギターなら一応」

「何で藍が私のことを答えるの? 橋真さん、私も一応のレベルですよ?」

「よし、分かった。取り敢えず、いま挙がった楽器で考えてみる。続報を待て。藍とひいちゃんは後で俺の仕事部屋の方、来てくれ」

 


藍とひいちゃんがそれぞれベースとアコーディオンを背負い連れだって出掛けて行ったのは七人会議の翌日、人気(ひとけ)が少なくなる夕方だった。

「きぃちゃん、いまのってもしかして…」

「あぁ、そうだろうな」

「きぃさん、ひいちゃん一人のときは世田谷公園だったって言ってましたよね?」

「だな」

「これはやっぱり、行っとく?」

「だな」

「あぁ、待ってくださいよ。俺も行きます」

 こっそり食堂から覗いていた俺達五人は、二人が出て行った後、程よく時間をおき、公園に向かう。

二人が居たのは先日と同じ場所。

 少し距離を取り、身を潜める。

「緋色、憶えてるよな? 行くぞ。【Be With】」

 二人はアイコンタクトだけで全く同時に演奏を始めた。

 力強いベースの重低音と電子アコーディオンの性能をフル活用したメロディー。

 インストルメンタルらしいそれは、聴いたことのないおそらくオリジナルで、明るく楽しく疾走感のあるアップテンポの曲だ。

 弦を弾く藍の手は小節が進むにつれ力を増し、はしゃぎ回るように動き、鍵盤とボタンを叩くひいちゃんの指もまた、楽しくて仕方ないと言わんばかりにはしゃぐ。

 そして、二人の音はぴったりと寄り添い重なり、共に音の海を泳ぎ回った。

 藍色と緋色、【Be With】というタイトルの通り…。

あの日の藍とひいちゃんの【Be With】を、俺達 atelier arc-en-cielは全員同じ時をもって心に刻んだ。

けれど、あの曲から貰ったものはきっと七人様々だろう。

それでいい。

近重さんが愛して愛して愛し続けている“虹”という名の奥さんと二人大切にしてきた“七色荘”に、奇しくも集った七色を自らの名に持つ俺達七人に、一色目の赤を持つひいちゃんの発案で、虹の意のフランス語 arc-en-cielアルカンシエルとユニット名を付けた。

atelier arc-en-cielがこの七色荘を共に守っていく意味…



今週もお読みいただきましてどうもありがとうございます。side.Oいかがでしたでしょうか?

次話、side.So 1話 蒼い春 は6月26日火曜日 午前0時ちょうどに掲載予定です。

来週もどうも宜しくお願い致します。

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