さっきのファイル,消えました -1-
地下洞窟に挑んだ先行隊が,最深部に潜んでいたストルスを打倒したという知らせが,テルス村に広がった。
スケルトンを操る主を倒したことで,異常発生していた魔物は消失。
村そのものに物理的な被害はないものの,魔物の脅威から免れた村人たちは,感謝の言葉を述べた。
冒険者達からすれば割と拍子抜けだったらしいが,伝承にも存在しない強大な魔物を倒した事実は変わらない。
先行隊を始めとする彼らの活躍は,村だけでなく各地に伝わっていく。
暫くすれば,噂を聞いた記者や冒険者が集まってくるだろう。
ちなみに,最深部の玉座の間には財宝があったようで,今も何度も往復しながら村に黄金や宝石が担ぎ込まれてくる。
換金すると,かなりの価値がありそうだ。
全体の分け前はギルドと村の代表者達で協議し,決めることになるだろう。
無論,ストルスに相対したのは冒険者達だけではない。
魔物に囚われたメルセ,そして彼女を救ったテュアも無関係と言えば嘘になる。
彼女達は村人たちと共に,冒険者達の活躍を祝福するだけだったものの,ストルス打倒に大きく助力していた。
それでも,他の者達にその経緯を言うことはなかった。
テュアが行ったことと言えば,囚われたメルセを助ける一心で逃げ回っていただけだ。
地下洞窟最深部に転移され,ストルスと相対して再び地上に戻って来たなど,言った所で信じてもらえず,余計に話をややこしくするだけだ。
宝物を横取りしようなどという欲もなく,テュア達は元の生活に戻ることに努めた。
「これが,更新だっけ?」
『はい。定期的に動く機能ですが,円状に一周する矢印ボタンをクリックすることで,自発的に周囲の情報を読み込むことが出来ます』
「ふむふむ。それで,出てきたアイコンをクリックすれば,それに関する情報を確認できるのね」
『クリックしたものによっては,独自に所有する機能があります。確認だけでなくその機能を発動・実行することもできます』
「地下洞窟でやった,リモート操作がそう?」
『その通りです』
昼下がりの図書館。
カウンターにある複数の椅子を一列に並べ,その上に横たわりながら,テュアはマドと共にスキル操作のレクチャーを受けていた。
スケルトンを一掃したあの動きは,明らかに非凡のものだ。
当初は胸を躍らせたものの,得体の知れない力は自分だけでなく,周りにも危害を及ばせると直ぐに思い至った。
スキルとは己の手足であり,その強さに溺れてはいけない。
賢者の教えにも存在する一説だ。
自分の生活を守り,賢者としての道を究めるため,彼女は自身のスキルを理解することにした。
細かな部分をメモに残しつつ,残りは頭の中で完全に理解・記憶する。
横たわる格好はさておき,彼女の集中力と呑み込みの早さは確かだった。
『簡単な操作ですが,理解できましたか?』
「ある程度はね。でも専門用語多すぎない? AIだのPCだの……知らない世界の言葉を一から学んでいるみたい」
『読書も書き手が述べる世界を知り,学ぶようなもの。そこに大差はありません』
「それはちょっと言い過ぎじゃないかなぁ」
無論,一日程度で全てを理解できる訳はなかった。
それでも,突然出てくる単語に頭を捻らせる頻度は少なくなってきたようだ。
小休止に入ったテュアは,その場で天井に向けて一息つく。
「ふー。今日は誰も来ないから集中できた」
『皆が玉座の間における発掘に注力しているためでしょう』
「宝物が他にもあるかもだからね。あーあ。私も帰る前にちょっと覗いておけば良かったかなぁ」
『そんな余裕はありませんでした』
「だよねー」
都市へ向かうための資金集めが,テュアの脳裏を横切って消え去る。
財宝に対して興味がないことはないけれども,今更言ってどうこうなる問題ではない。
村の取り分からおこぼれを貰えるかもしれないので,それに期待するしかなかった。
『で,そろそろ動かれては? 昼食も取るべきだと思います』
「いや,まだちょっと……」
「テュアさん。少し良い,ですか?」
昼食の準備を指摘されて歯切れ悪く答えるテュアの元に,メルセがやって来る。
身体を動かそうとしない彼女と違い,満足そうで小躍りしかねない動きだった。
真っ白な髪が小さく舞う中,そこには一冊の本が握られていた。
「あ,メルセ,どうしたの? こっちは今終わったとこだけど,お腹すいた?」
「それもあるけど,借りてたこの本,何処に置けばいいですか?」
「もう読み終わったの? 早いね,結構分厚かったのに」
「読みやすい小説だったから,気付いたら終わってた」
「確か,ダレンバールの魔物だったよね。あんまり子供向けの内容じゃなかったと思うけど,面白かった?」
「うん! 主人公と暮らしてた家族が幻想で,実は捕まえていた魔物だったって分かる所とか,ちょっとビックリしたよ! 散髪したお母さんの髪を売るって伏線はあったけど,魔物の毛だったなんて,全然気付かなかった!」
「割と怪奇系な内容だからね。結局,主人公もそれに気付かないままだし」
「でも,あれでいいと思います。主人公は元の生活に戻るだけで,不幸じゃない結末だし。幻覚だけど,家族と一緒のままだもの」
「そうねぇ。モヤっとはするけど,まーそうかなぁ?」
「あ,それで,何処にこの本を戻せばいいですか?」
読み終えた興奮のまま,メルセは本を胸のあたりまで掲げる。
彼女の望み通りの本を貸した訳だが,どうやらビターエンド的な話が好みらしい。
圧され気味のテュアは,読み終えた本の場所を思い出し,視界を動かす。
「えーと,それは確か……」
何とか椅子に横たわりながら事を済ませようと,奥に見える図書室の棚を指差そうとする。
しかし,その動きに伴って足がピンと伸び,全体に衝撃が走った。
「いひぃ!?」
言葉ですらない声を出したテュアは痛みに悶えながら,両手で足を擦る。
何の前触れもなかったが,その場にいたメルセやマドに動揺はない。
彼女達からしてみれば,今日の内に幾度となく聞いたものだからだ。
「あぁ! 足が攣ったぁ! これ絶対攣ってるう!」
『筋肉痛。長引きそうですね』
「あー,動きたくない! 動きたくないよぉ!」
ジタバタしようにも出来ない状況で,テュアは上ずった声を上げる。
彼女は地下洞窟から脱出した次の日から,筋肉痛に悩まされていた。
普段山菜取り以外では村を出ることも少なく,急に無茶な運動を繰り返した結果だ。
主に太ももの部分が,力を入れる度に痛みを発している。
今朝はメルセの手を借り,ヒィヒィ言いながらようやく辿り着いた程である。
椅子を並べて横になっているのも,それが原因だった。
「あ,あんまり痛いなら,離れに戻るとか,お医者さんに診てもらうとか……」
「だ……大丈夫よ。賢者志望者たるもの,この位で誰かの力を借りたりなんか……」
『聞き取れませんでした。もう一度お願いします』
「マド……あんたホント……」
「そういえば,筋肉痛には,血行を良くするといいって書いてあったような。お風呂とか,入ります?」
「そ,そうね。そうしようかな。何か最近,お風呂入ってばっかりだけど……」
数日前までのことを思い返し,自嘲気味に笑う。
それでも,ずっとこのまま横たわっているのは,来るかもしれないお客に対して失礼である。
断腸の思いで,テュアはメルセの提案に乗ることにする。
「じゃあ,本を直ぐに戻しに行くから,その後で火を起こしに行こうテュアさん」
「あっはっ! ちょ,ちょっと待ってメルセ! 今,引っ張るのは! 痛いとこ! 痛いとこ入ってる!」
「少し我慢すれば,楽になります」
「やだぁ,意外と厳しいかもぉ!」
メルセに腕を引っ張られ,太ももの痛みに耐えるテュア。
そんな押し引きを互いに繰り返していた時,図書館の外から慌ただしい音が近づいてきた。
大きな革袋を一つ携え,数人の男達が村の中央を目指していく。
図書館を通り過ぎる彼らの風貌は,最近よく見かける冒険者達だった。
「あ,冒険者の人達が,帰って来たみたい」
「み,見えないけど……そうみたいね……」
彼らは入手した財宝を,村中央の広場にある集会場まで運んでいく。
その一室には,地下洞窟で発見した様々なものが一時的に保管されている。
広場で待機していた村長は他の村人達と共に冒険者を出迎えつつ,探索の結果を伺った。
「いかがでしたか?」
「周辺を掘ってみた所,少量ですが宝石が見つかりました。しかし,これ以上は落盤の恐れもあるため,これが最後でしょう」
「そうでしたか。いや,申し訳ない。ギルドの皆さんに,ここまでのことをしてもらうとは……」
「いえいえ,こういうのはお互い様ですよ」
彼らは談笑をしながら,集会場の入り口を通っていく。
誰一人怪我がなく,互いに円満な関係が作れているようで何よりである。
少しだけ安心したテュアは,その場で指を何度か動かした。
「マド,ちょっといい? あの中身,見てみたい」
『分かりました』
「テュアさんも気になりますか?」
「まぁね。宝石って言われると,やっぱり気になっちゃうよね」
そう言いつつ画面の情報を更新し,彼らの持つ革袋の中を確認する。
革袋のアイコンに触れると新たなウィンドウが現れ,そこに中身の情報が表示される。
文章だけでなく画像としても閲覧できるようで,彼女は一個一個画像をスライドさせながら目を通していった。
「へぇー。こんなに大きなものも埋まってたんだ。これだけあるなら,私達にも一つくらい分けてほしいなぁ。……あれ? 何か,これだけ読み込み遅くない?」
そこで妙なものを見かけ,手を止める。
注目したのは,発掘された内の一つである赤い円形の宝石だった。
全体的に濁っているが,袋の中にあるものでは一番大きく,手で掬う程度の大きさはある。
かなりの価値があるように思えるも,その画像には注意書きが添えられていた。
スキルが解析した結果のようで,あまりに不釣り合いな文面だったため,思わず声に出してしまう。
「この宝石,危険……爆発物……? 間違いかな?」
『オーナー,それは間違いではありません』
冷静な,それでいて慎重さを感じさせるマドの声が届く。
『あの財宝の中に,宝石を模した爆弾が紛れ込んでいます』
「えぇ!? 爆弾!?」
『画面の情報は真実です。爆弾は今の所起動していませんが,放置は危険と判断します』
「そんな……今までそんな危険なものなんてなかったのに……」
困惑するテュアは,もう一度その画像を見返す。
どれだけ見てもただの宝石にしか見えず,爆弾と言われても素直には納得できない。
それでも,スキルが示しているのだから間違いはない。
もしかすると,ストルスが仕掛けていた罠のようなもので,それを運悪く掘り当ててしまったのかもしれない。
横でそれを見ていたメルセが,手にしていた本をカウンターの上に置き,真剣な面持ちで問う。
「マドさん。誰も,このことは気付いてないんですか?」
『宝石の一種と思い込んでいるようです』
「どれだけの威力か分からないけど,このままじゃ,やっぱり危ない。テュアさんっ」
「し,仕方ない! 皆に注意しに行かなきゃ! あっ,でも,ちょっと待って。やっぱ,動け……」
「動きます」
「あふっ!? そ,そこをいきなり引っ張るのは……!」
筋肉痛は止むまで待てるが,爆弾は待ってくれない。
徐々に引っ張られながら,テュアは意を決し椅子から離れるのだった。