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使い方を教えてください -3-




赤い光が収束する。

スケルトンの罠によって先に転移してきたヴェルムは,上手く地面に着地する。

敵の奇襲を受けたという動揺を隠しながらも,辺りを見回す。

しかし,何も見えない。

辺り一面暗闇ばかりで,遠くから微かに物音が聞こえるだけだ。


「暗い。一体,どうなって……」


何にせよ魔物の罠にかかったことは間違いないと,彼は理解した。

高度な転移に加え,この場が危険であることは容易に推測できる。

目が慣れてきて,手元だけが見えるようになった薄暗い空間の中,ヴェルムは身に付けていた発火道具を探す。

すると,その直後に頭上から赤い光が迫る。

同じく転移してきたテュアが,空中から落下してきたのだ。


「きゃあっ!?」

「むぎゅ!?」


彼女のヒップドロップを受け,二人は土煙を上げる。

受け止めきれなかったヴェルムは,奇妙な声を上げて,そのまま目を回した。


「いたた……。なんかお尻に変な感触……って,ほわあああ! 顔当たってるよぉ! やだやだぁ!」

『落ち着いてください』

「落ち着いてられないよ! お尻で踏んづけちゃったんだよ!? というか,この人大丈夫なの!?」

『彼は気を失っているだけのようです。呼吸,鼓動共に正常です』

「気絶……良かったー。いや,あんまり良くないかも……」


ヴェルムから飛び退いたテュアは,ようやく状況を思い知る。

マドの明かりが頼りになり,青白い光で周囲が露わになる。

土で固められた壁と天井は,まるで地下ダンジョンを思わせた。


『位置情報を取得中』

「ここ,どこなの?」

『恐らく,例の地下洞窟内です。スケルトンの罠に巻き込まれました』

「あの地下洞窟!? 魔物にそんな力があるなんて……」


メルセが脱出してきた地下洞窟の何処かに,テュア達は転移された。

ここが地上からどれだけ深い場所にあるのか分からないが,この閉鎖的な空間が,容易に脱出できない威圧感を醸し出している。

加えて先程巻き込まれた空間転移。

上位のスキル所有者であっても持ち得るか不明なものを,一介の魔物が所有していたなど,文献を漁っても出てこないだろう。

何かとんでもないことに巻き込まれたのでは,と彼女が不安に駆られていると,妙な音が聞こえてくる。

テュア達がいる小さな穴蔵に繋がる通路,その奥から複数の音が近づいて来る。


「な,何か来るの?」

『来ますね。スケルトンです』

「冷静な答えありがと! でも,これってヤバいよね!?」

『そうでもないです』


明らかに敵意を持った何かが近づいてくる中,マドの画面が表示を変える。

いつぞや見た,骨とゴミ箱のアイコンがポツリと現れる。


『昨日と同じように,スケルトンの核を削除します。テュア,操作を』

「操作って,私,昨日なんかしたっけ!?」

『画面に触れ,骨のアイコンをゴミ箱に移動させてください』

「あぁ,そういえば,何かそんなことをしたような……!」


慌てふためきながら操作したことを,テュアは思い出す。

あの時と同じことをしろ,と言っているらしい。

確かにそれ以外に出来ることがなく,切羽詰まった状況も合わさり,彼女はそれに従う。

画面に触れ,骨のアイコンを指先に留める。

未だ使い方は分からないものの,アイコンの移動の仕方だけは理解する。


同時に,スケルトンの大群が暗闇に包まれていた通路から姿を現す。

数は昨日襲われたそれよりも遥かに多い。

音を立てながら暗闇を切り裂いたスケルトンの大群に,テュアは思わず後退する。

そして,後ろで眠っていたヴェルムに引っかかり体勢を崩した。


「はひぃ!」


画面に触れていた指はそのままスライドし,また運よくゴミ箱のアイコンに飛んでいく。

妙に画面の読み込みが遅く感じられたが,骨のアイコンはゴミ箱に投げ込まれる。

瞬間,穴蔵に飛び込んで来たスケルトンが次々と崩壊する。

カラカラと音を立てて全てが地に落ち,力を失っていく。

一瞬の内に,周囲一帯は沈黙に包まれた。


『連鎖反応を確認。スケルトンの無力化に成功しました』

「お尻痛い……ってか,どうなったの?」


体勢を崩したことで尻もちをついていたテュアは,前方を見上げる。

昨日と同じく分解された白骨だけが大量に残されていた。

そこでようやく,目の前のスキルがこの状況を打破した可能性に気付き,テュアは声を震わせた。


「もしかして,これ全部マドがやったの!?」

『私は何も。スケルトンを沈黙させたのは,オーナーであるテュアの力です』

「ひょっとして,これって凄いスキルなんじゃ……」

『比較対象に乏しいため,判断が困難です。それよりも,良い情報と悪い情報があります。どちらから聞きますか?』

「え,何それ怖い。じゃあ,良い方から」


唐突に告げられる二つの選択に,慌てながらもテュアは答える。

突如起きた空間転移に大量に沸き上がるスケルトン。

それを打ち破ったことも踏まえて,これ以上驚くべきこともないように思える。

だがマドから語られた情報は,それまでの衝撃すら吹き飛ばすようなものだった。


『先程の転移を解析した結果,術を再構築して地上に帰還できる方法が見つかりました。ゴミ箱に残留している術式を使用することで,地下洞窟から脱出が可能です』

「本当!? じゃあ,今すぐやってよ! こんなとこ,一秒でも早く抜け出さないと!」

『ただ,一つだけ問題があります。これが悪い情報です』

「問題?」

『メルセが異なる転移術に巻き込まれ,この階層に囚われています。このままでは彼女の身が危険です』

「え,ちょ,どういうこと!? メルセは図書館にいた筈じゃ……!」

『私達が図書館を発った後,彼女も別の魔物から奇襲を受けました。先程の判断ミスとは,メルセを置いて無防備な状態にしたことです。申し訳ありません』

「いや,それはマドのせいじゃないから,良いんだけど……」


何度も考え直しつつ,マドの言うことを整理する。

メルセは魔物の攻撃を受けて,テュア達と同じ状況に立たされている。

スケルトンの群れが徘徊する暗闇の中,取り残されているというのだ。

今の言葉を信じるなら,この場に転移術を再構築して地上に帰ることは出来るのだろう。

ただしそれは,この階層にいるメルセを見捨てるということに他ならない。


「つまり私達が地上に戻っても,メルセが残されたまま……。そう言いたいの?」

『その通りです。ただ,気絶したヴェルムをこのままにしておくのは危険です。ちなみに,ゴミ箱に一度置かれたものは再使用すると完全に消失します。つまり,今ある転移術は一度しか使用できません。地上に戻れば,再びこの場に戻ることは困難です。どうしますか? 私がオーナーを誘導し,巻き込んだことは事実です。判断は任せます』


今まで指示に従ってきたテュアは,急に判断を任され戸惑う。

マドは正体不明であり,基本的に口うるさいが,事実をはっきりと述べている。

スケルトンから救われたのは確かなので,今までの情報は信じるに値する。

何度か躊躇った後,彼女はおもむろに口を開いた。


「仮に私がこのまま進んで,そこから帰れる方法はある?」

『メルセも同種の転移術を受けています。その発生場所まで向かい術を再構築すれば,帰還は可能です』

「地上に戻って冒険者の人達に助けを求めることは?」

『可能です。身の安全を考えるならば,それが有効でしょう』

「このダンジョン,他に人はいるの?」

『この階層には確認できません。私達が一番メルセに近い場所にいます』

「……今,あの子は無事なの?」

『少なくとも生存はしています』

「……」


少しの問答の後,テュアは俯く。

先程も村人に魔物がいると仄めかしたものの,昨日の一件でまともに信じてもらえなかった。

地上に戻り,メルセが地下洞窟に取り残されていると言っても,何処まで真摯に受け止めてもらえるか分からない。

それに助けが入ったとしても,それまで彼女が無事かも分からない。

刻々と時間が過ぎていることを自覚したテュアは,顔を上げてマドに指示を出す。


「ヴェルム君を地上に送って。私は残る」

『本当によろしいですか?』

「さっきの言い方,私達が協力すれば,どうにかなるんでしょ?」

『安全性を考えるならば,この場から引くことをお勧めします。しかし』

「しかし?」

『私達が協力できれば,メルセの元に辿り着き,救うことは出来ます』


再確認されるも,そう簡単に頷けるものではない。

ダンジョンに足を踏み入れたことなど一度もない。

魔物の大群相手にも慌てふためくばかりで,スキルの実力もはっきりとしない。

それでも彼女が引き下がることはなかった。


「正直,マドのこと,まだよく分からないよ。勝手に動くし,喋り出すし,こんなことに巻き込まれるし」

『……』

「でも,私のスキルなんだから,まず私が信じないと。それに,メルセに一番近いのが私達なら,行かないと……!」


今メルセに最も近く,かつ手を差し伸べられる距離にいるのなら,背を向ける訳にはいかない。

テュアは顔を上げて,弱気を吹き飛ばそうと意気込んだ。


「大丈夫。メルセにはまだ本貸してないし,お礼だって済んでないんだから! だから協力して,マド!」

『承知しました』


マドの指示を受け,術の再構築を始める。

ゴミ箱というのは,一度使用し消耗・削除されたものを入れる場所らしい。

そのため,消耗された転移術も情報として残っている。

ゴミ箱を触れると,新しいウィンドウが開き,その中には先ほど削除した骨に紛れて赤い玉のようなアイコンが見える。

これが転移術の情報であり,その玉を再び触れる。

計二回,画面に触れるだけの簡単な操作。

すると暫くして,先程罠として使われた転移術が,光を纏って現れた。

一度使用されたものを解析し,自分のスキルとして使用できるなど,やはりこのマドはただのスキルではない。

感嘆の息を吐きつつ,彼女は気を失ったヴェルムを引き摺り,円陣の所まで移動させる。

そして彼は赤い光に包まれ,地上へと送還された。


これで帰る手段は限られてしまった。

残ったテュアはマドの光を頼りに,腰に掛けていた小さな袋に触れる。

袋から透明な包みに入ったゼリー状のものを取り出し,息を吹き込む。

風船のように膨らんだゼリーは,足を覆う程度の大きさになる。

テュアはそれを靴の裏に貼り付け,続けて腰袋から香水のような小さな瓶を取り出した。


『それは?』

「足音対策。靴の裏に緩和剤を付けて音を消すの。洞窟の中じゃ音が響くから。後は,スケルトンは人の匂いを身体で感じ取るみたいだから,消臭剤もね」

『なるほど。これはテュアの知識ですか』

「これ位なら,私でもできるし。スケルトン対策で念のため鞄持ってきていて,良かったわ」

『消臭剤があるのなら,今朝方,風呂を焚く必要はなかったのでは?』

「それは別の問題でしょ……。だから,マドもこれからは静かにね。何かあったら,音じゃなくて目で分かるようにして」

『了解しました』


穴蔵から通路へと向き直り,テュア達はゆっくりと進んでいく。

通路には多くの白骨が残されていたが,どれも動きはない。

一体どれだけのスケルトンが押し寄せていたのかと考えながらも,テュアは音を出さないようそれらを超えると,徐々に骨がまばらになっていく。

ダンジョン内は迷宮と呼ばれるが如く,通路が入り組んでいる。

マドの明かりで目先の様子は分かるが,自分が何処にいるのかも検討がつかない。

闇雲に進んでいては間違いなく迷ってしまう。


そこで,マドが地図機能の利用を提案した。

どうやら周辺の地理情報を読み取り,地図として表示することが出来るらしい。

通常の冒険者たちならば,必要不可欠であるマップ作成を思い出し提案を呑む。

画面上にいつの間にか表示されていた地図のアイコンを押すと,右下に小さなウィンドウが開かれる。

複雑な迷路のような道筋と共に,現在位置であろう赤い光点が表示されている。

彼女が動く度にその光点が動くため,恐らくこれを見ながら,先を進めということだろう。

周りの地形と照らし合わせつつ,無言のまま先を進む。

そうして魔物に一体も出会わないまま,テュア達は大きな通路に辿り着く。

人が四五人は並んで歩ける広さがあり,天井が10m近くある広大な道だ。

突き当りには青い明かりが零れている。

彼女はこの先にあるあからさまに広い空間を確認し,一歩一歩踏み出す。

明かりを潜った先には,直径100mはある巨大な広間があった。

土で固められた今までのものと違い,灰色の煉瓦が壁と天井に敷き詰められている。

奥には貴族が座るような玉座が置かれ,今までとは異なる雰囲気を放っている。

思わずテュアがその入り口で立ち止まっていると,不意にマドが声を上げた。


『テュア,前を見てください』

「こ,声出さないでって言ったのに!」

『もう隠す必要もないと思います。とにかく前を』

「んう!?」


よく目を凝らしてみると,奥の見えなかった玉座から,地鳴りと共に新たな気配が姿を現す。

赤い眼光と共に現れたのは,巨大なスケルトンだった。

全長は5m近くあるだろうか。

黒のローブを纏ったその姿は,今までのスケルトンとは一線を画した巨大さと威圧感があった。

加えて,右手にはこれまた5mはありそうな漆黒の剣が握られている。

見るからに遭遇してはいけない敵だ。

魔物は既に彼女の侵入を感知していたようで,威圧するように赤い息を吐いた。

幾らマドがいるとしても,正面から立ち向かっていい敵ではない。


「お,大き……っ! ちょっとこれ,相当ヤバい奴なんじゃ!? あれ? でも……?」


テュアは一瞬たじろいだが,直ぐにその異変に気付く。

巨大スケルトンは,侵入者に対して中々攻撃を繰り出してこない。

よく見ると全身の骨が所々罅割れ,破片や粉となったものが地に降り注いでいる。

スケルトン自身も,体力を消耗したように身体を引き摺っていた。


「何か,凄い弱ってない?」


見るからに万全という風には見えず,テュアはポツリと口を滑らせた。




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