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使い方を教えてください -2-




図書館内部。

フードを揺らすメルセは,掃除用具の入った籠を両手で持ち運んでいた。

少々力の必要な仕事だったが,彼女はそこまで苦を感じていない。

元々体力があるようで,易々と目的の場所へと運び終える。

用具棚の扉を閉めて,テュアの元へと指示を仰ごうとした時,妙な気配を感じて後ろを振り返った。

静かな空間が広がる中,本棚が数多くあるだけで人は誰もいない。


「テュア,さん……?」


心当たりのある人物を読んでみるも,反応はない。

彼女は外で雑巾を洗い流している頃だ。

当ては外れているが,未だ残る違和感に対してメルセはもう一度声を出す。


「誰か,私を呼んでる?」


先程から感じ取っていた妙な鼓動を,全身で自覚する。

冒険者のヴェルムが戻ってきたのかと勘違いしていたが,この気配は異質なものだ。

誰もいないのに,何かに見られているような視線を感じる。

嫌な予感がして外に出ようとした時,日の光とは異なる赤い光が足元から差し込まれる。

驚いて下を見ると,メルセを取り囲むように円形の輪が現れていた。


「これ……スキル……!?」


記憶のない中,この輪が空間転移を行うものだと思い出す。

だが,それに対処するだけの時間はない。

一瞬の内に輪はメルセと共に消え,その場には静かな図書館だけが残された。







『……!』

「今度は何?」

『これは,私の判断ミスです』

「どういうこと?」

『後で説明します。今は急ぎましょう』


メルセを巻き込む訳にもいかず,図書館を飛び出したテュアは,マドが指示する場所を目指して駆けていた。

目的地は村にある数少ない宿泊施設である。

距離としては大よそ数百m。

すれ違う人々の視線を受けながら,彼女は徐々に息を荒くしていく。


「というか,わざわざ私が行かなくても,冒険者の人達に頼めば……! 私が行って,どうにかなる問題なの!?」

『オーナーは,昨日の一件で錯乱状態であるという認識が,村全体に広がっています。魔物が人に化けている,と言っても狂言とされるだけでしょう』

「正論かもだけど,言い方……」

『加えて,相手は一体。私達が連携すれば,問題なく対処できます』

「いつからそんな冗談言えるようになったの?」

『冗談ではありませんが』


半信半疑だが,今の所マドの言葉に嘘偽りはない。

魔物が村に潜んでいるのなら見過ごすこともできない。

例え信じてもらえなくとも,その魔物を誘導して冒険者たちの前におびき出せば,狂言でないことも明らかになる筈だ。

そう考えて走り続けていたが,徐々に速度が落ちていく。

足も重くなり,膝に手を付き,遂にその場に立ち止まった。


「あ,ごめん。息が……」

『体力のなさ。想定外でした』

「寧ろ私に体力あると思ってたの……? ないんだけど……?」

『そうですね』

「簡単に同意されると,それはそれでムカツク」


距離的にはまだ半分は残っている。

どうしたものかと息を整えていると,不信がった村人の女性が声を掛けてきた。


「テュアちゃん,そんなに急いでどうしたの?」

「あー,ええと,魔物が現れたかなぁ。なーんて思って……」

「魔物? 冒険者の人達が見回っているから,そんなことはないと思うけど? テュアちゃん……やっぱり昨日のことが……」

「そ,そうでした! 勘違いですねー! 私,まだ寝惚けてるのかなー!?」


何とか魔物がいることを伝えようとするも,思い切り空振る。

昨日村人たちの前で,マドもとい虚空に向けて討論をしていたことが原因のようだ。

魔物の存在を仄めかしても,まず頭の心配をされて信じてもらえない。

予想以上に深刻である。

それを諭すが如く,優しい風が彼女の身体を通り抜けた。


「駄目じゃん」

『駄目ですね』


取り残された,互いの虚しい言葉が虚空に響いた。







冒険者たちが集う宿泊施設。

テュアから書物を借り受けたヴェルムは,宿の一室に戻り,冒険者たちが元々持っていた資料の近くまで持っていく。

置き終えた後は,何処に目を通しておくべきか,把握しやすいように軽くページを捲っていく。

少しの時間をかけて頭の中で大よそを理解し,紙のような付箋を複数挟むと,彼は宿から裏庭へと移動。

所々草の生えた誰もいない小さな裏庭で,軽く背伸びをする。

先行の冒険者が帰ってくるまでまだ時間があり,それ以外は自由時間とされているので,思うように身体を動かそうとする。


「後は鍛錬でもして……」

「いやぁ,これが冒険者ですかぁ」


すると背後から見知らぬ糸目の男性がやって来る。

恐らくこの村の住人だろう。

やけに上ずった声を出しながらヴェルムに近づく。


「生で見るのは初めてでしてぇ。少しだけ見せてもらってもいいですかぁ?」

「ええと,俺は駆け出し冒険者なので,見て良いことなんてないですよ」

「いやいや,そんなことありません。君からは,なんか風格が出てます」

「風格?」

「勇者の風格って奴ですかね?」

「いやいや……そんな適当なこと……」


ヴェルム自身,先輩冒険者の後を付いていくだけで,風格など一つもないという自覚があった。

剣術は他冒険者に認められているものの,それ以外は未だ不安が残るばかり。

大きな功績を残した者のみに与えられる勇者という称号には,あまりに不釣り合いだ。

しかし,この男性はそんな反論に耳を貸さず,ヴェルムの携える剣の鞘に手を触れた。

あまりに不用心な動きだったので,流石の彼も対処に遅れる。


「この剣見せてくださいよ」

「いや,ちょっと,危ないですって」

「いやぁ,確かに危ないですよ。こんなもの……」


だが不意にその手が止まる。

男性は腰に手をまわし,体勢を低くする。

妙な動きにヴェルムが戸惑っていると,一瞬だけその奥から鋭い光が見えた。


「早く始末しておかないと」

「っ!?」


瞬間,男性の手から光の筋が放たれ,ヴェルムに迫った。

彼はその動きを見切り,寸での所で回避する。

よく注視すると,男性の手には刃渡り数十cmはありそうな刃物が握られていた。

一体,何故こんなことをするのか。

考えるよりも先に剣の柄を持ち上げると,男性の姿が崩れる。

蜃気楼のように揺らぎ,代わりに現れたのは白骨の魔物・スケルトンだった。


「チッ……中々反応が良いな」

「スケルトン!? 人に擬態できるなんて!」


距離を取って剣を抜いたヴェルムは,戦闘態勢に入る。

この個体だけが特別なのか,人に擬態できるスケルトンなど聞いたことがない。

人の言葉を話す知能の高さからしても,ただの魔物ではない。

剣を握り直した瞬間,スケルトンがナイフで襲い掛かる。

その攻撃を剣で受け止めたヴェルムは,鍔迫り合いの中で問い掛ける。


「昨日出た奴らと同種の魔物か! 村を襲って,一体何が目的なんだ!?」

「襲う? この村なんて,我にはどうでもいいことだ。目的はただ一つ。あの方の復活を邪魔する敵を排除する。ただそれだけなのさ,勇者サマ?」

「だから,俺は勇者なんかじゃ……!」


言っていることが理解できず,苦しい声を上げる。

全体の動きは遅いが,一人で仕留めるには危険要素が多すぎる。

単独で乗り込んでいる気味の悪さから見ても,他の冒険者と合流するべきだ。

そう思っていた矢先,別の気配が現れる。


「あの……こんなに走ったの久しぶり……なんだけど……」

『バテるには早いです。前を見てください』

「魔物! と,さっきの人!」


騒ぎを聞きつけたのか,先程図書館で出会ったテュアが現れる。

加えて,その傍では得体の知れない青い窓が浮かんでいる。

彼女はこちらの騒動に気付いて息を呑むも,それを察知したスケルトンもそちらを向いた。

魔物の赤い眼光が容赦なく射抜く。


「いけない! 下がって!」


ヴェルムが声を上げる。

村の人が標的にされかねない今,四の五の言っている状況ではない。

力で押し返し,体勢を崩したスケルトンに剣を振り下ろす。

鍛錬で幾度となく行った剣術の一つ。

彼の剣が魔物を頭から両断した。

赤い瞳が消え,分断された骨が音を立てて地に落ちる。

駆け出し冒険者とは言え,彼の腕は確かなものだった。


「やったの?」

『いえ,この反応は……』


だがその瞬間,地面から得体の知れない赤い光が浮かび上がる。

その範囲は裏庭一帯を覆い,ヴェルムだけでなくテュアにまで行き届く。

突然のことに,皆が反応できずに立ち竦む。

円陣の中心にいた,崩れ落ちたスケルトンがカタカタと骨を鳴らした。


「端からお前を倒せるとは思っていなかった。だから,この罠を仕掛けておいたのさ」

「まさか,魔物がスキルを……!?」


撃破されると同時に発動するスキル。

魔物の思惑を一早く理解したマドが,大きな声で警告した。


『空間転移です。衝撃に備えます』

「か,身体が動かな……!」


既に発動したスキルを止めることは出来ない。

動くよりも先に,テュア達は赤い光と共に一瞬の内に消え去った。




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