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使い方を教えてください -1-




遅れて朝食を片付けたメルセは,風呂の準備をしていたテュアと合流する。

溜め込んだ水がお湯になるまでには,どうしても時間がかかる。

その間,食器を洗い片付けた後,二人は図書館の掃除を行うことにした。


寝泊りしていた家から,屋根のある連絡通路を渡り,図書館の前まで辿り着く。

鍵を開けて入った小さな図書館は,物音一つせず静まり返っていた。

簡易的なカウンターの奥には様々な本棚が列をなしており,差し込んだ光には,微細な繊維くずが少しだけ映っている。

テュアは図書館内の一部の窓を開け放ち,溜め込んでいた空気に流れを作る。

そして,塵取りやら雑巾やらを手にしてメルセに掃除の仕方を教えた。


対するメルセは二つ返事でそれを引き受ける。

助けてもらった恩義もあって,図書館の掃除に意欲的に取り組む意気込みを見せた。

そして手際も良い。

今まではテュア一人で行っていたため,仕事の進みはとても早くなる。

しかし,本に興味があるのか,メルセは時々視線を移しながら手を動かす。

何度かそれを繰り返し,最終的には被っているフードを少し揺らして,適当な本を本棚から取り出した。


「本,好きなの?」

「あ,すみません。手が止まって……」

「いいのいいの。気になるんでしょ?」

「なんだか,とても落ち着く感じ,します」


本を開かぬうちに,メルセはその親近感を思い出したようだ。

手触りを確かめ,記憶の中へ吸収していく。


「落ち着くねぇ。もしかして,前は本をよく読んでたのかな?」

「そう,かもしれません」

「ふーむ。知らないことを知るために一番手頃なのが,本を読むことだからね。賢者って呼ばれている人も,本から知識を得ていることがあるし……」

「賢者。テュアさんも,賢者?」

「えへへー,照れるなぁ。でも私は,賢者を目指してる,ただの司書。村じゃあ本屋ちゃんって,からかわれているけどね」

「これだけ本を持っているのに……」

「この図書館は,私が無理言って管理しているだけだから,私のものじゃない。だから,いつかこの村から王都に出て,たくさんの本を持った賢者になるのが夢なの」


王都には賢者を目指すための学び舎などが存在する。

だがテルス村は辺境の場所にあるため,旅行気分でおいそれと行くことは出来ない。

結構な額のお金が必要であり,テュアはそのお金を日々溜め込んでいる。

かなり険しい道ながら,彼女が諦めることはなかった。


「掃除が終わったら,本を一冊借りてもいい,ですか?」

「問題なし,よ。一応,台帳には名前を書いてもらうけどね」

『メルセは,書物と関りのある生活を送っていた可能性』

「私のこと,分かるんですか?」

『今までの会話パターンから推測したもので,確証がある訳ではありません。これからゆっくり思い出していきましょう』

「そっか……。でも,もう少しで,何か分かる気がするよ……」


推理や推測好きなスキルでも,彼女の正体までは分からない。

とは言え,記憶を探す手掛かりは掴めたようだ。

光明が見えたメルセは,口元を緩めながら手にした本を戻し,再び掃除へと戻っていく。

その後姿を見て,テュアが満足そうに鼻を鳴らした。


『ところで,オーナー』

「そのオーナーが私のことだとして,どうしたの? 今更変なこと言われても,驚く気はないよ?」

『昨日はチュートリアルを省略したため,本人確認のための情報が不足しています。再度,名前を教えてください』

「情報が不足ねぇ。私,昨日の内に結構村の皆から名前を呼ばれてた気がするけど」

『本人確認は,私に対して意志を持って答え,それを記録することで始めて成立します。又聞き,言った言わなかったは,無駄な水掛け論へと発展します』

「えーと,ちゃんと私が名乗れってことね」

『ご名答。オーナーが名乗るのであれば,偽名であってもそこは問題ありません』


回りくどいが,自己紹介をしろと言っている。

偽名でも良いということには首を傾げたくなるも,本人が名乗ることに意味があるらしい。

未だにチュートリアルという意味が理解できない中,テュアは画面に向かって威張るように答える。


「そーう? じゃあ,私のことは賢者候補様とか,賢者見習い様とか,言ってくれてもいいよーん?」

『……』

「そこは,何か言ってよ!?」

『失礼しました。先日オーナーが言われていた比喩表現の一種と推測し,情報の洗い出しを行っていました』

「酷すぎる」

『間違った回答は,双方に不利益をもたらします。情報の精査は必要です』

「さっきから私にばかり不利益起きてない?」


やはり冗談は通じない。

軽く息を吐いたテュアは,がっくりと肩を落とした。


「まぁ,いいやもう……。名前はテュアだよ。テュア・リンカート」

『テュア・リンカートを記録。正式なオーナーとして認識します』

「スキルが私を認めるって,凄い複雑な気分だぁ」


本来使われるはずのスキルに認められることなど,類を見ないものだろう。

スキルという枠にいながら,人と対話しているような感覚である。

そこまで考えて,テュアはあることを思いつき,再度声を上げた。


「名前といえば……そっちの名前も必要でしょ?」

『私に名前は必要ありません』

「でも,そんな形じゃ,何て呼べばいいか分からないし。言ったじゃない,偽名でも何でもいいって」

『了解しました。私の固有名称を言うのであれば,プラットフォーム支援ユニット-窓-です。それ以外のものはありません』

「じゃあ,マドで!」


ものの数秒もたたない内に,スキルの名前を決める。

既に決めていたかのような即答ぶりである。


『マド?』

「そう。貴方にもちゃんとした呼び方があるみたいだし,それにちなんだ名前で良いと思うんだけど。ダメ?」

『良し悪しを決める資格はありません。お好きにお呼びください』

「じゃあ,好きに呼ばせてもらうね。よろしく,マド」

『了解しました。改めてよろしくお願いします。テュア』


互いに名前を呼び合い,少しだけ認め合う。

相変わらず何処から声が出ているのかもわからず,得体の知れなさは抜群だ。

しかし,賢者とはあらゆる知識を蓄えた動く図書館でもある。

少しでもこのスキルのことを理解すれば,賢者の道に近づけるかもしれない。

妙な好奇心と共にテュアが意気込んでいると,背後からメルセがゆっくり近づいてきた。


「あの」

「メルセ? どうかしたの?」

「誰か,呼んでいるような」

「あー,どうせマドでしょ? 突然勝手に話しかけるからビックリするよね」

「いえ,そっちじゃなくて,玄関の方から……」


戸惑いながらメルセがその方向を指差す。

直後,玄関の方から聞き慣れない少年の声が聞こえてくる。


「あのー,誰かいませんかー?」


どうやら来客のようだ。

テュアは掃除を打ち切り,玄関まで足を運ぶ。

そこには冒険者のような出で立ちをした茶髪の少年が,今か今かと待っていた。

腰に長い剣を携え,歳はテュアと同年代位に見える。

村の者ではない,外からやって来た人物だった。


「あまり見ない顔。冒険者の人だよね?」

「ええと,冒険者というよりは見習いですけど……。とりあえず,洞窟探索のためにこの近辺の地理を知りたいんですが,良いのありますかね?」

「地理ですね。ちょっと待っててくださいー。あと,そこの台帳に名前を書いておいてくださいねー?」

「はいっ!」


今日から既に冒険者たちが洞窟の探索に乗り出している。

彼はその情報収集を行っているのだろう。

小さな村ということもあり,調べる書籍が相対的に少ない中,図書館という施設は重宝される。

テュアは少年が要望する周辺の地図及び地理に関する書物を探し出す。

一応図書館管理兼司書として働いているため,本が何処にあるのかは大よそ見当がついている。

目的のものを選び出し,数分程度でカウンターに一冊ずつ置いていく。

四五冊程度の数を揃えると,台帳に名前を書き終えた少年に集めた書物を手渡そうとする。

ただその間には若干の距離があった。


「何だか,距離が遠いような」

「いや,そのお風呂に……」

「え?」

「な,何でもないので。取ってくれていいので」


朝食の時に交わした体臭の話を思い出し,他人に近づき辛い。

失礼であることは分かっていながら,意識せざるを得ない。

すると,後ろから出てきたメルセがその書籍を手に取り,少年に近づき差し出した。

自分の発言でテュアが遠慮がちになっていることを自覚し,それを手伝おうとしたのだろう。


「どうぞです」

「ありがとう。って……!」

「え,なにか?」


少年は書物を受け取るも,あることに気付いて目を逸らす。

メルセはその態度に首を傾げるが,図書館の掃除をしていたことで,少しだけ服が乱れていたようだ。

胸元が露わになっており,いち早く気付いたテュアが慌てて指摘する。


「ちょっ……メルセ,服乱れてる……!」

「あ,すみません」

「い,いや。俺も悪かったし……」


幼さゆえに羞恥心がないのか,そのまま服を整える。

メルセに動揺はないが,代わりに他二人が微妙な空気となる。

どう収集を付けるべきか,気まずい沈黙が流れかけた時,図書館に新たな人が入ってきた。

少年と似た格好をした冒険者の男性だった。


「ヴェルム。目的のものは見つかったか?」

「あ,はい! ここに!」

「じゃあ,宿の方へ持っていってくれ。先行組が帰ってきたら,その情報と照らし合わせる」

「わ,分かりました!」

「お前,なに慌ててるんだ?」

「何でもないんで! 大丈夫です!」

「そうかぁ? まぁ,何でもないならいいんだが。おっと……本屋の嬢ちゃんも,わざわざ貸出ありがとな!」

「い,いえいえ,お仕事頑張ってくださいー」


男性冒険者はただ様子を見に来ただけらしい。

逃げ道を見つけたが如く,ヴェルムと呼ばれた少年は,そのまま彼の後ろを付いていき,図書館を後にした。

人がいなくなり静かになった後,テュアは半目でメルセに語り掛けた。


「メルセ。ちょっと無防備過ぎない?」

「無防備?」

「あの人は私と同じ年くらいだけど,ただでさえメルセは……」


言葉に詰まり,メルセの身体を見つめる。

既に気付いていたことだが,年下だというのに,その豊満さに関してはテュアの上を行っていた。

ローブのような上着を着ているにも関わらず,凹凸がはっきりとしている。

何を食べたらここまで成長するのか。

自分の身体を見比べつつ,何とも言えない感情が沸き上がる。


「これが,不公平……」

『公平そして平等には,人によって幾つもの定義が存在します』

「うっさいわ。誰が貧相よ」

『貧困に対する発言はしていません』

「ぐぅぅ……。と,とにかく,メルセは自分の身体に自覚を持つこと! 特に胸! 強調しない!」

「は,はい……?」

「分かればよし!」


他人の前に姿を出す以上,女性としての身だしなみは,何にせよ必要である。

自分のことを棚に上げつつ注意している内に,新たな気配が玄関からやって来る。

振り返ると,そこにはこちらの様子を窺う村人たちの姿があった。


「あ,皆……」


テュアが言い終えるよりも先に,堰を切ったように村人たちが様々なものを持ってくる。


「ストレスの発散方法は,まず身体を動かし,十分な睡眠をとることだな!」

「これでも食べて元気を出して頂戴!」

「幻聴を抑える薬,都市の方で調達するよう手配したから。お金は良いから,ね?」

「これお菓子ねっ。メルセちゃんも,何かあったら直ぐに私達を頼って良いからっ」

「今度また一緒に遊ぼ。本屋ちゃ……お姉ちゃん……?」


新しい枕や食材,遊び道具が次々とカウンターに置かれ,彼らは嵐のように去っていく。

皆,テュアに対する心遣いが伺えたが,村の子供達にまで気を使われる始末だ。

その原因を思い出し,彼女は頭を抱えた。


「そういえばぁ! 私,別に病んでないのに! マドの声が私とメルセしか聞こえないから,頭おかしくなったと思われてたんだったぁ! 何でぇ!?」

『不明』

「優しさが辛い……。マドも何にも喋んないと思ったら,急に喋り出すし……。本当は,聞こえる相手限定してない?」

『そのような命令はプログラムされていません』

「プロ……また,訳の分からないことを……」

「あのぉ,この贈り物は,どうします?」

「うーん。とりあえず,頂いちゃう!」


何故マドの声が一部の人にしか聞こえないのか。

謎が残るものの,テュアは頂いたプレゼントを有難く受け取るのだった。


暫くして日が昇り,図書館全体の清掃が行き渡る。

目立つ埃や汚れはあらかた取り除き,何処となく清潔感も漂うようになった。

サボっていた清掃もこれで終わりである。

内部の後片付けをメルセに任せ,テュアは外の流し台で汚れた雑巾を洗い流していた。

桶に浸かっていた雑巾を絞り,冷たい水の感触が手に纏う。

降り注ぐ日の光に目を細めながら,彼女は一息ついた。


「ふう。やっと片付きそう」


後は,沸かしておいた風呂で身体を洗い流すだけだ。

そう思いつつ,テュアは図書館の窓を見つめ,奥で用具を片付けているメルセの後姿を見た。

手伝ってくれたお礼に,彼女には何かしてあげないといけない。

しかし,彼女の喜びそうなものが分からない。

本が借りたいと言っていたが,それとは別に何か趣味のようなものはないだろうか。

朝食の際も好物を聞き忘れていたので,今ここで聞いておいてもいいかもしれない。

そう思っていると,直後浮かび上がったマドが,高い警告音を発した。


「ひゃうっ!?」


突然のことに驚きの声を上げるテュア。

同時に警告音が止まり,青い画面に変化が現れる。


「い,いくら私を驚かそうって言っても,それは反則……!」

『侵入者を発見しました』

「えっ」

『擬態していますが,昨日と同種の個体と見て間違いありません』

「いや,何の話……」

『テルス村に魔物の侵入を検知しています。早急な対応が必要です』

「ケンチ? マドって喋る以外のこと,出来たの?」

『私は,お喋りソフトではありませんが? それよりも,魔物が不穏な動きをしています。画面の情報が更新されるので,それを元に現場に急行してください』

「え,いや,ちょっと……私,お風呂……」

『急行してください』

「うぅ……」


何が起きているのか戸惑いながらも,マドが何処となく急かしている印象だった。

その勢いに押され,彼女は考えるよりも先に図書館から飛び出るのだった。




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