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このスキル,壊れてます -4-




テルス村図書館,そこに隣接する木造の家の内部。

窓から差し込む日の光が,寝室で眠っていたテュアを照らす。

現在は快晴。

微かに聞こえる小鳥の囀りが,新しい朝の合図を知らせる。

布団に包まりながら少しだけ身体を動かした彼女は,ゆっくりと目を開いた。

朝が来たことを薄らと理解し,横になったまま軽く背伸びをする。


「んんー」

『朝です。おはようございます,オーナー』


そこへまっさらな青い画面が出現し,挨拶を行う。

事務的かつ機械的にすら感じられる女性の声がはっきりと届く。

目を丸くしたテュアは,何度かその目を擦る。

そして無表情になりながら,もう一度布団を頭から被った。


『二度寝の姿勢を確認』

「今,何か見ちゃいけないものが見えた気がした」

『視線の方向を確認。目視することで身の危険を感じるものは,存在しません』

「あー,出た出た,その通じなさ」


夢だと思いながらも,冗談が通じないその声に,テュアは唸りながら布団を動かす。

数週間前に手に入れたスキルのこと,そのスキルが勝手に喋り出したこと。

事情を聞こうにも意味の分からない単語ばかり喋るため,一切正体が掴めないことが鮮明に思い浮かぶ。

忘れようにも,あまりに衝撃的だったことのため,忘れられる筈もない。

彼女はベッドからようやく起き上がり,目の前で光る画面を見つめた。


「やっぱり夢じゃなかったのね」


窓からの朝日を背に浴び,軽いため息をつく。

寝ても起きても変わりは一つもない。

目の前の画面が,自分のスキルであると認める以外にないようだ。

だがそれ以外にも,妙な違和感が身体に纏わりついていたので,咄嗟に布団を捲り上げる。

バサリという音と共に,長い白髪が小さく舞う。

テュアに寄り添うように,白髪の少女が身体を丸めて眠っていた。


「この子も,夢じゃなかった……」


そうなるか,と言わんばかりの声が小さくこぼれる。

洞窟入り口で倒れていた少女は,変わらず静かな寝息を立てている。

髪や服装などを整えたテュアは,眠る少女を起こした後,朝食の準備を始める。

眠りから目覚めた少女も,眠そうな目のまま,彼女が行ったことと同じことを行う。

割と無防備な動きで着替えるも,特に困った様子はなく,物静かで物わかりの良い子だった。


昨日の昼頃,スケルトンの群れに襲われたテュアは,よく分からないままその窮地を脱し,よく分からないままに一人の少女を救出した。

気を失った彼女を背負いながら,事情を説明するためテルス村に帰還。

そこで,村人から無事に戻って来たという喜びの声と,村で起きた騒動を耳にすることになった。

話によると,森で発生した同種のスケルトンが村にも集まっていたらしく,暫くしてその全てが力を失った。

何の前振りもなく,一瞬の内に全てが崩れ去ったのだという。

テュアも自分の周りで起きたスケルトンの自滅を告げ,結果として誰かがスキルを用いて魔物を打倒したのだろう,という話に落ち着いた。

彼女自身,スキルと言葉の格闘していただけで,何かをした自覚はない。

あれだけ広範囲に攻撃を行ったとすれば,常識では計り知れないほどの力を持った人間がいるということになる。

だが,それらしき人物が村に現れることはなかった。


代わりに現れたのは,儚げな幼い少女。

診療所で目を覚ました彼女は,自身をメルセと名乗ったが,それ以外のことは覚えていなかった。

今まで何をしてきたのか,どうしてあの洞窟にいたのかも分からない。

満場一致で記憶喪失である。

帰る場所もないので,仕方なくテルス村で一時的に置いておくことにした。

彼女の世話などに関しては,自ら首を突っ込んだテュアが進言。

メルセも浮かんでいる青い画面に対して気味悪く感じる様子はなかったので,図書館の離れを利用して共同生活を行うことになった。


準備のできた朝食を前に,メルセはペコリと頭を下げつつお金を差し出してくる。

テュアはそれを見て,必要ないとの意思を見せた。

彼女は懐の中に結構な額のお金を持っていた。

妙に汚れてボロボロなものだったが,使えない訳でもない。

ただここで使う必要はなく,商売をしているつもりもないので,お互い遠慮した果てに,そのまま料理を食べ始めた。


「その,自分好みにしか料理したことないから……不味くない?」

「美味しい,です」

「そお? んふふー,良かったー」


どうやらそれなりに気に入ってくれたようで,テュアは安堵する。

誰かに自分の料理を作ったことなど滅多になく,美味しいと言ってもらえることに少しだけ誇らしくなる。

朝食を取りながら,そのまま何の気なしに話しかけた。


「そういえば,何で私の傍で寝てたの? 窮屈だったでしょ?」

「なんだか……」

「なんだか?」

「懐かしい匂い,したんです」

「臭い!? 嘘っ,私ちゃんとお風呂入ってるのに……!」

『測定を開始します』

「ちょっ……! 何勝手に測ろうとしてるの,駄目だって……!」

「別に,変な匂いじゃないです」

「本心なのか,気を使われたのか,分からないのが辛い!」


双方に惑わされながら自身の身体を嗅ぐが,分かるはずもない。

メルセに悪気があるようにも見えず,仕方なくパンに勢いよく噛り付いた。


「コホン。まぁ,それはいいとして,何か新しく思い出したことある?」

「まだ,何も……」

「そっかー。でも大丈夫。暫くはこの村にいても問題ないから,ゆっくり思い出せばいいよ」


未だに表情の硬いメルセに,優しく接する。

スケルトンの大群から現れた少女となれば,不信感を持つ者も現れるのは当然である。

しかし,襲撃を受けたその日に村人達が連携を取り,偶然近辺を移動していた冒険者ギルドをテルス村に呼び込んだ。

管轄内の森に得体の知れない洞窟が現れたため,調査をしてほしいと願い出たのだ。

冒険者ギルドとは,王都の大商人によって結成された公的機関に属する冒険者達を指す。

未踏の地があると知れば,興味本位であっても立ち寄ってくる。

加えて急を要した用事もなかったらしく,彼らは昨日の夕暮れ頃にテルス村にやって来た。


「冒険者の人達が様子を見に来てたし,スケルトンのことは,心配しなくていいと思うよ」

『彼らの身体能力は,オーナーの何倍もの力があります。安全性は高です』

「言い方が引っかかるなぁ」


食卓から見える窓の向こうには,身支度を整えた一部の冒険者たちが歩いていた。

金属で構成された防護服や武器を身に纏い,冒険者然としたいかにもな服装。

例えスケルトンが束になって掛かってきても,押し返す力はありそうな者達ばかりだ。

メルセが心配する事態にはなりそうもない。


「いよっし。朝食が済んで少し休んだら,図書館を掃除しないと。最近スキルばかり相手にして怠けてたから,埃溜まってそうだし。良かったら,メルセも手伝ってくれない?」

「掃除?」

「掃除といっても,床や壁の汚れを取ったり乾拭きをしたりするだけ,なんだけどね」

「分かったです。それくらいなら何でもできるし,何でもします」

「あら,いい子。ナデナデしたくなっちゃうなぁ。でも,その前に」


朝食を平らげ,食器を流しに突っ込んだテュアは,その場で身体を反転させた。


「私,お風呂沸かしてくるっ!」

『謎の意気込みを確認』

「可憐な乙女に,臭いは厳禁なんだから!」

『可憐の意味,検索中』

「……はい?」

「匂い,また確かめるよ?」

「メルセも意外と圧して来るよね……」


一度に二人も話し相手が増えたからだろうか。

朝起きて朝食を取っただけなのに,賑やかな雰囲気が周囲を包む。

とはいえ,メルセだけでなく,この得体の知れないスキルについても害はないため,一先ずは安心していいだろう。

溜息をつきながらも微笑むテュアは,料理を頬張るメルセを置いて,やはり風呂場へと向かうのだった。







「我が半身達が一瞬で倒されるとは,勇者の仕業か? いや,しかし……」


突如現れた洞窟の奥深く,何層にも分かれた地下ダンジョンの最深部で声が響く。

巨大な円形空間で,壁に沿う形で点在する青い火の玉が,その周囲を照らす。

奥には宝石を装飾として鎮座する高御座があり,そこに座す形で声の主が唸っていた。

その姿は人間とは異なる,白骨で形成されたスケルトンだった。

しかし,テルス村を襲ったスケルトンとは一線を画し,4~5mはありそうな巨体を誇る。


彼は地上を攻め入った半身達が返り討ちに遭った事実を知り,原因を探っていた。

力は劣るとはいえ,高い不死性を持つ眷属が一瞬の内に倒されるなど,本来ならばあり得ない事態だ。

強大な力を持った者に,打倒されたと考えるべきだった。

しかし,今の所その存在が地下ダンジョンに侵入した気配はない。

代わりに,異変を察知してやって来た冒険者達が近づいてくることを知る。


「まぁいい。所詮は毛が生えた程度の存在。恐れる必要はない」


それでも,彼は動じることなく瞳を少しだけ動かす。

射抜くような赤い瞳は,この場から地上へと逃げ出した白い少女を想起した。


「メルセ。逃げたつもりでいるようだが,お前は我から離れられない。それを,直ぐにでも思い出させてやろう」


メルセと何らかの関係を持つ巨大スケルトンは,意味深長な声を響かせた。




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