声を届けよう -4-
昼下がりのテルス村。
晴れた青空と所々に見える白い雲。
鳥の鳴き声が微かに聞こえる様は,平穏そのものだった。
村人達は日常的な仕事に勤しみ,冒険者達も定例的な巡回をしながら,仲間内で話し合っている。
その中を白い髪の少女が駆けていく。
警戒されるでもなく,畏怖されるでもなく,普通の子供として皆から挨拶されていく。
少女は笑顔で挨拶を返しながら,村の中心にある集会所へと立ち入る。
彼女はこの場所で待ち合わせをしていた。
これから先のことを決めるためにも。
その証拠に,集会所の大広間では既に一人の男が暇を持て余していた。
「よう,メルセ」
「どもです。ジェドーさん」
軽い調子でそう呼ばれた少女,メルセは同じく軽い調子で返答する。
大広間にどっかりと座っていた男,ジェドーも大事ないように肩を回す。
ずぼらそうな格好は相変わらずだが,彼は心なしかやつれているようだった。
「あの,大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えるか?」
「……」
「そこは何かいえよ」
「いえ,何だか申し訳なくて……」
「別に良いんだけどな。疑われるのには慣れてる」
彼の顔に疲労が浮かんでいるのには理由がある。
魔王・ザハークを打倒したことで脅威は去り,全ては丸く収まった。
しかし,それによって地下洞窟のダンジョンも消え去った。
あの場所は,元は魔王の手によって生み出されていた幻のような空間。
現界する力を失ったことで,あの空間から採掘された宝石も,全て消えてしまったのだ。
村人や冒険者達にとっては,それは天地がひっくり返るような思いだった。
そもそも,ゴブリン達によって遠くの隣村まで運ばれていた時点で,意味が分からないというのに,帰ってみればダンジョンが宝石ごと消えてしまっている事態。
その場にいた年長者,ジェドーが拘束されるのも至極当然だった。
数日経ってようやく誤解は解けたが, 村やギルドが把握できたのは,ダンジョンの消失だけ。
全てを滅ぼそうとした魔王のことが,認知されることはなかった。
「ゴブリン達はどうですか?」
「鉄の山でよろしくやってるさ。アイツら,いつの間にか俺のことをボスとか言い始めてな。全く,困ったもんだぜ」
「お山の大将?」
「……お前,意外と毒舌だな」
ジェドーは溜息をつきながら,顎を手で触れる。
「そーいや,あの時,何か言ってたな? 大きくなったらまた会える,だっけか?」
「や,止めてください……恥ずかしいです……」
「人をおちょくるお前が悪いんだよ」
「うぅ。そんなつもりなかったのに……」
「ま,でも良かったじゃねぇか」
「?」
「また,皆と会えたんだからな」
「……はいっ」
優しい声でメルセが返答すると,ジェドーも微かに笑う。
するとそこへ,新たな気配が近づいて来た。
金属の重々しい音と共に,互いの話し声が聞こえてくる。
「どうして魔剣は消えないんだ?」
「我らは幻ではない。地中に封印されていた数多の物質で構成されていたものだ。故に消える道理はない」
「封印って,そんな話聞いてないぞ」
「言う必要もないからな。我が太古の昔,人間の手によって封じられた者であることなど」
「転移能力と擬態能力……あと分裂も出来て,それに魔剣を従えていたなんて。もしかして,ストルスって凄い魔物だったのか?」
「当たり前だ。我は王だぞ」
上下関係が分からない妙な会話をしながら,大広間へ声の主が入って来る。
それは,いかにも冒険者であるという格好をしたヴェルム。
そして,布で包まれながら彼の両手に収まっている骸骨の頭部,ストルスだった。
ヴェルムは既に広間で待っていたメルセ達に気付き,軽く頭を下げた。
「あれ,二人共もう来てたんですか」
「まぁな」
「ヴェルムさん……だけじゃなくて,ストルスさんも一緒なんですね」
「はは。魔剣の契約上,お互い離れられなくなったからね」
メルセの問いに,ヴェルムは自嘲気味に答える。
彼もまた,この数日で環境が目まぐるしく変化していた。
魔王と対峙した際に契約した魔剣・ストルシアは,今まで制御が困難だったスキル・断絶刀を十全に発揮する力を誇っていた。
元は地底深くに封印されていたこともあり,魔王消滅後は力を失ったストルスに代わり,正式にヴェルムの所有物となる。
当然,ギルド間でその存在が知れたら事だ。
危険な力を手に入れたとして,投獄あるいは封印されるかもしれない。
そんな魔剣だが,実は大きさを自在に変えることが出来る性質がある。
ストルスが所持していた時のような大剣だけでなく,玩具にも見える程に小さくも出来る。
見た限りヴェルムは魔剣を所持していないように見えるが,実際は彼の首飾りとして小さな闇を灯している。
冒険者の人々も,剣の形をした妙な飾りを何処かで手に入れたのだろうと,気にすることはなかった。
また,ストルスの処遇についても手間が掛かった。
テルス村を襲撃したスケルトンと同個体ということもあって,冒険者達から討伐の対象となるのは必至だ。
しかし,ストルスが破壊されれば魔剣との契約破棄となり,ヴェルムの命も奪われてしまう。
言わば今の彼らは一心同体。
正体を隠すためにも,人の目がある間は,ストルスに只の置物でいてもらう必要がある。
当人は,当然受け入れ辛かったようだが,互いの命を共有している事実もあり,仕方なく受理する。
お蔭で今のヴェルムは,物言わぬ骸骨を常に持ち歩く,骸骨マニアとなっている。
「身体の具合は大丈夫ですか?」
「あんまり実感ないけど,何というか……」
「?」
「寝たり食べたりしなくても,全然平気になったね」
「あの……ストルスさん……?」
「言っただろう? 魔剣と契約した者は,人の枠を超えると。この男は望んでそれを手に入れた。それだけのことだ」
ストルスは冷静に事実を述べる。
魔剣の力は,ヴェルムから人として正常であるべき部分を奪いつつある。
この先,どう変化していくかも不明瞭だ。
ジェドーを含め,メルセ達は彼の容体を再度心配する。
「本当に,良かったんですか? 魔剣と契約して……」
「あの時は,是が非でもヤツを倒したかった。だから後悔はしてない」
ヴェルムの心境に変化はない。
魔剣ごと契約を消滅する手もある筈だが,彼はその手段に頷かなかった。
「それに,星の果て。そこに姉さんがいるなら,この力は手放せないよ」
「……まさか,アンタが姉を探して冒険者をしていたとは,予想外だったな」
「はは。お恥ずかしい話ですけどね」
「……ううん。恥ずかしくないです」
魔剣を振るう理由を知るメルセは,彼の考えを否定しない。
「家族に会いたい気持ち。私も分かります。だから,大事にしてください」
「……ありがとう」
家族を探す思いを無駄にしてはいけない。
その言葉を聞いて,ヴェルムは感謝するように笑う。
そんな中,再び広間にゆっくりと向かってくる人の気配があった。
いち早く気付いたメルセが,そちらの方を振り返る。
顔を真っ青にしたシャルノアが,幼体ベヒーモスに心配されながらやって来た。
「あ,皆さん。揃われていたんですね……」
「ど,どうかしたんですか,シャルノアさん? ジェドーさんより,やつれてます」
「俺と比べんなよ」
昨日まで何ともなかった彼女は,眼前に迫る恐怖に怯えているようだった。
何が起きたのか分からず,メルセ達が顔を見合わせると,シャルノアの手に高級そうな紙が握られていることに気付く。
「今回のダンジョン騒ぎ,王都の方にも大きな事件として取り上げられていたようで……。お父様やお母様からの手紙が,先程直々に届いたのです」
単純なダンジョン出現と消滅だけでも,前例のない事象という扱いで,王都のギルド本部へ報告が上がる。
その延長で,家出貴族であるシャルノアの話が,彼女の両親へ伝わるのも自然な流れだった。
「で……内容は……?」
「お叱りですわ……」
「あっ」
「貴族の娘ともあろうものが,家出だけでなく,人々に迷惑をかけるなど恥ずべき事。もう一度,教育をし直す必要がある,と」
次第に震えだすシャルノアの両手。
紙に書かれてある内容は誰にも分からないが,今の言葉も最大限表現をぼかした結果であることが伺える。
「終わりました……」
「ま,魔王と戦った時以上に目が死んでないですか?」
「どれだけ怖いんだ……。まぁ,身分は貴族だし当然と言えば当然,なのかな……?」
この世の終わりのような顔に,ジェドーはやれやれと言わんばかりに息を吐く。
「家出なんてかました時点で分かっていたことじゃねぇか。さっさと,怒られてこい」
「わ,分かっています。皆を心配させたのはワタクシなのです。とは言っても……あぁ,あの頃のワタクシを張り倒したい気分ですわ……」
「でも,シャルノアさんがいなかったら魔王は倒せなかったかも。悪いことだけじゃ,ないと思います」
「そこは,何というか,複雑な気分ですわね……」
フォローを入れるメルセに,シャルノアはどうにか持ち直したようだった。
幼体ベヒーモスを優しく撫でながら,心を落ち着かせている。
いつの間にか制獣をペット同然の扱いにしている彼女だが,完全に懐いてしまっていることもあって,今更問い質す者はいない。
ただ,彼女の両親がその生き物を見てどういう反応をするか,そこは誰も考えないようにした。
「で? アイツは?」
「少し遅れるって話だったんですけど……」
シャルノアが揃い,最後の一人を仄めかされ,メルセは口元に指を当てる。
身辺整理と準備に時間が掛かると言っていたが,どれ程なのか聞くのを忘れていた。
もう一度聞きに戻ろうかと彼女が思った直後,当の人物が集会所を訪れる。
「だーかーらー,何度も言ってるじゃん」
『何度も言っているのは私の方です』
「どの口が言うかっ」
『私に口はありません』
「屁理屈言わないっ」
生きの良い口喧嘩が聞こえてくる。
誰が喋っているのか,大広間にいる者達は直ぐに検討が付いた。
「来たな」
「来ましたわね」
安定感のある会話の流れに,安堵すら抱く皆。
そんな場の空気に構わず,声が段々近づいて来る。
「デン,とかバン,とか鳴らされると,驚くんだって。その音止めてってば」
『それでは警告音の意味がありません。元はオーナーの動作が,一々仰々しいことが原因です。漫才師でも目指しているのですか?』
「賢者! 賢者見習い!」
『自称ですよね?』
「!!??」
『凄い顔ですね。数値化しましょうか?』
「いらないし! というか毒舌! スキルが毒舌とか意味分かんないんだけど!?」
『それは,今更なのでは?』
そうして現れたのは,金色の髪を揺らす賢者志望の少女。
妙なスキルを得てから多忙な日々が続く,テュア・リンカートだった。
皆の視線を浴びた彼女は,会話を打ち切って意外そうな顔をする。
「あっ,やっぱり私が最後だった?」
「やっと来ましたわね,テュア」
「あれ? シャルノア,少し顔色悪くない?」
「い,色々ありまして……」
「んなことより,あまり大声出すなよ。また頭おかしくなったと思われるぞ」
「大丈夫ですぅ。皆に事情は話して,ある程度は理解してもらってますぅ」
「それでも,だ。貴様の慌てよう,どうにかならんのか?」
「はっ!? ……って,何だ,ストルスさんか」
「その反応も何回目だ,小娘。いい加減飽きろ」
「まぁまぁ,とりあえず落ち着いて……」
ヴェルムが皆をなだめ,場を鎮めようとする。
数日前の魔王戦が嘘だったような光景だ。
一歩出遅れその様子を見ていたメルセに,スッと移動してきた青い画面が声を掛ける。
『苦労を掛けます。メルセ』
「マドさん,何かあったんですか?」
『些細なことなのですが,オーナーが意固地になるので。困ったものです』
「相変わらず,ですね」
『はい。相変わらず,です』
「あ,メルセ。先に行かせちゃったけど,大丈夫だった?」
「うん。今から,話そうとしてたから」
気さくに話しかけるテュアに,自然と笑みをこぼすメルセ。
とは言え,このまま余韻に浸っているつもりはない。
ここに皆を集めたのは,他でもないメルセ自身だからだ。
全員が揃った中,彼女は間を置いて口を開く。
「じゃあ,本題に入ります」
誰の邪魔も入らない集会所で,メルセが全員に向けて語り出す。
その内容は単純。
今回起きたテルス村での騒動,その真相を彼女は始めから語っていった。
ダンジョンの正体だけでなく,魔王が何処から来たのか,そして自分が何故勇者と呼ばれていたのか。
たった一つを残して,彼女は全てを明かした。
既にある程度の話は聞いていた皆だったが,四勇者とその最期を聞いて,驚かない者はいなかった。
「メルセが未来から来た人で……しかも,未来の俺達が魔王と戦って死んだ勇者,だなんて。未だに信じられないよ」
「そりゃ,突拍子もないことだからな。だが,俺達は現に魔王と戦った。疑う余地は,なさそうだな」
「ではやはり……メルセは,未来のワタクシ達を看取ってきた,ということですの……?」
「はい……」
「そう,ですか」
肯定の言葉に,シャルノアが申し訳なさそうに肩を縮ませる。
「本当に,貴女が未来に帰る方法は,ないのかしら?」
「元々は魔王の力が原因だったので,私一人じゃ何も……」
「ジェドーさん,何とかならない?」
「無茶振りも大概にしろ,テュア。時間を超える発明品なんて,流石の俺でも造れんぞ」
魔王が消滅した今,元の時間軸に帰る方法は何処にも見つからない。
それはあの頃の故郷に,二度と戻れないことを意味していた。
だが問題はここからである。
メルセが言い難そうにしていると,解析をし終えたマドが代わりに周知する。
『皆さんの尽力によって,魔王は倒されました。しかし,今回倒した者は,あくまで未来から来た魔物。つまり』
「今この時代にいる魔王が,まだ残っているってことだろう?」
ジェドーの返答に,メルセは少しだけ俯く。
元々,未来の勇者達によって弱体化されていた魔王だ。
今の時代に存命している魔王が,全盛期の力のまま出現すれば,どうなるか分からない。
それは所謂,ここにいる皆に対して死の宣告を与えているようなもの。
メルセは皆の反応にどう答えるべきか,未だに決めかねていた。
だが,周りにそれ程の動揺は見られない。
彼女からしても,それは意外な落ち着きようだった。
「あまり,驚かないんですか……?」
「まぁ,アンタが未来から来たって言っていた時点で,大体察しはついていたからな。そーいえばストルス,だっけか? 元魔王の手下として,何か探せる手掛かりはないのか?」
「手下ではなく元王と呼べ。……あの方の存在は異形だった。何処で生まれ,何処であれ程の力を手に入れたのか。我ですら,その正体を掴むことは出来なかった」
「俺も一応ギルドに報告はしたけど,魔王のことはやっぱり半信半疑で……。魔王自身も消えてしまったし……せめて何か証拠らしいものあれば,良かったんだけど……」
魔王と対峙し,その脅威を知っているのは,ここに集まった者達だけ。
事情を知らない周囲の人々は,強大な敵が潜んでいたという事実を信用し切れていない。
未来で起きた魔王の襲撃までは,まだ年単位で猶予はあるが,悠長にしていられないのも事実だった。
「魔王を知っているのも動けるのも,ワタクシ達だけ。つまり,ワタクシ達だけで魔王を探し出して,もう一度倒す必要がある。ということですわね?」
「突然こんなことを言って,手を貸してもらえるなんて思ってないです……。でも……どうしても,言っておきたくて……」
魔王を見過ごせないメルセにとっては苦しい決断である。
あの時と同じように,彼らを巻き込んでしまうかもしれない。
沸き上がる自責の念を拭い切れるはずもない。
しかし,返ってきた言葉は彼女の想像と真逆のものだった。
「無茶苦茶な話だが,協力するしかねぇよな」
「ですね」
「ジェドーさん,ヴェルムさん,良いんですか……?」
「駄目ってことはないだろ。俺達にしか出来ないことならな。それにアンタ,どうせ私は勇者だからとか言って,何処までも突っ込んでいく気だろう? んなもん,見過ごす訳にいくかっての」
さも当然のように言うジェドー。
他の皆も,同じ反応だった。
「とは言っても,先ずはテルス村のゴタゴタをどうにかしねぇとな。ギルドの監視のせいで,今は動きようがねぇ。グレスタワーの後処理も残ってるから……暫くは徹夜だな」
「俺も,現地調査が残っているので,自由になれるのはその後からです。あ,あと,皆には引き続き魔王のことを理解してもらうよう,頑張ってみます」
「王都に戻れば何か情報があるかもしれません。ワタクシも,色々探ってみますわね」
「お前は先ず,親に絞められて来い。話はそれからだ」
「むむ……」
『その件は私達で引継ぎますので,安心してください』
「マドが安心して怒られろ? だって?」
「それは素直に喜んでいいのかしら?」
誰一人としてメルセを疑う者はいない。
促すまでもなく魔王への対策を立てようとする動きに,彼女は驚くしかなかった。
「信じて,くれるの……?」
「言ったでしょ,メルセ。皆,必ず協力してくれるって」
既に殆どの事情を聞かされていたテュアは,メルセの思いを後押しするように答える。
生きていた場所や時が違っていたとしても,彼女達の意志は全く変わらない。
勇者ではなく,一人の仲間として手を差し伸べる。
「いいか? 俺達も村でのことが片付いたら,直ぐに後を追う。くれぐれも,無茶だけはすんなよ。特にメルセ。お前は考えなしに突っ込む所あるからな。他の連中に相談しろ……って言っても,テュア相手じゃあ不安しか残らんだろうが」
「いえいえ。私は,自称,発明家のジェドーさんなんかより,ずぅーっと安心できる女ですから」
「は?」
「え?」
「二人とも,この空気で口喧嘩は止めようよ……」
「べ,別にそんなつもりはないよ? ヴェルム君?」
「全く,お淑やかの言葉を少しは学んでほしいですわね」
「似非一般家出女が何言ってんだ」
「んん!? 今,何と!?」
互いにからかうような,そんな落ち着いた雰囲気すら流れる。
決して夢でも幻でもない。
そこにはメルセが今まで見たことのなかった,彼らとの繋がりが確かにあった。
「ちょっ,メルセ泣いてるの!? ご,ごめんね!? ジェドーさん,流石にこれは駄目ですって!」
「おっさんが子供泣かすのはナシですよ」
「お,俺もそんなつもりは……なんかすまん」
「と,とりあえず,ワタクシのハンカチを……!」
「違うの……嬉しくて……。ありがとう,みんな……」
目を擦るメルセは,笑いながら涙を拭う。
皆の傍にいられることが,何よりも嬉しかったのだ。
ここにいても良いのだと。
今生きる一つの命として手を繋いで良いんだと,何度も噛み締める。
そんな彼女を見て,他の皆も自然と微笑むのだった。
そうして,旅立ちの時はやって来る。
「ちょっとした旅行って……テュアちゃん,本当に大丈夫?」
「大丈夫です。手紙も出しますから,安心してください。だから,図書館はお願いします。仕事のことは,本にして纏めてあるので」
「それはお願いされたけれど……必要なものは持った? お金とかも,しっかりあるわよね?」
「大丈夫ですって。任せてくださいよ」
「その自信が心配なのよね……」
「テュアさんの身体の調子は,私が何とかします」
「そ,そう? なら良いんだけど……メルセちゃんも気を付けてね? 何かあったら,直ぐに連絡して頂戴ね?」
「はいっ。ありがとうございますっ」
「年上。私の方がメルセより年上なんですけど?」
村人達が見送りに来る中,テュアとメルセは王都へ向かう馬車を背に,そう答えた。
この時代の魔王が何処に潜み,何処から現れるのかは,誰にも分からない。
ただテュア達も,指をくわえて待つつもりはなかった。
火のないところに煙は立たない。
重要な手掛かりが必ず何処かにある筈だ。
それを探し出すためにも,様々な情報が集まる王都へと向かうことになる。
こんな形で憧れの王都に行くことになるとは思っていなかったテュアだが,嬉しい誤算でもあった。
王都に辿り着くまでには,当然長い時間とお金が必要になる。
だが,そこはシャルノアが色々と工面してくれるというのだ。
流石に悪いと断ったのだが,問題ないと無理に押し切られる。
貴族特有の我の強さが今更現れたのだろうか。
実際の所,王都に行くだけで懐が寂しくなるのは事実であり,テュア達は仕方なくその言葉に甘えることにした。
ちなみにジェドーとヴェルムは,テルス村ですべきことが残っている。
ギルドからの監視や報告は,そう簡単に逃げ切れるものではない。
彼らとは後日,王都で合流することになるだろう。
「もう一度聞きますが,ワタクシと王都に来る,ということで構いませんわね?」
元凶を絶つまでテルス村には帰って来られないかもしれない。
それでも,既に覚悟はできている。
シャルノアの言葉に,二人は強く頷いた。
意志の固さを確かめた彼女は,令嬢らしい立ち振る舞いで,後方に控える馬車へ足を運ぶ。
元々あの馬車は,家出したシャルノアを迎えに来たもので,事情を説明するために御者に事情を説明し始める。
御者も相手が貴族令嬢ということもあり,断る心配は皆無だろう。
テュアはテルス村の風をもう一度感じ取りながら,不意にメルセに話しかける。
「というか,一つ気になっているんだけど」
「?」
「メルセ達が,勇者って呼ばれたのは分かったよ。でもね……」
特に遠回しに言うでもなく,純粋な疑問をぶつけた。
「私は? 私の話がないんだけど?」
『ありませんね』
「何? 未来の私,何してんの? 寝落ちてたりとか,してないよね?」
思わずといった様子でテュアは頭を抱える。
ジェドーを含めた三人の話は聞かされたというのに,自身の顛末が一切語られていないことが納得いかないようだ。
「こんなこと,あり得ないわ……。将来有望なこの私なんだから,絶対賢者になって有名になってる筈なのに……」
『自画自賛も,ここまでくると清々しいですね』
「人間前向きな方が良いに決まってるでしょ。それでメルセー,本当に私のこと知らないの? ひょっとして何か隠してなーい?」
「隠してないです……」
メルセは少しだけ視線を逸らす。
結局,彼女はテュアとの関係を明かすことはなかった。
親子ではなく,一人の友として傍にいることを選んだのだ。
『一つだけ,言えることがあります』
「え?」
『あらゆる物事には,必ず原因というものが存在します。しかし,知らない方が良いこともある。これも一つの在り方だと思います』
「どういうこと?」
「マドさん……?」
『私はその意思を尊重します。それだけですよ』
意味深な意見を述べるマド。
メルセは驚いたように目を開くが,テュアは依然として首を傾げたままだった。
「むーん,仕方ない。未来は未来。今の私が頑張るしかないんだよね」
「……」
「なーに,変な顔してるの? 別に誰も責めてないってば。それに,今ならメルセの力になってあげられる。悪いことばかりじゃないよ」
母と同じ瞳が,メルセを見つめる。
「メルセこそ,大丈夫なの? 確か,お母さんを探してたんだよね? 本当は……」
「ううん。いいの」
メルセはゆっくりと首を振る。
そこに恐れや後悔はない。
「これで,いいんだから」
ただ,小さく微笑むだけだった。
「二人ともー! 許可を頂きましたわ! 行きますわよー!」
ベヒーモスを抱えたシャルノアが,二人に声を掛ける。
出発の準備が整ったようだ。
思い切ったメルセがその場から駆け出す。
「さ,行こうよ! テュアさん!」
「え,あっ,うんっ! それじゃあ,皆! 行ってきます!」
慌てたテュアが村人達に手を振りながら,後をついて来る。
未来がどうなるかは分からない。
決められた道から外れ,予想外の方向へと転がっていくかもしれない。
それでも,今は皆がいる。
力を合わせれば,必ず乗り越えられる。
そう信じ,二人は今を踏み出した。




