声を届けよう -3-
四勇者全員を仕留めるため,魔王からの猛攻が始まる。
天空を浮遊するその巨体から,新たな断片が生成される。
それは金属の集合体。
様々な色をしたケーブルの塊が,触角のように幾つも手を伸ばしながら,空を覆う程に幾つも解き放たれる。
最早魔物ですらない。
命を持たない,ただ命令に従うだけの機械が,電流を噴き出しながら迫りくる。
人がアレに触れれば,ただでは済まない。
するとメルセ達を庇うように,ジェドーが前に進み出る。
「見せてやるよ! 一世一代の大仕事ってヤツを!」
思い切り波動砲を地に突き刺した後,備え付けられていたスイッチを押す。
波動砲が崩壊すると共に,周辺の大地を取り込み新たな砲に変貌する。
一体化した砲は即座に大きさを増し,家屋一軒分ほどにまで巨大化した。
この大砲はジェドーの奥の手であり,地中で形成した即興ラインとグレスタワーの炉を直接繋げたものだった。
無論,これは鉄の山が近場になければ機能しない。
だが炉の燃料を得たことで,威力は絶大。
ニヤリと笑ったジェドーの指示によって,大砲から放たれた波動の塊が,次々に魔王の断片を吹き飛ばしていく。
一つ一つが対敵を粉微塵にする威力で,機械で満ちた空に大穴を開ける。
穴の先には,浮かび上がる魔王の姿が見えた。
『0+0+――PE?E――=TY――』
意味の分からない言葉が魔王の口から洩れる。
意志は汲み取れないが,ジェドーの攻撃に効果があることだけは分かった。
「援護は任せろッ! 行けッ!」
砲の轟音と共に聞こえるジェドーの合図に,三人が飛び出す。
降り注ぐ機械の破片を切り抜け,距離を縮めていく。
しかし,魔王は未だ天空を舞い続けており,今のままでは手が届くことはない。
「私が道を造りますっ!」
直後,メルセが魔法陣を空中に生み出す。
隙間の空いた煉瓦状のように幾つも散りばめ,ジェドーの作った天の大穴に向かって道を造る。
その足場は,上空から襲い掛かる機械の残党を防ぐ役割も担っていた。
生み出された足場を利用して,三人は大穴へと上り詰める。
波動を潜り抜けた機械達が,彼女達に向けて強烈な電撃を放つ。
「頼む! 今だけは,俺に力を貸してくれ……!」
巨大な電流が皆に迫る瞬間,ヴェルムが魔剣に力を込める。
彼の意志に呼応するように,剣が漆黒の力を巻き起こした。
それは引力。
四方八方から襲い掛かる雷の全てを,魔剣に引き寄せ吸収・帯電させた。
既にヴェルムは,魔剣を通してその使い方を無意識の内に理解しているようだった。
躊躇いは一切ない。
戦いの中で恐怖心を克服した彼は,蓄積した全て雷を相手に弾き返す。
魔剣の力で倍加された電力は,そのまま機械の残党を黒焦げに燃やし尽くした。
だがヴェルムの反撃は止まらない。
電撃の残骸を放ちながら,魔剣に己のスキルを纏わせる。
禍々しい色に染まっていた刀身が,純白の色に輝く。
「断つッ!」
ヴェルムは全てを薙ぎ払うように剣を振るった。
斬る,のではなく,断つ。
振り下ろされた剣筋に白銀の色が残り,次第に周囲の景色に罅を入れていく。
ヴェルムのスキル・断絶刀は,剣さえあれば,あらゆる物質を空間ごと裂く事の出来る力を誇っていた。
瞬間,光景が切り裂かれる。
彼のスキルによって断裂された空間が,魔王の群れを分断し消滅させていく。
無論,メルセ達が巻き込まれることはない。
力を仲間に及ばせないよう,ヴェルムは必死に己の力を制御していたのだ。
決して同じ間違いを犯さないように。
そうして放たれた斬撃は,天から見下ろしていた魔王まで届き,巨大な尾を切り落とした。
『Q<――FU――XTP94――』
魔王が目を剥き,巨大な口を開ける。
既に狂気に蝕まれた者に,生物らしい感情があるのかも分からない。
ただ身体の一部を切り捨てられた事に,忌々しそうな唸り声を上げる。
地上で爆発の如く波動を連発するジェドー。
歯を食いしばりながら,魔剣を振るい続けるヴェルム。
彼らの奮戦を見送りながら,メルセ達は掻き消された機械の空を上り詰めた。
すると開かれた王の口から,異様な力を感じる。
体内に溜めこんでいたものを吐き出そうと,周囲の空気を吸い込み始める。
過去の経験を思い出したメルセは,後ろから追ってきたシャルノアに静止の声を出す。
「シャルノアさん! 私の傍に!」
魔法陣を昇ってきたシャルノアは,その意味を理解し,彼女の背後に控える。
直後,巨大な口腔から強烈な光線が放たれた。
それは電気回路の塊。
メルセは何重にも折り重ねた魔法陣を展開し,その威力を相殺する。
記憶喪失のままならば耐えられなかった魔王の攻撃を,一つの揺るぎもなく防ぎ切る。
「皆さん流石ですわね。これはワタクシも,うかうか出来なくなりましたわ」
「行けますか!?」
「ええ! 思い切り,行きましょうっ!」
メルセの魔法陣が光線を押し返し消失させた瞬間,シャルノアが前方へ飛び出す。
振り上げた拳を叩き下ろさんと,力を込める。
直進するシャルノアに向けて,魔王の全身からケーブルのような触手が迫る。
しかし彼女はそれを回避,足場としながら跳躍。
暁闇の空を背負い,魔王の元へと降下する。
「砕けなさいッ!」
全身全霊の拳。
彼女にとって畏怖の対象だった力で,魔王の胴体を叩き潰す。
砕け散った機械の部品や肉壁が空を舞い,その内部を露わにする。
正体不明な金属の渦の中,微かに心臓の如く鼓動する漆黒の球体が現れる。
それはメルセがかつて一太刀浴びせた,魔王の本体だった。
「あれが,核ですわねっ!」
既に核は修復されているが,それ自身に抵抗するだけの力はない。
力の源であるこれを破壊すれば,完全に打ち倒すことが出来る。
そう思いシャルノアは再度拳を構えるも,未だ空中を舞い続ける魔王が身震いを起こした。
瞬間,その全身が電気回路状に光を放つ。
電流が流れるかのように,閃光が周囲を駆け巡る。
『G+EU――FU――』
光に当てられ,シャルノアの足や腕に電気回路が侵食する。
あの時と同じように,彼女の身体に取り入ろうとしているのだ。
魔法陣で放たれた全触手を打ち払ったメルセが,思わずといった様子で飛来する。
「シャルノアさんっ!」
「大丈夫ですわ……! 今のワタクシは,一人ではないのですから……!」
しかし,シャルノアの表情に焦燥はなかった。
仲間を信頼する言葉と共に,魔王の身体が巨大な衝撃によって揺り動かされる。
それは振動の塊。
地上から放たれたジェドーの波動が,数百m先の高さを舞う魔王を貫いたのだ。
「やっと届いたか……!」
空を見上げるジェドーが,紙一重の声を漏らす。
波動の衝撃で,取り込もうとしていた電気回路は消失,効力を失う。
その揺れから弾かれたシャルノアは空中に放り出されるが,周囲に張り巡らされていた魔法陣に着地する。
落下を免れたことに感謝した彼女は,無事を確認しにやって来たメルセに向けて叫ぶ。
「メルセ! あれをっ!」
ハッとして,シャルノアの指差す真下を見下ろす。
抉られた魔王の体内からは,脈動を繰り返す核が現れている。
しかし次第に修復を始め,機械と肉の壁に覆われていく。
あのままでは,再び手の届かない所へ行ってしまう。
シャルノアの力を無駄にしないためにも,メルセは反転し両手に今ある力を宿し,全てを一つに集約する。
そうして生まれたのは,直径数百mにも及ぶ巨大な魔法陣。
大地とは垂直に,陣の形をした強大な刃が生成される。
山頂を削り落としそうな威力を持つそれを,メルセは核ごと魔王へ向ける。
当の魔王もその危険性を理解しているのか,この場から逃れようと退避行動を取る。
しかし,それを阻むように空間の罅が辺りを取り囲んだ。
「お前はここから逃がさないッ!」
機械の群れを薙ぎ倒したヴェルムが,魔剣を振りかざし真下から援護する。
鳥籠のように空間を切り裂き,相手の退路を断つ。
続いてジェドーの波動が,彼の造った罅を器用に通り抜ける。
メルセの一撃が狙いやすいよう,波動の衝撃が魔王の全身を揺さぶった。
『NYUKSB――T5>――』
先程まで埋まりかけていた核が,再び姿を見せる。
もうメルセを妨げるものはいない。
最後のあがきと言わんばかりに,魔王の全身から大量のワイヤーが放出される。
それは彼女を呑み込み全身を少しずつ切り刻んでいくが,構いはしない。
今更この程度の痛みで怯むようなこともない。
ワイヤーをかき分けながら,メルセは掲げた魔法陣を振り下ろす。
「堕ちてッ!」
大気を切った巨大な刃が,魔王に直撃する。
重々しい金属同士の擦れる音と共に,その身体を核ごと切断した。
瞬間,魔王の断末魔が響き渡る。
機械と肉で構成された全身が崩壊していく。
あらゆる者を惑わせた瘴気も幻も,日の光に染まり始めた空へ溶けていく。
大きな崩壊音と共に魔王は天を見上げ,そこから堕ちていった。
●
「やったのか……?」
嵐のように巻き起こる砂塵を振り払ったジェドーは,視界の先に横たわる魔王だったモノを見つける。
瓦礫の山と化したそれは,元々生物だったのかすらも怪しいが,動く気配は一切ない。
核を潰されたことで,その機能を完全に停止している。
ジェドーは息を震わせながら,戦闘態勢を解除,操作していた大砲を消滅させる。
残されたのは,ボロボロとなった元の波動砲のみ。
すると空間の罅を修復したヴェルムが,彼の元まで辿り着く。
「ジェドーさん!」
「おお,お互い無事みてぇだな」
会話を交わすジェドー達の後ろから,メルセがゆっくりと歩いて来る。
大きな力の消耗はあるが,重傷を負っている様子はない。
無事を確認し合う彼らを見て,安心するように息を吐く。
しかしその輪に入ろうとはしない。
自身の傷を回復しようともせず,ただ魔王を見上げる彼女に,空中から飛び降りてきたシャルノアが駆け寄って来る。
「メルセ! 大丈夫ですか!?」
「はい……」
大した傷もないシャルノアに向けて,メルセは少しだけ頷く。
魔王は倒された筈だ。
村やギルドの人々の意識も取り戻し,誰一人犠牲になることはなかった。
眠っているテュアも命に別条はない。
だというのに,メルセは何故か浮かない顔だった。
「本当に倒したんですか? 俺達が?」
「あぁ,夢見てぇな話だがな……」
「私達も,テュアさんも,村の皆さんも無事です! 全て貴女のお蔭ですわ!」
興奮気味に揺さぶられたメルセが視線を戻すと,三人の姿が目に映る。
一度も共闘することのなかった勇者全員が手を組み,一つの力として結束した。
そんな光景がとても懐かしく見える。
反射的に口を開いた彼女は,ゆっくりと答える。
「ううん。これは皆が頑張ってくれたお陰です。それに,私は皆がいるだけで……」
一瞬躊躇った後,目を伏せながら続けた。
「だからもう,思い残すことはないです」
「何を……?」
瞬間,全員に違和感が沸き上がる。
聞き覚えのある鼓動音が響き渡り,収束しかけていた事態を巻き戻す。
「何だ,この威圧感は!?」
「見てください! ザハークがっ!」
シャルノアが地に伏した魔王を見上げる。
瓦礫の山と化したその身体が,赤い光を灯しながら心音のように動き出す。
魔王は既に事切れている。
だが暴走した力が収まることはなく,それが今破裂しようとしていたのだ。
「コイツ,まだ動けるのか! なら……!」
「待てヴェルム! この反応,覚えがある! グレスタワーで,炉が暴走状態に入った時と同じ感覚だ!」
「どういうことです!?」
「……爆発だ」
「なっ!?」
ヴェルムが言葉に詰まる中,ジェドーが冷や汗をかきながら周囲を見回した。
メルセもその予兆には既に気付いていた。
「しかもこの衝撃……大爆発なんてものじゃねぇ……。村どころか,周辺の山ごと軽く吹き飛ぶ……!」
「なら,俺がコイツを斬り伏せれば……!」
「止せッ! 下手な衝撃を与えれば,その瞬間に爆発するぞ!」
「そ,そんな! 何とかなりませんの!?」
「クソッ! 流石にこれだけの大きさじゃ……!」
この先起こる爆発は,ただの業火の炸裂ではない。
全ての情報を洗い流す,虚無の波。
魔王自身すらも消滅させる絶大な威力を誇っていた。
今の三人では,どう足掻いても切り抜けることは出来ない。
テルス村だけでなく周囲一帯が消滅し,地図の地形すら一瞬の内に変貌するだろう。
直後,爆発寸前の魔王を緑色の光が包み込む。
それは魔法陣。
一切の衝撃を与えることなく,魔王の全てを立方体型に包み込んだ。
その正体を思い出し皆が振り返ると,おもむろに歩き出し,三人と魔王の間に割って入るメルセの姿があった。
「メルセ……? 君は,何をする気なんだ……?」
「つまり,こういうことですよね? 強い力を与えずに,魔王を遠くへ運ばないといけない。しかも,誰も傷つかない,空高くまで」
全てを理解したつもりで,メルセは天を見上げる。
これだけ規格外の威力となれば,魔法陣をどれだけ展開しても防御しきれない。
魔王との対峙経験のある彼女は,既に覚悟を決めていた。
「私が運びます。それだけ高い場所なら,一緒に行かないと,力を制御できないから」
「ばっ……!? 何を言ってやがる!?」
「何って,私が行きます。それだけです」
「それだけ!? それだけだと!? そんなことをしたら,お前が……!」
ジェドーが言い淀むと,シャルノアが一歩前に踏み出して両手を握りしめた。
「メルセ,冗談も程々にして下さいまし。本気で怒りますわよ……?」
「私は,本気です」
「何が本気なものですか!? まだ他に手があるかもしれませんのに!」
声を荒げるシャルノアの言葉を聞いて,メルセは白い髪を舞わせ,振り返る。
そして,ただ笑った。
その笑顔に,彼女は呆然とするだけだった。
「ありがとうございます,シャルノアさん。私のために,怒ってくれて」
「……!」
「でも他に方法も,時間もないんです。皆にも,私にも……」
メルセは自身の身体を見下ろす。
皆は気付いていないが,既に彼女の身体は揺らいでいた。
本来交わる筈のない時が,魔王を倒したことで元に戻りつつあるのだ。
メルセは未来で死亡したことになっている。
その事実に合わせるように,今いる彼女の存在が引き寄せられている。
所謂,運命の収束というものなのだろう。
「君は,それでいいのか?」
「いいんです。これは私がやり残したことです。これで,全部終わり。だから,ヴェルムさんも,お姉さんのこと,最後まで諦めないで下さい」
「ど,どうしてそれを……!」
ヴェルムは知る筈のない自分の過去を指摘され愕然とするが,メルセはただ気丈に振る舞うだけだった。
最後に皆に会えた。
別れも告げた。
言い残すも,思い残すこともない。
そう思い続けていると,ジェドーが再び口を開いた。
「本当に,そう思ってんのか? 魔王を倒すためなら,自分が死んでしまっても良いって」
「本当です。だって私は」
「嘘つくんじゃねぇよ」
「えっ」
「じゃあ,どうして泣いてるんだ?」
彼の言葉を聞いて,メルセは頬から何かが伝っていることに気付いた。
思わず手で触れて確かめる。
「あ……れ……?」
そこでようやく,自分が涙を溢していることに気付く。
皆の優しさに触れてはいけないのに。
絶対に泣かないと決めていた筈なのに。
抑え込んでいた感情が止めどなく溢れてくる。
「本当は,こんなことをしたくない。そうなんだろ?」
「違います」
「いや,違わない。お前は,本心を隠してる」
「ちがう……」
「考え直せ。まだ,何か方法はある筈だ」
「やめてっ……!」
耐え切れなくなって,メルセは叫んだ。
「こうしないと,いけないの! だって,私は勇者なんだから……!」
「ガキが下らねぇこと,言ってんじゃねぇよ! 勇者だからなんだってんだ! そんなもののために死ぬ位なら,捨ててしまえ!」
叫び返したジェドーは,そのまま手を伸ばす。
傷だらけの手だったが,そこには確かな温もりがあった。
「さっきも,皆で力を合わせただろう!? 切り抜けただろ!? 一人で勝手に諦めてんじゃねぇ! こっちに来い!」
「そうだよ! 君が命を賭ける必要なんてないんだ!」
「早まらないで! テュアに何も言わないままなんて,おかしいですわ! お願いします! 戻ってきて!」
皆の声が,メルセの心を揺さぶる。
直視できずに目を瞑った先に,今までのことが走馬灯のように映る。
遠くない未来で,共に行動した勇者達の姿。
そして,母と共に本を読み合った時を。
涙を拭わないまま,メルセは感情を吐露した。
「わたしだって,もっと傍にいたい! 一緒にいたいよ! でも,もういいのっ! やっと会えたから! もう,一人じゃないから! それに……これで,最後じゃないもん……!」
震える指で自身の足元に魔法陣を生み出す。
拘束した魔王を,そのまま浮遊させる。
「また会える……! 皆が大きくなったら……! 絶対,また会えるから……っ……! だからっ……!」
顔を上げ,目を開く。
涙に濡れて,皆の姿は遠くなっていく。
「さよならっ……!」
皆が止める声を振り切って,メルセは背を向けて地上から飛び立った。
囲い込んだ魔王を持ち上げ,空高くまで運ぶ。
減速などしないまま,今ある全ての力で飛び続ける。
全ての景色が遠くなり,数多の雲を超える。
急速に温度が低下し,徐々に身体が解けていく。
その余波から魔法陣が力を失い,罅割れていく。
それでも彼女は諦めることはなかった。
地平線が消え,昇る日の光がメルセに差し込む。
その温かさに導かれると,光の先に懐かしい光景が見えた。
薬を買って母に届ける,幼い頃の彼女。
それが,ずぶ濡れで風邪を引いたテュアを看病する,かつての姿と重なる。
薬を受け取ったテュアが笑い,それに答えるように,メルセも白髪を揺らし微笑む。
「おかあ……さん……」
零れた涙が,光の粒となって流れていく。
直後,魔王が無の力と共に全てを消滅させた。
強烈な光が放たれ,日の光以上に地上を照らしていく。
けれど,それが届くことはない。
一瞬の煌めきのように弾け,そのまま四方へ飛散するだけ。
まるで流れ星のように儚く落ちたそれらは,地上の日の出と共に消えていった。
●
誰かに呼ばれたような気がして,テュアは意識を取り戻す。
いつの間に夜が明けており,温かい朝日が村全体を包み込んでいた。
辺りの大地には何者かと戦ったような,大きな傷跡が残されている。
だが脅威となる者は何処にもいない。
ただ,事情を呑み込めない彼女を覗き込む,シャルノアの姿があった。
「テュア,良かった……!」
「み……みんな……?」
「お身体の方は問題ありませんか……!?」
「う,うん。平気だけど……」
今にも泣きだしそうなシャルノアを不思議に思いつつ,テュアは曖昧に返答する。
傍にいたジェドーやヴェルムは,何故か俯いたまま険しい表情をしていた。
そこで彼女は,もう一人いた筈の少女が見当たらないことに気付く。
「あれ? メルセは? メルセはどこにいるの?」
「……」
何も知らない彼女の問いに,沈黙が流れる。
徐々に視線を逸らしていくシャルノアに代わって,ジェドーが近づき,今までに起きたこと全てを明かした。
囚われていた村人達の意識は解放されたこと。
残された四人で魔王を打ち倒したこと。
そして暴走した魔王の力から皆を守るために,メルセが自ら犠牲になったことを。
一部始終を聞いたテュアは,ただ呆気に取られる。
一言も返答出来ず,背後から冷たい風が吹いたような気がした。
「ごめんなさい……ワタクシの力では,どうすることも……。うぅっ……」
遂にシャルノアが膝を屈し,口元を抑える。
始めは何かの冗談かと思ったが,あのジェドーが悔しそうに表情を歪めている時点で,その考えは無残に打ち砕かれた。
幻想空間で涙を流していたメルセが,テュアの脳裏を掠める。
あれだけ弱弱しく震えていた彼女は,何も言わないまま皆の前から姿を消したのだ。
「そんな……そんなの……」
ようやくその自覚が沸き上がり,テュアが肩を震わせる。
行き場を失った両手を強く握りしめる。
しかしそれも一瞬。
俯きかけた彼女は,ムキになったように大空に向かって叫んだ。
「納得できるかーっ!!」
他三人が驚いて目を丸くする中,勢いよく立ち上がり,飛び出した青い窓に声を掛ける。
「マドッ!」
『既に準備は完了しています』
「いける!?」
『無論です。貴方達のサポートが,私の存在理由ですから』
「よしっ!」
指先が画面に触れたことで光を宿す。
癒えた疲労が再び圧し掛かって来るが,大した問題ではない。
瞬間,光の渦が巻き起こりテュアの周りを取り囲んだ。
何をしようとしているのかと皆が動揺する中,彼女は少しだけ振り返って手を挙げる。
「お,おい!? テュア!?」
「ごめん皆! ちょっと行ってくる!」
まるで少し出掛けてくるかのような言い方。
制止する間もなく,テュアは光の渦と共にその場から消失した。
●
深い暗闇の中を漂っていたメルセは,不意に何者かの気配を感じた。
既に命を落としたこの身。
失われた筈の意識が,急に自我を持って浮上し始める。
身体の感覚が,輪郭と共に形を帯びていく。
無意識の内に瞼を開き,その場を見下ろすと,そこには消えた筈の自分の身体があった。
「あれ……? わたし……」
「メルセ,そこにいたのねっ」
聞き覚えのある声がして,思わずメルセは後ろを振り返る。
金色の髪を靡かせたテュアが,闇を振り払いながら現れた。
「なん……で……」
「なんでって,傍にいるって言ったのに,勝手にいなくならないでよね。探すのに手間取っちゃった」
迷子の子供を探すような口調で,テュアはにっこり笑う。
あまりにも場違いな笑顔。
いつもと全く変わらない様子を見て,少女は目を強く瞑って俯く。
「さ,帰ろ?」
「……やだ」
「強情だなぁ。一体誰に似たのやら。デコピンされたいの?」
「だって……だって,これは決まっていることだから。私が残れば,きっと未来が変わっちゃう……。この先,もっと悪いことになるかもしれないよ……。それは,駄目なの……だから……」
「未来,ねぇ。よく分かんないけど,私はメルセがいなくなった未来なんて,考えたくないかな」
頬を軽く掻きながら,テュアは恥ずかしそうに言う。
彼女はただ,友達であるメルセを助けに来ただけである。
魔王や勇者のこと,未来との関わりなど,興味もなければ知るつもりもない。
座り込むメルセに視線を合わせ,テュアは首を傾げた。
「後ろ向きに全力出すのは止めよ? メルセはどうしたいの?」
「わたし……?」
「そう。メルセも,勇者になって色々なことを経験したんだと思う。でも,そうなったのには,何かワケがあるんでしょ? そうまでして,一番やりたかったことって何?」
「やりたかった……こと……」
問い掛けられた言葉の意味を,メルセは反芻する。
メルセが望むのは,もう戻らない遠い過去の記憶。
それを今ここにいる皆に求めてしまうことが,正しいことだとは思っていない。
しかし,それでも良いのだろうか。
目の前にいる,母の面影がある彼女に,手を伸ばしても良いのだろうか。
すると決断するよりも先に,テュアがメルセの右手を取った。
「なーんて! ここまで来て,答えは聞かないけどね!」
触れ合った手が,しっかりと握られる。
「未来なんて,後から考えればいいの! だって今にいれば,メルセの知らない沢山のことが,広がってるんだから!」
あらゆる可能性を示す言葉を聞いて,メルセはゆっくりと見つめ返す。
今,そこにいるテュアの姿は,どうしようもなく眩しかった。
自然と笑みがこぼれ,握られた手を引いて立ち上がる。
最早彼女に,この場に残る気持ちはなくなっていた。
「責任,取ってね」
ポツリと口にしたメルセの声は,誰にも聞こえず消えていく。
縛られていた過去から,色の輝く世界へと導かれる。
もう,立ち止まっても良いのかもしれない。
手を伸ばす居場所を見つけたメルセは,今あるべき所へと,テュアと共に帰っていった。




