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声を届けよう -2-







過去の映像が全て吐き出される。

途切れるような音と共に,壁一面にあった映像は消え去った。

残されたのは回路模様の病室だけ。

全てを思い出したメルセは,無意識に後ろに下がる。

中央にあったベッドに腰をぶつけ,そのまま膝から崩れ落ちる。

新たな映像は映し出されることはなかったが,先程まで見えていた記憶の断片が,何度も脳裏を過ぎ去っていく。


「あ……あぁ……」


はっきりとした言葉は出てこなかった。

思い返す。

あれだけ近くにいたのに,今まで全く気付かなかったことを。

違和感すら抱かなかった自分の鈍さを。


「そこに,いてくれたの……?」


メルセが探し求めていた人は,今まで手の届く所にいた。

時折頼りない声を出しながらも,記憶を失った彼女を信じ続けた,怖がりで温かな姿。

賢者志望を名乗り,まだ見ぬ王都を目指す,憧れに満ちた姿。

時は違えども,そこにはかつての面影が確かにあった。


次の瞬間,壁に別の光景が映し出される。

それは過去の映像ではなく,今まさに外で起きている戦いの有様だった。

視点は魔王からのものだろう。

空中を浮遊しながら,夜の闇に落ちたテルス村を俯瞰している。

その先には魔王が差し向けた大蛇の群れと,抗戦する若かりし頃の勇者があった。

戦況がどちらに傾いているのかは,明白だった。

大地を抉り木々を喰らい尽くす大蛇相手に,徐々に圧されていく。

実体を得て復活した魔王は,今を生きる三人の勇者を斃さんとしている。


「そんな……やめて……!」


ヴェルムの剣が,激しい戦闘に耐えきれず音を立てて砕ける。

ジェドーの波動を潜り抜けて,大蛇が彼に喰らい付く。

シャルノアも数の暴力に耐え切れず,防戦一方となる。

いかに弱体化しているとはいえ,魔王の力は三人の総力を超えていた。

戦線は辛うじて踏み止まっていたが,彼らが呑み込まれるのも時間の問題だった。


「皆……やられちゃう……!」


メルセは両手を床に這わせながら力を込める。

だが以前と同じで,魔法陣は一つも現れなかった。

何度試しても,どれだけ振り絞っても,全く変化はない。

次第に彼女の表情が焦燥に満ちていく。


「どうして,どうして出ないの! 今,やらなきゃ皆が……皆が……!」


この病室自体が魔王によって生み出されたものである限り,メルセのスキルは封じられたままだ。

既に彼女は無力同然だった。

わざと外の光景を見せている,魔王の悪趣味さが伝わってくる。

震える両手を握り拳に変えると,我に返らせるように遠くから声が聞こえる。


『ああ,もう,うるさいうるさーいっ! あの子がどんな子でも関係ない! 私はメルセを助けるの! 邪魔しないで!』

「あ……」


それはテュアの言葉だった。

何も知らず,何が起きているのかも分からないまま,ここまでやって来たのだ。

一人囚われたメルセを助け出すために。

だがそれが魔王の狙いだということに,直ぐにメルセは気付いた。

勇者でないとはいえ,テュアはその才と血を持つ者だ。

彼女の命を奪えば,未来でメルセが生まれることはない。

魔王が侵入を許したのは,娘を利用して母をおびき寄せ,確実に始末するための罠だった。


「だめ……。そんなの,だめだよ……」


ふらふらとメルセは立ち上がる。

直後,部屋の構造が黒い泥のように溶け始める。

魔王がメルセを取り込み過去へ飛んだ時と同じ形態だった。

テュアは病室の扉に向かって,真っ直ぐ突き進んでいる。

このまま部屋に飛び込めば,彼女の身体は黒泥に呑まれてしまう。


「来ないで……」


泥に変貌する床に足を取られながら出口に近づき,扉へ手を伸ばす。

しかし纏わりついた黒い沼が,それ以上進むことを許さない。

分かっていた。

誘い込むための餌に自由はない。

自分にはどうすることも出来ない。

それでもメルセは声を震わせた。


「お願い……来ちゃ駄目……」

『メルセ!? そこにいるの!?』


目に浮かぶのは,あの時の情景。

皆を守るために,たった一人の娘を守るために,魔王に立ちはだかった母の姿。

傍にいた大切な人が遠くなっていく感覚。

今も,それは変わらない。

テュアとの距離は縮まっているのに,何故か,どんどん離れていく。


『待ってて! 今,行くからね!』

「いやだ! また,あの時と同じなんて,いやだよ……!」


自分を探す懸命な声が,メルセの心に突き刺さる。

重さに耐え切れなくなり,振り絞るように声を荒げた。

同時に泥の扉が開け放たれる。

金色の髪を揺らしながら,大切な人を取り戻しに来たテュアが現れる。

その佇まいはどうしようもなく,過去の記憶とそっくりだった。


言葉を失うメルセを見つけ,テュアは病室内へと踏み出す。

だがそれも一瞬だった。

泥は大きく波を立てて二人を包み込む。

力を奪う闇の渦が,彼女達の全てを流し去っていく。

お互いの手が伸ばされるも,それは寸前の所で届かない。

漆黒があらゆる感覚と光景を奪い尽くし,二人は黒泥に取り込まれた。







テルス村郊外。

周囲の大地は大蛇達の猛攻によって不毛のそれへと変わり,砂塵が舞い落ち続ける。

荒れた戦場の衝撃が,音となって震撼する。

その中で揺れ動くジェドー達三人は,苦戦を強いられていた。

村への危害は紙一重のところで抑え込んでいたが,代わりに皆の身体は徐々に傷を負わされていく。

体力も削り取られ,戦う力も僅かとなっている。


「お前ら……! 生きてるか……!?」

「な,何とか……」

「辛うじて,ですけれど……」


三人は互いに生存を確認し合うも,状況は悪化の一途をたどっている。

現状,魔王の断片を打ち払う事だけで精一杯だ。

テュア達を助けるどころか,魔王に一歩も近づくことが出来ない。

息を切らす三人は苦しそうな表情で,それでも決して諦めることなく立ち上がる。

するとシャルノアの服の胸元から現れた幼体ベヒーモスが,不意に声を上げる。

反応した彼女が上空を見上げ,思わず指を差した。


「見て下さい! 様子がおかしいですわ!」


その先は魔王ザハークの本体。

魔物の大群を差し向けるだけで,今までこちらを見下ろすだけだった存在が,急に動きを止めた。

何か内部で異変が起きたのだろうか。

それに呼応するように,雪崩の如く押し寄せていた大蛇の群れも,時間が止まったように静止する。

何の前触れもなく起きた戦況の変化に,三人は狼狽える。


「動きが,止まった?」

「何が起きたってんだ……?」


何かの罠かと警戒するも,特に妙な動きがある訳ではない。

ザハークも予想外の事態が起きたように唸り声を上げる。


「まさか,中で何かが起きているんじゃ……!」


内部に取り込まれたテュア達の身に,良くないことが起きている。

ヴェルムの言葉に刺激され,皆が疲労を抱えながら己の武器を持ち上げる。

罅割れ刀身の半分を失った剣を。

電流を迸る波動砲を。

砂と痛みで充血した拳を。

ただひたすらに,敵う筈のない魔王へ向けた。







黒い泥に呑まれて一瞬の静寂が訪れた後,テュアに飛び込んできたのは一面の草原だった。

青空が広がり,日の光を浴びた草むらが眩しい色を放つ。

悪意に満ちていた国立病院やネオン街とは違う。

魔王の幻想ではなく,何者かの意識の中にいるようだった。


「ここって?」


テュアはこの場を理解するよりも先に,手を伸ばそうとして届かなかった少女の姿を探す。

道も示されず,何処に行けばいいのかも分からないまま,視線を巡らせる。

すると遠くに妙なものが見え,テュアはその方向へと歩き出す。

形を帯びて現れたのは,木製で造られ地に突き立てられた,大きな十字架だった。

古めかしく時の流れを感じさせるそれは,誰かを埋葬するための埋墓で,よく見ると他にも同じようなものが造られていた。

導かれるように草原の墓場を進むと,次第に数が増えていく。

数だけでなく,墓そのものも徐々に乱雑に立て掛けられていき,一部は今にも崩れそうなまでに朽ち果てている。


「ごめんなさい……」


遠くで声が聞こえる。

弱弱しいそれを頼りに進んでいくと,その先に小さな背中が見える。

多くの十字架に囲まれながら彼女は,メルセはいた。

両膝を突き,真っ白な髪を振り乱しながら,両目を覆っている。

今まで涙を見せることのなかった彼女が,子供のように泣きじゃくっている。

その前には大きな三つの墓が建てられていた。


「みんな……みんな,いなくなっちゃう……。わたしのせいで……わたしがいたから……」


嘆きの声は弔われた者達には届かず,晴れた空の向こうへ消えていく。

押し殺していた感情は流れ続け,行き場を失ったまま飛散する。

目の前に眠る三人がどんな人物だったか,テュアには分からない。

ただ彼女にとって,とても大切な人だということは分かった。


「また,一緒にいたいだけなのに……」


一度目を閉じたテュアは,再び歩き出す。

胸の内を乱す声を受け止め,一歩一歩近づく。


「お母さん,会いたいよ……。一人にしないで……おいていかないで……」


そうして,ただ涙を流す小さな少女を,テュアは後ろから優しく抱きしめた。

覚えのある温もりに包まれた彼女は,泣き声を止めて目を開く。


「おかあ,さん……?」

「ごめんね。私はお母さんじゃない。でも,メルセを大切に思ってる,貴女の友達」


過ぎ去った筈の一筋の風が,二人に向かってやって来た。


「メルセは一人じゃないよ。私がいる。それに村の皆だって,メルセのことを待ってる」


テュアは微かに笑いながら囁く。


「間違ってたの。私,自分のためにメルセを追いかけてた。でも,本当はそんなのいらなかった。昔のことばかり考えて,今のことを見失っちゃいけないから。勇者とか魔王とか関係ない。今なら,メルセのために頑張れる」


ここにいるのはテュア自身のためではない。

ネオン街を彷徨ったのも,意識を失いながら病院を駆け回ったのも,全ては村の皆やギルドの人達を救うため。

そして魔王に捕まったメルセを探し出すためだった。

例え彼女が周りからどんな感情を抱かれていたとしても,そこにいるのは勇者ではない,ただ一人の少女だ。

恐れる理由なんてある筈がない。


「一人じゃ,ないの……?」

「勿論。前にも言ったじゃない。どんなことがあっても,傍にいるよ」


そう言い切ると,メルセは俯いたまま向き直り,テュアの胸に顔をうずめた。

涙を拭っていた両手で彼女を抱きしめ,小さく肩を震わせる。


「寂しかったよね。もう,大丈夫だからね」


もう一度その身体を受け止めると,次第にメルセは嗚咽の声を漏らす。

テュアはゆっくりと目を閉じて,ただ時の流れを感じる。

するとそんな二人に向けて,何処からともなく声が降ってきた。


『やっと見つけましたよ』

「えっ,マド? 何処にいるの?」

『ここにいます』

「ここって言われても……」

『オーナー達の目には見えません。今,私はこの景色と一体化しているのです』

「また,凄いことしてるね」

『本意ではありませんが,お蔭で二人を見つけることが出来ました』


どうやらマド自身も,消えた二人を自力で探していたようだ。

謎の更新プログラムが原因で,機能が落ちた訳ではないらしい。

相変わらず得体の知れない力だな,とテュアは自嘲気味に表情を緩める。

マドは続けて,彼女達に道標を示した。


『テュア,村人達の意識を解放し脱出します。いつもと同じように,私を使って下さい』

「使うって言っても,画面が何処にもないけど……」

『見えなくとも,そこにいます。私を信じてください。貴方が,その子を信じるように』


それを聞いて,テュアはメルセに視線を向ける。

顔を上げた彼女の涙を拭い,その手で虚空を指した。

先の景色が光の泡となって弾け,指先が小さな光を放つ。


「私に,出来るかな?」

『出来ますよ。私達なら』


過去を縛り付けていた幻が,終わりを告げる。

風に揺れる草原が,黙する墓場が,光を纏って消えていく。

テュアは皆の意識を解放するため,今ある力の全てを解き放った。

小さな歪みはやがて大きくうねり,二人を元の世界へと引き寄せていく。


「テュア……さん……」

「さぁ,行こう。一緒に」


テュアはこちらを見上げるメルセを呼ぶ。

震えの止まった彼女の手を引き,一歩ずつ前に進む。

同時に意識が覚醒するような感覚が,二人を呼び起した。







「な,何だ!? ザハークから光が……!」


静止していた魔王の身体から突如光が漏れ出て,辺りの暗闇を照らす。

ジェドー達三人は新たな奇襲かと思い身構えたが,それは意外な形で否定される。

魔王の口から次々と光の玉が吐き出される。

溢れ出したものを抑え切れないように,上空に漂うその数はゆうに百を超える。

それらは紛れもなく,魔王に吸収されていた生気だった。


「あれは,皆の意識か?」


空を漂っていた意識の塊が,有るべき場所へと帰る。

見上げる三人やテルス村を越え,空を流れていく。

これで避難させていた村の者達も直に目覚めるだろう。

突然解放された光の群れに誰もが息を呑んでいると,それらに紛れて人影が現れる。

緑色に光る魔法陣を纏いながら,ゆっくりと近づいてくる。

真っ白な髪を揺らして降り立ったのはメルセ,そして彼女の魔法陣に抱えられたテュアだった。


「メルセ!?」

「皆,大丈夫ですか……?」

「ワタクシ達は問題ありませんわ! お二人こそ……!」

「もう大丈夫です。それに,テュアさんも,力を使いすぎて眠っているだけです」


皆に大事がないことを知ったメルセは,心底安堵する。

そして無傷のテュアもう一度見やる。

彼女は魔王から皆の意識を解放させた消耗で,眠りについていた。

幻想空間で駆けずり回ったこともあり,単純な体力不足による疲労が主な原因だ。

静かに寝息を立てるテュアを,メルセはただ慈しむ。

ジェドー達三人は今までとは違うメルセの雰囲気に,何処か違和感を抱いたようだった。

だが,魔王もただ見ている訳ではない。

村人を解放された怒りからか,再び湧き出てきた大蛇の大群が,皆に向けて襲い掛かる。

その速さは先程よりも格段に上昇し,宛ら電光石火のようだった。


「危ねぇっ!」


ジェドーがいち早く警告するが,その必要は無かった。

メルセは軽く目を瞑るだけで,瞬間的に直径10m程度の魔法陣を出現させる。

その数は数百。

隙間なく敷き詰められた陣形が,テルス村を含めた一帯を易々と覆い尽くす。

魔法陣に触れた大蛇を光と同化させ,まるで浄化させるように消滅させる。

先程まで押し寄せていた波は一瞬の内に消え去った。


「す,凄い……」


次いで飛散した光の粒が降り注ぎ,周囲に癒しを与える。

傷付いた皆の身体が,見る見るうちに治癒され,全ての傷が塞がっていく。

痛みも消え,心なしか温かい感覚すら沸き上がってくるのを実感する。

これが記憶を取り戻した,メルセ本来の実力だった。


「まさか,記憶が戻ったのか?」

「元々,私は回復職ヒーラーだったから……」

「こんな治癒能力,王都でも聞いたことがない。君が勇者って話は,本当だったんだ」


全員がメルセの力を思い知り,感嘆の声を上げる。

代わりに勇者と呼ばれた彼女は,少し複雑な表情をしながら,三人と向かい合う。

揺れる瞳は真っ直ぐに彼らを見つめていた。


「皆,力を貸してください。魔王を倒すためには,私一人だけじゃ駄目なんです」

「でも,どこまで通用するか……」

「そうでもありませんわ。テュア達や村の皆さんが解放された今,ヤツ相手に手加減する必要はありませんもの」


先ず始めにシャルノアが一歩近づく。

拳を汚す泥を払い,緩んでいた力を込め直す。

魔王に対する恐怖はなく,肩に乗せたベヒーモスと共に,確かな自信と敵対心に溢れていた。


「今こそ,全力であの魔王とやらを打ち倒すときですわっ!」

「似非一般人が随分と調子に乗ってんな」

「似非は余計ですわよ!?」

「ま,だが一理ある。俺も全力が出せねぇから,腹が立って仕方なかったところだ」


次にジェドーが,波動砲を地面に立て掛ける。

砲そのものは殆ど消耗しきっているかに見えたが,強大な力を持つメルセを信じることにしたようだ。

諦めた様子はなく,若い彼女達の言動に触発されたことで,不敵な笑みを見せた。


「スキル無しの意地を,あのクソ野郎に見せてやる。おい,ヴェルム。お前も加減なんてするんじゃねぇ。全力でぶつかれ」

「でも俺の剣はもう……」


最後に残されたヴェルムは,半壊となった己の剣を見下ろす。

剣が万全でない中では,自身のスキルすら満足に扱えない。

言い難そうに視線を泳がせていると,唐突に後方から異なる声が聞こえてきた。


「力が,欲しいか?」

「ストルスさん!?」

「お前ら,まだ逃げてなかったのか」


一体のゴブリンに抱えられた骸骨・ストルスが現れ,ヴェルムに問い掛ける。

どうやら彼らの窮地に思う所があり,やって来たようだ。

壊れた剣を見つつ,その力不足さを指摘する。


「その剣はもう使い物にならん。貴様の力に耐えるだけの新たな剣が必要だ」

「でも,そんなものなんて何処にも……」

「いや,ある。我の魔剣・ストルシアがな」


直後,ストルスの前に空間転移の術式が現れる。

かつてテュア達を巻き込んだ力が発動し,赤い光の中から一振りの剣が現れた。

それはストルスが所有していた魔剣であり,あまりに巨大だったために玉座の間に放置されていたものだった。

今は人が手に出来る程度にまで縮小し,禍々しい色を灯している。


「全く……これで,密かに溜め込んでいた我の魔力も使い切ってしまった……」

「この剣,玉座の間に突き刺さっていたものですわね」

「どう見ても,人が扱うモンには見えねぇが……」

「これは我の半身であり,我そのもの。人が持つには過ぎた代物だ。しかし,貴様にはその才がある。力を望むのであれば,契約を結ばせてやろう」

「ストルスさん,どうしてここまでのことを? 貴方は魔王の味方だったんじゃ……」

「メルセ,いや若き勇者よ。あの方は既に正気を失われている。この先,人だけでなく,我ら魔物を含めた全てを呑み込んでいくだろう。ならばその暴走を止めるのも,下僕としては必要な判断なのだ」


ストルスのそれは悪魔の囁きではない。

剣を失ったヴェルムの救済と,魔王との決別。

三人の力なくして,倒す事は出来ないと気付いたのかもしれない。

眼前に突き刺さった魔剣を目にしたヴェルムは,深い息を吐いて己の剣を地面に置き,利き腕を伸ばす。


「分かっているだろうが,これは魔の剣だ。契約を結べば,貴様の身体は人としての枠を外れることになる。それでも,良いか?」

「ヴェルムさん,無理をする必要はありませんわ! そんなことをしたら,貴方が……!」

「いや,いいんです。これで構わない」


ヴェルムは首を振って魔剣の柄を握りしめる。


「あの頃とは違うんだ。皆を助けられるなら……俺は……!」


決意の言葉と共に剣を抜く。

得体の知れない力がヴェルムの全身に纏わりつくも,正気を失うことはなかった。

やがてその力は彼の体内に取り込まれ,沈静化する。

魔剣と契約し,その力を抑え込むことが出来たようだ。

心配する皆に答えるよう,ヴェルムは剣を担ぎ上げる。

そして力を与えたストルスに謝意を示すも,彼は早く行けと言わんばかりに顎を動かす。

ストルスを抱えていたゴブリンも,シャルノアから幼体ベヒーモスを受け取り,その行く末を見守るだけだった。


準備の整った三人がメルセを見返す。

彼らの表情に陰りはなく,決意に満ち溢れている。

それを見て,メルセは自分の元を去っていた皆の姿を思い出した。

今こうして,手を伸ばしても届かなかった彼らが傍にいる。

時は違っていても,確かにここにいる。

メルセは微かに瞳を潤わせながら,魔法陣に包んだテュアをテルス村内の安全な場所へと送った。

戦いに巻き込まれないよう,かつての母の姿が,徐々に遠くなっていく。


「テュアさん,ありがとう……」


夜明けは近い。

皆が夢から覚める頃だ。

メルセが呟いた言葉は,まるで別れを告げるかのように寂し気だった。

だがそれも一瞬,彼女は勇者としての意志を固める。


「魔王を倒します! 皆の力を合わせて!」


咆哮する魔王に,全員が相対する。

決して交わることのなかった四人の勇者が,今ここに集った。




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