このスキル,壊れてます -3-
直径2,3m程度の局所的強風が,スケルトンの攻撃を遮断する。
風切り音が響くも,不思議なことにその中心にいたテュアへの影響は殆どなかった。
まるで守られているかのようにも見え,呆然とした彼女は浮かび上がった画面を見つめる。
今まで何も答えなかったスキルが,自分の意志に反して動き出していた。
「な,何が起きて……というか,喋った……?」
『状況を確認。敵対意思のあるスケルトン,計37体。所有者の脆弱さから危険度高と認識。チュートリアルを省略し,迎撃体制に移行します』
女性の声と共に,映し出されていた画面が変化する。
見慣れた真っ青な画像に,様々な形をしたアイコンが次々と現れる。
どうやら窓を名乗る者が,表示される内容を自動的に選別しているようだった。
数秒でそれらアイコンを全て表示し終えると,そのままテュアに指示を促す。
『周囲の全情報を一元化,画面に表示されました。オーナー,操作をお願いします』
「操作ってどういうこと!? これ,私のスキルなんだよね!?」
『私はプラットフォーム支援ユニット。あなたの支援が私の役目です。予め設定された命令を除いて,私自身が操作することは出来ません。オーナーであるあなたの力が必要です』
「よ,よく分からないんだけど……」
テュアからしてみれば,スキルである窓が喋り出すことも,表示されたアイコンの意味も,まるで理解できなかった。
薄っぺらな画面の中に,人格を持った女性がいるということなのだろうか。
何にせよ,このような電気的かつ機械的な光景は見たことがない。
考えが纏まらない中,一際大きな風の音が彼女の耳元を通り過ぎ,思わず我に返る。
「よく分からないけど,この風は,誰かのスキルなの!? あのスケルトン,どうなったの!?」
『一種の混乱状態にあることを確認。解消するための最優先事項,スケルトン消滅の準備を行います』
焦燥する声に反応して,画面に表示されたアイコンの数が限定される。
窓は混乱するテュアを誘導しようとしていた。
『スケルトンの動力源を消去します。私の指示に従って操作してください』
「え,何!? 風がうるさくて,聞こえな……」
聞き返そうとするも,それよりも先に画面に新たな文字が現れる。
風の音でかき消される声の代わりとして,分かりやすく説明が施される。
『ここに触れてください。その後,触れたままゴミ箱というアイコンまで,それを移動させましょう。そうすれば,良いことが起きます』
骨の形をしたアイコンに赤い矢印が現れ,操作してほしいように上下する。
次いで,隣にはゴミ箱のようなアイコンも存在している。
窓は,骨の画像をゴミ箱まで移動させろ,と言っているようだった。
無論,テュアにはその意図が分からない。
窓が言う動作をすることで何が起きるのか,予測はつかなかった。
「な,何が何だか……。でも,もうどうしようも……」
だが,局所的な暴風に動きを封じられ,打つ手がないのは確かだった。
今は風の防護壁があるから良いものの,恐らく外ではスケルトンが武器を構えている。
これが消えればそれらの猛攻を受けることになるだろう。
それをどうにか理解したテュアは,震える指で画面に触れる。
振れたことで発生する電流音に驚いている暇もない。
「何でもいいから,何とかしてっ……!」
窓の指示があまり頭に入っていないまま,力を込めて触れた指を適当にスライドさせる。
その結果,運よく骨のアイコンはゴミ箱へと吸い込まれていった。
●
「お,おい,何が起きてるんだ。こりゃあ……」
テルス村で戦闘を始めようとしていた男達は,今起きている状況に混乱していた。
今まで村を取り囲もうとしていたスケルトン達が一斉に崩れ落ちたのだ。
力を無くしたかの如く,全ての骨が離散して地に落ちる。
形を保ったスケルトンはいない。
近づいた数人の男達が武器で骨を突いてみるも,やはり動きはない。
完全に沈黙,ないし消滅したように感じられる。
「全部バラバラになって動かない。俺達,助かったのか?」
戦闘になることはなく,誰かが負傷することもなかった。
目前に迫っていた危機が去ったことは,喜ばしいことではある。
だが,原因が分からないまま事態が解決したことには首を傾げざるを得ない。
「自滅? それとも誰かのスキルが?」
スケルトンが何故この村にやって来たのか,原因は分からないままだ。
男達が武器を降ろす中,日の光は変わらず村を照らし続けていた。
●
吹き荒れていた暴風が突如飛散する。
勢いを纏った風は周囲の空気の流れに呑まれ,一瞬の内に静寂が訪れる。
聞こえるのは地に落ちていく葉の音ばかり。
風の守りから解放されたテュアは,言葉を失ったまま目の前に広がる光景を見下ろす。
「骨が,いっぱい……」
地面にはバラバラになった白骨だけが残されていた。
先程まで襲い掛かって来たスケルトンの姿は何処にもない。
辺りは今までと変わらない安全な森が続き,生気のない白骨化した頭部などが,落ち葉に覆われ隠れていく。
そこで彼女は,これら骨がスケルトンだったものなのだと理解した。
『連鎖反応により,全対象の沈黙を確認。お疲れさまでした』
だが全く理解できないものが,未だ目の前に浮かんでいる。
ただのスキルであった筈の画面が,意志を持って言葉を放っている。
テュアは逃げ腰になりながら,恐る恐るといった様子で話しかけた。
「あ,あのぉ……もしもーし……」
『何か御用でしょうか,オーナー』
「い,色々聞きたいことがあり過ぎて,考えが纏まらないんだけど……。君,窓だよね? 私のスキルで出てきたあの窓」
『スキル,という言葉には語弊がありますが,概ねその考えで問題はありません』
「もしかして,ずっと窓の中に隠れてたの!?」
『窓に隠れる……その言葉は抽象的すぎるので,解読できません。もう一度,分かり易くお願いします』
「分かり易くって言われても……」
これ以上,話のかみ砕きようがない。
テュアからしてみれば,眼前の窓が生物のように生きて喋っているようにしか見えない。
そしてスキル自体が喋るということには前例がない。
口らしい口もなく,何処から声が出ているのかも分からない。
そこまで考えて,彼女はハッとして顔を上げる。
「というか,話せるんだったら,何か言ってよ! 今まで私が色々言ってたのに,全然喋らなかったじゃん!」
『正式な起動は,先程開始されました。それまでは,ブートに全機能を消費していたので,質問や問いかけには応じられませんでした』
「ブート?」
『電源投入されてから,操作可能になる期間で行われる一連の処理の流れです』
「で,電源……?」
『電源とは,エネルギー供給の源。供給されるエネルギー。つまりオーナーのことを指します』
「……」
話せば話すだけ意味が分からなくなっていく。
図書館で色々な本を読破したにも関わらず,知らない言葉の応酬を浴び,彼女は頭を抱えた。
「頭が,沸騰しそう」
『周囲は適温。脳が沸騰することはありません』
「そういう意味じゃなくて,比喩表現だって!」
『比喩表現を解読する力は,私には備わっていません』
「むむ,ぐぐぐ……!」
そしてこの窓には冗談も通じない。
会話は成立している筈なのに,その全てが望んでいない答えとなって返ってくる。
考えることを放棄したテュアは,天を仰ぎ深く息を吐いた。
「そうか。これは夢だ。私がスキルに対して嫌な思いばかり持ってるから,こんな変な夢を見ているに違いない。きっと次の瞬間には,図書館で寝落ちた私が待ってる。目覚めよ……! 目覚めよ私……!」
『記録に存在しない固有な動き。儀式に伴う踊りと推測』
「踊ってないし!」
『しかし,前方の洞窟から一名,人が来ます』
「えっ」
窓の言葉通りに目を向ける。
そこは,スケルトンが今まで守っていた得体の知れない洞窟。
既に守る者は誰一人いなかったその場所に,一人の少女が入り口から現れた。
「お,女の子!?」
年齢は12歳前後といった所だろうか。
パーカーのような上着を羽織り,フードを深々と被っている。
雪のように白い髪が風に流れ,虚ろな瞳がそこから垣間見える。
スケルトンとは違う正真正銘の人間で,洞窟の中を彷徨っていたかのような有様だった。
そして,木漏れ日を見上げた少女は,糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
ドサリと大きな音が響き,テュアは思わず駆け寄った。
地面に散らばる骨を踏み越え,誰もいないことを注意深く確認し,少女の元に近づく。
気を失った彼女を抱きかかえ,その様子を調べる。
傷らしい傷はなく,息は確かにあった。
『原因は疲労。命に別状はないようです』
「それは良かったけど……どうしてこの洞窟から?」
『不明。情報不足です』
スケルトンの集団から遅れて出てきた幼い少女。
何か関係はあるようだが,これだけでは推測の域を出ない。
とにかく少女を村まで運ぶことを優先すべきだろうと,テュアは考える。
そして少女の重みを直に感じ取りながら,ああこれは夢じゃないんだろうな,と薄々勘付いたのだった。