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変な音が聞こえます -4-




テュアがメルセの病室に辿り着く少し前の出来事。


B4階QE室は,ザハークが動き出したと同時に蛍光灯の明かりを失い,電気回路のような紋章が代わりに浮かび上がる。

まるで非常用電源が作動したかのように室内が緑色の光で覆われる。

どうにか脱出を試みていたメルセは,動揺しながらも自分の置かれている状況を見失わなかった。


「テュアさん……皆……! 早く,ここから出ないと……!」


部屋の内装が変化したことに事態の悪化を悟り,固く閉じられた扉や窓を強く叩く。

メルセは見た目以上の腕力があったが,それでも何一つ動かない。

部屋全体が完全に固定化されているようだ。

加えてスキルが使えないこの場では,今の彼女は無力同然だ。

決して逃がさない,そんな強い意志が込められているようだった。

そして,この空間がザハークによって形成されたものなら,閉じ込めているのもザハークの意志ということになる。

危害を与えるでもなく,ただ閉じ込めておくことに何の意味があるのだろう。

そう思いメルセが扉から手を放すと,突然病室内にノイズが流れ出す。


「何,この音……」


メルセは思わず耳を塞いだ。

自分の中に眠っている何かが,揺り動かされているようだった。

耐えるように両目を瞑ると,ノイズに紛れて身に覚えのない肉声が聞こえ始める。


『可哀想に。あの子のお母さん,見つからなかったんでしょう?』

『あぁ,何処にも見当たらなかった。元々,父親のいない母子家庭だったからな……』


直後,メルセが寝かされていた中央のベッドに変化が現れる。

真っ黒に染まったそれが,火の元もない中で燃え出したのだ。

燃え移ることのない揺らめく炎に,メルセは見覚えがあった。

夢で見た,村の焼ける光景。

炎の渦に消えていった金髪の女性の姿。


『あの子,ずっと魔物の研究ばかり。まるで,何かに取り憑かれたみたいだ』


彼女の傍に多数の本が次々と落ちてくる。

無造作に開かれたそれらは,魔物の生態を記した文献だった。

各個体の生息地域,弱点,致命傷となる臓器の位置。

主に殺傷のための術が事細かく書かれた代物だ。

大よそ子供が読むべき文量ではない。

これ以上,聞いてはいけない。

そんな予感がメルセを縛り付けるも,ノイズが止まることはなかった。


『正気じゃない。これ程の力を,あんな娘が使っているって言うのか?』


後退る足が,何かを踏みつける。

いつからそこにあったのか,数々の紙包みが中身を零しながら落ちている。

よく見ると,それは粉末状の薬だった。

悪夢を見ないための安定剤が主に散らばっている。

見ただけでは分からない筈の薬の効能を,彼女は全て思い出していた。


『あんな戦い方,無茶苦茶だ。常人のそれとは思えない……』

『まるで死に急いでいるみたいだ……』


どれだけ耳を塞いでも意味はない。

忘れていた筈の記憶の残骸が,徐々に形を成していく。

今と乖離した行動の数々を耳にしながらも,メルセは認めがたい事実に気付く。

これら全てが,自身の過去であることを。

彼女の表情は徐々に怯えに変わっていった。


『聞いたか。あの娘の噂……』

『あぁ,自分の身体で実験をしているって話だろ? 本当に,大丈夫なのか?』

『分からない。それに,あんな目をしたヤツに掛ける言葉なんて……。もう,誰も近寄れないよ……』


床を塗り替えるように,次々と青い文字が浮かび上がる。

それらは支離滅裂なものではなく,先程の文献同様確かな記録として意味を成していた。

メルセは頭の奥が揺さぶられるような感覚の中,ぼんやりとそれを見つめる。

塗りたくられた文は,全て人体に関する記述だった。

骨の構造,臓器の機能,主な血管の位置。

遂に文字だけでなく,人に見立てた図が勝手に描かれていく。

魔物の記録を人に置き換えただけのようだが,問題なのはそれら全てが手書きであること。

筆跡がメルセ自身のものであるということだった。

文など碌に書いた記憶はないものの,何故か彼女はその事実を自然に受け入れていた。


『勇者? あの子はもう勇者というよりは死神だ。仲間の命を吸い取って,戦い続けているだけの亡霊。きっと村を焼かれたあの時,彼女は死んでいたんだ……』


病室内の雑音は既に消えていたが,脳裏ではそれがこびり付いて離れなかった。

頭を抱えたメルセは,足元がおぼつかないまま部屋の中心まで移動する。

最早逃げようとしているのか,立ち向かおうとしているのか,それすらも分からない。


正確な調整ができないながらも,有り余る力があったメルセは,自分をただの子供だとは思っていなかった。

グレスタワーで微かに蘇った記憶には,魔王を打倒するという信念があった。

自惚れではなく,何かとても大きな決意があったからこそ,勇者と呼ばれたのではないかと思っていた。

それでも,これではまるで別人だ。

他者との関わりを失くし,魔物だけでなく人々からも恐れられる存在。

執念と妄執に生きたその面影は,とても勇者と呼ぶべきものではない。

かつての自分はどんな顔をしていたのだろう,とメルセは燃えるベッドの傍で立ち竦んだ。


『アイツの目的は本当に魔王を倒すことなのか? 俺達には,彼女が何を考えているのか,もう分からないんだ』


ゆっくりと天を見上げる。

電子回路を模した天井が,矛盾した彼女を照らす。


「全部,私なの……?」


ポツリ,とメルセはそう声を漏らした。

ここは魔王の腹の中である。

メルセに向けられた記憶の断片も,全てザハークが行っていることだろう。

だが,これらが単純に精神を惑わすだけの偽物とは思えなかった。

何故なら魔王は本来のメルセと直に対峙し,その異常さを知っている筈だからだ。


「魔王,あなたは私を知っているの……?」


問いの直後,今まで突き付けられてきた炎や書物,文字の羅列が一瞬で消失する。

脅かしていたもの全てが蜃気楼のように流れ,メルセは戸惑いながら部屋中を見回した。

すると不意に側面の壁一面に光が灯る。

何処から投射されているのかも分からない。

壁に映る緑色の回路模様が,真っ白な光にかき消される。

同時に劇場のブザー音が鳴り始めた。


意味が分からず呆然としていると,照らされた光に変化が起きる。

テュアのスキルと同様,投影された映像が動き出したのだ。

映し出されたのは,記憶の中にある燃え盛る村に,未だ賑わいがあった頃の姿だった。

雲一つない青空の下で,一階建ての木造住宅が規則正しく並ぶ。

舗装された土の道を,日常を謳歌する村人達が行き来している。

そこを金髪の幼い少女が,小さな包みを持って,背を向けて走り抜けていった。

年齢は9歳前後といったところだ。

見知らぬ人物かと思われたが,村人に挨拶したことで垣間見えた容姿に,メルセは息を呑む。

その少女はメルセとよく似ていた。

今より幼い表情でありながら面影はしっかりと残っており,とても朗らかな笑顔を見せている。

白髪ではない,日の光を反射する綺麗な金髪が小さく踊る。

疑いようもなく,これは彼女が勇者と呼ばれる以前の映像だった。


次第にそれら光景に伴って,音声が聞こえ始める。

聴覚と視覚から,眠っていた記憶が一斉に流れ出す。

メルセは過去を想起させるその事実を,ただ見ていることしか出来なかった。







「お母さん!」


自宅に辿り着いた金髪の少女,メルセは扉を開けるなり帰宅したことを大声で伝える。

食卓で料理を準備していた母親が,我が子の声を聞いて振り返った。

割烹着のような服を着たその女性はメルセと同じ金髪で,元気の良い彼女とは違った奥ゆかしさがあった。


「あら,メルセ。もう終わったの?」

「うん! ちゃんとお薬,買ってきたよ!」

「それにしては早いわね。まさか,走って帰ってきたんじゃないでしょうね?」

「は,走ってなんか……ないよ?」

「もう,危ないから歩いて帰ってきなさいって言ったのに」


お転婆な娘に手を焼きながらも,女性はしっかりと注意する。

小さく謝ったメルセは,買ってきた薬を手渡し,手を洗いに洗面台へと駆け込んだ。

メルセは物心ついた頃から,母親と二人暮らしである。

自然豊かな村で,住民たちと触れ合いながら毎日を過ごしている。

子供の彼女がやることと言えば,基本的に同い年の子供たちと遊ぶことや,村人達のお手伝いをすること。

後は自宅で母の指導の下で勉強することだった。

半ば個人的な教室となっている母の自室には,壁一面にある本棚と,そこを埋め尽くす本が置かれている。

背表紙に書かれた文字は,子供のメルセには理解できない単語ばかりで,母の知識の広さを実感するばかりだった。


「ねぇ,お母さん。モーギの葉ってなあに?」

「薬草の一つね。身体にある悪いものを退治してくれるの。ちなみにお肌にも良かったりするわ」

「じゃあ,ストルシアって?」

「大昔に封印された魔剣の名前ね。持ち主と認められた人は,凄い力を使えたみたいよ」


勉強だけでなく,大抵のことについて母は熟知していた。

メルセが興味本位で尋ねた質問を含めて,今まで答えられなかったものはない。

たった一人で王都図書館並みの知識を有しているという噂すらある。

村の面々からも,知恵を借りたいときは決まって母を頼るほどだった。


「やっぱり,お母さんは物知りなんだね!」

「物知りって言われる程じゃないわよ。それにメルセは覚えが早いから,きっと私より物知りになれるわ」

「私も,同じになれるの?」

「なれるわよ。だって私の娘なんだから。でも,本を読むだけじゃ駄目よ? 色々なことを自分の目で見て,そこで始めて分かることもあるの」

「本にも書いてないこと……」

「そうよ。書いてあることが全てじゃない。しっかりと,自分で納得できるものを見つけなさい」

「はーい」


手に入れた情報を鵜呑みにしてはいけない。

本当に正しいかどうかは,自分の中で確かめる必要がある。

それはこれまで沢山の知恵を得た母が辿り着いた,一つの教訓なのだろう。

忠告に対して快活に答えるメルセに,彼女は優しく笑った。


母は病弱な身体だった。

家の外を出て村を見回ることはするが,王都のような遠出は出来ない。

辺境であるこの村で暮らしているのも,自然が多く身体に良いことを考慮した結果らしい。

メルセが記憶している幼少の頃から具合は変わらない。

時折,独自のルートでやって来る薬を服用しながら,均衡を保つことが精一杯なのだという。

発作で倒れる,なんてことは一度もなかったが,メルセにとっては唯一の家族だ。

毎日粉薬を使う母の姿を見て,不安に思わない筈もなかった。


「ごめんね。いつも手伝ってもらってばかりで」

「ううん。私だって,お母さんの役に立ちたいもん」


だからこそ,困っていることがあれば出来るだけ力になろうとした。

元々他の子供達に比べて身体能力が高かったメルセだ。

持ち前の体力を活かして,様々な力仕事を率先して行った。

母はそんな様子を心配そうに見守っていたが,娘の好意を無駄にしないためにも,止めるようなことはしなかった。


「どうしたら,具合良くなるのかな」

「うーん。どうすれば,いいかしらね」

「お母さんでも,分からないの?」

「持病みたいなものだから,そう簡単には治せないわ。でも,心配しないで。これでも調子は良くなっているのよ? いつかきっと,メルセと一緒に旅行も出来るはず」

「旅行!? 王都に行けるの!?」

「相変わらず,メルセは王都が好きね」

「だって王都だよ! 色んな本とか,美味しいものとか,いっぱいあるんだから!」


いつものように食器を片付けながら,母の言葉にメルセは思いを馳せる。

王都には自然の豊かさとは違い,人の繁栄を象徴する人工物が栄えている。

それらは人々が知恵を振り絞った結晶でもある。

歴史的な建築物,美味な食材,珍しい本の数々。

本を読み王都の存在を何度も仄めかされてきた身としては,未だ見たことのない煌びやかな都に憧れを持つのは当然だった。

無論,そのためには母の体調が良くなければならない。

具合は良くなっていると言うが,勘の良いメルセにはそこに嘘が混じっていることに気付いていた。

懐かしそうな表情をする母に向かって,メルセは胸を張ってこう言った。


「じゃあ,私が何とかする! 賢者になって,お母さんの身体を治してあげる!」

「あらあら……賢者とはまた大きく出たわねぇ」

「だって,一番物知りな人なんでしょ? そうなれば,きっと治し方も分かるはずだもん!」

「ふふ。じゃあ,未来の賢者様にお願いしようかしら?」

「うん! だから絶対,一緒に王都へ行こうね!」


誰にも治せない,そんな情報を鵜呑みにしてはいけない。

母の病気を治すため,憧れの王都を目指すため,メルセは見聞を広めていった。

殆どは母からの知恵を受け継ぐだけだったが,彼女のもつものは莫大だった。

薬草や野草の見分け方,一般的な風邪から重い病気の対処方法。

治癒に関する情報を,一から百まで学んでいく。

当然,母の持つ知恵だけでは病は治せない。

自然の多い森を駆けまわり,未だ知らない発見を探し続けた。

そうして未だ9歳という幼さながら,彼女は隣町の人々がわざわざ立ち寄るほどに,頼りにされるようになっていった。


しかし,そんな平穏も長くは続かなかった。

少し時が進んだ頃,国内全土に衝撃が走る。

突如現れた正体不明の魔物が,あらゆる街を呑み込み始めたのだという。

今までに類を見ないほどに強大な力を有し,あの七制獣を超える程と目された。

王都所属の名の知れた冒険者達であっても,返り討ちに遭うだけだった。

歴史上にも当てはまらない最大の脅威に晒され,人々は怯えるばかりとなった。


メルセ達のいる村にも魔物の情報は伝わっていた。

しかしそれだけの被害をもたらしながら,出現場所や正体すらも不明なままだ。

何故ならその魔物を見た者は,まるで認識妨害を受けたかのように,証言がバラバラだったからだ。

幻覚の類である,独自の力が働いていることは間違いなかった。


「魔物の正体は掴めないんですか?」

「あぁ。突然現れて,突然消えていく。生態も分からないし,一体何が弱点なのか……」


魔物の侵攻を聞いた母は,それからというもの自室で謎の研究を始める。

当然メルセは気になったが,教えてはくれなかった。

ただそれは深い夜を何度も越えるほどに長期化する。

身体の具合もあるというのに,まるで残された時間がないかのように押し切った。

そんなある日の夜,体調が気掛かりだったメルセは母の自室をこっそり覗く。

するとランプの光に灯されながら,彼女は深刻そうな表情でポツリと独り言を漏らしていた。


「ザハーク……やっぱり,止められないの……?」

「お母さん……?」

「メルセ,起きてたのね」

「ごめんなさい。でも……」

「心配してくれるのよね。ありがとう。でも,大丈夫よ」


その表情は少しだけやつれていたが,娘を思う気持ちは変わっていなかった。

不安そうにやって来たメルセを抱きしめ,優しく語りかける。


「何があっても,お母さんがついているから」


メルセは母に包まれ,ただ瞼を閉じて身体を預ける。

決して離れ離れになれないようにと,その感覚を確かめる。

だが彼女がその言葉の本当の意味を理解することはなかった。


数日後の夜。

今まで姿を暗ましていた正体不明の魔物・ザハークが,突然村に出現したのだ。

深夜の奇襲だったこともあり,村人達が気付いた頃には既に魔の手は迫っていた。

黒い影となって攻め入ったザハークは,幾つもの自然を呑み込み,村全体を取り囲もうとしていた。

直ぐにでも此処を放棄し,逃げ出さなければ手遅れになってしまう。

村人達は互いに協力しながらも脱出を試みるが,事態は好転しない。

魔物の侵略速度は予想を超え,どう足掻いても全員が逃げ切ることは不可能だった。

そんな中,ザハークに唯一立ち向かった者が,メルセの母だった。


「その子を,メルセを頼みます」

「一体,どうする気なんだ……?」

「あの魔物を止めます」

「無茶だ! 例え伝導士の称号を持つアンタでも,ヤツには敵わない!」

「分かってます。今の私じゃ,どれだけ時間を稼げるか分かりません。ですから皆さん,出来るだけ遠くへ逃げてください」

「どうして,そこまでして……」

「子を守らない親が,どこにいるって言うんですか?」


彼女に迷いはなかった。

村の家々が燃え盛る中,迫りくる影の群れに一人残り対峙する。

最早その勇姿を止められる者はいない。

村人に抱えられたメルセが,泣きじゃくりながら手を伸ばす。


「お母さんっ……!」

「大丈夫よ,メルセ。ちょっと行って来るだけ。直ぐに戻るわ」

「でも……! でもっ……!」

「泣かないで。私は何処かに行ったりしない。きっと,また会えるから」


少しだけ振り返った母は,メルセに微笑んだ。

炎が立ち昇る光景を背にした笑顔は,何一つ変わらず,何処までも不釣り合いだった。


「お願いします」


直後,その意思を受け取った村人がメルセを抱えたまま駆け出す。

メルセは泣き叫びながら母を呼んだが,その姿は徐々に小さくなり,炎と影の渦に呑み込まれていった。

直後,夜をかき消す光が村全体を照らした。

ザハークの仕業ではない,強大な力を感じさせる結界が影の全てを包み込んでいく。

避難し終えた村人全員は,その光の正体を理解しかねていたが,メルセだけは違った。

母が残された全ての力を使いザハークを食い止めたのだと,涙を流しながら気付いていたのだ。


魔王ザハークは,伝導士が生み出した光の結界によって封印された。

国を揺るがしかねない脅威は,一人の勇姿によって食い止められたのだ。

だが,伝導士たる女性は何処にも現れない。

ザハークを封印した直後,彼女は影も形もなくなり失踪した。

最後に見たのは,燃え盛る村に自分の意志で残った姿だけ。

既に殆どの人が,その身を犠牲に魔王を封印したのだと悟っていた。

そして,魔王は完全に消滅した訳ではない。

封印されても尚漏れ出るザハークの瘴気は,周囲の魔物を凶暴化させ人々を襲わせた。

根源を絶たない限り,安息は訪れない。

残された者達の意志は一致していた。


「魔王は封印されたが,この地の魔物を操り,我々を滅ぼそうとしている。今こそ我々は一致団結し,魔王を倒さなければならない。明日を掴むためにも」


民衆を先導する者達の声によって,力は一つに集まりつつあった。

魔王打倒を心に誓った人々が王都に集結する。

その内の一人だったメルセも,彼らに紛れて行動を共にしていた。

しかし憧れた王都に対する思いは,もう何処にもない。

人を寄せ付けない態度と共に,誰とも会話をしなくなっていた。

見かねた神官が幼い彼女に語り掛ける。


「伝導士の娘よ。心を閉ざしてはいけない。今,この地は悲しみで満ちている。彼女に救われたその命,無為にしないでほしい」

「いえ,それは違います」

「……?」

「母は生きています」

「生きて……? し,しかし……」

「生きてます。だって,直ぐに戻るって言ったんです。また会えるって言ったんです。きっと,魔王に捕まっているだけ……。私が……私が助けに行かないと……」


メルセは,魔王に仇討ちをするために王都へ来た訳ではない。

失踪した母を探し出すことだけが,彼女を動かしていた。

母は魔王を封印すると同時に姿を消した。

ならばアレを倒しさえすれば,必ずまた会える。

今のメルセにあるのは,それだけだった。




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