変な音が聞こえます -3-
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テルス村を含めた一帯の地震が治まったと同時に,凄まじい音が鳴り響いた。
それは地中に眠る巨大な生物が,大地を掻き分けるものだった。
グレスタワーから飛び出し,鉄の山から音の在り処を探っていたジェドーとヴェルムは,一部の影が動くのを目撃する。
場所は地下洞窟のある山の一角。
そこにある木々が次々になぎ倒されていく様が,夜の中からハッキリと見えた。
「あの動き,只事じゃない! まさか……!」
ヴェルムが剣を抜くと同時に,背後から別の気配がやって来る。
外の様子を見たいと進言したのだろう。
ゴブリンに抱えられていたストルスが,その光景を見て赤い瞳を揺らした。
ジェドー達が振り返る中,彼は譫言のように呟く。
「遂に,あの方が復活される……!」
彼の言葉と共に,文字通り大地が割れた。
地下洞窟があった山が真っ二つに裂かれ,その亀裂から闇を纏って巨大な何かが這い出てきた。
山頂を覆う程の巨大な竜の頭,続いて現れた胴体は,人一人分ある蛇が無数に折り重なり魚類の胴のように形成されている。
加えてうねり続ける胴には,見慣れない人工的な機械が幾つも埋め込まれている。
その様相は最早生物と呼ぶべきものなのか。
ソレは竜の口から咆哮を放つと共に,泳ぐように空へと這い上がった。
『Ahhhhhhhhhh!』
電子音のような雄叫びが地上を震撼する。
突風を巻き起こし,周囲の小石や砂が動揺するように跳ね上がる。
ジェドー達が唖然とする中,闇を喰らおうとする程の巨大な口を天に向けて,ザハークは宙を舞った。
「あれは……生物なのか……?」
「この大きさ,ギルドの人達が来てどうこうなる問題じゃ……」
魔王は天空を支配するように,星々を覆っていく。
姿を現しただけだが,規格外の大きさと外見が,恐ろしい力を誇っていることを証明していた。
例えギルドからの応援部隊が来たとしても,対処できるとは思えない。
ヴェルムが持っていた剣を握り直す中,ジェドーは思わず振り返る。
背後でカタカタと身体を震わせていたゴブリン,目の前の光景をただ見上げるストルスに指示を出した。
「ゴブリン。あの輸送機を使って村の連中を出来るだけ遠くに運べ。お前達なら,あれを操作できる筈だ」
「いいの?」
「構わねぇ,行けッ!」
「ジェドーさん,一体どうする気ですか!?」
「決まってる。可能な限り,アイツを食い止める。あんな化け物,王都の連中が束になっても倒せるか分からねぇ。それでも,あいつらは必ず帰ってくるって言ったんだ。ここで俺が逃げる訳にはいかねぇ」
ゴブリン達がグレスタワーに戻っていく姿を見届け,ジェドーは懐から収縮した波動砲を取り出し起動する。
通常の姿へと変形した武器を掲げて,彼はヴェルムに忠告した。
「ヴェルム,お前は逃げろ。ここに残れば無事じゃ済まねぇぞ」
「一人で太刀打ちできる相手じゃあないですよ。俺も残ります。ここにいるのも何かの縁。俺のスキルを,今こそ全力で発揮する時です」
「本当にいいのか……?」
「良いんですよ。俺も出来る限りのことをしたいんです」
ヴェルムは剣を収めることはなかった。
村人と共に眠りにつくギルドの皆を背に,彼は再びザハークを見上げた。
スキル恐怖症を振り切り,剣先に光を纏わせる。
その表情には一種の寂寥すら感じられたが,ジェドーがそれを尋ねることはなかった。
直後,目の前にある土の道が盛り上がる。
盛り上がった場所から黒い影が飛び出し,二人の前に着地する。
反射的に戦闘態勢になるも,影に見えたその姿は,幼体ベヒーモスを肩に乗せたシャルノアだった。
崩壊する地下都市から拳一つで脱出してきたようで,手は泥だらけになっている。
「さ,流石に少し疲れましたわ……」
「シャルノアさん!?」
「あ,貴方達! 無事でしたのね!」
「それはお互い様だ。それより,テュア達はどうした?」
「それが……ザハークに呑み込まれて,それっきりですの……!」
切羽詰まったシャルノアの言葉を聞いて,二人は言葉に詰まる。
しかし,彼女の瞳に悲観の色はなかった。
天に浮かぶザハークを見上げ,無謀ともいえる相手と対面する。
「動き出したザハークを追って,何とかここまで来ましたが……早く,あのふざけた身体から二人を引き摺り出さなければ……!」
「お前も,ここから逃げる気はないんだな?」
「ここで背を向けて去るなんて,末代まで恥ずべきことですわ。今出来るのは自分のためではなく,誰かのために力を奮うこと。そうではなくて?」
「ったく,どいつもこいつも聞き分けのねぇガキばっかりじゃねぇか」
「それを言うなら,ジェドーさんもじゃないですか?」
「……そうだったな」
ヴェルムにそれを指摘され,ジェドーは微かに笑った。
同時に,気配に気付いたザハークが三人を見下ろす。
まるで長年探し求めていた宿敵を見つけた様に,濁った目を見張り,再び咆哮する。
その声が引き金となって,魔王の胴体から蛇の大群が解き放たれた。
数は数百。
鋭利な牙を持つ魔王の断片が,彼らを呑み込もうと動き出す。
「行くぞッ!」
ジェドーの掛け声に対して,ヴェルムとシャルノアが強く頷く。
生まれも育ちも違う三人は,己の持つ力を信じ,雪崩れ込んでくる大蛇の群れへと駆け出した。
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「う……うん……?」
意識を取り戻したテュアが目にしたのは,真っ白な天井と蛍光灯からの白い光だった。
壁も床も,清潔さを思わせる白一色で染められている。
十畳程度のこの部屋には複数のベッドが置かれ,それらの周りは白いカーテンで仕切られている。
そんなベッドの一つに,彼女は寝かされていた。
テルス村の診療所とは規模も設備も異なる病室で,ネオン街同様,近代的な印象を思わせる。
申し訳程度に窓も設置されていたが,外は暗闇に包まれ何一つ見えない。
テュアはベッドから身体を起こし,自分が自分の顔をした女性に殴られる瞬間を思い出した。
「わ,私のくせに私を殴るなんて……ただじゃ,おかないんだから……」
殴られた後頭部を擦るも,傷も瘤も出来ていない。
ここが幻想世界だからなのか,それとも既に治療されたのか。
あの女性が何者かはともかく,部屋の構造を見る限り,ここが病院であることに間違いはないとテュアは結論付ける。
「とにかく病院に着いたってことで良いんだよね? あれ,マド?」
何の気なしにスキルに問い掛けるも,ようやく異変に気付く。
マドからの返答がない。
嫌な予感がして力を発揮するも,その予感通り彼女の前に画面が現れることはなかった。
「また落ちたの……?」
独り言が部屋中に響く。
彼女はそこで更新プログラムによる再起動を思い出したが,裏付けは取れなかった。
幻想であるこの空間に,今までの常識は通用しない。
しかし,ここで立ち往生するつもりもない。
マドがいない今こそ,自分の力で動かなければならない。
ベッドから降りたテュアは,S4階EZ室という札が掛けられた病室を抜け出した。
病室の外は何処までも続く大きな廊下があった。
似たような幾つもの病室が,廊下の両側面に並んでいる。
道も一本道ではなく,様々な場所で分かれては繋がっていることから,想像していた病院とは一線を画す大きさであることが窺える。
そして想像通り,患者も含めて誰一人見当たらない。
「あのー,誰かいませんかー!? メルセー! いるなら,返事してー!」
真っ白の廊下を歩くテュアは声を張るも,虚しく自分の声が返ってくるだけだった。
メルセがこの施設の何処かにいるのは間違いないが,流石に全ての病室を調べていくのは無理がある。
病院には患者がどの病室に入院しているのか,記録が残っている筈だ。
王都のような大きな診療所には,面会者のために患者の入院記録を取っていることを思い出し,テュアは捜索を始める。
中途にあった従業員用のカウンターに忍び込み,内部にある資料に目を通していく。
一秒にも満たない流し読みの速度でページを次々開いていき,それらの情報と目的のものとを照らし合わせる。
そして数分が経ち,患者の名簿らしきものを見つける。
手にしていた資料には,人名なのかも疑わしい文字の羅列が並んでおり,入院時期についてもあべこべなものばかりだった。
だがそんな記録の中に,メルセの名前を見つける。
苗字は何故か黒く塗りつぶされているが,退院したという記述はない。
その記録を追っていると,彼女がいる病室はB4階QE室だと分かった。
「よしっ!」
病室を記憶したテュアは資料を元の場所へ収め,再び白い廊下を進む。
何処まで行っても同じ構造の廊下で,下層に降りる階段を探していた所,不意に扉の開いている小さな部屋が視界に入る。
それはエレベータ。
院内の階層を行き来する乗り物だ。
テュアにそこまでの理解はなかったが,そこから光が差し込んでいたこともあって,導かれるように乗り込む。
内部に窓はなく,開かれた扉の近くに押しボタンが何個も備えられていた。
ボタンには文字が記載されており,テュアがいるS4階のボタンもある。
唐突に天井から,マドとは異なる電子的な声が降りてくる。
『目的の階を押してください』
「ええと,ここがS4階だから……B4階……ってないんだけど」
テュアは,この乗り物がボタンを押した階層まで自動で移動する仕組みなのだと理解するも,B4階なるボタンは見当たらない。
多数のボタンがあるにも関わらず,何度見返しても目的の階層はなかった。
「B4,B4……やっぱりない。この乗り物じゃ行けないのかな?」
すると突然,何も操作していない中で扉が閉まる。
エレベータに閉じ込められたことで驚きの声を上げるテュアに,再び電子音声が響く。
『搭乗者情報を確認。管理者権限により,B4階へと下降します』
一切ボタンに触れていない中,エレベータが動き始める。
身体が落ちていく感覚と共に,この乗り物がゆっくり下降しているのだと知る。
何だかよく分からないテュアは,都合よくメルセの元まで届けてくれるならそれで良い,と扉の前に立ちB4階に辿り着くのを待つことにした。
なのだが,どれだけ待っても止まらない。
はてと首を傾げるも,数分以上が経っても降り続けたままだ。
「ど,何処まで降りるんです?」
下降している時間から移動距離を計算すると物凄いことになる。
誰に問う訳でもなくテュアが声を出すと,やっとのことでエレベータが止まる。
チンという妙な音が鳴り,眼前の扉が開かれる。
そうして現れたB4階の通路は,今までと様相が違っていた。
「ここって……」
S4階と異なる漆黒に染まった一面の壁や床に,電子回路のような模様が緑色に光っている。
それらは全面に渡って張り巡らされているので,扉や道の輪郭もはっきりと見える。
ただ病院というにはあまりに不釣り合いな場所だった。
更に今までの構造と違い一本道となっており,長い通路が何処までも伸びている。
再びエレベータに閉じ込められる前,テュアはB4階へと足を踏み出し,一面に浮かぶ模様を頼りに進む。
B4階QE室。
場所は分からないが,進んでいけば必ずその部屋まで辿り着けるとテュアは確信していた。
『あの娘は戦いのある所ならば,何処にでも現れる』
途端,何処からともなく声が聞こえる。
それは電子音ではなく過去の肉声のようだった。
『何を考えているのか,まるで分からない。私達よりもずっと幼いのに,いつも虚空ばかり見ている。一体何処を見て,何処に向かっているのか……』
テュアは,その声がメルセを指していると直ぐに理解する。
しかし,一切足を止めなかった。
『戦いの恐怖に怯えることは不思議じゃない。でも,あの娘にはそれがなかった。何か確固とした目的がなければ,あんな環境に耐えられる筈がない』
ここに来てはいけないと,進み続ける彼女を引き留める。
『あんな目は見たことがない。多分,生物の命を絶つことを目的としているんだ。だから,戦場を駆けることが苦にならない。そんな奴に背中を預けるなんて,出来る筈がない』
助長するように,響き渡る声が周囲を侵食する。
『他の勇者全員の最期を見届けたのも,あの娘だけだったんだろう? 偶然にしても出来過ぎている。まさか,三人の勇者を手に掛けたのは……』
いつまで経っても消えない言葉の応酬に,テュアは無理矢理首を振った。
『幼いが故に恐ろしい。一体,どんな目的があって……』
「ああ,もう,うるさいうるさーいっ! あの子がどんな子でも関係ない! 私はメルセを助けるの! 邪魔しないで!」
今更そんな言葉は無意味だと言わんばかりに声を張り上げる。
するとその瞬間,鳴り渡っていた肉声は消え,通路内は沈黙に包まれた。
精神的に動じないテュアの前に屈したかのように思われたが,次いで発生していた音声が,壊れたかのようなノイズを流し始める。
テュアは思わず耳を塞ぎかけたが,そこから微かに少女の声が聞こえることに気付いた。
『こ……で……』
聞き覚えのある断片的な音声に,思わずテュアは辺りを見渡す。
それに呼応するように,再度その声がはっきりと耳に届く。
『お願い……来ちゃ駄目……』
「メルセ!? そこにいるの!?」
声の主は間違いなくメルセのものだった。
悲痛な言葉で,今ここにいるテュアに語り掛けている。
しかし,周りにはメルセの姿はない。
何処かからこの場所に呼び掛けているようだ。
只事ではないことが彼女を襲っているのだと悟り,テュアはその場から駆け出した。
「待ってて! 今,行くからね!」
『いやだ……! また,あの時と同じなんて……!』
何故かメルセは,テュアが自分の元に来ることを極端に恐れているようだった。
理由は分からない。
それでも彼女が足を止める筈もない。
緑の光を放つ回路の通路を,息を切らしながら走り抜ける。
すると暫くして,行き止まりの先にQEという文字が刻まれた扉が見えた。
あそこからメルセが音声を伝えているに違いない。
目的の病室に辿り着いたテュアは迷い一つなく,その扉を開け放った。




