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変な音が聞こえます -2-




テュア達は再び路上の人々に声を掛けようとしたが,それよりも近辺の地理に詳しい人物に聞いたほうが良いと判断する。

ただの観光で来ている人もいることを考えると,建物内で商売を行っている店員の方が事情に詳しいはずだ。

マドの提案も聞きながら,彼女はあまり威圧感を放っていない場所に目を付ける。

24時間営業している,コンビニである。

どこもかしこも色鮮やか過ぎる明かりを放つ中,そこは比較的落ち着いた光で店内を照らしている。

近づくと開く謎の自動扉に戸惑いながらも,テュアは恐る恐る店内を探る。

縦に整列された簡易的な棚に,用途不明な品々が置かれている。

よく分からない音楽が天井から聞こえ,真っ白な籠らしきものからは常に冷気が発生している。

テュアは深く考えないように視線を逸らし,カウンターの奥で暇そうに欠伸をしていた女性店員に問い掛けることにする。

しかし,返ってきた答えは意外なものだった。


「病院への行き方? そんなものないよ?」

「ない,ってどういう……」

「だって怪我をしていない人は,病院に行く必要がないじゃない」

「はぁ」

「見舞いに行くって言うなら,ちゃんとした手順を踏まえないと。今日中に会いに行くことは出来ないと思うけど」

「どうにかならないんですか?」

「どうにか,ねぇ……」


顎を手で触りながら,女性は天井を見上げる。

沈黙の中で,何処かで芋の揚げる音が聞こえる。

少しの間があって,店員は独り言のように呟いた。


「あの人なら,飛び入りで行く方法を知ってるかもしれないね」

「あの人?」

「この辺りの情報屋よ。物知りだけど,変人ということでも有名なの」

「じゃあ,その人のことを教えてください」

「いいの? 身の安全は保障できないよ? 好奇心ありきで聞きに行った人が,行方不明になったって話もあるんだから」

「構いません」

「ふーん。ま,そこまで言うなら教えてあげないでもないわ。でも,タダで教える訳にもいかないね」


少しだけ口元を緩め,値踏みするようにテュアを見つめる。

情報を得るには当然それ相応の見返りが必要だ。

タダという言葉からお金を想定した彼女は身体中を探るも,それらしきものを携帯していないことに気付く。


「ど,どうしよう。私,お金なんて持ってないけど」

『そもそも,この幻想世界で通貨が通用するか分かりません』

「そういえばそうだね。折角,ここまで来たのに……」


ここで引き下がる訳にもいかない。

今持っている物で物々交換する以外に手立てがないが,交渉すればどうにかなるだろうか。

そう思ったテュアは思い切って口を開くも,それより先に女性店員が,制服のポケットから薄い長方形型の物体を取り出した。

妙な装飾が施されたそれは,カメラ付きの携帯電話だった。


「じゃあ,一つ写真撮らせてくれない?」

「シャシン?」

『似顔絵みたいなものです』

「変な衣装でなーに気取ってんのかなって思ってたけど,少しだけ似合ってるから許してあげる」

「あ,ありがとうございます?」

「別に撮ってどうこうする気はないから,内輪で共有するだけだし。それで行き方が分かるなら,安いものでしょ? ……言っとくけど,少し似合ってるだけだからね。私の方が綺麗だから」

「あっ,はい」


取りあえず女性に言われるがまま,写真を取ることになる。

テュアが話を持ち掛けた側なのだが,女性も業務時間内であろうと割とお構いなしだ。

カシャ,という音が何度か聞こえ,一つと言っておきながら満足いくまで撮り続ける。

そんな様子を見た彼女は,この幻の世界では似顔絵すらも一瞬で描画できるのだと思い知る。

暫くして満足げになった女性店員は,携帯を降ろし彼女と視線を交わした。


「じゃあ,行き先を教えてあげる。言っとくけど,私から聞いたなんて言わないでよね? 厄介事は勘弁なんだから」


何だかんだ教えてくれるようで,テュアは情報屋の居所を口頭で伺う。

どうやら場所としては路地裏の更に奥,ネオン街の中でも人が寄り付かない場所にいるようだ。

そして,件の人物は特定の場所で定住している訳ではなく,決まったルートを巡回しているという。

やたら目立った格好をしているので,見れば直ぐに分かるらしい。

詳しく聞くと思い切り全身を衣服で隠しており,性別も分からないそうだ。

今の所,テュアがそんな人物に出会った記憶はない。

手掛かりをくれた女性にお礼を言いつつ,とにかくコンビニを後にする。


『テュア。先程の店員が言っていたように,好意的な人物でない可能性があります。幻とはいえ,ここで起きたことが現実に反映されないとは限りません。最低限の警戒は怠らないで下さい』

「うん。ありがとね,マド」

『感謝されることではありません。これは私の義務なのです。テュアにもしものことがあれば,私の存在意義が無くなるのですから』

「怖いこと言うなぁ。でも大丈夫。迷ってなんて,いられないから」


先程マドから裏路地は危険であると忠告されたばかりなものの,そこへ向かわなければメルセの元に辿り着けない。

テュアは再び四方八方から照らされる大通りを避け,再び狭い道へ逸れていく。

その足取りは不安を押し殺すように軽い。

あまり清潔感のない,所々に煙草が捨てられた道を進む。

時折すれ違う人々は,彼女に何かをしてくる様子はない。

ただ,不審そうな目で見つつ通り過ぎていく。

テュアも聞き込みをしていた時から,既にその視線には気付いていた。

自身の服を見下ろしつつ,今まで出会った人々の服と比べてみる。


「やっぱり,この格好目立つのかな」

『今までの会話を収集する限り,かなり浮いているようです。加えて未成年が夜の街を歩いているのですから,当然の反応とも言えます』

「そういえば夜だったね。眩しすぎるから,夜ってことを忘れちゃう」

『加えて私の声はテュア以外に届いていないので,独り言を延々と喋っているおかしな少女と認識されています』

「やっぱり,ここでもそういう扱いなの……」


テュアにとっては心外極まりないが,逆に気味悪がって誰も話しかけてこない,という点では役に立っている。

そうして歩き続けて数分が経ち,店員が指し示していた最寄りの巡回ルートへ辿り着く。

そこは50m四方の公園。

殆ど明かりが差し込まない薄暗い場所だった。

公園だというのに遊具らしきものは殆どなく,地面や直立する壁に様々な形の時計が埋め込まれている。

他の近未来的な場所と違い,異様な雰囲気を醸し出している。

時間を刻む音が,公園一帯に不規則に響いている。

辺りを確認しても,目的の不審人物はおろか人一人いない。


「いないみたいだね」

『あるのは時計ばかりです』

「変な場所。ま,危なそうじゃないみたいだけど」


奇怪な場所故に誰も立ち寄らないのかもしれない。

一通り視界を巡らしたテュアは,早々にこの場所から立ち去った。

既に巡回地には辿り着いているので,後はやたら長い道のりを周回するだけだ。

ルートを記録していたマドの誘導の元で,人影を見過ごさないよう慎重に動く。

気付けばネオン街独特の明かりは徐々に鳴りを潜めていた。

何処から鳴っているのかも分からない小さな振動音が,常に耳奥に纏わりつく。


差し掛かったのは,見るからに怪しい小道だった。

小道を挟む形で建てられた両側の建物は,五六階程度の高さがあるものの,壁には窓が一切ない。

ただ,両壁には鎖がある程度の高さを保って幾つも繋げられ,その間に何本もの注射器が垂れ下がっている。

注射器の中身は未使用なのか,透明な液体が入っている。

まるで洗濯物を干しているかのような有様だ。

全ての針が真下にいるテュアに向けられ,彼女は少々嫌な気持ちに苛まれた。


「ここにもいないけど……って危ないなぁ。何なの,この針」

『注射器です。何故大量に垂れ下がっているのかは分かりません』

「落ちてこない,よね?」

『落下の恐れはありません』


落ちてこないとはいえ常に狙われている気がするので,テュアは早々に通り抜ける。

誰が何のためにこんなことをしたのか,考える暇もない。

道の所々に落ちている折れた注射器を避けつつ,彼女は小走りで突き進む。


次いで現れたのは建物の中,倉庫のような場所だった。

どれだけ広いのか分からない位に奥ゆきがあり,女性店員の言葉通りだと,この倉庫内も巡回ルートに入っている。

大口を開けた倉庫の入り口を,テュアは一度唾を呑んでから侵入した。

内部はこれまた異様な空間だった。

何処までも続く一本道の両側に,何かを収容するような巨大な檻が,幾つも連なっている。

人の影はなく,天井には所々に設置された豆電球が明滅を繰り返している。

牢獄,または収容所の印象をテュアは感じ取った。


「暗い……それに,こんな変な道ばっかり通るなんて……変人なのは間違いなさそう」

『変人,と片付けて良いのでしょうか?』

「ん……引っかかる言い方するね」

『時計の広場,注射器の群れ,牢獄の中。これらを絶えず巡回する理由が,私には理解できません』

「まぁ,それは私もさっぱりだけど」


先に進むたびに,消耗し切って消灯した電球ばかりになり,どんどん周囲が暗くなっていく。

暗い場所は苦手なテュアだが,わき上がる恐怖心をどうにか抑え込み続けた。

理由は簡単だった。

メルセは今自分が体験している以上のことに遭遇しているかもしれない。

そんな思いが,彼女を突き動かしていたのだ。

しかしその直後,通ってきた倉庫入り口から聞き慣れない足音が聞こえる。

思わず後ろを振り返ると,帽子を深く被った三人の男達が遠くに見える。

目的の変人ではないようで,正装をした彼らは驚くテュアを指差していた。


『警官です』

「へっ!?」

『恐らく誰かが通報したのでしょう。このまま捕まると,病院に向かうどころではありません。逃げましょう』


途端,警官がテュアに向かって駆け出す。

見るからに捕えようとしているので,彼女も事態の切迫を知って走り出した。

だが見る見るうちに互いの距離は短くなっていく。

体力のない少女では,大の男を振り切ることは出来ない。

加えてこの場所は一本道で,何処にも逃げ場がない。

それでもどうにか息を荒げながら,テュアは両足に力を込め続ける。

そうして辿り着いた終端にあったのは灰色の壁,倉庫の行き止まりだった。


「駄目っ! 行き止まりだよっ!」

『テュア,左手の牢屋に入ってください。その先に階段があります』


言われた方向を見ると,牢屋の奥に下りの階段が見える。

更にその牢の扉は,内側から鍵が掛けられる仕組みになっている。

ここに逃げ込む以外に方法がないと悟ったテュアは,鉄の檻へと駆け込む。

警官との距離はもう数mしかない。

足音が妙に響く中,彼女は重い扉を思い切り閉める。

彼らが扉を掴もうとする瞬間,錆び付いた扉の鍵を掛ける。


直後,警官が扉を開けようとして荒々しい金属音が響き渡った。

テュアは反動で後退するも,それが破られる様子はない。

彼らも金属の扉をこじ開けるだけの力はないようだ。

暫くして扉から手を放し,無言でテュアを見つめる。

あまり気分の良いものではなく,安堵よりも得体の知れなさを感じ取った彼女は,身体を反転させる。

向かい合うのは何処まで続いているのかも分からない,灰色の階段だった。


『警官が侵入する様子はありません』

「なんで,この人たち何も喋らないの……?」

『分かりません。それよりも』

「……行くしか,ないよね」

『ええ。行きましょう』


警官の視線を振り切って,テュアは階段を下りていく。

決して踏み外さないよう一歩一歩慎重に足場を確かめる。

階段の内部は次第に視界が開けていった。

両側の壁はなくなり,果ての見えない空間に一本の階段だけが伸びていく。

まるで全ての幻が生まれた,深淵の底へ潜っていくかのような光景だった。

テュア自身,それらの光景に戸惑うことすら出来ず,ひたすらに降り続ける。

暫くして,階段を呑み込むようにそそり立つ大きな穴が現れる。

そこだけ空間が切り取られたかのように,中から橙色の光が漏れている。

階段の終着だと理解したテュアは,マドと言葉も交わさないまま穴を潜り抜けた。


内部の光を直視して,彼女は少しだけ目を細める。

何度か目をしばたたかせながら,前方に広がる景色と対面する。

穴の先にあったのは彫刻の山だった。

木造の巨大な広間に,様々な材質で造られた像が無造作に置かれていた。

大きさはテュアと同じくらいのもので,その全てが無表情の人面だった。

額から顎にかけてのみ形作られており,どれも同じ中性的な容姿をしている。

この部屋の持ち主は,人の顔を造るのが趣味なのだろうか。

意味も分からずそう考えたテュアは,視線もバラバラな彫刻の群れを通り抜ける。

するとその先に石造の置かれていない小さな空間と,作業用の大きな机や椅子が現れた。

そして,その椅子に腰掛ける人の姿もあった。

警官が回り込んできたのかと警戒したが,その人物が着る白いローブのような衣装を見て,彼女はハッと息を呑む。

全身の肌を隠した姿は,今まで何度もテュアの前に現れた,白の賢者と酷似していた。


「やはり,ここまで来ましたか」

「あ,貴方は賢者様!?」

『知り合いですか?』

「ええと,知り合いというか,何というか……」


しかし,全身を巻きつけていた白い鎖は何処にもない。

加えて今までとは違う,妙に重い雰囲気を感じる。

事情を知らないマドに説明しながらも,テュアは椅子から立ち上がった女性に向けて話しかけた。


「まさか情報屋っていうのは,賢者様のことだったんですか?」

「そうだと言ったら,どうする気ですか?」

「お願いします! メルセに助けに病院に行きたいんです! 行き方を教えてください!」

「メルセ? 魔王を倒すため,貴方はここに来たのではないのですか?」

「それもありますけど,メルセのことも大事なんです!」

「大事? 彼女のことが?」

「そうですっ! もしかしたら,酷い怪我をしているかもしれない。だから,早く助けに行かないと!」


この幻想では,女性は情報屋という役割を割り当てられているもかもしれない。

否定しない言い方を察して,病院への行き方を尋ねる。

すると白の賢者は俯いたままゆっくりと振り返った。

頭部を覆う白いローブの隙間から,微かに金色の髪が見える。

不穏な空気を感じ取ったテュアに向けて,女性は押し殺した声を出した。


「貴方はまだ,諦めていないんですね。言っておきますが,心配するだけ無駄ですよ」

「え?」

「メルセはここに存在してはならない。時の流れに歪められた命なんです。だからこそ,魔王は彼女を求めて利用したんですよ」

「何を言ってるんですか?」

「テュア。貴方はあの子の本性を知らない。その正体を知れば,きっと後悔することになります」


望んだ答えとは真逆のものを突き付けられ,テュアは言葉に詰まる。


「そんな,勝手なことを」

「勝手ではありません。薄々気づいていたのではないですか? 彼女があまりに戦い慣れしていることを。あの魔物に対する容赦のなさ。一歩間違えれば周囲を傷つけかねない有り余る力。ただの子供が,あれほどの力を身に付けていることを疑問に思わない筈がありません」

「それは……」

「あれは,彼女が望んで手に入れた力なんです。敵対するものを薙ぎ倒し,障害となるものを排除する。戦いの中で生き,戦いの中で死んでいく。命を奪うことでしか,自分の存在意義を見出せない。あの子は,そういう類の人間なんですよ」

『これは暗示……! テュア,駄目です! これ以上,聞いては!』

「暗示とは失礼ですね。これはれっきとした,偽りのない事実」


思わずマドが警告する。

だがテュアは目を見開いたままだった。


「今はまだ記憶を失っているからこそ自覚がありませんが,それを取り戻した時どうなるか。恐らく本能の赴くままに,真っ先に傍にいる貴方を手に掛けるでしょう」

「そんなこと……」

「ない,と本当に言い切れますか? 彼女の本性を知らない貴方が,万が一でもあり得ないと頷くことが出来ますか?」

「……」

「貴方が知っているのは,所詮記憶のない偽りの人格だけ。残忍な性格だった彼女が勇者と呼ばれたのは,動乱の時代だったからこそ。平穏な時代では,ただの殺戮者でしかありません。ここまで言えば分かるでしょう。貴方はあんな娘を助けるなどという無駄なことをするよりも,魔王を倒さなければならない。ヤツを倒すことが出来るのは,貴方しかいないのだから」


そこまで言って,白いローブから腕が伸びてくる。

腕は妙に細かったが,力を感じさせる繊細な色を放っている。


「私の手を取りなさい。そうすれば,あの魔王を倒す術を与えましょう」

『テュア……!』


マドが制止する中,テュアは右手を持ち上げた。

魅せられたかのように,その手が宙に浮かぶ。

だが微かに指先が震えると,それ以上腕を伸ばす事はなかった。

持ち上げた手を自身の胸で抑え,唇を強く結んで女性と心から向かい合う。


「お言葉ですけど,私が知りたいのはそんな事じゃないんです」

「……?」

「私はメルセを助けたいんです。病院への行き方を知っているなら,教えてください」

「聞こえていなかったのですか? あの娘は,自分が何をしてきたのか自覚していない程の残忍さを持っている。これは貴方のためを思って忠告しているんです」

「聞いていました。その言葉に間違いはないのかもしれません」


既にテュアの瞳には確固とした意志が宿っていた。


「私だって,当然おかしいとは思いました。でも,メルセが本当にそうだったとしても,あの子は悪いことをしたと思ったらちゃんと謝るし,感謝だってします。風邪を引いた私のことも,付きっきりで看病してくれました。そんな子が勇者って呼ばれるまでになったのには,何か理由がある筈。残酷な性格だから,なんて言葉で片づけて良い訳がないんです。記憶のない今のメルセも,本当のメルセ。偽物じゃないはず」

「記憶を取り戻した彼女も本物でしかない。後悔してからでは遅いことが,何故分からないのか。貴方は魔王を止めたくはないのですか?」

「勿論止めます。あの子を助けた後でね。だから,もう時間がないんです」


そう言い切り,テュアは女性の差し出されていた手首を掴む。

異様に冷たい感触が手に伝わる中,彼女は姿を隠した女性を見詰めた。


「早めに種明かし,しませんか? 私を試しているんでしょう?」

「ふうん……」


その瞬間,女性が興味深そうに声を上げる。

声質は今までの女性的だった言葉遣いとは異なるもので,テュアの推理を裏付ける結果となった。


『テュア……。てっきり,無警戒かつ無防備のまま洗脳されたのかと思いました……』

「その言い草……。ここまであからさまだと,私も気付くよ。まぁ,途中で声を掛けてくれたマドのお陰だけどね」


暗示に掛かりかけたのは事実だったが,マドの声と共に今までのメルセとの記憶を思い出したことが,反抗の切っ掛けとなった。

暗示を跳ね除けた功績に対してか,女性はもう片方の手で頭から被っていたフードを外す。

金色の髪が流れ,その素顔が露わになる。

だがそれを見たテュアは,予想外と言わんばかりに声を漏らす。

それもその筈で,そこにあったのはテュアと全く同じ容姿だったのだ。


「やっぱり,そう簡単にはいかないね」

「え……私……?」

『この者はオーナーの迷いや恐れが具現化したものと推測します。いわば同一人物なので,姿形も同じなのかと』

「同一って……まるで,鏡でも見てるみたい……」


テュアはじっくりと女性の顔を見るが,自身の顔と瓜二つだった。

ただ感情というものが一切見られない。

触れていた手首同様,その表情は彼女自身にも出来るかどうか分からない程に冷めきったものだった。


「短期間だったのに,そこまで肩入れするとは思わなかったよ。これも繋がりというものなのかな? 仕方ない。私の望み通り,病院への道を教えるね」

「というか,なんか私と声違くないですか……?」

「行き方は簡単。あそこは見舞いを除いて,怪我をしなければたどり着けない。なら,傷を負えばいいだけ」

「へ?」

「言っておくけど,メルセのことは真実だよ。もし,全ての記憶を取り戻したあの子が現れた時,貴女は一体どうするのかな?」


電子音のようなノイズと共に,突如女性の姿が消える。


「OS……いや,忌まわしい制御機構と呼ぶべきだね。今の私達に,貴方は必要ない」


それと同時に,彼女はテュアの背後に現れていた。

振り返る間もなく,テュアの頭部に重い衝撃が伝わる。

いつの間にか手にしていた棍棒のようなもので,頭部を殴打されたのだ。

マドの声と共に救急車のサイレンが遠くで聞こえるが,それも自覚できなくなる。

見えていた光の色が暗闇に包まれ,テュアの意識は再び途切れた。




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