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変な音が聞こえます -1-




メルセの眼前に広がっていたのは,燃え盛る村だった。

敵襲を受けたかのように殆どの家屋が半壊し,炎を吐き出している。

周りの住人は避難したようで,誰一人倒れる者はいない。

しかしメルセを守るように背を向け,見えない脅威に立ち向かう人物がいた。

白い衣服を身に纏った金髪の女性。

あの後ろ姿には見覚えがあった。

長い間探し求めていたような,そんな錯覚にすら陥る。

一体誰なのだろうと,思い起こすも上手く頭が働かない。

絶対に忘れてはいけない人だった筈なのに,思い出が霧に包まれている。

それでも彼女は唯一思い当たるその名を口にした。


「お母さん……?」


声を出した瞬間,意識が引き戻される。

炎とは違う人工的な光によって,目が覚める。

見えるのは白い天井と円状の照明器具だった。

近未来的な構造で,見慣れない光景に思わず起き上がる。

メルセは真っ白なベッドに寝かされていた。

どんな素材で出来ているのかも分からない,白い床や壁が一面に広がる。

全く動かない扉の一部にはガラス張りの窓が備えられ,奥にはこの部屋に隣接する一本道の通路が見える。

ここは所謂病室なのだが,彼女の知っているテルス村のものとはあまりにかけ離れていた。


「テュアさん,シャルノアさん……。ここは,何処なの?」


病室内にはメルセを除いて誰もいない。

ここは現実なのか,幻想なのか。

それを確かめる前に,彼女は自分が石化の霧に巻き込まれ,ガーゴイルに連れ去られたことを思い出す。

だが,石化の影響はいつの間にか消えている。

誰かがこの病室まで運び入れたのは間違いないが,身体に異常は見られない。


代わりにスキルが使えない。

どれだけ力を込めても,今まで出現していた魔法陣は一つも出てこない。

体調の不良はないが,何かをされたのかもしれない。

そう思ったメルセはベッドから飛び降りるも,その直後頭上から聞き慣れないアナウンスが聞こえる。


『業務連絡。現在,B4階QE室にて対象者を隔離中。類似個体との接触があるまで監視を続行してください』

「何が,起きてるの……?」


全く意味が理解できず,彼女は辺りを見渡す。

今のアナウンスも誰かに対しての連絡事項なのか分からず,どれだけ視線を変えても,医者らしき人物は見当たらない。

現実とは隔絶された世界。

意識を失う直前に見た,開かれた灰色の門。

ここはもしかしてザハークの内部なのかもしれない。

そんな予感が,幼いメルセを縛り付けるのだった。







『テュア,起きてください』

「う,うーん……」


マドの声が聞こえ,テュアはぼんやりとする頭を動かす。

また意識を失っていたことに加え,壁に寄りかかっていたことに気付く。

一体何が起きたのだろう。

灰色の門に吸い込まれて以降,テュアは今までの記憶を辿る。

するとカラン,とコップ同士が軽くぶつかる音が聞こえる。

それだけではなく,人々の談笑すら耳に届く。

妙な雰囲気を感じた彼女は,考えるよりも先に立ち上がる。

するとそこには,今まで見てきた地底の遺跡ではない,異様な光景が現れた。


高級そうな木造建築の室内。

長いカウンターに等間隔で置かれた丸椅子。

カウンターの奥には棚があり,そこには数々のボトルが敷き詰められている。

ボトルには全て,銘柄が記載されたラベルが張られており,どれも酒の類であることが分かる。

カウンターから離れた場所には,客席と思わしき大きめの円形テーブルが幾つか置かれ,個々の周囲には背凭れ付きの椅子もある。

客はその全てが成人の大人だった。

皆が酒や軽食を取りながら会話をしている。

どこからどう見ても,穏やかな光景。

首を傾げるテュアにはまるで理解できない場所だが,ここは所謂酒場である。


「え,なにここ……。一体,どうなったの……?」

『それは……』


マドが説明するよりも先に,彼女の元に男性が近づく。

この酒場の店員なのか,バーテンダーのような制服を着こなしている。

全く接点のない人物に思われたが,男性の顔を見た瞬間,テュアは目を見開く。


「こらこら,お嬢ちゃん。ここは君のような子が来る場所じゃないよ」

「そ,村長さん!? 何やってるんですか!?」

「村長? 私はこのバーのマスターなんだが,人違いじゃないかね?」

「はい……?」


怪訝そうな顔をされるも,彼はテルス村の村長と瓜二つだった。

服装を除けば髪型も一致している。

よく注視してみると,周囲にいた大人全員が見知った村人達と同じ容姿だった。


「何処から入ってきたかは知らないが,ここは未成年立ち入り禁止なんだ。さぁ,出てった出てった」

「あ,ちょっと……!」


事情を確かめる暇はなかった。

村長と同じ顔をした店員によって,テュアは酒場入り口まで追い出される。

鈴のなる扉が閉まると共に,外の風に晒される。

そして追い出された先には,彼女をより混乱させるものが待ち受けていた。


煌めく巨大な看板の群れ。

建物というには高すぎるビル群。

目の前を通り過ぎる小型のバイク,連なるように道の脇に置かれた自転車の数々。

月の出る夜だというのに,全く暗闇を感じさせない。

辺り一面が騒々しく,人の喧騒ではない得体の知れない機械音がテュアの全身を震わせる。

まるで別世界。

想像を絶するとはまさにこのことで,彼女の知らない数々の物体がそこにあった。


「い,一体ここは……この変な音はっ……。周りも,目が眩みそう……」

『ネオン街です』

「なんなの,それ……」

『夜の営業を主とする歓楽街です。電飾を多用した看板が目に付く,これはネオン街の特徴の一つと言えます。言い換えるなら,ここは王都と同じ構造の都市です』

「いやいや,王都でもこんな飾り付けや建物があるなんて聞いたことないよ。それに,何て言うか,ここは別の世界のような違和感が……」


裏路地に近いこの場所も,通路となる地面のコンクリートも,テュアにしてみれば摩訶不思議の物質でしかない。

一歩踏み出すことすら相応の覚悟が必要だ。

そんな彼女の元に,また別の男が奥の通路から近づいて来る。

酒場を追い出された瞬間の姿を見て,興味を抱いたのだろう。

よく見てみると,服装は違えど,彼もテルス村に滞在していた冒険者の一人に酷似していた。


「ねぇ,君。その服,コスプレ? 似合ってるじゃん。この店の子?」

「へ? コス?」

「その金髪,外国の人かな? あ,もしかして家出してきたの? 君みたいなかわいい子は放っておけないし,良ければ事情を聞くよ?」

『テュア,ここから離れましょう』

「か……」

『か?』

「かわいいって言われた……!」

『言ってる場合ですか? この場に留まるのは危険です。とにかく人通りの多い所へ』

「え,あっ,うんっ!」


嫌な雰囲気を感じ取り,テュアは覚悟を決めてその場から逃げ出す。

体力がない中の逃走だったが,虚空に向かって会話する彼女を見て気味悪がったのか,彼が追ってくることはなかった。

路地裏を抜けて大通りに抜けると,眼前を黒塗りの車が通り抜ける。

意味不明な金属の塊が通り過ぎたことに小さな悲鳴を上げつつ,彼女は邪魔にならないような通りの端,建物の壁に背中を付ける。

大通りは,人の通行だけでなく乗り物の往来も激しい。

中心を四車線の道路が突き抜け,両端には歩行者用の道。

近場の横断歩道の信号が,音を立てて緑色の信号を照らす。

ジェドーの発明品をより発展させた機械が,所狭しに群れている。

驚くよりも息を整えるテュアは,最早この場では常識は通用しないのだろうと悟った。


「はぁ,はぁ……。な,何が何だか。マド,説明してくれる……?」

『ここはザハークの体内です』

「へぇ,体内かぁ……。って,そんな訳ないでしょ!? どう見ても,現実じゃん!? いや,現実味ないけど!」

『現実ではありません。ここは幻想世界。ザハークが生み出した空想が,実体化しているに過ぎません』

「幻想って,実在しないってことだよね? じゃあ,もしかして……」

『はい。私達もその一部と化しています』

「それ詰んでるヤツ!」

『いえ,そう判断するにはまだ早いです』


顔色を青くするテュアに対して,ザハークの中に取り込まれたことを,マドは寧ろ好機と見ていた。


『所詮は幻。ザハークを倒しさえすれば現実に戻れます』

「ということは,ここにいる人達も?」

『お察しの通り,ここの住民はザハークに意識を奪われた者達で構成されています。彼らはザハークに割り当てられた役割を,ただ果たしているだけなのでしょう』

「だから村の人達と似てた……というよりは同一人物だったのね」

『そしてこの場がザハークの内部ならば,核となる物質も何処かに存在している筈。それを探しましょう』

「核って言われても,どんな形か分からないし……」


このネオン街はテルス村など比較にならない程に広大だ。

大通りだけでなく,薄暗い路地裏も含めれば相当な数の道がひしめき合っている。

そんな中からザハークの核なるものを探し出すのは不可能に近い。

テュアは辺りの異音と光景に圧倒されながらも,自意識を持っているのは自分だけであることを理解する。

既に取り込まれていた住民は,ザハークによって意識や性格を改変されている。

時間が経てば,彼らと同じようになるかもしれない。

ならば意識を保っている今の内に動く以外にない。

するとテュアは,同じく門の中に吸い込まれたメルセのことを思い出した。


「メルセ……メルセは何処にいるのっ? 私がここにいるなら,あの子もいる筈だよねっ?」

『メルセもこの街にいることは間違いありません。しかし,位置情報および地図情報共に取得できません』

「地図っぽいアレ,使えないの?」

『ここは空想。実在しない場所は地図に表示されませんし,操作もできないのです』

「な,成程」


実在するものを操作するマドの力は,空想の世界では殆ど意味をなさない。

つまりは自力で切り抜ける以外にない。

メルセも今ここにいる村人達のように操られている可能性があるが,まだ意識を保ったまま,この怪しげな街を彷徨っていることも考えられる。

どれだけの力を誇っていたとしても,歳はテュアよりも幼い。

彼女が一人寂しく歩く姿を想像し,彼女は凭れていた背を壁から離す。


「よし,あの子を探すよ」

『核探しはよろしいのですか?』

「どんなものかも,何処にあるかも分からないし。闇雲に探すより,メルセを探しつつ見つける形で良いんじゃない? あの子だって,一人で怖がってるはず」

『分かりました。オーナーの指示に従います』


マドもその方針に従い,テュアと共に夜の街に挑む。

ひたすら駆け回るのも効率が悪すぎるので,人探しという体で聞き込みを始める。

少なくとも言葉は通じるので,辺りの人々に手当たり次第に声を掛けていく。


「メルセ? 聞かない名前だなぁ。苗字は何て言うんだ?」

「迷子かしら。この辺りは路地裏もあるから,貴方みたいな娘は危険よぉ? 良かったらその辺りも含めて,私のお店でお話しましょうかぁ?」

「メルセ,ねぇ。白髪なんて爺さん婆さん位しか,見かけないがなぁ。……それより君,名前何て言うの?」


だが手ごたえがない。

白髪の幼い少女となれば明らかに目立つ筈なのだが,それを見かけた人は誰一人いない。

それどころか,テュア自身がまだ成人していない未成年ということもあって,別の方向へ茶化されてしまう。

数十分が経ち,彼女は背凭れていた元の場所で重い息を吐いた。


「こ,これは駄目かも」

『幻想空間とはいえ,個々が独立しているため,情報の共有は行っていないようです』

「このまま,メルセを知っている人に会うまで,手当たり次第に話しかけていくしかないってこと?」

『現状ではそうなります』

「それじゃ朝になっちゃうよ。メルセ,何処にいるの……。シャルノアさんも無事だといいんだけど……」


このままでは埒が明かない。

現実ではどれだけ時間が経っているのかも分からず,先行きが既に不安になりかける。

そんな時,向かって右側から,大量の紙を自転車に載せた男性がやって来る。

妙な制服を着ていることから,何かしらの仕事を行っているようだ。

手で押している自転車から,一枚ずつ紙を取り出し通行人に声を掛けていく。

テュアはそこで,紙に何か文章のようなものが書かれていることに気付く。

金を取る様子もなく,通行人に無料で配っているらしい。


「号外ー,号外ー!」


よく分からない言葉を発しながら,テュアの眼前を通り過ぎようとする。

何となく気になったので,彼女も手を差し出してそれを求める。

男性は特に出し渋る様子はなく,流れ作業のように紙を手渡した。

それは灰色の用紙で,すっぽりテュアの上半身を隠してしまう位の大きさがあった。


「なに,この紙」

『新聞紙です』

「シンブン? 見た感じ,薄い本みたいだけど」

『事件や事故といった,最近の動向をまとめた簡易的な報告書です』

「へぇ……」


空想の世界だというのに,紙の触り心地も現実に非常に近い。

テュアは受け取った新聞紙を反転させたり裏返したりしつつ,そこに書かれていた文字を読み取る。

アキダリア国立病院に緊急搬送された少女,隔離中。

見出しに書かれていたのは,そんな一文だった。

少女という言葉が気になった彼女は,そのまま細かい字を追う。

それはつい先程,住所不定の少女が病院に搬送・隔離されたという話だった。

発見されたのは今テュア達がいるネオン街のとある店内。

突然現れたということもあって,何らかの事件に巻き込まれた可能性が高く,事情聴取を行う予定らしい。

容姿や名前は伏せられていたが,その記事を読んでテュアは思わず顔を上げた。


「マド,これって」

『メルセのことを指している可能性があります』

「どうして病院なんかに……。まさか,大怪我してるんじゃ……!」

『先の戦いで石化したことが関係しているかもしれません。加えてネオン街に存在する国立病院……異様に感じます。真偽は分からないにせよ,記載された病院へ向かうべきでしょう』

「目的地は見えたってヤツだね。よしっ,じゃあ行くよっ。って,その病院は何処にあるんだっけ?」

『それは聞くしかないですね』

「結局,またそうなるの……」


やることに変わりはない。

テュアは肩を落としかけるも,気持ちを沈めている場合でもないことに気付く。

一刻も早くメルセと合流してザハークを倒さなければ,ジェドーとの約束も果たせなくなってしまう。

それだけは絶対に手放してはいけない。

両頬を軽く叩いた彼女は,見知ったようで見知らぬ人々に再び声を掛けていこうと,一歩夜の街へと踏み出した。




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