立ち上がらなくなりました -4-
「こ,この魔物は……!」
黒の塊が集う広場に辿り着いたテュア達は,目の前に広がる大きさと異質さに思わず立ち止まる。
一見ただの団子のようだった塊が,徐々に角を生やしていく。
そして形成された姿に,二人は思わず息を呑んだ。
四足歩行型の巨大な竜。
手足に生える強靭な鉤爪と筋肉隆々とした灰色の体格,全身と同じ長さ程ある尻尾。
大きく歪曲した二本の角とそれを生やす頭部には剥き出しとなった歯がはっきりと見える。
周囲の遺跡数軒分と同等の大きさを誇るその魔物に,テュアは声を上げた。
「ベ,ベヒーモス!?」
「ベヒーモスって,あの七制獣のことですの!?」
「うんっ! でも,ガーゴイルが制獣になるなんて……!」
記録で見た姿と一致することもあって,二人は愕然とする。
七制獣。
種の存続を必要としない,つまりは世界に一頭しか存在しない孤高の魔物。
多種存在する魔物の中でも突然変異に近い形で現れた生物である。
記録ではそれに該当する種は七つ。
どれもが人が踏み入ることの出来ない秘境に生息し,その生態は謎に包まれている。
加えてガーゴイルが束なってベヒーモスに姿を変えるなど,聞いたこともない。
そんな魔物の中でも異質に位置する存在が,今テュア達の目の前にいる。
混乱する二人は,次にベヒーモスの向こう側にある光景に目を止める。
奥に見えるのは,目指す場所だった行き止まりの通路。
その果てには灰色の門が小さく見える。
「テュア,あの門は」
「どう見ても,アレを守ってるみたいだね」
「何か,ベヒーモスに弱点はないのかしら?」
「さ,流石に制獣の弱点とかは……」
制獣には明確な弱点など存在しない。
仮にあったとしても存在そのものが謎に近いため,大よその者達が認知していない。
二人だけという面子で相対するには,無理があり過ぎる相手だ。
打倒することなど考えず,奥の門を目指すことを優先した方が良い。
無言の中で互いにその考えを理解した二人は,ベヒーモスの赤い眼光を前に動きを見せた。
「とにかく,あの門にさえ辿り着ければ……!」
テュアは鞄から掌程度の大きさがある白い球体を取り出し,その場に思い切り叩きつける。
白い煙が散布され,彼女達だけでなくベヒーモスの身体も覆っていく。
所謂煙幕である。
敵の視界を奪い,その間に足元を潜り抜けて門まで辿り着く。
そう思い駆け出そうとするも,些細な事と言わんばかりのベヒーモスの鼻息一つで,簡単に吹き飛ばされてしまった。
目を瞑りそうな強風が,そのまま二人に跳ね返ってくる。
ちなみにこの鼻息,無色透明ではあるがガーゴイル以上の即効性を持つ石化の霧が含まれている。
予めガーゴイル対策に薬を投与していたため,ある程度の耐性を得ているが,本来ならばここで詰みである。
「無理そうーっ!」
これは道具でどうこうなる相手ではない。
唸り声をあげた制獣が,巨大な二本の角をこちらに向ける。
「テュアは下がって! 何とか,コイツの隙を作りますわ!」
背後から飛び出したシャルノアが,突進を繰り出そうとするベヒーモスに突貫する。
跳ね返っていた石化の霧を突き破り,身の丈以上の角に掴みかかる。
身体能力が異常な程に向上する彼女のスキルは,確かに尋常ではなかった。
単純な力だけでなく体重すら思うように操作できるようで,あれだけの巨体を身一つで抑え込む。
制獣も手を抜いていたとはいえ,ただの人間に力で拮抗するとは思っていなかったらしく,意外そうに瞳を見開く。
しかしその直後,互いの背後で異なる影が動き,テュアが警告する。
「シャルノアさん,尻尾が来るっ!」
「……!」
鞭のようにしなる尻尾が,シャルノアを払いのける。
風を切る音共に彼女が側面の遺跡に吹き飛ばされ,砂埃が舞う。
それと同時に,テュアは再び球体を魔物に向けて投擲する。
今回は煙幕ではない爆弾,強烈な光を発する閃光弾。
ガーゴイルと同じ性質を持っている可能性を考えた目くらましだった。
その判断は多少なりとも当たっており,光を放った爆弾を目視したベヒーモスが一瞬だけ怯む。
動きが鈍る間に,テュアはシャルノアの元に駆け寄った。
半壊した遺跡の中へ辿り着くと,瓦礫に埋もれた彼女の姿が見える。
防御力もかなりのものらしく,あれだけの一撃を喰らって多少の切り傷で済んでいる。
「痛たた……」
「大丈夫……ってなにこれ,腕が持ち上がらないんだけど!? こんなに重かったの!?」
「し,失礼ですわね! これは,スキルの余波ですわ! それより,後ろっ!」
「んぅ!?」
背後からベヒーモスが地響きを鳴らして突進する。
半壊した遺跡ごと周囲数軒分の建物を破壊し,多くの粉塵と石の破片が飛び散る。
寸前の所でテュアを抱えたシャルノアが,元居た場所へと退避。
瓦礫から角を引き抜いた制獣と視線が合った瞬間,そのまま背を向けて走り出す。
「何とか遺跡の中を掻い潜って……!」
逃亡するシャルノア達を追って,ベヒーモスが動き出す。
無論彼女達も諦めた訳ではない。
あの場に制獣がいる限り,門に辿り着くことは出来ない。
ならば挑発し,おびき寄せる以外に手はなかった。
テュアの誘導でシャルノアがジグザグに細道を通り抜け,迫りくる脅威から逃げ続ける。
対するベヒーモスは,彼女達を追って建物ごと破壊し突き進む。
ちょこまかと逃げる二人に痺れを切らしてきたようで,徐々に本来の気性の荒さを取り戻していく。
背後から影と共に迫る瓦礫の群れを,シャルノアはギリギリのところで躱す。
迂回する形で半周ほど回った時,後方の魔物が今までと異なる行動を取る。
周囲を震撼させる咆哮と共に,口から迸る大量の黒煙。
それはただの威嚇ではなく,空気を侵食する形であっという間に地下遺跡の3分の1程を包み込む。
石化の霧とは異なる濃い煙の正体を,テュアは直感で理解した。
「これは一体」
「……! この煙から離れて! 爆発するっ!」
シャルノアがその意味を理解して大きく飛び退くことと,ベヒーモスが歯を鳴らし火花を散らせたのはほぼ同時だった。
瞬間,鼓膜が破れたのかと思う程の轟音と共に,辺り一面が爆発という名の光を放った。
粉塵爆発。
放たれていた黒い粉塵全てが強大な爆弾へと変貌する。
続いて地上の地盤が崩壊し,頭上から次々と遺跡が落下してくる。
流石のシャルノアでも全てを回避はできず,テュアを庇いながら爆風に飛ばされる。
「無茶苦茶ですわっ!」
「うぐ……せめて,マドが使えたら……!」
服を焦がしながら,彼女達は立ち込める煙を突っ切る。
しかし爆発の衝撃で態勢を崩したことで,着地が上手く出来なかった。
反動でシャルノアの手からテュアが放り出される。
彼女も受け身を取ってどうにか耐えるも,痛みがない訳ではない。
加えて放り出された場所のすぐ奥からは,煙に紛れて魔物の影が迫っていた。
「テュア!」
うつ伏せから起き上がったシャルノアが後方から叫ぶと同時に,目の前に広がる火の手から,余裕そうに目を細めるベヒーモスが現れる。
明らかに遊ばれている。
手を抜いている意志すら感じられる傲慢な姿は,まさしく制獣と呼ばれるに相応しい。
それでもテュアはその場にゆっくりと立ち上がる。
どれだけ力を練っても反応がない中,ベヒーモスと相対しながら呟く。
「マド。あなたは,私のスキルなんでしょ……? 直ぐそこに,手の届く場所に,メルセや皆がいるの……」
残された方法は一つしかなかった。
ベヒーモスがテュアに向けて角を向ける。
慌てたシャルノアが,その場から駆け出す。
「だからお願い! 動いてっ!」
両目を瞑りながら,思い切り力を込める。
ベヒーモスの突進が彼女の姿を捕らえる。
次の瞬間,全ての音が消えた。
異変を感じてテュアが目を開けると,そこにあったのは暗闇だけだった。
まるで別の世界にでも飛ばされたのかと思う程の漆黒の空間。
自身の身体すら見えない中で,不意に見覚えのある姿が浮かび上がる。
それは白いローブを纏った女性,白の賢者。
彼女がゆっくりと右手を差し出す。
手を伸ばしなさい,と言わんばかりの様子にテュアは従った。
当然自分の身体は見えない。
手が前に出ているのかも分からないが,そこに求めているものがあると,懸命に腕を持ち上げた。
すると痺れるような感触と共に,指先から小さな青い窓が幾つも出現する。
その窓は,幾度となく見たスキルの画面。
テュアを取り囲むようにそれら画面が幾つも浮かび上がる。
意味を理解する間はない。
白の賢者がそれら画面の中に光の粒となって吸い込まれると共に,彼女の意識は再び覚醒した。
テュアとシャルノアを守るように,周囲に円状の竜巻が発生する。
始めてスキルが起動したときと同じように,ベヒーモスの突進を防ぎ切る。
反射的に飛び退く制獣,驚きながら辺りの暴風を見渡すシャルノア。
そして,テュアの眼前には見慣れた画面が現れていた。
『再起動完了。お待たせいたしました』
幾度となく悪態をついてきた声を聞いて,彼女は重い息を吐いた。
急激に身体が重くなる。
無理にスキルを起動させた代償だろうか。
視界が歪み思わずその場に膝を付くも,彼女はそのままマドに問い掛ける。
「状況は分かる!?」
『既に把握済み。敵は我々を弱小の存在と思い,油断している様子。その間に無力化します』
始めから説明する必要はない。
機能停止する直前のように,動きが鈍くなる気配もない。
ゆっくりと動くテュア指先が画面を操作し,新たな光を放つ。
彼女を中心として,石垣の通路全体に回路のような光の道が広がっていく。
その跡は,指を動かしていた右腕にも刻まれた。
まるで彼女自身が大地と接続するかのような反応だった。
『リモート操作を行います。彼女にも,思い切り手伝ってもらいましょう』
「シャルノアさん,私が合図したら全力で突っ込んでくれない!?」
「そ,それは構いませんが,テュアは大丈夫ですの……? 急に息が乱れて……」
「私のことは気にしないでっ。何とでもなるからっ」
実際立ち上がれない程の疲労が襲ってきているのだが,気に掛けても仕方がない。
テュアはシャルノアに余計な不安を抱かせないよう,問題ないように振る舞う。
光を放つ指先は決して降ろさない。
吹き荒れていた竜巻が止み,ベヒーモスの姿が見えると共に三人は攻勢に出る。
『指先を手前から,前方へ払うように』
光の回路を浮かび上がらせる石垣が,巨大な鞭となって幾つも持ち上がる。
その数は十。
直径は遺跡の建物一つ分に匹敵し,風の防護を失ったテュア達を囲うように現れる。
直後テュアの指の動きによって,ベヒーモスに向けて大地の鞭が一斉に解き放たれる。
制獣も今までとは異なる力の流れを感じ取ったようだ。
思わずと言った様子で,迫りくる土塊の一部を尻尾で薙ぎ払う。
『伸ばした手を引き戻す……』
薙ぎ払われた鞭の破片がテュア達に直進する。
しかし指示通りに指を払うことで,それら破片が空中で停止,威力を失い地に落ちる。
一度繋がった物質は,リモート操作を停止するまで,その一片まで思うように動かすことが出来るようだ。
続いて辺りを侵食していた回路の光が輝きを増す。
操作された十の鞭が,鋼のような強度で補強されていく。
ベヒーモスに砕かれた断面から新たな土塊を生やした鞭は,更に速度を増し,そのまま敵対者を上から叩きつけた。
「――!」
大量の土塊に締め付けられ,肺に溜め込んでいた息が吐き出される。
そこでようやく制獣は,目に映る貧弱少女が只者ではないことを理解する。
傲慢であった姿勢を改め,本気を出さんと赤い瞳を鋭く光らせる。
しかし,その本気を出す前にテュアの指先が光る。
光の回路が,鞭を伝ってベヒーモスの身体を侵食する。
『敵の弱体化を実行します。シャルノアに攻撃の指示を』
「分かった……! シャルノアっ,そのまま吹き飛ばしてっ!」
「いいでしょう! 貴方を信じますわよ!」
抑え付けていた鋼の鞭をベヒーモスが自力で全て破壊した瞬間,シャルノアがその角に掴みかかった。
回路が制獣を侵食した時点で,既に弱体化が始まっていたようだ。
先程まで持ち上がりもしなかった巨体が,シャルノアの両腕によって宙へ浮いていく。
まさかと言うような制獣の瞳と共に,彼女が持ち上げた腕を振り下ろした。
「とりゃああああっ!」
彼女なりの気合の声と共にベヒーモスが投げ飛ばされる。
粉塵爆発によって半壊した遺跡に頭から突っ込まれ,そのまま大量の砂塵を巻き起こす。
一部始終を見送ったテュアは,腕を降ろしリモート操作を中止する。
光の回路が輝きを失うと同時に,息を切らしながら両手を地につけた。
体力をかなり奪われたが,脅威を退けることが出来た。
シャルノアの一撃で戦いの決着を確信しかけるも,未だ魔物の気配が残っていることに気付く。
立ち込める煙から再び黒い影が現れたのだ。
「あの影は……」
『まだ,向かってくるようです』
「綺麗に決まりましたのに,なんて丈夫なの……」
シャルノアは体力の消耗が著しいテュアの元に後退し,担ぎ上げようとする。
元より制獣の打倒が目的ではない。
今の内に門まで辿り着けさえすればいいのだ。
しかしこれまでとは違う異変を察知し,二人の手が止まる。
近づく影はどんどん小さくなる。
警戒していた彼女達の視線も徐々に降りてくる。
そうして,煙の中から現れたのは毛並みの良い小型の獣だった。
「ワンッ!」
「えっ」
緊迫した場に不釣り合いな鳴き声が,二人の目を点にさせる。
先程のベヒーモスと似たような色をしているが,それ以外は全くもって似ていない。
ふさふさとした全身の毛。
小さな尻尾に,何も考えていなさそうな間の抜けた瞳。
愛らしさすら感じられ,舌を出しながら犬のように呼吸を繰り返している。
獣はおもむろにテュアに向かって突進するも,あまりに小柄故にそのまま彼女の両手に受け止められる。
威力どころか,クッションがゆっくりとやって来たような感触だった。
抱えられたその魔物は,テュアを見上げて小さく震える。
「もしかしなくても,これベヒーモスだよね?」
『私達の攻撃の影響で,幼体まで戻ったようです』
「ちょ,ちょっと,一体何をしたの……?」
『無力化を実施した際,ベヒーモスの力を減少させました。幼体になったのは,その影響によるものでしょう』
「マジですか」
『マジです』
「テュア,これは一体?」
「これ,ベヒーモスみたいです。今の攻撃で赤ん坊に戻ったとかで……」
シャルノアは呆然としながら,幼体ベヒーモスを見つめている。
あれだけの被害を生み出したものが,ここまで無力化するとは予想外だったのだろう。
当然テュアも想定外だったので,両手で震え続ける魔物の処遇を考えあぐねる。
「さ,流石に幼体をどうこうする気にはなれないし……。でも,コレどうしよう……」
この状態のベヒーモスを倒す気は起きない。
すると横から手が伸びてきて,両手にあったものがサッとなくなる。
驚いたテュアが視線を向けると,いつの間にか魔物を抱えていたシャルノアが何処となく嬉しそうな声を出した。
「頂きました」
「!?」
「この子は,ワタクシが預かりますわ」
「あ,預かるって……。無力化した私が言うのもなんだけど,幼体とはいえ制獣ですよ? あの七制獣……」
「制獣でも珍獣でも,このまま此処に置いていては遺跡の崩壊に巻き込まれます。それに幼体なのですから,今は何の脅威もないのでしょう?」
『戦闘力は皆無です』
「マド曰く,殆ど無力みたい」
「ならば,こうしましょう。ベヒーモス,聞いているかしら? これ以上,他の方々に迷惑を掛けないこと。それが約束できるなら,貴方を助けてあげます。約束できないなら,この崩れる遺跡に放置しますわよ? 嫌なら頷きなさい?」
一応人の言葉を理解できるらしい。
幼体ベヒーモスはつぶらな瞳と共に身体を震わせながら,何度も頷く。
その様子を見て,シャルノアは自慢げな表情をテュアに向けた。
「ほうら。これで問題ありませんわね」
「……もしかして,こういうの好きだったり?」
「な,何を言っているんですか!? ワタクシは別に,カワイイとかそんな考えで言い始めた訳では……! これは言い換えるなら,そう,慈愛のようなもので……!」
「そこまで力説しなくても大丈夫だよ?」
ここで逃がせば,倒壊した遺跡に押し潰されるのは目に見えている上に,食料らしいものもない。
シャルノアの個人的嗜好はさておき,無力な魔物を放置するのも気が引ける。
一先ずその意見に賛同し,判断をシャルノアに任せることにする。
直後溜まっていた疲労がテュアに押し寄せた。
「なんだか,凄い疲れたよ。というか,スキル使うたびに疲れが大きくなってるような……。そういえば,マド。ガーゴイルに襲われた時,何で突然消えたの?」
『申し訳ありません。プログラムの強制アップデートにより,一度再起動せざるを得ない状態となっていました』
「なにそれ」
『内部プログラムやソフトウェアを更新する作業です。未更新の場合,今後の活動に支障が出る可能性があったため,強制的に実行されました』
「それって,玉座の間にあった扉を開いた時から?」
『例の扉を開錠して以降,アップデートの情報がOS内に流れ込んできたようです。その解析のため,返答が遅延していました』
「うーん。でも強制的なスキル停止って,酷くない? 突然過ぎて,何も反応できなかったんだけど」
『仕様なので』
「あ,そう……。まぁ過ぎたことは仕方ないか。で,何ともないの?」
『はい。リモート操作を含めて,動作の改善がされています。先程の戦闘で実感できたかと思います』
テュアはスキルを操作していた指先を見つめる。
ベヒーモスを拘束したあの力は,確かに本物だった。
動き自体にも支障はなく,この疲労も強さの代償なのだろうと納得する。
そんな中,マドが少しだけ声量を変えて謝罪する。
『メルセが拉致されたことは存じています。この状況は,私の指示が間に合わなかったことが,主な要因として挙げられます』
「別に責めるつもりはないって。ベヒーモスも何とか出来たし,あとはあの門を進むだけでしょ?」
『そうですが……』
「ごちゃごちゃ考えないのっ。と,いうことでシャルノアさん。辺りに新しい敵はいないみたい」
「確かに,ガーゴイル達もベヒーモスに変わったことで居なくなったみたいですし。では,後はあの門を突き破るだけですわね」
「うん,そうなるね」
声以外のものは見えないが,マドを非難する権利など何処にもない。
脅威が去ったことを確認したテュア達は,目的の門へ向かうことに決める。
スキル使用で身体全体に倦怠感が纏わりつくも,動けない程ではない。
心配するシャルノアに微笑みつつ,テュアはその後ろを付いていく。
遺跡内はベヒーモス戦の跡が色濃く残る。
未だ瓦礫が転がる音が遠くで聞こえ,上層の地層も不安定な状態にある。
落石に注意しつつ,二人はベヒーモスと始めに対峙した広場まで辿り着く。
既に半分近く荒れ果てているが,その奥には暗闇に包まれた通路が待ち構えていた。
シャルノアに続き,テュアも歩みを止めずに闇の中へと入っていく。
今までの遺跡から隔絶された異様な雰囲気を進むと,ぼんやりと光を放つ灰色の門が見えた。
何の紋章もなく,見上げるほどに大きいことが唯一の特徴である質素な門だ。
取っ手らしいものは何処にもない。
「この門の向こうに,メルセ達がいるのは間違いなんだよね?」
「ワンッ!」
「間違いないようですわ」
「いつの間にそんな意思疎通を……」
ベヒーモスの意志を感じ取った後,力に自信のあるシャルノアが両手で門を押すも,ビクともしない。
軋み一つ上げないため,人力で動かせる仕組みではないようだ。
「ふぬぬー! 動きませんわー!」
「もしかして,ストルスさんの時と同じで,暗号が必要なんじゃないかな?」
「成程。しかし暗号を知っている者と言えば,ベヒーモス以外に思いつきませんし……」
「今は幼体だし,無理そうだね。マド,ちょっと試してみようか?」
『了解しました』
「テュア,先程の疲労も癒えていないのでは?」
「なぁに。問題ないですって」
彼女に代わってテュアが門に近づく。
以前の扉でも行ったように,素手で触れて何か情報がないかを探る。
画面を操作しつつ,マドと共に情報の共有を行う。
「どう?」
『この反応は門というより,弁……』
「弁?」
『いえ,暗号に関わる情報は解読できません』
「むむ,一体どうすれば……」
『門自体の厚さは思う程ありません。大よそ30㎝でしょうか』
「ふむふむ。シャルノアさん,やっぱり一度これを殴ってみて下さい。厚さはないみたいなんで,物理的に壊せるかも」
暗号の線も薄いのであれば,やはり力で押すしかないのだろうか。
門から手を放し,シャルノアに事情を説明しようとその場で振り返る。
しかしシャルノアの視線は,驚愕と共にテュアの背後を捉えていた。
「後ろっ! 門が開いていますわっ!」
「へっ?」
急にテュアの視線が上がる。
思わず見下ろすと,自分の身体が浮いていることに気付く。
同時に見えない力によって,門の向こう側に引き寄せられていることを知る。
風や重力の類も一切感じず,サイコキネシスのように得体の知れない何かが,テュアを呼び寄せているようだった。
「な,なにこれ!? 私だけ吸い込まれる!?」
「テュアっ! 手をっ!」
『衝撃に備えます』
伸ばされた手を掴もうとするも,間に合わない。
焦ったシャルノアや震えるベヒーモスの姿が,テュアの視界からどんどん遠ざかっていく。
そして彼女が内部へ吸い込まれると共に,門が光を遮るように音を立てて閉門した。
●
鉄の山,グレスタワー。
テュアが灰色の門に吸い込まれると同時に,周囲を揺るがす地震が発生していた。
内部に設置された機材が揺れ,重々しい音を立てる。
眠り続ける村人達は輸送用機械のベルトに固定され,影響は一切ない。
ただ,地中で巨大な何かが蠢いているような感覚がタワー内に伝播していた。
慌てふためくゴブリン達を統制しつつ,ジェドーは機械の駆動を一時的に取りやめた。
「この地震は……!」
「ジェドーさん! 大丈夫ですか!?」
「俺は何ともねぇ! それより,外の様子を確認してくれ!」
「はいっ!」
ヴェルムは剣を持ったまま,グレスタワーから飛び出す。
時刻的には日の出が近い。
だというのに,ジェドーの心境は晴れやかなものとは真逆へと辿っていた。
「あいつら……無事なんだろうな……?」
地中で眠るザハークという魔物。
その動きの予兆を感じ取ったジェドーは,険しい表情のまま,揺れが治まるのを待つことしかできなかった。




