立ち上がらなくなりました -3-
遺跡全体を揺り動かす地震が三人に襲い掛かる。
石造りの町たちが互いに重い音を鳴らし,軋みを上げる。
体勢を崩すほどではないが,それなりの揺れに皆が警戒を強める。
「この揺れ,真下からですわ!」
シャルノアの声に皆が今いる場所を見下ろす。
道に転がる小石が跳ねる中,一際大きな激突音が真下から聞こえてくる。
何か得体のしれない者が,この遺跡の床自体を下から突き上げているようだ。
地下には同じ遺跡が続いていることを把握していたテュアは,ある予測に辿り着く。
「もし,ガーゴイルが地下にもいたなら……」
「っ……! テュアさん,シャルノアさん,傍に!」
その意味を理解したメルセが二人に声を掛け,瞬時にスキルを発動する。
テルス村襲撃時のように,皆を取り囲む形かつ立方体上に魔法陣を形成する。
直後,三人を中心とした直径10m近くの床が,音を立てて降下した。
「床が抜けて……!」
大通りの地盤が沈下する。
煉瓦状に折り重なっていた通路の石垣が,次々と落下し土煙を上げる。
三人はメルセの魔法陣によって足場を得ていたため空中で静止,そのままゆっくりと地下の遺跡へ降下していく。
降りた先には,地上と同じく淡い青色の光を纏う遺跡が見える。
そして合間から大量のガーゴイルが現れ,テュアがその数に一歩後ろへ下がる。
「大丈夫! この程度なら,負けないから!」
多くのガーゴイルが三人に向けて突進するも,全てが魔法陣に阻まれる。
上位冒険者であっても手こずりそうな魔物の数だが,彼女のスキルは伊達ではない。
全ての脅威を弾き返しながら,階下の遺跡通路へと着地する。
しかし,このまま魔法陣に守られているばかりでは動きようがない。
魔物を一斉に沈黙させるためにも,テュアは頭上で発していた光の調整するため,マドに指示を求める。
「ガーゴイル相手なら,何とかなる筈。マド,光の方向を変えて……」
『シャットダウンします』
「へっ?」
返ってきたのは,その一言だけだった。
ブツン,という音を最後に画面が消失する。
マドの声もそれに伴って聞こえなくなる。
慌ててテュアは,いつものように画面を出現させようとするも,何をしようとも変化はない。
強制シャットダウンにより,彼女のスキルは完全に停止してしまった。
「えっ,ちょっと,ええええっ!?」
「ど,どうされましたの!?」
「それが,勝手に止まって……!」
素っ頓狂な声を上げるテュア。
辺りを照らしていた光が消えたことで,上層の遺跡で固まっていたガーゴイル達も徐々に動き始める。
今まで通り過ぎてきた魔物達が,一斉にここまでやって来るだろう。
事態の早急さを知ったメルセは,ゆっくりと瞳を閉じる。
瞬間,三人を取り囲む立方体型陣形の外側に,多くの魔法陣を出現させた。
「メルセ!?」
「このまま潰します!」
細かな魔法陣の群れを回転させ,弾き返していたガーゴイルを次々と寸断し吹き飛ばしていく。
その攻撃に容赦はないが,彼らに物理的な攻撃は効果が薄い。
身体を引き裂かれたとしても,それらをつなぎ合わせて自己修復を試みる性質がある。
それでも足止めの効果はあった。
数分と経たずに,メルセの一掃によって周囲のガーゴイルは土塊となり,その殆ど沈黙する。
再生にも時間が掛かるだろう。
このまま押し切れるかと思われたが,直後に異変が起きる。
妙に空気が重い。
真っ先に察知したテュアは,自分らの周りの空気が,薄い灰色へと変わっていることに気付く。
土煙と見間違えるそれは,寸断された複数のガーゴイルの断面から巻き上がり,周囲の空気を侵食していた。
メルセが攻撃用の魔法陣を生成・操作したことで,防御陣に小さな歪みが生じ,微量の空気が侵入したようだ。
濃い粘土のような匂い。
その正体にテュアは覚えがあった。
「これ,もしかして石化の霧じゃない!?」
吸い込むことで全身が徐々に石のように動かなくなる霧。
命の危険はないが,魔物に囲まれる状況では致命的とも言えるものだ。
テュアの指摘に,他二人が周囲を見渡しその霧を目視する。
ガーゴイルは確かに石造の魔物ではあるが,石化を誘発させる霧を放つなど前例がない。
加えてその霧ですら,巨竜に値する強力な魔物でなければ持ち得ない芸当だ。
此処にいる魔物は,新種の生態を持つのかもしれない。
「一旦,陣を解きます! シャルノアさん,テュアさんをお願いします!」
「任せてくださいな! でもその前に,少し前を散らしますわよ!」
このまま魔法陣内に閉じこもっていては,霧に包まれてしまう。
メルセは固めていた防御の陣を解き,ガーゴイルの群れを突破する作戦を取る。
それと同時に,シャルノアが前方に散らばるガーゴイル達に向けて拳を放った。
彼女の拳から発生した風圧が,残骸と化していた魔物達を霧ごと吹き飛ばす。
前方の視界が晴れ,真っ新な通路が姿を現す。
目指すは明らかに怪しく表示されていた,途切れた一本道。
あの先に,隠し通路がある可能性が高い。
テュアは駆けるシャルノアに抱えられながら,石化対策のための道具を鞄から探した。
「こんなこともあろうかと,石化解きの薬は私が持ってるから!」
「あなた,薬を作れたんですの!?」
「いや,村の診療所から適当に拝借しただけで……」
「え……」
「お,お金は置いてきたんで! とにかく,これを使って!」
「わ,分かりましたわ!」
「メルセも,身体が動かなくなる前に……」
薬をシャルノアに託しつつ,彼女は後ろを振り返る。
だが後方にいる筈のその姿は何処にもなかった。
不意を突かれて視線を上げると,苦しそうな表情を浮かべるメルセが遠くに見える。
彼女は陣を解き放った場所から一歩も動いていなかった。
「ごめん,なさい。油断した,かも」
殿を努めたことでテュア達よりも多量に吸い込んだのか,既に身体の石化が始まっていたのだ。
ここまで即効性のあるものなど記録にはないが,そうも思っていられない。
次いでメルセの背後から新たなガーゴイルが現れる。
何をするかと思いきや,その魔物は彼女の両腕を掴み,宙へと持ち上げる。
攻撃の意志はなく,明らかに何処かへ運ぼうとしている。
「まさか,あの子を拉致する気ですの!?」
シャルノアが思わず足を止めると同時に,テュアは彼女から飛び降り,元来た道を引き返した。
マドを含めたスキルが停止していることや,体力がないことも全て分かっていながら,両足に力を込めて駆けだす。
後方から止めるシャルノアの声を振り切り,テュアは鞄から金属線を取り出した。
そして,飛び去るガーゴイルに向けて全力で投げ付ける。
それは,影に捉えられたストルスを救出するために使用したものより,幾分強度を増した拘束用の道具である。
投擲した糸の先が,メルセを抱えたガーゴイルの足に絡まる。
コントロールだけは良いようで,テュアは張られた糸を精一杯に引っ張った。
「テュア,さん……!」
「は,放さないんだからっ!」
しかし,ガーゴイルに糸が巻き付いただけに過ぎない。
急上昇した魔物によって,テュアはどんどん引き摺られていく。
動ける他のガーゴイルがそれを見て彼女に襲い掛かったが,仰け反りそうな風と共にシャルノアが現れ,回し蹴りでそれらを破壊した。
「ワタクシが引き戻しますわ!」
力に自信のあるシャルノアが,張られていた糸を素手で掴み思い切り引っ張る。
確かに,あれを引きずり下ろすには彼女の力が必要不可欠だ。
だが力加減を間違えたのか,嫌な音と共に糸の力が弱まる。
よく見てみると,ガーゴイルの足だけが引き抜かれていた。
魔物の足自体が,糸の張力に耐えられなかったのだろう。
その足が,引かれた方向に従って真っすぐに飛んでくる。
同時にテュアは嫌な予感を抱き,飛んできたガーゴイルの足がそのまま彼女の顔面に激突した。
「へぶぅ!?」
「ああっ,そんなっ!? しっかりして下さいましっ!?」
微かに見えたのは,片足を失いながらも,メルセを抱えたまま背を向けて飛び去るガーゴイルの姿だった。
周囲が暗くなると共に,焦ったシャルノアの顔も徐々に見えなくなっていく。
そうして目を回したテュアは,そのまま意識を失った。
●
「花を咲かせるには種が必要。遺伝子のないものに命は宿らない」
囁くような声が聞こえる。
意識を取り戻したテュアは目を瞬かせ,自分が床に横になっていることに気付く。
視界に映るのは,石造りの天井だった。
辺りは蝋燭の火がぼんやりと照らし,暖かい光を放っている。
どうやらここは図書館のようだ。
テルス村のそれとは異なり,大きな本棚が何十何百と円形状に連なっている。
様々な色をした本の背表紙が所狭しに詰められている。
テュアはそんな図書館の中心にいた。
先程の声の主を探すために上体を起こすと,その人物は直ぐ傍にいた。
白いローブで身を包み,その上から白い鎖で全身を巻き付けた見覚えのある姿。
グレスタワーで一度だけ会ったことのある白の賢者。
彼女は本棚から一つの本を取り出し,それを復唱している。
「え? あれ? ここは?」
「また会いましたね。テュア・リンカート」
「あっ! 貴方はあの時の賢者様!? どうしてこんな所に!?」
「どうして,と言われても。ここは私の家のようなもの,ですからね」
「家? どうみても,ここは図書館なんですけど……?」
未だ頭の中がぼんやりとしていて,思考が追い付いていない。
何故白の賢者がここにいるのか。
そもそも何故自分はこの場所で目を覚ましたのか。
気を失う前,飛んできたガーゴイルの足を思い出して,テュアは勢いよく立ち上がった。
「というか,大変ですよ! メルセが連れて行かれてっ!」
「そのようですね」
「早く追いかけなくちゃ! って,あ,あれ? そういえばシャルノアさんは? 何で私,一人でこんな所に?」
辺りを見渡してみると,二人以外の気配は何処にもない。
メルセやシャルノア,襲い掛かって来ていたガーゴイルの群れすらない。
しんと静まり返った図書館があるだけだ。
ひょっとすると,目の前の賢者が何か知っているのだろうか。
そう思い当たり聞き出そうとするも,それより先に彼女が本を閉じて問い掛けた。
「貴方はこの先を進む覚悟がありますか?」
「へっ?」
「助けに行くのは構いませんが,恐らく想像を絶することが待っていると思います。引き返すなら,ここが最後の場所になりますよ?」
「そんなの今更です! そんな覚悟,ジェドーさんとの喧嘩で済ませてきました!」
「……そうですか」
そんな問いは無駄だと言わんばかりの言葉に,賢者は少しだけ間を置いて納得する。
心なしか,微かに笑っているようにも感じられた。
続いて賢者はテュアと向かい合い,ゆっくりと歩き出す。
身体に巻きつけられた白い鎖が,小さな音を立てて近づいて来る。
「メルセを助けられるのは,貴方だけ。あの子は,手を差し伸べられることを待っている」
「それはどういう意味……」
「彼女も貴方の声を聞いて,必ず助力にきます。だからこの先を進むのなら,決して立ち止まってはいけない。偽りの言葉に耳を貸してはいけない」
「賢者様は,一体何者なんですか?」
「前にも言ったでしょう? 時が来れば,いずれは分かること。メルセが進む先に,私はいるのですから」
手を伸ばせば届きそうな距離で,白の賢者は立ち止まる。
やはり素顔は見えず,彼女は右手で本を抱えたまま左手を持ち上げる。
すると左手から光が生まれ,テュアの全身を包んでいく。
それは大きな力を感じさせるもので,そのまま身体の中に吸収されていった。
直後,急激に意識が遠ざかる。
得体のしれないものを取り込んだのかと思ったが,抵抗する術はない。
「これは彼女を呼び起こす力になる……。そしていつか……私を……」
その続きを聞く前に,再びテュアの意識は落ちていった。
●
「賢者様ぁ!?」
「ひゃっ!? テュアさん!?」
「あれ,シャルノアさん? どうして……」
「どうして,と言われても。突然大声を出すから驚きましたわ」
飛び起きたテュアの目に飛び込んできたのは,驚いたシャルノアの顔だった。
気を失う前の切迫する状況ではないようで,辺りは沈黙に包まれている。
見える光景も先程と同じ図書館だったが,光は傍にある蝋燭の光だけ。
本棚にあった筈の本も全て無くなっており,完全な空となっている。
冷たく殺風景な空間だ。
良かったと言わんばかりに安堵するシャルノアに対して,テュアは再び視線を合わせた。
「あれ? 賢者様は?」
「賢者様? ここにいるのは,ワタクシ達だけですけれど……」
白い賢者の姿は何処にもいない。
確かにこの場で話していた筈なのに,いなくなったどころか,共にいた筈のシャルノアですらその人物を見ていない。
グレスタワーの時と同じ,まるで夢の中のような出来事だった。
混乱する頭を動かしながら,テュアは状況の説明を求める。
「シャルノアさん,ここは?」
「遺跡にあった建物の中ですわ。ガーゴイルたちを振り切って,何とかここまで逃げ切りましたの」
「も,もしかして気を失った私を担いで?」
「全然軽かったので,問題ありませんでした。それより,お身体は大丈夫ですの? 何か不調な所は……」
「と,特に問題なさそう,かな? 顔曲がってない?」
「そこは大丈夫だと思いますよ?」
ガーゴイルの足を受けたことを思い出し,両手で顔を触れていくも,出血がある訳ではない。
しかし,メルセの姿は何処にもなかった。
テュアが意識を失ったこともあり,連れ去られた彼女を取り戻すことは出来なかったのだ。
シャルノアはテュアを抱えながら,復活するガーゴイル達を撒くことを優先。
この建物の中に逃げ込んだという。
外では未だガーゴイル達が二人を探して飛び回っている。
この場までは聞こえないが,外の通路を挟んだ入り口付近では,羽音がはっきりと聞こえるらしい。
「つまり,今外に出るのは危険。ほとぼりが冷めるのを待った方が良いってことだよね?」
「……ごめんなさい」
「えっ」
「元は咄嗟の判断が出来なかったワタクシに責があります。もっと早く動けていれば,あの子に追い付けたはずなのに……」
「そこは言わないで下さいよ。ガーゴイルの足にぶつかって,みっともなく気絶したのは私なんです」
早速謝ったシャルノアにフォローを入れるも,どうも表情が優れない。
本来動けたはずの自分が動けなかったことが,それ程心苦しいのだろう。
土で汚れた手を彼女は強く握りしめるだけだった。
少しの間,二人はこの場に留まることになる。
魔物達が徘徊する中,今飛び出しても状況が悪化するだけと理解していた。
しかし,ガーゴイルの動きが収まるまで待つ,と言ってもどれだけ待機しておくべきなのか分からない。
いつまで経っても状況が変わらないなら,意を決して飛び込む以外ない。
テュアは急停止したスキルを起動させようと何度か力を込める。
それでも特に変わりはなく,画面すら現れない。
「マドぉ……あのぉ……」
「やっぱり,聞こえませんか?」
「うん。急に止まった後は全く音沙汰無し。もしかして,本当に壊れちゃったのかな?」
「スキルが壊れる,なんて聞いたことがありませんけど……」
「私は全く問題ないのに。ふぬぬー,動けー」
大分前にやったように,色々な体勢で起動を試みるがやはり何も起きない。
地下遺跡前で解放した扉が,スキル停止と関係しているのだろうが,それ以外のことは不明なままだ。
テュア自身に何か異変が起きた訳でもない。
その間,時折シャルノアが様子を窺いに入り口まで足を運ぶ。
目覚めて少ししか時間は経ってないが,聞く限り羽音は徐々に少なくなっているらしい。
「メルセが連れて行かれたのは,ワタクシ達が目指す場所と同じ。行き止まりの通路の先ですわ」
「やっぱり,あの道に何かあるってことだね」
「このまま進む気ですか?」
「時間もないし,メルセが捕まっているなら尚更だよね?」
今のテュアはスキル無しの状態ではあるが,このまま此処で隠れていても何も進展しない。
夢の中で見た賢者の言葉を思い返し,テュアはそう問い返す。
暫しの沈黙が流れる。
よく見ると,シャルノアが何か言いたそうな表情をしている。
様子を悟ったテュアは閉口し次の反応を待っていると,少しだけ彼女が顎を引いた。
「貴方はワタクシと違って逃げないのですね」
「逃げる?」
「一般人ではない,なんてものは既にご存知の通りですが。ワタクシは,王都から逃げてきましたの。今までのこと全てが嫌になった,情けない貴族の娘」
目を丸くしたテュアに対して,シャルノアは視線を合わせないまま,独り言のように呟き始めた。
そこには一般人を押し通そうとしていた,今までの姿はなかった。
「ワタクシのスキルは,身体が丈夫になるだけでなく,様々な身体能力が向上するものです。幼い頃からその片鱗はありましたけど,最近になって増々強くなるばかりで。貴族とは言え,気味悪がる方々も徐々に増えていきましたわ。貴方も見たでしょう? ワタクシの一振りが,人間離れしていることを」
「うーん」
「ふとした拍子に色々な物を壊してしまう。そんな危険な力。ワタクシも,日々この力を御そうと必死でした。しかし,力を制御できない者なんて信用できない。婚約を結んでいた方からそう言われ,その婚約を破棄された時,ワタクシは今の自分が皆を傷つけてしまうことに気付きましたの」
「もしかして,それでここまで?」
「ええ。どこか遠い所に逃げてしまいたかった。そこで,テルス村の地下洞窟を耳にしましたわ。突然現れた魔物の群れ。そこでなら,ワタクシに出来ることもあるかもしれない。……いえ,それは違いますね。ただ,この荒んだ心を晴らしたかった。どうなっても構わないから,無茶をしたかった。だから婚約破棄の手切れ金を持って,ここまで足を運んだのです」
「あのばら撒いたお金って,そういう……」
「はしたない理由。不純な動機ですわ。貴方達には村の方達を助けたい覚悟があるのに,ワタクシと言えば,やっていることはただの自己満足。これでは,婚約を破棄されてしまうのも当然ですわね」
「……」
「ワタクシは,やはり貴族ではなく人として」
「はい,そこまでっ」
「えっ?」
声を遮ると,そこでようやく互いの視線が交差した。
テュアは人差し指を彼女の唇に当てながら,思ったことを口にする。
「これ以上言っちゃうと,気持ちが落ち込んじゃうって。それに,気絶した私をここまで運んでくれたのはシャルノアさんだよ。メルセが連れ去られて,私がああなって,それまで一人で頑張ってくれたんだよね?」
「……」
「どれだけ力が強くても,急に一人になって,きっと怖かったと思う。そんな中で私を置いて逃げなかった。それってもう,自己満足なんかじゃないじゃん」
「しかし,それはただの……」
「罪悪感,だなんて言わせないよ? 見捨てるのが嫌だったことが罪悪感になるなら,村の人達を見捨てるのが嫌だった私だって,同じことになるんだから」
偽善という言葉に悪の文字はない。
例え偽物だったとしても,テュア達が此処にいる理由まで否定する訳にはいかない。
それを自覚したシャルノアは,何かを思い出したようだった。
何度か頷いた後,遠くを眺めるように目を細めた。
「……そうですわね。これは,罪悪感ではありませんわ」
「うん」
「思い出しました。こんなワタクシでも,お母様やお父様,お兄様方は決して見放さなかったことを」
「大丈夫?」
「ええ,もう大丈夫ですわ。くよくよしている場合でも,ありません。ありがとう,テュア」
「やっと,さん付けしなくなったね」
「あっ,すみません」
「ううん,そのままでいいよ。今はまだ,一般人なんでしょ?」
「ふふ,そうですわね」
冗談めかしながらテュアも微笑む。
互いにあった見えない壁が,少しだけ取り除けた気がした。
だが,このまま余韻に浸っている場合でもない。
捕らえられたメルセを追いかけなければならない。
時間が差し迫っている予感もあり,二人はガーゴイルの群れを潜り抜ける作戦を取る。
少々無茶ではあるが,取り返しがつかなくなるよりかは幾分マシだろう。
荷物を取りまとめ,二人は図書館から出発する準備を整える。
「じゃ,行こう。メルセを,皆を助けに」
「分かりましたわ」
「と,いう訳で先頭はお願いね?」
「相変わらず,ですわね」
廊下を抜けて建物の外に出ると,羽音は未だ鳴り響いている。
近場からの音はしないが,近くとも遠くとも言えない場所から多くの魔物の気配を感じる。
先頭に立ったシャルノアが警戒し戦闘態勢を整える。
テュアも足手まといにならないよう,考えられる状況に適応した道具を鞄の中から探り当てるも,その異変に直ぐに気付く。
ガーゴイル達は,こちらに気付いているのかいないのか,あらぬ方向に飛び去っていく。
二人の元に近づいて来るものは一匹もいない。
「ガーゴイルたちが集まってる?」
「それだけではありません。この方向は……」
音の去る方向へ二人は視線を変える。
ガーゴイル達が集まる場所はメルセが連れ去れた方向,行き止まりの通路と同じだった。
距離としてはそこまで遠くはない。
通路の手前には円状の大きな広場があるが,どうやら魔物達はそこに集っているようだ。
一つの塊になるように,全てのガーゴイルが束なっていく。
「これって……」
二人は自然と広場へ向かう。
束なった魔物達が次々に影を落とし,彼女達の頭上を覆う。
直後立ちはだかるように,塊となった巨大な黒い影が身震いを起こした。




