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立ち上がらなくなりました -2-




グレスタワーを後にしたテュア達は,地下洞窟へと足を踏み入れた。

以前はストルスの空間転移によって最短距離で行くことが出来たものの,今回ばかりはそうもいかない。

自力で一階層から最深部まで進んでいく。

洞窟内は日の光が一切届かないため,明かりを頼りにする必要があった。

だがその辺りは問題にならない。

松明が必要な所は,マドが元々発している光によって解消される。

また地図機能によってある程度の道筋は把握できていたため,迷う心配がない。

更にストルスが力を失ったこともあって,洞窟内の魔物も一切確認できない。

もう少し手こずるかと思われながらも,三人は何事もなく玉座の間まで辿り着いた。


以前ストルスとの逃亡戦を繰り広げた場所は,未だ戦いの跡が色濃く残っている。

唯一残されている巨大な魔剣も地面に突き刺さったままだ。

そんな跡地を抜け,玉座の奥側を覗くと,確かに人一人が入れそうな小さな通路があることが確認できた。

壁・床・天井共に,石垣で造られた灰色の道だ。

地図機能では見えなかったことから,隠し通路という扱いなのかもしれない。

一度は冒険者達が通った道,メルセを先頭に慎重に通り抜けると,その先には個室程度の広さの間に繋がっていた。

その先には壁一面に近い大きさの,件の扉が三人を待ち構えていた。


「ふぅ,これがストルスさんの言っていた扉かぁ……」


ここまでの進行で乱れた息を整えつつ,テュアは銀色の扉を仰ぐ。

表面には得体の知れない文字が所狭しに刻まれており,取っ手らしい部分は一切ない。

押すべきなのか,引くべきなのかも分からない。


「確かにテコでも動かなさそうな見た目ですわね。手に持つ部分もありませんし」

「じゃあ,私が試してみます」

「ちょっと待って二人とも。ここは解析できる私が行くよ。マド,いいよね?」

『構いません』


ストルスの暗号を信用していない訳ではないが,何が起こるか分からない。

扉の解析が可能なテュアが開錠を申し出る。

銀色の光を放つ扉に近づくと,徐々に異様な威圧を感じ始める。

まるでこの扉自体が,得体の知れない力を放っているかのようだった。


「ええと,暗号は確かW83……」

『W83LEYT3S』

「そうそうそれ。じゃあ,手に触れてっと……」

『待って下さい。オーナーの開錠には一定の不安があります』

「何それ凄い失礼」

『なので,代わりに私が試行します』

「え?」

『開錠することで,ストルスの知らない罠が発動する恐れがあります。そのため,オーナーの代行を提案します』

「だ,大丈夫かな?」

『私はオーナーの一部ですので,素質という観点では条件を満たしている可能性があります。頼むと依頼された以上,私も協力させてください』

「……どうかされましたの?」

「マドさんが,代わりに開けるって」

「あらあら,そんなことも出来ますのねぇ」


やたら強い口調で圧すので,仕方なくテュアは扉に触れるだけに留まる。

暗号を念じることなく,何も考えないように努める。

その間,マドが記録していた暗号を唱えたのだろう。

暫くして扉が音を立てて動き出す。

反射的に手を離すと,横にスライドする形で両側の扉が開いていく。


「開きましたわ!」

「横に開くんだ……」


開かれた扉の奥は円形状の通路が続き,今までと同様,先は暗闇に包まれている。

何にせよストルスの暗号を元に,開かずの扉を開放することに成功した。

特に問題が起こらなかったことに対し,テュアは安堵の息を吐く。


「やったよ! マド,成功だね!」

『……』

「あ,あれ? マド?」

『……』

「も,もしもーし?」


何故かマドからの返答がない。

気になって再度声を掛けていると,その直後に通路の先から異音が届く。

それは徐々に大きさを増し,羽をはためかせる音が暗闇の中から大量に聞こえてくる。

小さな羽虫の類ではなく,もっと巨大な何かが迫って来ているようだった。


「この羽音……魔物!?」

「しかも結構な数! テュアさん,一旦引いて……!」


何とか後退するテュアに対して,メルセがスキルを行使しようと手を翳す。

しかしそれよりも先に,二人の前に飛び出す影があった。

それは後方で様子を窺っていたシャルノアだった。


「はあぁぁっ!」


声を掛ける暇もなく,その姿に似合わない声を張り上げたシャルノアは,扉の奥向けて右腕で正拳突きを繰り出す。

空気を裂く拳が放たれた瞬間,猛烈な風が吹き荒れる。

彼女の拳が大気を動かし,通路の奥に向けて風圧を発生させたのだ。

羽を生やした魔物らしきものが通路の奥から姿を現そうとしたが,一瞬の内に再び奥へ吹き飛ばされていった。

まるでギャグか何かのような一場面だ。

通路を塞ごうとしていたメルセ,そして慌てふためいていたテュアも,乱れる髪を押さえながら呆気にとられる。

拳を降ろしたシャルノアは何処か満足げだった。


「少しスッキリ出来ましたわ。どうですか二人とも? ワタクシ,結構やりますでしょう?」

「い,一撃……」

「これが,シャルノアさんのスキル,なんです?」

「スキル……と言えばそうかもしれませんが,これはワタクシの身体能力が成せる技でもありますの」

「聞いていたより,す,凄い……ですね……」

「おほほ。言ったでしょう? ワタクシの力,メルセさんにも劣りませんわ!」


正直な所,あんなものを身体で受けたら一溜まりもないだろう。

高笑いしつつあるシャルノアに,乾いた笑いを見せるメルセ。

勇者という記憶のある彼女でも,拳一つで風を巻き起こす身体能力は予想外だったようだ。

そんな二人の様子に汗を流しながら,テュアは気を取り直して,押し戻された魔物の正体を探る。


「今の魔物は確か」

『ガーゴイル……石像が意志を持つ形で生まれた魔物です……』

「ひぁっ!? マド,起きてたの!?」

『……何でしょうか?』

「何でしょうか? じゃないよ! 急に止まったのかと思ったじゃん!」

『そうですか……』

「そうですかって……」


マドの復帰にツッコミを入れるも,どうも歯切れが悪い。

だが問い詰めるよりも先に,シャルノアたちは扉の向こうへと進む。


「テュアさん。先程の魔物が襲い掛かってくる前に,先に進みましょう」

「あ,うんっ」


マドの様子はともかく,動作自体には異常はないので問題ないと思うことにする。

雰囲気に押され,テュアは彼女達と共に先の通路へ進んだ。

シャルノアの拳と共に掻き消された羽音は既に消えており,魔物の気配もない。

念のための警戒は緩めなかったが,同じような道が続くだけだった。


暫くして,奥から微かな青白い明かりが見える。

出口ではないようで,画面に表示された地図上には円形状の広大な空間が待ち受ける。

テュアはそれを伝えつつ,皆で足並みを揃えた。

そして長い通路を出た瞬間,聞こえてきたのは全身を僅かに振動させる響きだった。

見渡すは,直径数㎞単位で存在する球状の地下空間。

更に見下ろす形で現れたのは,巨大なクレーターの中に聳え立つ遺跡の群れだった。

テルス村の何個分はありそうなクレーターに,精巧な造りの建築物が敷き詰められている。

青白い光は遺跡の地中から放たれているのか,色を持った建造物の屋根が,ひしめき合った宝石のように輝く。


「まさか,地下洞窟の先が遺跡だなんて……」


息を呑みながらも,彼女達は壁伝いにある土塊の階段を下りていく。

すると所々に,不自然な形で石像が転がっているのが分かる。

それはシャルノアが吹き飛ばした魔物の姿と酷似していた。


「テュアさん。これって,さっき吹き飛ばされたガーゴイル,かな?」

「間違いないね。一瞬だけだったけど,特徴は似てるし」

「見た所,固まったままですわ。どうしましょう?」

「今は動いてないみたいだけど,この手の魔物は,辺りが暗くなると動き出すって読んだことがある。このままじゃ,マズいかも……」

「消しちゃうの?」

「うーん。影ならまだしも,生きてる魔物を消すのはちょっと……」


だが動き出して囲まれでもしたら面倒だ。

命を奪うことに抵抗のあるテュアは,削除による消滅ではない別の方法を思い付く。


「マド,確か画面の明るさって調整出来たよね?」

『はい……操作方法は……』

「待って大丈夫。前に学んだことはちゃんと覚えているんだから」


やけにゆっくりと返答するマドを制止しつつ,画面を操作する。

彼女が行おうとしているのは,眼前で灯っている画面の発光を強めることだ。

ガーゴイルは全身が岩のように固く,崩れ落ちても似たような岩を接合するだけで直ぐに復活する回復力を持つが,その反面光に弱い。

太陽の光は最たるもので,浴びると動けなくなってしまう。

ただでさえ,地下の古代遺跡という魔物の活動にはもってこいの状況。

一体ずつ倒す暇もなく,広範囲に無力化するためにも強い光を放つことが先決だ。

洞窟探査のために,既にテュアはマドからその方法を学んでいた。

同じような手順で触れると,明るさの変更と書かれたウィンドウが現れる。


「どう,マド? これ位なら,私でも簡単に操作できるからね?」

『……』

「何だか,嫌な予感がしますわ……」


自慢そうな態度のテュアを見て,シャルノアに一抹の不安が過ぎる。

画面の明るさは,横に続くバーを移動することで変更できる。

今の位置は洞窟探索用に若干明るめに設定されているが,全体を照らすほどの発光となれば,それ以上の調整が必要だ。

テュアは丁度良い位置を割り出し,調子よく指を振るった。

しかし間が悪かったのか,彼女は妙な異変を感じる。

それが鼻を刺激するものだと自覚するよりも先に,そのまま大きくくしゃみをした。


「くしゅん……! あっ,勝手に動いて……」


指が画面のあらぬ方向を押した途端,目を眩む光が画面から放たれ,タイミングよくテュアの視界に直撃する。

直ちに影響が出る程の強さはないが,人の目からすれば程よく刺激的な光だ。

何となく警戒していた他二人は,互いに目を塞ぎながらそれを防いだ。


「あっはあぁ!? 目,目ええぇっ!?」

「やっちゃった……」

「やりましたわね」

「押すところ間違えたっ! あっこれ,ちょっと待って,今私どっち向いてる!?」

「スキルの正面だよ。とにかく,一旦画面を移動させるか,暗くした方が……」

「え,ええと,ここ!? それとも,こっち!?」

「触る前に少し落ち着いたほうが良いですわね」

『指示します……』


マドがテュアに指示を出すことで,光の出力を徐々に減らしていく。

画面自体をテュアの頭上に置き,真上を照らす形に固定した上で再度光量を調整する。

大量の光が地底遺跡の天井を照らし,反射するそれらが広範囲の投射光へと変わる。

これによって地図探査は出来なくなったが,代わりに光を苦手とするガーゴイルの動きを封じることは出来た。


「貴方のスキル,奇想天外なのは良いですが,もう少し使いこなしてほしいですわ」

「す,すみません。うぅ……目が,チカチカする……」

「テュアさん……だ,大丈夫……?」

「な,何とか。でも,暫く目が慣れるまでは……」

「じゃあ,私の手,掴んでいいよ? 一緒に行くから」

「あぁ,これね?」

「うん,ゆっくり歩くね?」

「はいぃ」

「何だか,気が抜けますわねぇ」


メルセに連れられながら,テュア達は壁沿い道を降りていく。

そこから繋がる形で,クレーターから遺跡に辿り着くまでの階段を降り,青白く光る都市に降り立った。

見渡す限り,最低でも三階はある建物ばかりが立ち並ぶ。

全て石造,窓とは名ばかりの穴が壁に等間隔で空いている。

その他は,殺風景な光景が続く。

大通りである都市部の通路には雑貨を含めて何もなく,適当な建物の中を一瞥しても物が一つも存在しない。

人も勿論いない。

周囲にあるのは,ガーゴイルであろう石像だけだ。


「この遺跡,それ程古くは見えないけれど,どれくらい前のものなのかしら」

「確かに凄く立派だし,構造自体も最近の都市って感じがする。魔物も,ガーゴイルがいる位かな?」

「えぇ。人の気配は,ありませんわ」

「うーん,テルス村近くの地下遺跡。そんな話聞いたことないけどなぁ。メルセ,何か思い出せる?」

「いえ,ここが何なのかまでは……」


コツコツと音を微かに立てながら,三人は遺跡の中央,大通りらしき通路を歩いていく。

周囲の建物はどれも倒壊の危険はない。

メルセも頭を捻りながらこの場所の正体を思い出しているようだったが,何も浮かばないらしい。

しかし先へ進めば,必ずその記憶の在処が見つかる筈だ。

テュアは周囲一帯の地図を思い出し,次に進むべきに道を示した。


「この遺跡は地下にもう一階層あって,そこに続く階段が遺跡の中央にあるよ。大体,あの方向かな? ちょっと入り組んでるけど,道は分かってるから大丈夫」

「地図を全て覚えていますの?」

「まぁ,記憶力はそれなりに」


大きな通りだけでなく,細い通路が何処へ繋がっているのか,大体の把握は出来ている。

この階層にあるのは,密集地帯となる建物を除けば,更なる地下へと続く階段だけだ。

その地下にも同じような構造の遺跡が立ち並ぶが,一番奥に不自然な所で途切れている道が存在していた。

あからさまだけれども,他に目ぼしいものもない。

二人の了解を得て階段を目指すと,前方の通路に見慣れないものが落ちていることに気付く。

近づいてテュアがそれを拾い上げると,懐かしい肌触りが伝わった。


「手紙?」

「というよりは,本の切れ端,みたいです」


一枚もの紙は片手で持てる大きさで,一部破かれた跡が残っている。

片面には文字らしきものも見え,正体不明の遺跡にあった手掛かりらしい痕跡であることが分かる。

読まない訳にもいかず,三人は顔を寄せ合って確認する。

紙には擦れた文字でこう書かれていた。







魔王ザハーク。

突如その姿を現した異形の存在。

一時は伝導士の手によって封印されるも,完全に倒し切ることは出来なかった。


相対できる者は誰一人いないまま,復活の時は徐々に訪れる。

望みは絶たれたかと思われた時,そこに現れたのが四人の勇者だった。

勇者達はザハーク打倒という共通の目的を持っていながら,身分・出生だけでなく,活動時期も異なっていた。

今までの記録を調べる限り,四人全員が共闘することは殆どなかったという。

そして勇者達は,半数以上が直接魔王に挑んだわけではない。

一人は内乱指導者の巣窟で。

一人は星の果てで。

一人は自らその命を差し出した。

しかし,無関係だった筈の彼らの行動が確実に魔王を弱らせ,最後の一人が相打ちを果たした時,我々の脅威は完全に取り除かれた。


今となっては,勇者達がどのような方法で魔王を弱らせ,打倒したかも分からない。

勇者達こそ,魔王と繋がっていた内通者だったのではないかという暴論も存在する。

しかし,我々はそうは思わない。

勇者達には魔王を倒すという明確な意志があった。

生前己が命を賭してまで叶えなければならないものがあると,語った記録も残されている。

決して無碍にされて良いものではない。

故にその雄姿,全てを救ったその名を,敬意を表してここに記す……。







それ以降の文字は読み取れない。

全てを読み終えた三人は,異なる表情で互いを見合わせた。


「勇者の名前,書いてあるはずなのに擦れてて読めないなぁ」

「しかし文脈から察するに,勇者は四人いることになります。これだけの偉業を成し遂げた人物が四人もいるなんて……。それだけではなく,魔王とは一体……?」

「大昔にそんな呼び名があった話は,聞いたことがあるけれど。今どき魔王なんて,噂にも聞かないですね」

「それに,非常に言い難いのですが……。ここに書かれてあることが正しければ,勇者と呼ばれた人達は全員亡くなられている,と……」

「……」


シャルノアの窺うような声に対して,二人は返答できなかった。

特にメルセは愕然といった様で紙の内容を反芻する。

勇者として微かな記憶を持つこともあって,この直筆が無関係だとは思えなかったのだ。

彼女は自らの片手を顔の位置まで持ち上げ,存在を確かめるように動かした。


「私,本当は死んで……」

「ま,まぁ,何かの資料みたいなものだよ。メルセとは何にも関係ないと思うよっ」

「でも,ザハークって……」

「本当に死んでたら,ここにいるメルセは何だって話じゃん? ほら,ちゃんとこうやって触れるし」

「ふにゅう」

「ほっぺだって柔らかいし……胸も……さぁ……?」

「ご自分で言っておいて,ご自分で落ち込むのは,どうなんでしょう?」

「むぐ……。と,とにかく,メルセはメルセっ。ちょっと前にも,私にそう言ってたでしょ? だから,気にする必要なしっ」

「う,うん」


当然,メルセが死人な筈もない。

悪い方向へ考えようとする彼女に対して,慌ててテュアが助言する。

確かに書かれていることを信じるならば,四人の勇者は相打ちとなり命を落とした。

勇者だけでなく渦中の魔王も打倒された。

しかし,ストルスやゴブリンはザハークが地下で生きていることを証言している。

となれば,これはいつ書かれたものなのだろう。

テュアは,詳細の解析が可能な者に見解を聞こうとする。


「ねぇ,マド。ザハークについてだけど」

『……』

「ちょ,ちょっと本当に大丈夫?」

『なにが,ですか?』

「さっきから反応が薄いよ。あの扉を開錠した時から様子がおかしいし。何かあったんじゃないの?」


流石の彼女も様子がおかしいことに気付く。

地下洞窟の扉を開けた際に,何か異変が起きたのかもしれない。

すると周囲を照らす光を放つ中,マドがたどたどしく言葉を紡ぐ。


『一つ……申し上げなければならないことが……あります』

「うん」

『これから……安全のために……』


その後に続く言葉を聞くことは出来なかった。

直後,周囲を揺るがす地鳴りが響き渡った。




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