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立ち上がらなくなりました -1-




日が落ちかけ,天が星の輝きを取戻し始めた頃。

テュア達は鉄の山まで,村人や冒険者たち全員を避難させていた。

場所はグレスタワーの一階層。

何も置かれていない物置倉庫であり,皆を安置させるだけの広さはある。

建物内ということもあって,夜風に晒される危険もない。

周りに置かれた松明の光を浴びながら,テュアは皆の様子を窺った。


黒柱を倒して以降,残された彼女達は手分けして村人たちを移動させた。

体力のある男達や令嬢が,眠る人々を次々に運び広場へ集めていく。

メルセも出来るだけ最小の力でスキルを使いつつ,皆の援護を行った。

唯一貧弱なテュアは,村一帯の人間を探査し,誰がどの場所に倒れているのかという指示を出していった。

また,ゴブリン達もジェドーの説得を経て村人たちの運搬に加担した。

黒柱騒動に時点で異変は察していたらしく,彼の助力にもあっさりと応じたのだ。

寧ろ目的を与えられ,何処か満ち足りた様子すらあった。

様々な力を借りつつ,結果として時間は掛かったが広場に全員を集め終える。

そして最後にメルセの特大魔法陣によって運搬され,今に至る。

今後は更に離れた隣村まで,皆を避難させる。

手段としては,グレスタワー内でジェドーが保管していた運搬用の巨大な乗り物を使うことになるだろう。


眠る彼らの下には,グレスタワーで使用した白い緩衝剤が広範囲に敷かれている。

地面に寝かせることを嫌がったジェドーが用意したものだ。

全員が静かに眠りについていることを確認したテュアは,ゆっくりとその場から立ち去る。


「行ってきます」


軽く挨拶を済ませると,次に向かうべき,隣の事務室へと歩いていく。

隣室では大きな机が幾つも列をなして並んでおり,その内の一つに同じ緩衝剤に包まれたストルスが置かれていた。

大事ないことを確かめつつ,彼と少しだけ会話を行う。


「まさか,ストルスさんが改心するなんてね」

「勘違いするなよ,貧弱娘。我は貴様らがあの方の元へ辿り着き,早々に養分と化すことを望んだだけだ。これは,そのための布石なのだ」

「ふーん?」

「……気が変わりそうだな」

「わーっ! 嘘です,有り難いです,有り難く養分となりますぅ!」

「貴方,言ってる事が滅茶苦茶ですわよ?」


慌てるテュアに対して,その場にいた令嬢が突っ込みを入れる。

元々彼女の衣装は派手なドレスだったが,今は動きやすい一般の服に着替えている。

それでもその佇まいは,何処か気品のある様子が漂っていた。


「あ,シャルノアさん……ではなく,様?」

「止めて下さいな。ワタクシはただの一般人。気の済むような言い方で構いませんわ」


令嬢,シャルノア・レイマースとは既に自己紹介を終えている。

どうやら地下洞窟の件を聞いて,たった一人でここまでやって来たらしい。

レイマースという名には聞き覚えがあるので,貴族の娘かと指摘されるも,彼女は断固として認めなかった。

何故か自分が貴族ではなく,ただの一般人であると強調し続けた。

道端で金をばら撒いた件と言い,色々と突っ込みどころがあるが,状況が状況なので誰も問い質す余裕はなかった。


「それにしても,貴方のスキルは実に特異ですわね。ワタクシ達に聞こえない声を発するなんて。王都でもそんな力は,耳にした事がありません」

「あはは。この毒舌ぶりには,私も苦労されっぱなしで」

『苦労? それは私の台詞ですが?』

「そのボケには突っ込まないよ?」

「やっぱり聞こえませんわね……。始めは頭のおかしい方かと思いましたけど,影の鎮圧だけでなく,ワタクシの偽名も看破しましたし,申し訳ないことをしましたわ。人を見た目や噂で判断してはいけない。貴……ではなく,人として恥ずべきことでした」

「いえいえ,分かってくれただけでも十分です」


恐縮と言わんばかりにテュアは頭を下げる。

シャルノアやヴェルムには,既にマドの正体について話していた。

当初はにわかには信じがたい顔をされつつも,事情を知っているメルセ達が説明をしたことで,ある程度は信用されるようになった。

というのも,シャルノアがこの村でシャルルという偽名を使っていたことを,テュアが一瞬で看破したことが決め手だったからだ。

貴族であることは認めなかったものの,そのお陰でマドの信用を得ることは出来た。


「それより良いんです? 私達と一緒に地下に潜るなんて」

「構いませんわ。元々そのつもりでこの村に赴いたのですから」

「そのつもりで? そういえばシャルノアさんって,何でまた一人でテルス村まで?」

「ちょっと,腹が立って家出……」

「えっ?」

「な,何でもありませんわ! とにかく,ワタクシをひ弱な娘と思って頂かなくて結構。先程は後れを取りましたが,この力,あのメルセさんにも負けませんわ!」

「でもシャルノアさんって,やっぱり貴族なんでしょう? 立ち振る舞いも,それっぽいし……」

「一般人! 一般人ですわ! ええと……そう! あぁ,今日もたくさん仕事をしましたわ! 仕事帰りに一杯のお酒,これに限りますわね! どうかしら!? 一般人っぽいでしょう!?」

『これは酷いですね』

「しっ」


そもそも未成年の飲酒は禁止されている。

そう心の中で思いつつ,テュアはマドの失言を注意する。

地下洞窟への探索。

ストルスからの情報を元に道筋を固めたテュア達は,村人たちの意識を解放するため,地下洞窟の先に挑むこととなった。

無論五人全員が行く訳ではない。

ギルドとの関係かつ連絡方法を持つヴェルム,皆をここから更に遠くへ運搬する発明品を持つジェドーは,地上に残らなければならない。

当初はザハークと対峙経験のあるメルセ,並外れたスキルを持つテュアの二人で行ける所まで行く予定だったが,シャルノアもその探索に手を挙げた。

押しが強い事もあって断り切れず,テュアも彼女の申し出を受け入れるしかなかった。

そんな会話を聞きつけて,もう一人の少女も現れる。


「お酒は大人にならないと,飲んじゃ駄目です」

「はっ!?」

「あ,メルセ。今のは冴えてたよ?」

「いぇい」

「ワ,ワタクシは一般人……誰が何と言おうと一般人ですわ……」

「強情だねぇ」


メルセはいつもと変わりない様子で,Vサインを作る。

あれだけ大掛かりな魔法陣を展開したにも関わらず,そこには子供らしいあどけなさすら感じられる。

ただ,そんな彼女も一通りの覚悟は済ませてきたようだ。


「こっちの準備は,出来たよ」

「体調も万全?」

「少し寝たから,元通りです。テュアさんこそ,足腰が気になります」

「そんなお婆ちゃんを心配するみたいな言い方……。勿論,私達の方も大丈夫。いつでも出発できるよ」

『既に忠告済みですが,今回の探索には危険を伴います。私という支援ユニットがある中でも,安全とは言い切れません。メルセ,それでも行きますか?』

「きっと私の記憶も,そこにある筈。だったら,行かない理由はないです」


マドの忠告にメルセは即座に頷く。

未だ彼女の記憶は断片的なものばかりで,素性を明かす程の材料はない。

ただその実力は推して知るべし,だった。

テルス村に発生した影の大群は,彼女のバックアップがなければ先ず突破できなかった。

ザハークと対峙した記憶が確かであるなら,その魔物と相対できるのもまた彼女しかいない。

シャルノアも考え込むように顎に手を触れる。


「メルセさんの事情は聞きましたが,現在勇者の称号を持つ者は,ワタクシも存じ上げません。確かに,幼い歳でこれ程の力を持っていれば,そう呼ばれる事も頷けますが……」

「先代の勇者がいたのは,確か100年以上前だっけ?」

「そうですわね。記録上では,人智を越えた力を持つ魔王や災厄が訪れた時,人々を救った功績者に与えられる称号です。以前の称号者は,災厄を静め多くの人命を救ったとされています」

「うーん。一体何処で勇者って呼ばれてたんだろう?」

「真偽を確かめるには,地下洞窟を進む以外に手立てはないようですわね」


不意にテュアは,視線をメルセの方へと向ける。

彼女の表情に変化はない。

ただ左手で右手を握り込み,握っている右手が少しだけ震えている。

ここ最近,彼女の様子を間近で見ていたからだろうか,テュアはその変化に直ぐに気付いた。

恐怖心からなのか,武者震いなのかは分からない。

ただ彼女は,静かにその手を取った。


「メルセ,ギュッてしよ?」

「えっ,首絞めるんです?」

「発想がエグイよ……。じゃなくて,抱きしめるの。こういうのって,疲労解消になるって本で読んだことあるから」

「わ,私は別に疲れてなんて……」


明確な理由があった訳ではない。

ただこの場で自分に出来ることを探した結果,テュアはゆっくりとメルセを抱きしめた。


「はいっ,ギューッ!」

「……!」

「こう見ていると,貴方たち,まるで家族みたいですわね」

「ふふん。何日も一緒に寝てる仲なので,もう家族同然だもの。あ,お姉ちゃんって,呼んでくれても良いよ?」

「お……おか……」

「えっ」

「んぅ!?」


ただ,メルセからの返答は些か予想外のものだった。

どうやら無意識に声に出ていたらしい。

テュアの胸に顔を埋めていた彼女は,反射的に身体を離して背を向ける。


「メルセーん。今,お母さんって言わなかった?」

「い……言ってないです」

「あらあら。しかし,メルセさんはご両親を覚えていないのでしょう? そう呟いてしまうのも,無理はないかもしれませんね」

「成程ぉ。じゃあ,お母さんって呼んでも良いよ? ちょっと複雑だけど」

「うぅ。テュアさんは,テュアさんだよぉ。でも……」

「でも?」

「私のお母さん……どんな人なんだろう?」

「そこまでは分かんないけど,きっと美人な人に違いないねっ。メルセがこんなに可愛いんだもん」


少し紅潮した顔でメルセは俯く。

何にせよ少し気は解れたようで,手の震えは止まっていた。

無論テュアも地下洞窟に向けて臆す気持ちがない訳ではない。

だが村人たちの時間が,どれだけ残されているのか分からない。

グレスタワー襲撃時,夢の中でメルセに助力しろと告げた謎の賢者を信じるなら,それを果たす以外にない。

その後,時間も経たずに心構えを済ませたテュア達は,遂にストルスと対話する。


「じゃあ,ストルスさん。扉の開け方を教えて下さい」

「あの扉は物理的な方法で開けることは出来ん。その扉に手を触れ,暗号を念じることで開錠できる」

「余計な力とか,使う必要はないってこと?」

「そうだ。ただし,脆弱な人間では扉が開錠自体を拒否する。資格があるのは,素質を持つ者だけだ」

「素質って,ワタクシ達は大丈夫なのかしら?」

「そこは懸念されるべき点だが,あの結界を耐えた貴様らならば問題はないだろう」


つまる所,一度その場所へと辿り着いた冒険者たちには,その素質がなかったらしい。

そんな馬鹿な事があるだろうかと思いつつも,彼女ら三人は開錠のための暗号を聞き出す。


「暗号は,W83LEYT3Sだ」

「え,何処の国の言葉?」

「知らん。暗号なのだから,理解出来ないのは当然だろう」

「まぁいっか。マドっ」

『既に記録済み。しかし……この暗号は……』

「ん,どうかしたの?」

『いえ,何でもありません』


意味深な言葉を呟くもマドは即座に否定する。

何があればまた指摘が飛んでくる筈なので,逐一気する必要はない。

三人は互いに顔を見合わせ,ストルスに頭を下げた。

頭部だけの彼は,当然この場に残る。

一応無害である事は認められているので,村人らと同様に保護される形になる。

テュア達が背を向けて部屋から出る所を見て,彼はもう一度声を掛けた。


「テュア・リンカート。貴様がどうなろうと,我の知った事ではない。ただ,こうやって道を開いたのだ。骨折り損な結果にさせるなよ?」

「骨だけに?」

「やかましいわ。さっさと行け」


ストルスは興が削がれたように投げやりな返答をする。

魔物である彼にも人を案じる気持ちはあったらしく,テュアは少しだけ感謝しながら部屋を後にした。

しかし,地下洞窟に挑むより先に,もう一つ,どうしても行かなければならない場所がある。

そこは様々な発明品が置かれている保管場だ。

迷路のような通路を抜けそこへと辿り着くと,入り口近くで剣の調整を行うヴェルムの姿が見えた。


「あ,皆。もう準備は済んだんだね」

「うん……。あの,ジェドーさんは……?」

「えーと,それが……」


恐る恐るといったテュアの問いに,ヴェルムは言い難そうに保管場の中へ視線を向ける。


「完全に怒ってて,俺の話もあまり聞いてくれないんだ。今行くのはちょっと……」


テュア達三人は申し訳なさそうな顔をする。

彼女達が地下洞窟に行くと決めて以降,ジェドーは腹を立てて一言も口を利かなくなってしまった。

唯一この場に残るヴェルムに対しても,進んで対話をする気はないようだ。

村の人々をグレスタワーに運んで以降,運搬するための機器の調整を黙々と続けている。

それでも何も言わずに出発する訳にもいかない。

ヴェルムを先頭に,様々な機械が置かれた広大な保管場をゆっくりと進んでいく。

協力を得ていたゴブリンたちが,せっせと器材を運ぶ姿が何度も視界に飛び込んでくる。

すると暫くして,背を向けたまま何かの作業をしているジェドーが見えた。

どれだけ近づいても振り向く気配はない。


「ジェドーさん,私達行きますから……」

「……」

「あ,あの……一応,言っておこうって……」

「あぁ? なんか幻聴が聞こえるな。俺の気のせいか?」

「はぐっ!?」

「ジェドーさん,それはあんまりですよ。皆の意識を戻す可能性が地下洞窟以外にないことも,その時間が残り少ないことも,もう分かっている筈です」

「ヴェルム,俺は聞き分けのねぇガキと会話する程寛容じゃねぇんだ。あいつらは俺の忠告を無視して,勝手に出て行った。それだけのことじゃねぇか」


テュアの言葉を一蹴し,ジェドーは背を向けたまま,とある場所を指差す。

そこにはシャルノアが持参していた高級そうな誓約書が,横倒しになっている鉄骨の側面に張られていた。


「あの似非一般人にも公式の誓約書は書かせた。これで万が一何かがあっても,俺達に責任が問われることはねぇ」

「似非って,ワタクシのことですのぉ!?」

「シャルノアさんは落ち着いて……。というか,ジェドーさんも何勝手に無視ばっかりしてんすか。こんなの,大人げないっすよ」

「あぁ? 勝手はあっちの問題だろ。勇者だか何だか知らねぇが,好き勝手に振舞いやがって……。生きて帰ってくる保証が何処にある? それ位,誰でも分かるだろうが」


ジェドー自身,グレスタワーの一件でテュア達を巻き込んでいる。

その自責の念もあって,頑なな態度を崩さない。

村人の目覚めよりも,新たに犠牲が生まれることを彼は危惧しているのだ。

それを悟っていたテュアは一歩前に出る。


「私達,絶対帰ってきますから!」

「……」

「だからその間,皆をよろしくお願いします!」

「……はぁ」


重い溜息のような声が響いたが,結局ジェドーが振り返ることはなかった。

何も言わず,そのまま奥の器材へ潜り込んでいく。

その直前,彼は少しだけ顔を逸らした。


「あいつらを頼む……」

『!』


誰にも聞こえない微かな小声を唯一マドが認識するが,返答を待たずに彼は姿を消す。

その後,保管場入り口まで戻ったテュア達に,ヴェルムは少しだけ頭を下げた。


「ごめん。でもあの人も本当は心配していて,ここに残って欲しいんだ。だから,あんな言い方を……」

「いいの。私達が無茶しようとしていることは分かってる」

「でも,行かなくちゃ,いけないんです」

「貴女達……」

「ギルドと合流できたら俺達も直ぐに後を追う。だから,さっきジェドーさんに言ったこと,忘れないでくれ」

「ありがとう,ヴェルム君。ジェドーさんをよろしくね」


剣の鞘を掴むヴェルムに,テュアは優しく答えて背を向ける。

これで,此処でやるべきことは全て済ませた。

背後に控えていたメルセとシャルノアに視線を合わせ,頷き合う。


「じゃ,行こうか」

「うん」

「分かりましたわ」

『私も援護しますので,オーナーは操作ミスのないようお願いします』

「期待してるよ?」

『お任せください』


事態は一刻を争う。

テュア達はグレスタワーを出発し,夜に包まれた景色の向こうへ溶けていく。

その光景を外まで追ってきたヴェルムが,複雑な表情で見送る中,背後から新たな気配が現れる。

眉を顰めたジェドーが,ゆっくりとその場に現れた。


「ジェドーさん?」

「俺にはスキルがない。この国,いや世界を見てもお目にかかれねぇスキル無し。あることが前提な世の中じゃあ,俺は異端の象徴だ」

「……!」

「今まで割り切って生きてきた筈だった。だが,今ほど自分の無力さが悔しいと感じたことはねぇよ」


彼は油に濡れた両手を強く握りしめるだけだった。




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