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このスキル,壊れてます -2-




テルス村から少し離れた山の中。

村人たちが開拓した道を渡り,通常の探索ルートに辿り着く。

この場所はモンスターが出ることがない安全な所だ。

今まで誰かが襲われたという話も聞かない。

念のために持ってきた獣よけの鈴を鳴らし,テュアは背伸びをする。


「さて,始めますか」


大きな山道を外れ,所々岩のある地を進む。

辺りを見回し,借りてきた本に描かれた絵と実物を見比べ,育ちの良い山菜を取っていく。

その動きに淀みはなく,山の中を巡り続ける。

やがて息の上がった彼女は不意に手を止め,少しだけ思いを馳せた。

木漏れ日で照らす木々を見上げ,突然手中から窓を生み出す。


「やっ! そいっ!」


普段とは違う場面やテンションで行えば,何かが変わるかもしれない。

そう思って色々な体勢や掛け声で,スキルの発動と中断を繰り返すも,やはり何の変化もない。

得体の知れない電子音と共に,青い画面が出現するだけだ。


「うーん。なんで何も起きないのー?」


村の子供が見れば,また茶化してきそうな動きの中。

何度かやっている内に疲労を感じ始め,テュアは音を上げそうになる。

賢者になるため,色々な努力を欠かさなかった彼女であっても,こればかりは流石にどうしようもない。

力の使い方はおろか,この窓がどんな意味を持っているのか,全く分からないのだ。


「実は凄いスキルで,隠された力があってーとか,そういうのじゃないの? これ」


浮かび上がる窓に問い掛けるも,特に反応はない。

壁と話しているようにすら感じられたテュアは,ムキになって両手をばたばたと動かした。


「こうやって,私が諦めてないんだから,止まってないで動けー! それか,何か言いなさいよー!」

『読み込んでいます』

「ちがーう!」


周囲に声を響かせつつ,脱力したテュアはその場に座り込む。

大きな樹の幹に体を預け,土の柔らかい感触が足を包む。

そして,彼女はその辺にある小さな石を拾い,窓に向かって軽く投げてみた。

窓は電流のような音を出し,その石をすり抜けた。


「大体,読み込んでいますって,何を読んでるのよ。本を読んでるわけでもあるまいし……。はぁ……でも,皆の言う通りだし,スキルばかり考えてちゃ駄目なのかもね……」


色々と愚痴がこぼれるも,それ程の悪感情はない。

数週間が経ち,変わりない村人たちと接し続け,次第に割り切る方向に考え方が傾き始めたようだ。

溜息をつきながら,テュアは窓を消滅させる。

確かにスキルの有用性は重要ではあるが,それが使えないものだからと言って,今までのことが全て無駄になることはない。

スキルがなくても出来ることはある。

目先のことばかりに気を取られてはならない。

村の女性が口にした言葉を思い出し,息を吸い込んだ彼女は,大きく鼻を鳴らした。


「考えても仕方ない! 早くこの仕事を終わらせよう!」


今やるべきことは,村で頼まれた山菜取りである。

周囲のことをおろそかにしては大変だ,と力を込めてその場から立ち上がる。

しかしその直後,テュアは妙な音を耳にして動きを止めた。


「うん? 何,この音……」


木々から漏れる葉擦れの音とは違う,何かがぶつかり合う軽めの音が聞こえる。

それは一つだけでなく,多数の音が重なり合って不規則に届く。

距離としてはそこまで近くはないが,誰かが他に山菜取りをしているのだろうか。

気になったテュアは,そちらの方向を目指して足を動かしていった。







「皆,武器を取るんだ!」


テルス村から,男の声が響く。

村の男達が鎌や鍬といった武器になりそうなものを手にして,村の正門近くへと集結する。

手に汗握る彼らが対峙する先には,何十という白骨の魔物が群れを成していた。

魔物達は,俗にいうスケルトンに該当する。

午後の昼下がりに,白い骨が照らされて異様な雰囲気を放つ。

一二体の魔物ならいざ知らず,このような状況は,村が立ち上がってから類を見ない異常な事態だった。


「スケルトン!? どうしてこんな所に!?」

「分からん! ただ,奴らも無暗に襲ってくる気はないみたいだ!」


スケルトンは自前の剣や盾を持ち,自分の領域を侵すものには,それらを向けて排除しようと襲い掛かる危険なモンスターだ。

動きは遅いが,骨だけの存在故に痛みがなく,身体が欠けても動き続ける厄介さを持つ。

様々な地を渡り歩く冒険者であっても,骨を折るほどだ。

ただ,ここにいるスケルトン達は,何かを求めるように辺りを見回している。

村に侵攻する様子はなく,ゆっくりと個々が散らばり,包囲網を作っていく。


「こんな大量に,一体何が目的なんだ……?」


金品が欲しいのか。

ここにはいない誰かを探しているのか。

女性や子供を村の中央に避難させつつ,男達は膠着状態を保ち続ける。

するとそこへ,先程テュアから本を借りた女性が,息を切らして走り寄って来る。


「大変よ! テュアちゃんが,山菜取りに出たままなの!」

「何だって!?」


その情報を聞き,彼らの間に動揺が走る。

山菜取りに出掛けたテュアに,戦うだけの力はない。

いつも出会う小さな獣程度ならば,彼女も追い払うことは出来るが,スケルトン相手となると話が変わる。

この魔物達が何処から湧いて出たのかは分からない。

ただ,帰って来た彼女と鉢合わせになれば,どうなるかは容易に想像できる。

何とかして,奴らを押し切るしかない。

無言のまま頷き合った彼らは,一斉に武器を掲げるのだった。







「あれ,スケルトンだよね。この辺りに出る魔物じゃないのに」


音のする方向へと進んだテュアは,その音源に辿り着き小さく呟く。

見えるのは,全身骨だらけで有名なスケルトンだった。

骨同士がぶつかる音を出しながら,何十という数で,一つの場所に留まっている。

今の所,背の高い植物達に隠れているため,彼女が気付かれた様子はない。

息を潜めるテュアは,スケルトンが集まる場所の後方に視線を移した。


地面の色を露出させ,一際高く聳える崖。

そこには,複数人が簡単に入れるほどの大穴が開いていた。

時折スケルトンがそこを出入りしていることから,ただの穴ではなく洞窟であることが分かる。

だが彼女にとって,それは見慣れたものではなかった。


「あの洞窟……いつの間にあんなもの……」


この森を歩き慣れていたテュアは,あの穴が今まで見たことのない異質なものだとすぐに気付いた。

加えて,スケルトン達はあの場から一歩も動かないため,洞窟の入り口を守っているようにも見える。

何かがあるのは間違いないが,とにかくこの状況はマズい。

大量のスケルトンが出現したとなれば,テルス村にも危害が及ぶ可能性がある。

一刻も早く離れ,村の人達に状況を説明しなければならない。

そう思い,テュアは一歩ずつ引き下がる。

だがその直後,懐の辺りから鈴の音が鳴り響いた。


「んう!?」


予想していない場所からの音に,テュアが奇怪な悲鳴を上げる。

どうやら持っていた獣除けの鈴が鳴ったようだった。

すると鈴の音,というよりは彼女の叫び声に反応して,スケルトン達が視線を向ける。

嫌な予感が全身を縛り付けるも,既に手遅れ。

互いの視線が合った瞬間,まるで目的のものを見つけたかのように,スケルトンが隠れていたテュア目がけて一斉に駆け出した。


「無理無理無理ぃ! 何で,こっち来るのぉ!?」


隠れていた草木から飛び出し,一目散に逃げだすテュア。

スケルトン自体の動きは遅く,すぐさま追いつく程の速さはない。

幸い山の地理にも詳しいため,奴らを撒いた後でどうにかして村に帰ればいい。

そう思っていたが,彼女は自身の体力のなさを甘く見ていた。

加えて森の中を巡っていた仲間を呼んだのだろうか。

挟み撃ちという形で,前方から別のスケルトン達が現れた。


「あっ,これ駄目かも」


遠くない未来の光景が見え,ポツリと呟く。

どうすればいいか分からず,その場に止まってしまったため,後方から追って来たスケルトン達が追い付いて来る。

木漏れ日に照らされた剣が,テュア目がけて振り下ろされる。

直後,何度も聞いた電子音が唐突に響き渡った。


『読み込み完了。起動します』

「えっ?」


テュアを中心として強風が円状に発生する。

斬りかかろうとしたスケルトンは吹き飛ばされ,他の者達も警戒するように引き下がる。

何が起きたのか分からず動揺する彼女は,閉じていた目を開ける。

落ち葉や土煙を纏う風に割り込む形で,今まで全く反応しなかった窓が出現した。

そこには今まで出ていた,読み込んでいます,の文字はなかった。


『こんにちは。プラットフォーム支援ユニット-窓-です。貴方の名前を教えてください』


この場に不釣り合いな女性の声が,テュアに問い掛けた。




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