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19/32

とりあえず,強制停止しよう -3-




村全体が暗闇に落ち,病室内も徐々に明るさを失っていく。

まるで一気に夜が深まったかのような変化だ。

重苦しい空気が蔓延すると共に,抱えられていたストルスが不意に呟く。


「この力,覚えがあるな」

「まさか,ザハークが復活したの!?」

『それにしては規模が小さく見えます。外に出てみましょう』


マドの誘導もあって,彼女達は病室を飛び出し廊下を駆け抜けた。

外に出てみると,広がっていたのは多くの人々が倒れている光景だった。

村人だけでなく冒険者達も,目を閉じ意識を失っている。

慌ててテュア達が駆け寄るも,皆呼吸は穏やかだった。


「眠ってる,みたいです」

「この結界が,そうさせてるってこと?」

『状況から考えて,間違いないようです。恐らくこの結界は,人の意識や睡魔に作用する力を放っているのでしょう』

「どうして,私やテュアさんは平気なんだろう?」

『確かに。メルセはともかく,貧弱なオーナーがこの結界に耐えられるとは思えませんが……』

「おいこら,マド」


一先ず皆の無事を確認したテュアは,空を見上げる。

黒い泥のような色をした結界は,地上から100m程度離れた上空を頂点として,村全体に張り巡らされている。

何故自分達が無事なのか,テュア達には見当もつかなかった。

だがこの結界を消さない限り,人々の意識は戻らないことも同時に理解する。


「何処かに,この結界を張っている魔物がいるってことで良いの?」

『魔物の存在は確認できません。しかし,結界の源が何処かにある筈です。それを探しましょう』

「探すのは良いけど……なんでこういう時って,いっつも暗くなるの……。私,夜は苦手なのに……」


今にも何か化けて出そうな雰囲気に,テュアが少々怯えながら視線を元に戻す。

するとその不安を裏打ちするように,前方の通りから何かが現れる。

地中から這い出たソレは,人でも魔物でもなく,手と足の生えた真っ黒な影だった。


「ひゃぁああ!?」

「ば,馬鹿者,何処を掴んでいる! 顎が外れるだろう!?」

「だ,だってあれ……ゆ,幽霊……!?」


一歩踏み出す前に二三歩後ろに下がり,ストルスの顎を掴むテュア。

この黒い影は,結界によって生み出されたものなのだろう。

家一つ分程の高さまで成長し,彼女達を見下ろす。

そして倒れている人々に目もくれず,真っすぐ襲い掛かって来た。


「私がやります!」


すぐさま反応したメルセが,人一人分程度の魔法陣を展開し投擲する。

勇者と呼ばれていたのも頷けるような切り替えの早さだった。

縦に回転する陣は,周囲に小さな風を起こしながら,接近する影を頭から両断する。

眠りに落ちる人々に影響がない範囲で,確実に相手を仕留める。

しかし,分断された筈の影は再び繋がり,元の形に戻った。

自己修復機能があるのか,足止めが出来ただけに留まる。


「これ,効き目が薄いかも……」

『テュア』

「わ,分かってる! 命のない無機物相手なら……!」


いつまでも腰が引けたままでは話にならない。

テュアは手元に画面を引き寄せて手を翳す。

既に何度もやった削除操作だが,今回行うのは完全削除だった。

マドから教わった,ゴミ箱にすら残らない完全な消滅。

傍から見れば翳した手を横に移動させただけの動きが,影のデータを抹消する。

命を持たないそれを,暗闇に溶けるように消滅させた。

だがその瞬間異変が起きる。

消滅した影の足元から,新たな影が二つ出現したのだ。

よく見てみると,影のデータがいつの間にか二つ追加されている。


「もしかして,消すと増えるってヤツ……?」

「みたい,です」


合点がいったテュアにメルセが頷く。

新たに発生した影が彼女達に襲い掛かるも,間髪入れずに割り込んだ魔法陣に遮られる。

どうやら魔法陣をすり抜けることは出来ないようで,勢いを跳ね返された影達はその場で動きを止めた。

だが,既に彼女達の周囲には新たな影が出現し始めていた。


「抑えつけは効きます! 今の内に,離れます!」


影達は意識を保っているテュア達に的を絞っている。

お蔭で他の人々が襲われる心配はないが,アレに掴まればどうなるかは想像がつく。

魔法陣で抑えつけている間に,彼女達は抜け道となる前方の通りに向けて駆け出した。


「もう! こういうのホント無理! 無理だから!」

『メルセが食い止めている間に走りましょう。追いつかれますよ?』

「というか,病み上がりに全力疾走はキツいんですけど……!」

「耳元で愚痴るな小娘」

「はぁっ!? 骸骨……! って,あぁ……ストルスさんか……」

「今,我を持っていることを忘れていただろう?」


幽霊といった類が苦手なテュアは,もつれそうな足を動かし続ける。

現状,影達に掴まらないように逃げているが,目的地は全く決まっていない。

結界を発生している原因も掴めず,このままでは何れは追いつかれてしまう。

既に残り少ない体力を前に,次の行動を探る。


「マド! あれ……あれは,何処にあるか分かる!?」

『比喩表現でしょうか?』

「違うわっ! 結界の源が何処にあるか分からない!?」

『既に解析済み。オーナーが直進する方向に,それらしきデータを持つ物体が存在します』

「よし! じゃあ,このまま進めばいいのね!」

『加えて,新たに人の存在を確認』

「ん……!?」


村の中心を離れて宿泊施設に差し掛かった所,影とは違う気配を感じる。

目の前の建物から飛び出す形で,高級そうな衣服を身に纏った少女が現れた。


「ちょ,ちょっと皆さん!? 一体,どうされたんですか!?」


本日付でこの村にやって来た黒髪令嬢だった。

彼女は意識を保っていたようで,手当たり次第に皆へ声を掛けていたのだろう。

慌ただしい足音共にやってきたテュア達と視線が合う。

令嬢が動くより先に,メルセが口を滑らせる。


「あの人,お金ばら撒きのヤバい人!」

「ヤバ……!? で,出合頭になんて失礼な……。というよりも,ヤバいのはこの状況ですわ! どうなっていますの!?」

「それは分からない,けど,今原因らしい所に向かっている所です!」

「貴方達には,その場所が分かるのね! ……ってその骸骨,魔物ではなくて!?」

「ぬおっ!?」


頭だけの骸骨が動いているとなれば,魔物と思い当たるのは至極当然だった。

ストルスを見た彼女は,この結界の原因と睨んで手を伸ばそうとするも,テュアが息を整えつつ事情を説明する。


「これはその……全然無害……なので……大丈夫です……」

「ちょっと,この人大丈夫ですの? 息が上がっていますが……」

「テュアさんのこれは,体力不足なので」

「事実だけど……悲しくなるよ……」

『定期的な運動をしましょう』

「アンタは黙って解析する」

「……一体,誰と喋っているのかしら?」

「ええと……それも,全部終わったら,説明します」


マドの声が分からない令嬢を丸め込んでいると,背後から影達が迫ってくる。

令嬢も,他に目覚めている人が見当たらないため,この二人に同行するしかないと意志を固めたようだ。

名乗る時間もなく,テュア達は新たな仲間を加えて先を目指した。

テュアが画面の情報で不審なデータの居所を割り出し,四方から現れる影はメルセが抑えつけるなどして対処する。


そうして数分後,辿り着いたのは村の外れにある広場だった。

いつもは村の子供たちが遊ぶことの多い場所で,所々に木造の遊具が設置されている。

だが今はそれら全てが闇に包まれ,その中心には得体の知れない黒い柱が建っていた。

高さ20m程度で太さは2m前後。

明らかに自然に出来たものではなく,外観として妙な模様が蠢いている。


「黒い柱? あんなもの見覚えがないです」

『原因となる結界の源と判断します』

「じゃあ,あれを壊せば……! テュアさん,今からあれを倒します!」


マドの解析によって,黒柱の破壊を伝えるメルセ。

しかし,既に彼女は息切れでその場で膝をつきそうな勢いだった。


「あ……ごめん……何か言った……?」

「貴方,バテ過ぎでは?」

「二人が,タフ過ぎるんだよぉ」

「これ位,普通でしょう?」

「は,はい」

「嘘ぉ」

「我はこんな貧弱娘に,してやられたというのか……」


直後,広場一帯に大量の影が生み出される。

今までの追撃とは違い,テュア達をこの場から排除しようとする明確な敵意が見える。

実体を得た影の群れは,黒柱を守るように三人と相対した。


『どうやら,ここを通す気はないようですね』

「突破は難しそう。なら……!」


メルセは後方から攻めてくる影から逃れるため,巨大な魔法陣で自分達の四方を覆い,包囲陣を完成させる。

そしてその防御体系を崩さないまま,瞳を閉じる。

瞬間,彼女達の上空に何十もの小さな魔法陣が出現した。

相手が無限に増殖・回復するのなら,接近戦は無謀過ぎる。

彼女は遠距離からのスキル行使で柱に傷を破壊しようとした。

生み出した魔法陣を一つ一つ精密に動かし回転させる。

投擲された陣の数々は,風切り音を立てながら,黒柱を守る影達を次々と分断していく。


「なんて力なの!」


強力な魔法陣の投擲精度に対して,令嬢が声を上げる。

彼女から見ても,彼女の力は非凡であるらしい。

だが影達がそれで消滅する訳もなく,少しずつ形を取り戻していく。

メルセもそれは理解していた。

狙いは,がら空きとなった黒柱までの道。

影達が復活する間に,それらを通り越して幾つもの陣が柱に叩き込まれる。

それでも柱の硬度は非常に高かった。

金属を叩く音が響くだけで,そう簡単に折れることはない。


「固い! なら,これで……!」


二人を庇いながらメルセが再度スキルを行使するも,ようやく復帰したテュアが制止する。


「待ってメルセ! あの柱,影と同じで倒したら何か起きるかも。無理に折るのは,得策じゃないよ」

『オーナーの推測通りです。あの柱にも影と同じ増殖能力があるようです。破壊することで,新たな柱が形成され,結界の効力が倍加する恐れがあります』

「マド,何か策はない?」

『私に増殖能力を封じる妙案があります』


一人で喋り出すテュアに戸惑う令嬢を置いて,マドは新たな作戦を提示する。


『あの柱が自身,そして影達の復帰・増殖能力を操作しています。そのため,能力のみを封じる操作,タスクマネジメントを起動します』

「タスク……?」

『この際,名称は覚えなくて結構です。画面操作をお願いします』


画面左下にあるスタートボタンを長押しし,そこから現れたバーから該当の名称を探す。

数秒も経たずにそれを見つけ,もう一度指で触れる。

すると見覚えのないウィンドウが現れる。

そこには意味の分からない名前と,詳細らしき文字列が一列に表示されていた。


「何か,いっぱい出てきた」

『現在実行されている,あらゆる力を一覧で表示しています。該当する能力欄に指で触れ,指示を出すことで,それを強制的に停止させることが出来ます』

「これ,本当は診療所を出た時から出来たんじゃないの?」

『可能でしたが,オーナーの精神状態から誤操作をする恐れがあったため控えていました』

「あ,はい」


常にリアルタイムで監視をしているのか,ウィンドウ内の列が入れ替わる。

どうやら力の大きい順に並び替えをしているようだ。

この中から柱の能力を特定し,停止させることが唯一の手段のようだが,名称が分からないこともあって判別が困難だった。


「でもこの一覧,書いてあること分かんないし,どうやってここから……」

『思い付きましたか?』

「うん,何となくね」


だがテュアは割り出し方法を思い付き,自分達の四方を魔法陣で覆っていたメルセに指示を出す。


「メルセ,もう一度周りの影を叩いてくれない!? 出来るだけ多く!」

「うん。やってみます」

「だ,大丈夫なのかしら?」

「大丈夫,です。テュアさんのスキルは,私より凄いから」


心配する令嬢に向けて微かに笑うメルセは,細かな陣を空中に生み出し操作する。

先程と同じように,テュア達に迫りくる影達を適当に分断する。

当然影は再び形を元に戻していくが,テュアはその間に画面の変化を観察していた。

今現在,分裂した影を修復するため,柱の能力が発動している。

つまり,力が発動したことでウィンドウ内の順番が繰り上がり,目的の能力が上位にせり上がって来る。


「見つけた! コイツね!」


テュアは上位に出現したタスクに目星を付けて,指を動かす。

目的のタスクが選択され,次いで右下にあった停止のボタンを押す。

するとその欄が一瞬の内にウィンドウから消え,黒柱の蠢いていた模様も止まる。

異変を感じ取ったメルセが影達を一掃すると,今までと違い,それらは復活することなく空中に溶けていった。


「影が復活,しないよ!」

「よし! これでアイツのスキルは封じたっ!」

『お見事です』

「どんなもんよ!」

「こんなことが……それが,貴方の力なのですか?」

「ちょっとした,ズルってやつです。後は,周りの影と柱を何とかすれば……!」


黒柱の能力封じに成功したことでテュアは調子づくも,いつの間にか,その頭上に暗い影が覆う。


「テュアさん! 後ろ!」

「ん……?」


上を見ると,包囲網を張っていた魔法陣の内側から影が現れていた。

柱の復帰・分裂能力は封じても,影を生み出す能力だけは失われていなかったらしい。

最も危険な存在であるテュア向けて,影が真っ先に襲い掛かる。

直後,メルセが新たな魔法陣を生みだし,その敵を消滅させる。

迅速な対応に助けられ,テュアはその場に尻もちをついた。


「テュアさん,大丈夫ですか!?」

「いたた,ありがとメルセ……ってあれ? ストルスさんは?」


ストルスはテュアが転げた衝撃で,包囲網の端に飛ばされていた。

大事はないようで,赤い眼光が周囲を確かめるように動いている。

だがその先に新たな影が出現していた。

小人程度の小さな影だったが,それは彼女達でなく,魔物である彼を標的として定めていた。


「な,何故我を狙う? 我は,人ではないのだぞ……?」


ストルスの声に耳を貸すことはない。

一歩また一歩と小さな影が距離を詰めてくる。


「取り込むというのか? もう,必要ないと……?」


会話が通じているのか,呆然としたような声を出すストルス。

このままでは彼が影に取り込まれてしまう。

テュアは慌てて画面を操作し,影を消去しようと指を動かす。

しかしデータ数が多く,どれが目的の影なのか全く分からなかった。


「どの影か分かんない! ええい,もう!」


まとめての全消去は,メルセ達も巻き込むため使用できない。

テュアは立ち上がり,腰に巻いていた小さな鞄から糸を取り出した。

それは遠くにあるものに引っ付けて手元に引き寄せる道具で,糸の先には小瓶に入った接着物質に繋がっている。

彼女は瓶から接着剤を取り出しつつ,糸を回してストルスに向けて投げ飛ばした。

影がストルスを捕らえると同時に,接着剤もまた彼の頭頂部にくっ付く。


「か,肩痛っ! でも,さっすが私! これで捕まえ……」


手ごたえを感じ何とか引っ張るも,呑み込まれたストルスは動かない。

影の自重がそれに抗っているようで,それどころか影の一部が糸を伝って,テュアの元まで高速で迫ってきた。


「あ,これマズいかも」

『テュア,呑み込まれます。それを離してください』

「いや……なんだか,手が動かないんだけど……!」

「ちょっと,危ないですわよ!?」


影がテュアの両手に纏わりつき,逆に引き寄せられそうになる所を,令嬢が後ろから支える。

見かけによらず,かなりの腕力があるようだ。

テュアは拮抗している間に画面を動かそうとしたが,影の力に抑えつけられ指先一つ動かせない。

更に,もがけばもがく程に影に取り込まれ,次第にそれは彼女の二の腕まで迫る。

その動揺がメルセにも伝わったことで,周囲を防御していた魔法陣が揺らぎ,消滅してしまう。

誰かが声を上げたが,既に手遅れだった。

処理しきれていなかった影達が,一斉に彼女達に群がって来る。


直後,聞き覚えのある砲撃が何処からともなく飛来し,周囲の影を次々に消滅させる。

空間を揺るがす透明な衝撃波だ。

メルセが巻き上げられた土煙を陣で払うと,広場外れの家屋の屋根に,見覚えのある二人の姿があった。


「騒がしい声が聞こえると思ったら,やっぱりアンタらだったか……!」

「ジェドーさん!?」


加熱した波動砲を持ち上げるジェドー。

その隣には,駆けだし冒険者の少年ヴェルムが剣を抜いて控えている。

影達の猛襲の中,新たに二人の男が加勢に現れた。




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