とりあえず,強制停止しよう -3-
村全体が暗闇に落ち,病室内も徐々に明るさを失っていく。
まるで一気に夜が深まったかのような変化だ。
重苦しい空気が蔓延すると共に,抱えられていたストルスが不意に呟く。
「この力,覚えがあるな」
「まさか,ザハークが復活したの!?」
『それにしては規模が小さく見えます。外に出てみましょう』
マドの誘導もあって,彼女達は病室を飛び出し廊下を駆け抜けた。
外に出てみると,広がっていたのは多くの人々が倒れている光景だった。
村人だけでなく冒険者達も,目を閉じ意識を失っている。
慌ててテュア達が駆け寄るも,皆呼吸は穏やかだった。
「眠ってる,みたいです」
「この結界が,そうさせてるってこと?」
『状況から考えて,間違いないようです。恐らくこの結界は,人の意識や睡魔に作用する力を放っているのでしょう』
「どうして,私やテュアさんは平気なんだろう?」
『確かに。メルセはともかく,貧弱なオーナーがこの結界に耐えられるとは思えませんが……』
「おいこら,マド」
一先ず皆の無事を確認したテュアは,空を見上げる。
黒い泥のような色をした結界は,地上から100m程度離れた上空を頂点として,村全体に張り巡らされている。
何故自分達が無事なのか,テュア達には見当もつかなかった。
だがこの結界を消さない限り,人々の意識は戻らないことも同時に理解する。
「何処かに,この結界を張っている魔物がいるってことで良いの?」
『魔物の存在は確認できません。しかし,結界の源が何処かにある筈です。それを探しましょう』
「探すのは良いけど……なんでこういう時って,いっつも暗くなるの……。私,夜は苦手なのに……」
今にも何か化けて出そうな雰囲気に,テュアが少々怯えながら視線を元に戻す。
するとその不安を裏打ちするように,前方の通りから何かが現れる。
地中から這い出たソレは,人でも魔物でもなく,手と足の生えた真っ黒な影だった。
「ひゃぁああ!?」
「ば,馬鹿者,何処を掴んでいる! 顎が外れるだろう!?」
「だ,だってあれ……ゆ,幽霊……!?」
一歩踏み出す前に二三歩後ろに下がり,ストルスの顎を掴むテュア。
この黒い影は,結界によって生み出されたものなのだろう。
家一つ分程の高さまで成長し,彼女達を見下ろす。
そして倒れている人々に目もくれず,真っすぐ襲い掛かって来た。
「私がやります!」
すぐさま反応したメルセが,人一人分程度の魔法陣を展開し投擲する。
勇者と呼ばれていたのも頷けるような切り替えの早さだった。
縦に回転する陣は,周囲に小さな風を起こしながら,接近する影を頭から両断する。
眠りに落ちる人々に影響がない範囲で,確実に相手を仕留める。
しかし,分断された筈の影は再び繋がり,元の形に戻った。
自己修復機能があるのか,足止めが出来ただけに留まる。
「これ,効き目が薄いかも……」
『テュア』
「わ,分かってる! 命のない無機物相手なら……!」
いつまでも腰が引けたままでは話にならない。
テュアは手元に画面を引き寄せて手を翳す。
既に何度もやった削除操作だが,今回行うのは完全削除だった。
マドから教わった,ゴミ箱にすら残らない完全な消滅。
傍から見れば翳した手を横に移動させただけの動きが,影のデータを抹消する。
命を持たないそれを,暗闇に溶けるように消滅させた。
だがその瞬間異変が起きる。
消滅した影の足元から,新たな影が二つ出現したのだ。
よく見てみると,影のデータがいつの間にか二つ追加されている。
「もしかして,消すと増えるってヤツ……?」
「みたい,です」
合点がいったテュアにメルセが頷く。
新たに発生した影が彼女達に襲い掛かるも,間髪入れずに割り込んだ魔法陣に遮られる。
どうやら魔法陣をすり抜けることは出来ないようで,勢いを跳ね返された影達はその場で動きを止めた。
だが,既に彼女達の周囲には新たな影が出現し始めていた。
「抑えつけは効きます! 今の内に,離れます!」
影達は意識を保っているテュア達に的を絞っている。
お蔭で他の人々が襲われる心配はないが,アレに掴まればどうなるかは想像がつく。
魔法陣で抑えつけている間に,彼女達は抜け道となる前方の通りに向けて駆け出した。
「もう! こういうのホント無理! 無理だから!」
『メルセが食い止めている間に走りましょう。追いつかれますよ?』
「というか,病み上がりに全力疾走はキツいんですけど……!」
「耳元で愚痴るな小娘」
「はぁっ!? 骸骨……! って,あぁ……ストルスさんか……」
「今,我を持っていることを忘れていただろう?」
幽霊といった類が苦手なテュアは,もつれそうな足を動かし続ける。
現状,影達に掴まらないように逃げているが,目的地は全く決まっていない。
結界を発生している原因も掴めず,このままでは何れは追いつかれてしまう。
既に残り少ない体力を前に,次の行動を探る。
「マド! あれ……あれは,何処にあるか分かる!?」
『比喩表現でしょうか?』
「違うわっ! 結界の源が何処にあるか分からない!?」
『既に解析済み。オーナーが直進する方向に,それらしきデータを持つ物体が存在します』
「よし! じゃあ,このまま進めばいいのね!」
『加えて,新たに人の存在を確認』
「ん……!?」
村の中心を離れて宿泊施設に差し掛かった所,影とは違う気配を感じる。
目の前の建物から飛び出す形で,高級そうな衣服を身に纏った少女が現れた。
「ちょ,ちょっと皆さん!? 一体,どうされたんですか!?」
本日付でこの村にやって来た黒髪令嬢だった。
彼女は意識を保っていたようで,手当たり次第に皆へ声を掛けていたのだろう。
慌ただしい足音共にやってきたテュア達と視線が合う。
令嬢が動くより先に,メルセが口を滑らせる。
「あの人,お金ばら撒きのヤバい人!」
「ヤバ……!? で,出合頭になんて失礼な……。というよりも,ヤバいのはこの状況ですわ! どうなっていますの!?」
「それは分からない,けど,今原因らしい所に向かっている所です!」
「貴方達には,その場所が分かるのね! ……ってその骸骨,魔物ではなくて!?」
「ぬおっ!?」
頭だけの骸骨が動いているとなれば,魔物と思い当たるのは至極当然だった。
ストルスを見た彼女は,この結界の原因と睨んで手を伸ばそうとするも,テュアが息を整えつつ事情を説明する。
「これはその……全然無害……なので……大丈夫です……」
「ちょっと,この人大丈夫ですの? 息が上がっていますが……」
「テュアさんのこれは,体力不足なので」
「事実だけど……悲しくなるよ……」
『定期的な運動をしましょう』
「アンタは黙って解析する」
「……一体,誰と喋っているのかしら?」
「ええと……それも,全部終わったら,説明します」
マドの声が分からない令嬢を丸め込んでいると,背後から影達が迫ってくる。
令嬢も,他に目覚めている人が見当たらないため,この二人に同行するしかないと意志を固めたようだ。
名乗る時間もなく,テュア達は新たな仲間を加えて先を目指した。
テュアが画面の情報で不審なデータの居所を割り出し,四方から現れる影はメルセが抑えつけるなどして対処する。
そうして数分後,辿り着いたのは村の外れにある広場だった。
いつもは村の子供たちが遊ぶことの多い場所で,所々に木造の遊具が設置されている。
だが今はそれら全てが闇に包まれ,その中心には得体の知れない黒い柱が建っていた。
高さ20m程度で太さは2m前後。
明らかに自然に出来たものではなく,外観として妙な模様が蠢いている。
「黒い柱? あんなもの見覚えがないです」
『原因となる結界の源と判断します』
「じゃあ,あれを壊せば……! テュアさん,今からあれを倒します!」
マドの解析によって,黒柱の破壊を伝えるメルセ。
しかし,既に彼女は息切れでその場で膝をつきそうな勢いだった。
「あ……ごめん……何か言った……?」
「貴方,バテ過ぎでは?」
「二人が,タフ過ぎるんだよぉ」
「これ位,普通でしょう?」
「は,はい」
「嘘ぉ」
「我はこんな貧弱娘に,してやられたというのか……」
直後,広場一帯に大量の影が生み出される。
今までの追撃とは違い,テュア達をこの場から排除しようとする明確な敵意が見える。
実体を得た影の群れは,黒柱を守るように三人と相対した。
『どうやら,ここを通す気はないようですね』
「突破は難しそう。なら……!」
メルセは後方から攻めてくる影から逃れるため,巨大な魔法陣で自分達の四方を覆い,包囲陣を完成させる。
そしてその防御体系を崩さないまま,瞳を閉じる。
瞬間,彼女達の上空に何十もの小さな魔法陣が出現した。
相手が無限に増殖・回復するのなら,接近戦は無謀過ぎる。
彼女は遠距離からのスキル行使で柱に傷を破壊しようとした。
生み出した魔法陣を一つ一つ精密に動かし回転させる。
投擲された陣の数々は,風切り音を立てながら,黒柱を守る影達を次々と分断していく。
「なんて力なの!」
強力な魔法陣の投擲精度に対して,令嬢が声を上げる。
彼女から見ても,彼女の力は非凡であるらしい。
だが影達がそれで消滅する訳もなく,少しずつ形を取り戻していく。
メルセもそれは理解していた。
狙いは,がら空きとなった黒柱までの道。
影達が復活する間に,それらを通り越して幾つもの陣が柱に叩き込まれる。
それでも柱の硬度は非常に高かった。
金属を叩く音が響くだけで,そう簡単に折れることはない。
「固い! なら,これで……!」
二人を庇いながらメルセが再度スキルを行使するも,ようやく復帰したテュアが制止する。
「待ってメルセ! あの柱,影と同じで倒したら何か起きるかも。無理に折るのは,得策じゃないよ」
『オーナーの推測通りです。あの柱にも影と同じ増殖能力があるようです。破壊することで,新たな柱が形成され,結界の効力が倍加する恐れがあります』
「マド,何か策はない?」
『私に増殖能力を封じる妙案があります』
一人で喋り出すテュアに戸惑う令嬢を置いて,マドは新たな作戦を提示する。
『あの柱が自身,そして影達の復帰・増殖能力を操作しています。そのため,能力のみを封じる操作,タスクマネジメントを起動します』
「タスク……?」
『この際,名称は覚えなくて結構です。画面操作をお願いします』
画面左下にあるスタートボタンを長押しし,そこから現れたバーから該当の名称を探す。
数秒も経たずにそれを見つけ,もう一度指で触れる。
すると見覚えのないウィンドウが現れる。
そこには意味の分からない名前と,詳細らしき文字列が一列に表示されていた。
「何か,いっぱい出てきた」
『現在実行されている,あらゆる力を一覧で表示しています。該当する能力欄に指で触れ,指示を出すことで,それを強制的に停止させることが出来ます』
「これ,本当は診療所を出た時から出来たんじゃないの?」
『可能でしたが,オーナーの精神状態から誤操作をする恐れがあったため控えていました』
「あ,はい」
常にリアルタイムで監視をしているのか,ウィンドウ内の列が入れ替わる。
どうやら力の大きい順に並び替えをしているようだ。
この中から柱の能力を特定し,停止させることが唯一の手段のようだが,名称が分からないこともあって判別が困難だった。
「でもこの一覧,書いてあること分かんないし,どうやってここから……」
『思い付きましたか?』
「うん,何となくね」
だがテュアは割り出し方法を思い付き,自分達の四方を魔法陣で覆っていたメルセに指示を出す。
「メルセ,もう一度周りの影を叩いてくれない!? 出来るだけ多く!」
「うん。やってみます」
「だ,大丈夫なのかしら?」
「大丈夫,です。テュアさんのスキルは,私より凄いから」
心配する令嬢に向けて微かに笑うメルセは,細かな陣を空中に生み出し操作する。
先程と同じように,テュア達に迫りくる影達を適当に分断する。
当然影は再び形を元に戻していくが,テュアはその間に画面の変化を観察していた。
今現在,分裂した影を修復するため,柱の能力が発動している。
つまり,力が発動したことでウィンドウ内の順番が繰り上がり,目的の能力が上位にせり上がって来る。
「見つけた! コイツね!」
テュアは上位に出現したタスクに目星を付けて,指を動かす。
目的のタスクが選択され,次いで右下にあった停止のボタンを押す。
するとその欄が一瞬の内にウィンドウから消え,黒柱の蠢いていた模様も止まる。
異変を感じ取ったメルセが影達を一掃すると,今までと違い,それらは復活することなく空中に溶けていった。
「影が復活,しないよ!」
「よし! これでアイツのスキルは封じたっ!」
『お見事です』
「どんなもんよ!」
「こんなことが……それが,貴方の力なのですか?」
「ちょっとした,ズルってやつです。後は,周りの影と柱を何とかすれば……!」
黒柱の能力封じに成功したことでテュアは調子づくも,いつの間にか,その頭上に暗い影が覆う。
「テュアさん! 後ろ!」
「ん……?」
上を見ると,包囲網を張っていた魔法陣の内側から影が現れていた。
柱の復帰・分裂能力は封じても,影を生み出す能力だけは失われていなかったらしい。
最も危険な存在であるテュア向けて,影が真っ先に襲い掛かる。
直後,メルセが新たな魔法陣を生みだし,その敵を消滅させる。
迅速な対応に助けられ,テュアはその場に尻もちをついた。
「テュアさん,大丈夫ですか!?」
「いたた,ありがとメルセ……ってあれ? ストルスさんは?」
ストルスはテュアが転げた衝撃で,包囲網の端に飛ばされていた。
大事はないようで,赤い眼光が周囲を確かめるように動いている。
だがその先に新たな影が出現していた。
小人程度の小さな影だったが,それは彼女達でなく,魔物である彼を標的として定めていた。
「な,何故我を狙う? 我は,人ではないのだぞ……?」
ストルスの声に耳を貸すことはない。
一歩また一歩と小さな影が距離を詰めてくる。
「取り込むというのか? もう,必要ないと……?」
会話が通じているのか,呆然としたような声を出すストルス。
このままでは彼が影に取り込まれてしまう。
テュアは慌てて画面を操作し,影を消去しようと指を動かす。
しかしデータ数が多く,どれが目的の影なのか全く分からなかった。
「どの影か分かんない! ええい,もう!」
まとめての全消去は,メルセ達も巻き込むため使用できない。
テュアは立ち上がり,腰に巻いていた小さな鞄から糸を取り出した。
それは遠くにあるものに引っ付けて手元に引き寄せる道具で,糸の先には小瓶に入った接着物質に繋がっている。
彼女は瓶から接着剤を取り出しつつ,糸を回してストルスに向けて投げ飛ばした。
影がストルスを捕らえると同時に,接着剤もまた彼の頭頂部にくっ付く。
「か,肩痛っ! でも,さっすが私! これで捕まえ……」
手ごたえを感じ何とか引っ張るも,呑み込まれたストルスは動かない。
影の自重がそれに抗っているようで,それどころか影の一部が糸を伝って,テュアの元まで高速で迫ってきた。
「あ,これマズいかも」
『テュア,呑み込まれます。それを離してください』
「いや……なんだか,手が動かないんだけど……!」
「ちょっと,危ないですわよ!?」
影がテュアの両手に纏わりつき,逆に引き寄せられそうになる所を,令嬢が後ろから支える。
見かけによらず,かなりの腕力があるようだ。
テュアは拮抗している間に画面を動かそうとしたが,影の力に抑えつけられ指先一つ動かせない。
更に,もがけばもがく程に影に取り込まれ,次第にそれは彼女の二の腕まで迫る。
その動揺がメルセにも伝わったことで,周囲を防御していた魔法陣が揺らぎ,消滅してしまう。
誰かが声を上げたが,既に手遅れだった。
処理しきれていなかった影達が,一斉に彼女達に群がって来る。
直後,聞き覚えのある砲撃が何処からともなく飛来し,周囲の影を次々に消滅させる。
空間を揺るがす透明な衝撃波だ。
メルセが巻き上げられた土煙を陣で払うと,広場外れの家屋の屋根に,見覚えのある二人の姿があった。
「騒がしい声が聞こえると思ったら,やっぱりアンタらだったか……!」
「ジェドーさん!?」
加熱した波動砲を持ち上げるジェドー。
その隣には,駆けだし冒険者の少年ヴェルムが剣を抜いて控えている。
影達の猛襲の中,新たに二人の男が加勢に現れた。




