とりあえず,強制停止しよう -1-
鉄の山で起きたゴブリン襲撃から数日。
最寄りのテルス村では,それら騒動の話で持ち切りだった。
数十体の魔物相手にジェドーを筆頭とする三人が撃退したことも,当然村の中で囁かれることになった。
捕らえられた魔物は,冒険者の縄とジェドーの首輪によって拘束され,即興の牢で隔離されている。
冒険者達の監視の下で彼らには事情聴取が行われているが,詳細な原因は今の所明らかになっていない。
ゴブリンのたどたどしい会話を解読するに,主である新種の生物が自分たち魔物を触発させて思うように操っている,というのが大多数の意見となった。
ちなみに主の声は,ジェドー達にグレスタワーを取り戻された時点で,全く聞こえなくなったらしい。
曰く自分たちはもう用済みなのだという。
勝手に操られた挙句,切り捨てられた魔物達には同情すべき点もあるが,拘束を開放する理由にはならなかった。
過去,魔物が殆ど出現しなかったテルス村の異常事態に対して,冒険者ギルドも事態を重く見て,更なる調査隊の派遣を要請した。
状況によっては,村の者全員を別の場所へと避難させる可能性も視野に入れているという。
宝石の発掘によって少々浮かれ気味だったものの,周囲の空気は徐々に張りつめていった。
鉄の山の一件で,ジェドーも一時的に村へ宿泊することになっている。
テルス村全体が慌ただしくなっていく中,密かに二つのダンジョンを攻略したテュアといえば,いつの通りの図書館勤務となる筈だったが。
「ケホッ,ケホッ……はぁ……」
風邪を引いて寝込んでいた。
グレスタワーで水路に落ち,全身が水浸しになったことが原因で,彼女はその日の夜に体調を崩してしまった。
当初は咳と鼻水が止まらず,数日経った今ではどうにか快方に向かっている。
以前は精神状態を心配されて収容された診療所だったが,今度は体調を崩して同じベッドで横になっている。
「テュアさん,お水です」
「ん,ありがとメルセ。ごめんね,ここまで付き合わせちゃって」
「……元は私の力不足のせい,だから」
「そんなことないって。メルセは十分頑張ってくれたもん。それに……」
『オーナーが最上階から転落したのは,己の力を過信し過ぎたため。加えて水路に落ちたことも,ほぼ自業自得なので,責任を感じる必要はありません』
「そろそろ,その言い方を直す気はない?」
『私は事実を述べているだけなのですが』
体調を崩そうが,マドの言い方は相変わらずである。
そしてメルセの過保護に近い対応も,気に病むなと言っても変わらない。
本来ならゴブリンの群れ相手に全力を放った彼女の方が,疲労を感じている筈なのだ。
その片鱗すら見せないのは,身体が丈夫なためか,無理をしているからなのか。
何にせよテュアからしてみれば,自分の身体を労わってほしいと思うばかりだった。
「と,とにかくね。私はもう平気だから,少し休んだほうが良いって」
「ちゃんと寝てるから,大丈夫」
「大丈夫って言っても,私の隣で寝てたら風邪移っちゃうよ。先生だってそう言ってたし」
「でも,ここが一番落ち着くから。何だか分からないけど,今は一緒にいたいんです……」
「それって,あの記憶が関係してるとか?」
テュアは例の出来事を仄めかす。
数日前,ジェドーの発明品によってメルセは一部の素性を思い出した。
それは,自分こそがザハークという魔物を倒しに来た勇者である,というものだった。
確かにメルセのスキルは上位冒険者に劣らない程の強さを持つが,言ってしまえばそれだけだ。
突拍子もない話であり,勇者を証明するものも一切ない。
そのため,ジェドーの機械が失敗したとして,殆ど信用されることはなかった。
「勇者って称号は,昔はあったけど,今じゃそれを持っている人はいないんだよね」
「やっぱり,記憶違いなのかな」
「どうだろう。けどジェドーさんは,不満そうだったなぁ」
困ったような顔をしつつ,テュアは表示される自分のスキルを見つめた。
今回の件についても,ジェドーやメルセの活躍が先行して,テュア自身の力が知られることはなかった。
元が風邪を引くほど貧弱ということもあって,グレスタワー攻略の一助になったことが,俄かに信じられなかったようだ。
代わりに,騒動に興味本位で関わったことで,村の人達から怒られてしまった。
叱られた彼女は不服だったものの,彼らからすれば,自分はただのか弱い少女なのだと思い知らされる羽目になった。
「皆がもっと私のスキルを信用してくれれば,メルセのことも分かってくれるかもだけど。いっそのこと,何かを消したりする所を,皆に見せれば……」
『それは推奨しかねます』
「え,どうして?」
『当スキルは周囲の情報をデータ化し,操作する力を持っています。大袈裟ではありますが,指先一つで様々な変更が可能なのです。そのような力を持っていると知れ渡れば,グレスタワーを襲った魔物のように拘束され,今まで通りの日常を送ることが出来なくなります』
「ま,まっさかぁ」
『試してみますか?』
「やめときます……」
『しかし,私という支援ユニットが存在する以上,滅多なことにはなりませんので,安心してください』
「やだ,凄い自信」
『オーナーを支援することが,私の存在理由なので』
マドを含め,このスキルは得体が知れず,強力なものであることはテュアも理解している。
理論上,指を動かすだけで生命を奪うことも出来る。
賢者に近づけるためのスキルが手に入れば良い,と思っていたが,己の将来すら変貌しかねない力だとは予想外だった。
冷静さと楽観さを保っているのは,偏に彼女をバックアップするマドのお蔭なのだろう。
そんな対話をしていると,メルセは少し気落ちした様子で口を開いた。
「私が勇者……なんて,やっぱりおかしいですよね……」
周囲からは機械の故障と断言されたことで,自分の記憶に自信が持てないようだ。
何が正しいのか,何が間違っているのかも分からない。
膝の上で両手を握りしめる様子を見て,テュアは静かに笑う。
「うーん,それはどうかな?」
「え?」
「実際,メルセって凄い強いじゃない? 何処かで勇者って言われていても,おかしくないよ。それに,よーく考えてみたら,勇者様に看病されるのも役得って感じ,するしね! ふふ,どうせなら,自筆とか貰っちゃおうかな?」
「テュアさん……」
「私はメルセの傍にいるから,もっと色々なこと思い出してみよ?」
折角思い出した記憶が間違いだったと断じるつもりは,テュアにはない。
孤独を感じている彼女が一人ではないことを強調する。
『現在,冒険者達による地下洞窟の再探索が行われています。ザハークに関する手掛かりも,じきに掴めるでしょう』
「他の人達も頑張ってることだし,今は無理に思いつめずに,出来そうな所からやってみない? 例えば,そう,ゴブリンと一度話してみるとかね。あの時はゴタゴタしてたから話せなかったけど,メルセのこと,何か知ってるかもしれないし。私も,体調が戻ったら,もう一度本を漁ってみるよ」
「ありがとう,ございます」
「お礼なんていらないって。お姉ちゃんのことは頼ってくれていいんだから」
『風邪を引いている手前,あまり説得力がありませんが』
「うっさいわよ,マド」
「じゃあ,一つ出来ることをします」
「うん?」
メルセは魔法陣を動かし,何処からともなく白いタオルを持ってきた。
「服を,脱いでください」
「へぇ!?」
「汗かいてます。このままだと冷えるので,私が拭きます」
「い,いや,これ位は自分でできるから……って,力強っ……」
「勇者に看病されるのは,役得なんですよね?」
「そこ取っちゃうかぁ」
抵抗はするものの,やたら力が強く,結局身体を拭かれることになったテュア。
年下のメルセに対する気恥ずかしさを覚えながら,されるがままとなる。
そして身体の汗を拭きとられ,新しい寝間着に着替え終えると,二人は妙に外が騒々しいことに気付く。
緊迫した雰囲気ではなく,多少の動揺が広まるようなものだった。
「外が騒がしいね。冒険者の人達が帰ってきたのかな?」
気になったメルセが窓の向こうを覗く。
昼下がりのこの時間帯ならば,調査を終えた冒険者達が帰還してきても不思議ではない。
状況を知るためテュアが画面を操作していると,別の場所から声が聞こえてくる。
「あんなヤベェ奴が来るなんてな。ヴェルム,とりあえずこっちに来い」
「は,はい!」
窓の向こうで,ヴェルムを始めとする冒険者達が走り抜けていく姿が見える。
一応只事ではないらしく,メルセが気を引き締める。
「もしかして,魔物が……」
「ううん,魔物じゃないみたい。これは人,かな?」
今にも飛び出しそうな彼女を引き留める。
テュアが情報を収集した所,新たな魔物の存在は確認できない。
ただ新たな参入者が村にやって来たことは確かなようで,彼ら冒険者達に動揺を走らせているのは,その人物なのだろう。
加えてギルドが要請した調査隊が来るにしても,時期が早すぎる。
テュアもベッドから離れ,メルセと共に外の景色を見渡す。
すると中央の広場に人が集まっているのが見え,そこで一風変わった人物が,村人と会話しているのが見えた。
「落ち着いて下さい。今,地下洞窟には冒険者の方々が再調査に行っています」
「何ですって!? 最短の道のりでここまで来たのに,もう佳境まで進んでいるなんて! 良いですわ,ワタクシも直ぐに後を追います!」
「そんな無茶苦茶な……」
ドレスではないにしろ,見た目高級感溢れる,この場には不釣り合いな服を着た少女が息を荒げている。
長い黒髪が目立ち,年齢はテュアと同年代くらいだろうか。
他に付き人がいない所を見ると,彼女一人でこの村までやって来たらしい。
周りに集まる村人達に物怖じする様子もない。
「何故止めるんですの!? 貴方がたに迷惑は掛けませんわ!」
「我々にも管轄というものがあるのです。この件は,ギルドの方々に委ねているんです」
「ギルド……。成程,彼らも金で雇われた身。領分を奪われたくない,と。ならば……!」
何故か少女は,地下洞窟に対して並々ならぬ関心があるようだ。
村人たちの制止を振り切り,両手で抱える程の大きな鞄へおもむろに手を突っ込む。
ガサゴソと音を立てながら,再び姿を現した手に握られていたのは,大量の紙だった。
確認する間もなく,少女はそれを空中へばら撒く。
何をする気だと警戒する村人たちだったが,その紙を注視して驚きの声を上げる。
「これ,全部紙幣じゃないか!?」
「さぁ,散財ですわ! ギルドが要求した額以上のお金を差し上げます! ですから,そこをお退きなさいッ!」
まるで水を撒くかのように,大量の紙幣が幾度となく舞い落ちる。
大よそ一人の少女が持っていい額ではなく,出で立ちから考えても,何処かの名家の令嬢である可能性が高い。
そう皆が悟ったのか,後々のことを考え,下手に口出しが出来なくなる。
冒険者が口にしていた危険の意味が,診療所にいたメルセ達にも伝わってくる。
「本当にヤバそう。一応,皆お金拾ってるみたいですけど」
「……メルセ,回収の準備よ」
「!?」
『がめついですね』
「あの人は,誰にあげるかはっきりと言わなかった。つまりあれは,拾った者勝ちになるんじゃない?」
『無茶苦茶ですが』
テュアは一歩身を引きつつ,ばら撒かれた紙幣の場所を計算。
最も効率の良い採集ルートを割り出していく。
すると,不意に画面上のアイコンに目が留まる。
それは何度か使用したことのあるゴミ箱だった。
色々なものを削除し,隔離する空間のようなもの。
そのアイコンを暫く見つめていると,彼女は地下洞窟の件について,一つの案を考え付いた。
「ねぇマド,一つ思いついたんだけど」
『オーナーの思い付きには不安要素しかありません』
「失礼ね。これはお金の話じゃなくて,例の地下洞窟についてだから」
「何か,分かったんですか?」
「もしかしたらだけど,地下洞窟について手っ取り早く分かる方法があるかも。メルセにはお金ついでに,あるモノを持ってきてほしいかな?」
メルセが振り返ると,テュアはにっこりと笑みを浮かべていた。




