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急に止まったんですけど -3-




ジェドーが命名するヘルジャーカーは,一歩一歩踏みしめ,三人に向かって近づいてくる。

広間と機械の足がぶつかり合い,重い金属音が響き渡る。

動作はゆっくりではあるが,ゴブリンはかなりの精度で機械を操っているようだ。


「ここ,とおさない」


操作するゴブリンの声が,静かに威嚇する。

これ以上の接近は,武力を持って解決するしかないだろう。

先頭にいたジェドーは,テュア達の方を一瞬だけ見やった後,手にする波動砲を構えた。


「仕方ねぇ,やるぞ!」

「やるって,壊すって事ですか!?」

「それ以外に,何があるってんだ!」

「でも,ジェドーさんの大事なものなんじゃ……!」

「アホか! 愛用機なんざ俺の頭がありゃあ幾らでも治せるが,俺達の命は一つだけだろうが!」


そのまま,ジェドーは波動砲を起動させる。

波動を生み出すための機構が動き,武器内部の空間が振動していく。

ゴブリンもそれを敵対ありと理解し,大きく右腕を振り上げる。

鋼鉄の塊が,警戒する三人に影を落とした。


「突き落とす!」


直後,ジェドーが動かした引き金と共に,巨大な波動が放たれた。

景色を歪ませるほどの波動の塊が,操縦席に座るゴブリンに目がけて直進する。

魔物はもう片方の腕を動かし,それを防御した。

波動は防御した機械ごと,すり潰された手すり,広間の崖端へと押し退けていく。

だが威力は届かず,広間から転落する寸前の所で波動は霧散した。


「クソッ,やっぱり威力が足りねぇ! 充電がもう少し残ってたなら……!」


悔しそうにジェドーは,砲口から煙を上げる波動砲を見下ろした。

この力だけでは,アレを倒す事は出来ないようだ。

好機と見たゴブリンは機械を再び動かし,ジェドーに目がけて突進する。


「ジェドーさん,下がって!」


急に速度を上げたヘルジャーカーに反応したメルセは,巨大な魔法陣を展開し,その接近を防ぐ。

巨大な金属の腕が魔法陣と激突し,衝撃波が伝播する。

その間ジェドーはどうにか後退して射程範囲から逃れるも,防御を固めているメルセの表情は優れない。

ゴブリンの侵攻を防ぐのに精一杯で,押し返している余裕はないようだ。

その様子を見ていたテュアは,自身のスキルと向かい合った。


「マド! アレを削除したりできない!?」

『理論上は可能ですが,妨害電波が発生しています。効果は薄いと思われます』


冷静にマドが意見する。

建物全体を覆う妨害電波は,今も尚スキルの動作を遅延させている。

そのため,遠距離からの操作は難しいと判断した。

ただ,テュアは昨日の出来事を思い出し,もう一度問い掛ける。


「ううん,まだ一つ手はあるでしょ?」

『……その方法は推奨しません』

「ここまで来たら,やるだけよ。考えてる時間もないし,多分,今の音で周りのゴブリン達にも気付かれたはず」


マドが明確に否定しないことを理由に,彼女はジェドー達に自身の考えを明かした。


「ジェドーさん,私に考えがあります!」

「策があるってのか!?」

「私のスキルでアレを消します! でも,そのためには手でアレに触れなくちゃいけないので!」

「援護してヤツの動きを止めろって言うのか……」


策を聞いたジェドーは,躊躇いがちに視線を足元に向ける。

テュアのスキルが特殊であることは理解しているようだが,それは彼女を前線に立たせるということに他ならない。

これまで先頭に立っていた彼の意志に反する行為でもある。

それでも時間が残されていないことを察し,小さく溜め息をついた。


「これだから,アンタらを連れてきたくなかったんだ……」

「す,すみません」

「そーいうのは,全部終わってから言え」


そう言い切った後,彼は魔法陣を広げ続けるメルセに向けて指示を出した。


「波動砲で足を払う! 倒れた後,ヤツの手足を抑えられるか!?」

「行けると,思います!」

「分かった! じゃあ,後はアンタのタイミングに任せる!」


無理難題ではありながらも,二人共それを承諾したようだ。

簡単な連携を伝えつつ,機械の動きを封じる準備を整える。

顎を使ったジェドーの合図で,対するテュアも画面操作とその場を駆け抜ける意志を固めた。


「やっちゃうよ!」


意気込みに近いメルセの声と共に,眼前の魔法陣が揺らぐ。

残っていた力で,侵攻を続けるヘルジャーカーを押し返したようだ。

魔法陣が消滅すると共に,機械の身体も少しだけ後退する。

その隙を見逃さず,強力な波動が足元目がけて射出される。

足払いに近い衝撃を受けた機体は,ゴブリンの操作を超えて体勢を崩す。

重々しい音と共に,それは大きく尻餅をついた。

すかさず立ち上がろうとする機械の両手足を,それぞれ四つの魔法陣が抑え付ける。

ゴブリンは必死に動かそうとするも,今の所立ち上がる気配はない。

それを見極めたテュアは,二人を追い越し鋼鉄の機械へと急接近した。

彼女が見出した策とは,例の爆弾騒ぎと同じで,直接手で触れることで電波の影響を無くし,スキルの動作改善および削除を実行することだった。


「てゅあ・りんかーと……!」

「おっと,動くんじゃねぇぞ?」


間近に近づいた彼女を威嚇するゴブリンだったが,波動砲で本体を狙うジェドーに畏縮する。

流石に身の危険を感じて手の動きを止めたようだ。

しかし,ヘルジャーカー自身の動きは止まらない。

魔物の操作を超えて自分勝手に立ち上がろうとしていた。


「つ,疲れた……!」

『早くないですか?』

「一々突っ込むわね……! で,どんな感じ!?」

『暴走状態に入っています。ゴブリンの操作がなくとも,自動で敵対者を攻撃するよう設定されています。そのフォルダごと,ヘルジャーカーを削除してください』


此処まで来れば,操縦者への威嚇など意味をなさない。

機械の足に触れたテュアは,画面を操作しつつヘルジャーカーのフォルダを削除する。

とは言え,容量の大きいデータは電波の影響がない中でも時間が掛かる。

削除中のゲージがゆっくりと伸び,暴走するヘルジャーカーの動きは徐々に鈍くなる。

手応えは確かにあった。

しかし手だけでなく,もっと触れる範囲を広めれば速度が上がるかもしれない。

そう思ったテュアは,止まりつつある機械に身を乗り出した。


『テュア,乗り出し過ぎています。一歩引いて下さい』

「だ,大丈夫……! もう少しだけ……!」


ここまで動きが鈍れば,脅威になることはない。

甘い考えで機械によじ登ると,直後画面に異変が起きる。

今まで聞いたことのない警告音が,彼女の耳を突いた。

訳も分からず画面を見ると,小さなウィンドウが表示され,こう書かれていた。


『このプログラムは応答していません』

「えええ!?」


直後,双方の機能が完全に停止もといフリーズする。

無理に起き上がろうとしていた機械の上半身が,力を失い傾いていく。

両手を縛っていたメルセの魔法陣も,急な力の転換に対応できずその場で消滅する。

大きな音を立てて,ヘルジャーカーは横倒しになった。

ゴブリンは操縦席のベルトで固定されていたため,その場で衝撃を受け目を瞑るだけだった。

だが機械に登っていたテュアは,そのまま広間の外,建物の最上階から投げ出された。


「あっ……」

「テュアさんッ!」

「あの馬鹿が……!」


テュアが視界から消え,メルセとジェドーが慌てて駆け寄る。

しかし,新たに生み出された魔法陣も,ジェドーの伸ばした手も間に合わない。

重力に従って,彼女は真っ逆さまに落ちていく。

同時に奥から操作盤を守るように,ヘルジャーカーに似た機械達を操るゴブリンの群れが,残されたメルセ達に迫っていた。







水の流れる音が微かに聞こえ,テュアは意識を取り戻す。

頭上から差し込む光が視界を覆い,思わず目を細める。

痛みを発する尻を擦りながら,上半身を起こした。


「うう……。お尻が……」


視界に広がるのは,グレスタワー上層に存在する庭園だった。

辺り一面が花や植物に囲まれ,肌色の石造通路の下には,透明な水が水路となって流れている。

頭上には割れたガラスの天井が見える。

本来ならば向かう必要のなかった場所,その通路に彼女は倒れていた。

落下する中,ジェドーから譲り受けたクッションを作動させた気もするが,何処にもそれらしいものはない。

無防備のまま通路に激突したのかと,身体をまさぐるも,尻が痛む程度で特に異変はない。

最上階から数階下まで転落したというのに,怪我らしい怪我は一つもなかった。

とにかく無事であることは理解したが,テュアは自分が判断を誤って機械の衝撃に巻き込まれた事も,同時に悟った。


「また,やっちゃった……。マドの言うこと聞いとけばよかった……って,あれ? マド?」


そして別の異変に気付く。

今まで自分勝手に動いていたマドが一切反応しない。

マドだけでなく,彼女が宿るスキルそのものが一切動かず,テュアの目の前に画面が現れる事はなかった。

代わりに背後から人の気配を感じる。

反射的に振り返ると,そこには白いローブに身を包み,これまた白い鎖を全身に纏わせた人物が立っていた。


「目を覚ましたようですね」

「え,どなたですか?」

「名乗る程の者ではありませんよ。ただ,かつては賢者と呼ばれていましたが……」

「け,賢者様!?」


フードを深く被ることで素顔を隠す女性は,自身の素性を明かす。

テュアにとっては憧れの的である,賢者の称号を持つ人物だった。

しかし,はてと首を傾げる。

彼女は声色からして若い女性のようで,白いローブを纏う女賢者となれば,該当する人物はそれなりにいる。

だが胴体を白い鎖で縛りつけた賢者など,今まで見た文献には存在しない。

最近になってその称号を得た人物なのだろうか。

テュアはこの場に倒れていた状況と,彼女がいる状況とを照らし合わせ,一つの解に辿り着く。


「どうしてこんな所に……まさか,私を助けてくれたんですか?」

「いえ,私は何も。たまたま,ここを通り掛かっただけです。しかし,厄介なことになっているようですね。ゴブリン達が騒動を起こすなんて」

「そ,そうなんです。早く動力炉を止めないといけなくて……ってそうだ! メルセとジェドーさん……が!」

「おや,お仲間さんがいるんですね」

「はい! きっと二人共心配してるはず,早く上に行かないと……。あっ,け,賢者様!不躾ですけどお願いがあります! どうか力を貸してくれませんか!? 今この建物は大変なことになっているんです!」


恐らくゴブリンの異様な動きを察知し,この建物を調査しに来たのだろう。

丁度通り掛かったということもあって,テュアは女性に助力を願った。

ゴブリンの監視を掻い潜って,単独で上層までやって来たのなら,かなりの実力があるに違いない。

きっとこの騒動を鎮静化させる大きな力になる。

そう彼女は思うも,女性が口にしたのは予想とは全く異なる言葉だった。


「どうして,そこまでするのですか?」

「えっ」


女性を縛る白い鎖が音を立てた。


「見る限り,あなたは戦いに向いている者ではない。そんな者がゴブリンの群れに飛び込むなんて,傍から見れば自殺行為です。普通なら,背を向けてここから逃げることを優先する筈」

「……」

「お友達を助けることも結構です。ですが,それ以上の理由がなければ,危険な道に飛び込む真似は出来ません。教えてください。その訳を」


女性の言葉には有無を言わさない強制力があった。

まるでこちらの心を見透かしているようで,下手な誤魔化しが通じる雰囲気ではない。

隠していること全てが,自然と表に出てしまう。

そう思いつつも,テュアは右手を胸の辺りで握りしめ,やがて口を開いた。


「ええと……その……」

「……」

「いきなりこんなことを言うのも,あれですけど……私,捨て子だったんです。村の人達にはよくしてもらったけど,親の顔も覚えてなくて……」


かつても,そして今も,テュアが夜を恐れることには理由があった。

夜になると皆が帰るべき場所に帰り,一人になってしまう。

一人になると,森の中で捨てられていた幼い自分を思い出してしまう。

彼女はそれが堪らなく寂しくて,怖かったのだ。


「このままテルス村で居続けるのもいいな,って思いました。でも,やっぱり本当の事が知りたい。私が何処で生まれて,何処から来たのか。色々な本や情報を探ってみました。でも,私の名前は噂にも聞かなかった。賢者様は,どんなことでも知っている博識な人じゃないですか。だから,賢者様になれば,何か,自分の手掛かりが掴めると思ったんです」


賢者になると願った,切っ掛けの一つはこれだった。

辺境の村ということもあって,手に入る情報は少ない。

元々本を読むこと自体が好きなので,景気の良い事を言っていた節もあっただろう。

それでも自分の素性については誰も知らず,何処からも聞こえてこなかった。


「そんな時,メルセが来ました。あの子が倒れていた森は,私が見つかった場所と同じなんです。だから,何かがあるような気がして……。あの子の記憶を探れば,きっと私の知りたいことが分かる。丁度,マドも凄いスキルだって分かったので,どうにかなるって,思ったんです……」


テュアの声が次第に小さくなる。

メルセの記憶を探す事が,自分を知る手掛かりに繋がる。

だから無理をしてでも,彼女の跡を追わなければならなかった。

無謀な事だと分かっていながらも,手に入れたスキルと協力すれば,切り抜けられると思っていたのだ。

そんな話の一部始終を聞いた女性は,曖昧な言葉すらも全て理解したようで,少しだけ顔を俯かせた。


「それが理由ですか。正直,説得力に欠けますね」

「うぅ……でも……」

「ですが,その意志は尊重しましょう」


白の賢者が一歩近づく。

そして手を翳すと手中から光が放たれ,テュアの身体に吸収されていった。

取り込まれた光に一瞬驚くも,それはほのかに温かく,力の脈動を感じさせるものだった。


「あなたの芽は小さい。自分の力を十分に使いこなせていない。だからこそ,少しだけ私の力を授けます」


その意味を正確に理解することは出来なかった。

女性が鳴らす鎖の音が頭一杯に響き,徐々にテュアの意識は遠のいていく。


「メルセ……あの子の行く先を追いなさい。今の彼女は不安定な状態にある。それを助けることは,貴女にしか出来ない」

「メ,メルセのことを知っているんですか!? あなたは一体……!?」

「それも直に分かりますよ」


声を上げる猶予すらない。

瞬間,全ての光景は揺らぎ,意識が彼方へと飛ばされた。







『テュア!』

「んぼ……?」


次に目を覚ましたのは水中だった。

マドの声に反応したテュアは,何が起きているのか分からず辺りを見渡す。

瞬間,水が口の中に流れ込み呼吸を遮った。


「ボボボボボッ!?」

『落ち着いて下さい。水底は浅く,足は付きます』


横になったまま手足をバタつかせるも,足が地面に着くことが分かり,体勢を元に戻す。

息を荒げて水から飛び出すと,そこは見覚えのある庭園だった。

辺り一面の緑とその下を流れる水路。

傍らにはジェドーから頂いた拡散式クッションが,大きく広がった状態で置かれていた。

どうやらクッションによって最上階からの衝撃は吸収できたが,その後クッションから水路に転落してしまったらしい。


『まさか,寝返りを打って水路に落ちるとは,予想外でした』

「ケホッ! ケホッ! し,死ぬかと思った……!」

『大事にならず安心しました』

「いや……いやいや,これは……! 大丈夫じゃないよ!? 水だらけじゃん! ずぶ濡れだよ!」

『命に別状はありません』

「身体中,別状だらけなんですが……!」


髪はおろか服まで完全に浸水してしまう。

全身ずぶ濡れの不快感を背負いながら,どうにか石造通路まで這い上がる。

そんな中,一つの違和感に気付く。


「あ,あれ? 賢者様は?」

『賢者? 誰のことを指しているのですか?』

「私,さっきまで,白い賢者様と話してたのに……」

『オーナーの精神状態,鑑定中』

「やめて,頭おかしくなったとか思わないで……!」


得体の知れない賢者の姿は何処にも居ない。

先程の問答は夢の中の出来事だったのだろうか。

首を傾げていると,頭上遠くから爆発音が鳴り響く。

その場所は,テュアが落ちてきた最上階からだった。


「い,今のは!?」

『最上階でメルセ達が戦闘を続けています。しかし,戦況は芳しくないようです』

「助けに……行けるよね……?」

『テュア。先程のフリーズは,対象のデータを大量に処理しようとした結果です。分かっていると思いますが』

「もう,無茶はしないわ! 出来ることから確実に,ね!」


どれだけ優れたスキルとは言え,身体は脆弱そのものだ。

自ら首を突っ込むのであれば,常に安全を考慮した行動を取る必要がある。

水路で溺れかけたテュアは,白の賢者との会話を思い出し,水を滴らせて駆け出した。




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