さっきのファイル,消えました -4-
「鉄の山よ」
正午ごろの診療所病室。
図書館から持ち出した多くの本に囲まれながら,ベッドに横になっていたテュアが不意に呟いた。
外では村の子供たちが,球を使いながら遊ぶ声を響かせ,開けられた窓からそよ風と共に流れ込んでくる。
片や小説を読んでいたメルセも,白髪をかき上げて視線を合わせた。
「急にどうしたの? テュアさん」
「ええとね。あの爆弾が何処から来たのか,考えてたのよ」
テュアは先日起きた爆弾騒ぎの原因を探っていた。
元は爆弾が発掘されたことが発端だが,それまでに至る経緯に悪意めいたもの感じ,このまま一つの事件として終わらせることに納得がいかなかった。
また,別の事件が起きるかもしれない。
マドが不意に言葉にした発明品を元に,記憶を辿り続ける。
そして関連性のありそうな場所である鉄の山を思い出した。
「発明品って言葉,何処かで聞いたなーって思ってたんだけど。村から少し離れた場所に,鉄の山っていう所があるの」
「鉄の山?」
「うん。鉄ばっかりある山だから,そう言われているんだけど。その山には,変わり者のおじさんが一人住んでいるんだ」
鉄の山。
自然に生み出された鉄の鉱石に加え,得体の知れない巨大な建物がある山だ。
建物内部は非常に入り組んでいるらしく,下手なダンジョンより迷いやすいらしい。
そんな建物には,一人の男性が住み着いているのだという。
「その人は,いつも金属を使って変な物ばっかり作っていてね。それを確か,発明品って呼んでいた気がするわ」
『爆弾騒ぎにその男性が関わっていると?』
「分からないけど,爆弾について聞いてみれば,何か手掛かりが掴めるかも」
彼は時折テルス村に立ち寄り,自称発明品を紹介していたが,村の者達にとってはよく分からないものばかりで,あまり信用はされていなかった。
危険は一切ないが言動が色々と独特なので,変人として有名だった。
だが,複雑な構造を熟知している者ならば,地中にあった爆弾についても心当たりがある可能性がある。
テュアはここ最近起きている村での異変を思い返した。
「スケルトンのいた地下洞窟。宝石のような爆弾。何か,最近おかしいんだよね。メルセだって,まだ自分のことが分からないまま,じゃない?」
「スキルの使い方が分かっただけ,です……」
「そうねー。私のスキルで記憶が戻せたら,手っ取り早いんだけどね」
『それは難しいでしょう。記憶の呼び起こしは,内部コードの書き換えなど,複雑な処理が必要です。先日のように失敗した場合,修復が困難になる可能性があります』
「う……。それは,止めた方が良さそうね……」
爆弾の部品を紛失させた前科があるため,素直には頷けない。
下手な近道よりも遠回りをしながら,確実に真相を探ったほうが良い。
持っていた本を閉じたテュアは,筋肉痛の治った足を動かし,ベッドから飛び降りた。
「ようっし,鉄の山に行こう! あそこは魔物も出ないし,会いに行く位なら安全なはず!」
「大丈夫,かな? 私達,まだ診療所にいる訳だし」
「少しの外出なら問題ないって言われたし,行けると思うよ」
診療所での生活を行って数日あまり。
彼女達はある程度の外出を許可されていた。
日頃から極力マドとの会話を控えつつ,文字で対話していたことが功を奏した。
精神的に落ち着きを取り戻したと判断され,安定剤の投与も様子見となった。
平常な状態で薬を投与される方が問題だったため,こればかりは胸を撫で下ろさずにはいられなかった。
「ジェドーさんの所に行くの!?」
「ええと,散歩ついでに行ってみようかなぁ,なーんて。先生,駄目ですか?」
「別に駄目とは言わないけど,あの人は変わってるから……。ほら,発明のために自分を実験台にしたりする人じゃない?」
「え……そんな人なんです……?」
「メルセ,驚かなくても大丈夫。変な人ってだけで,危険な人じゃないから」
「うーん……?」
女性医師の了承を得るために,医務室で交渉する二人。
一応テュア達も,ただベッドの上で寝転んでいただけではない。
一日でも早く外を出歩けるように,根回しを続けていた。
メルセのスキルを認識してもらい,彼女の力が冒険者に劣らないことも実証した。
あの魔法陣は,大爆発を始めとする衝撃を防ぎ切ることが出来る。
年齢としては幼いが,戦力としては十分だった。
「あのおじさんは悪い人じゃないし,鉄の山も魔物は出ないし,安全なのは知っているわ。でも,二人だけで行かせるのも……」
「夕方には帰りますって。門限も守ります。それにメルセのスキルって,結構凄いんですよ? 仮に魔物に襲われても,簡単に逃げ切れます」
「はぁ……テュアって,一度決めたことは意固地になりやすいんだから……。山の建物には入り過ぎないこと。あそこは,ダンジョンみたいになっていて迷いやすいからね。いい?」
「はーい」
「メルセちゃん。何もないと思うけど,いざという時は,テュアをお願いね」
「任せてください」
「私の方が,年上なんだけどなー」
スケルトンの一件以降,新たな魔物は確認されていない。
鉄の山自体も,時々村の子供たちが興味本位覗きに行くこともあり,危険はない。
幾つかの問答の後,テュア達は外出を許可される。
二人は背伸びをしつつ診療所から図書館へと向かい,色々な準備を整える。
準備といっても,簡単な外出の身支度だけだ。
往復込でも道のりは遠くなく,会いに行くだけならば時間も掛からない。
どう見積もっても,夕方までには帰ることが出来るだろう。
図書館の管理代行となっている村人の女性に挨拶をした後,洞窟の噂を聞いて新しくやって来る冒険者達とすれ違いながら,テルス村を出発した。
「あの……そのおじさんは,怖い人じゃないんだよね?」
「怖くはないよ。ただ,時々何言ってるか分かんないことがあるけど」
「怖く,ない?」
「独り言が多いだけで,ふーんって程度にやり過ごしとけばいいよ。初対面の時は,私もビクビクしてたけど,最近はもう慣れたし」
「テュアさん。夜は駄目なのに,こういうのは大丈夫なんですね」
「な,なんで夜が苦手だって……」
「集会所の時の声を聞いてれば,分かります」
「あぁ……」
年相応に警戒する様子を見せるメルセ。
発明家という言葉に抵抗を抱いているようにも感じられる。
失われた記憶が,無意識の中で関係しているのかもしれない。
『発明家となれば,やはり気になりますね』
「そうなの?」
『私もスキルという枠ではありますが,在り方は発明品に近く,発明家に対する多少の親近感はあります』
「マドにも親近感とか,あるんだ」
『実際の感情ではなく,登録パターンを基に反応,伝わりやすい表現に言い換えているだけです』
「発明家に親近感? まさかマドさんも,実験したい欲求とか,あるの?」
『……』
「そこは何か反応して……」
『失礼しました。オーナーと同じ一種の比喩表現と考察し,解析を行っていました』
「出たよ出たよ,その比喩表現パターン」
道なりに進み,村から見えていた小山を迂回すると,土や岩が露出した一際目立つ地形が目に飛び込んで来る。
草木が殆ど生えていない兀山だ。
自然的要因で荒れているようで,テュアがテルス村にやって来る前から,ずっとこの有様だという。
代わりに都市部の方でもそうそう見ない,巨大な建物が山の中腹に聳え立っていた。
淡い銀色の外壁を持つその建物は,十階近い階層を織り成し,日の光を大きく反射している。
「凄く,大きい」
「噂だと,あの建物も例の人が建てたって話だけどね」
「ひ,一人であれを?」
「うーん。噂だし,どこまで本当なんだろうね?」
疑問は疑問のまま,テュア達は鉄の山へと足を運ぶ。
山道はある程度舗装されており,歩きやすいよう工夫されている。
道以外の場所は大きな岩や小石ばかりで,所々に銀色の鉱石が埋め込まれている。
名前の通り鉄の欠片が辺りに存在するが,純度はかなり低いためそれ程の価値はなく,村人達も手を出さない。
そんな鉄の群れを越え,角度のある坂道を上ると,例の建物までやって来る。
正面の巨大な入り口は,厚い隔壁のようなもので造られていた。
この壁は落とし格子のように上下する仕組みなのだが,今は侵入を防ぐように閉ざされている。
近づく度に建物の影が濃くなり,二人の姿を覆った。
「もしもーし! すみませーん!」
「お出かけ中?」
「これだけ大きいから,聞こえてないだけかも」
テュアの声が建物に反響するも,中から人が出てくる様子はない。
これでは彼が中にいるのか,外に出ているのかも分からない。
どうしようかと迷っていると,突如正面の隔壁が音を立てて動き出す。
立ち塞がっていた鉄の壁が持ち上がり,大きく口を開けていく。
二人とも呆気にとられる中,遂にその壁が完全に開放された。
内部は得体の知れない反響音が風と共に吐き出され,薄暗いこともあって全貌までは見えない。
そして何処にも人の姿はなかった。
「開いた?」
「開いたね。入っちゃおうか?」
「え,でも,先生からは入らないようにって……」
「入り過ぎないように,ってだけだから,いいでしょう多分」
隔壁が開かれたということは,彼女達を招き入れる意志がある。
骨折り損になる前に二人は先へ進むことにした。
建物内は一部吹き抜けとなっており,網目状の足場で構成された複数の階層が,一階からでも確認できる。
人の気配はない。
目的の人物が何処かで扉を開いたのは間違いないが,テュアも建物の構造までは知らない。
もう一度声を上げれば聞こえるだろうか。
そう思い息を吸い込んだテュアの前に,不意を突く形で,マドが小さな高音と共に声を出した。
『警告します』
「んぇ!? どうしたの!?」
『この建物全体から,強い妨害電波を検知。通信状況が不安定となっています』
「妨害電波って,例の動きが遅くなるやつ?」
『はい。先日の爆弾から発せられたものと同じです。そのため,画面操作の遅延に十分注意してください』
「そう言われても……ってあの爆弾と同じものってことは,やっぱり何か関係が……」
瞬間,上の階層から何らかの衝撃が起き,振動が二人の元に伝わる。
思わず見上げると,最上階に近い階層から煙が舞っており,そこから何かが落ちてくる。
二人は反射的に身構えるも,落下してきたものが輪郭を帯びたことで,それは動揺に変わった。
人が落ちてくる。
背を向けながら落下するその人物は,身体を空中で反転させ,真下に向けて妙な球を投げた。
球はテュア達のいる一階に落ちた後,巨大なクッションとなって広がる。
直後,衝撃を緩和するそれに,落ちてきた人物はバサリと受け止められた。
クッションが大きく揺れて数秒,変化がないこともあってテュア達は恐る恐る近づくも,時を待たずして,やたら大きいゴーグルを額に掛けた赤髪の男が,クッションの中から飛び出る。
見る限り無傷である。
男は自分が高層から落下したことにも構わず最上階を見上げ,何故か苛立たしく口を歪めていた。
「クソう! 好き勝手やりやがって,あの阿呆どもめ! 絶対に許さ……ん?」
怒鳴り声を上げてクッションから降りるも,男は目の前に二人の少女が立っていることに気付く。
視線が合ったことで,テュアは乾いた笑いで声を掛けた。
「ど,どうもですー」
「どうも? 誰だアンタ?」
「酷い! 私です! テルス村のテュアですよ!」
「……あぁ,あの物好きな文学娘か」
「あなたに物好きって言われたくないんですけど」
仰々しいゴーグルを整えた男は,続いて訝しげにもう一人の少女を見つめる。
互いに初対面ということもあって,フードを深く被り直したメルセが,クイっと彼女の服を引っ張った。
「テュアさん,もしかしてこの人が……?」
「うん。ジェドー・シラバラさんよ」
こうして二人は,衝撃的な登場をした発明家・ジェドーと出会うこととなった。




