さっきのファイル,消えました -3-
「メルセ,眠くない?」
「夕方にたくさん寝たから,眠くないよ。テュアさんも,筋肉痛は大丈夫ですか?」
「まぁ,歩くだけなら何とか……」
夜が深まり村の家々も明かりを消して寝静まった頃,テュア達は診療所を抜け出して集会所へと向かった。
建物の陰に隠れながら移動をしていくも,人通りがないことから誰とも遭遇することはない。
それ程時間はかからずに集会所へ到達すると,入り口付近に微かに明かりが見える。
身を隠しながらその様子を確かめると,三脚の松明に照らされながら,見覚えのある服装をした男達が,自前の木箱に腰を下ろしていた。
片方は冒険者,そしてもう片方は力自慢で噂の村人だった。
多くの宝石が収められているため,共同で監視をしているようだ。
「やっぱり見張りはいるみたいね」
『外に二人,集会所内に一人。確認できるのは,それだけです』
「よしっ。それじゃあ裏口から回って,中に入るよ」
テュア達は迂回して集会場の後方へ移動する。
集会所には裏口という名の木造の扉があるが,そこは昼間であっても鍵によって固く閉ざされている。
元々関係者以外は立ち寄らず,裏口に隣接する内部の通路が物置に近いことになっているので,滅多に使われない。
案の定,裏側は狭い窓が幾つか並ぶだけで,目当ての扉は閉まったままだった。
「マド。行けそうな場所はある?」
『確認します。画面を更新してください』
それでも,マドの力を借りればどうにかなるかもしれない。
画面を更新して新たな情報を読み込ませると,10秒近く経った後で返答が来る。
『扉からの侵入は可能です。鍵を開けること自体造作もありませんが,年季が入っているため,動かすと軋みを上げる可能性があります』
「これだけ静かだと,その音で分かっちゃう,かもです」
「やっぱり,気付かれるかな?」
「軋む音って高いから響きやすいんです。冒険者の人達にも多分聞こえちゃう。もっと軽くて開けやすい場所があれば,いいんですけど」
「……もしかして,メルセってこういう経験があるの?」
「どう,かな?」
『複雑な処理を行わないのでしたら,窓からの侵入をお勧めします』
やたら冷静な意見を出すメルセと共に,別の侵入口が指し示される。
『少々狭い場所ですが,最近になって潤滑剤が投与されたようです。つっかえ棒さえ取り除けば,音の発生も抑えられ,侵入は比較的容易と推測します』
「マドを使って窓から……?」
『今の発言,オーナーの意図が掴めませんでした。もう一度お願いします』
「な,何でもないし,メルセも不思議そうな顔しない。じゃあ,早速取り掛かるよ」
気を取り直したテュアは,最も近い小窓を開けるため,内部にあるつっかえ棒を取り除くことにした。
方法は,スキルの削除機能を有効に使わせてもらう。
ゴミ箱に突っ込みさえすれば,物理的なものであっても,ある程度の除去は出来る。
マドの指示通りに集会所というフォルダを開き,深い階層まで降りていく。
操作するウィンドウには,様々な形のアイコンやフォルダが格納されている。
一つ一つの意味は未だ明確ではないものの,親元である集会所のフォルダを削除すれば,理論上はそれに関する全てのものが消えることになる。
ゴミ箱からの復活は一度だけ可能だが,消滅するのだ。
危険なことをしている自覚を持ちながらも,彼女は目当てのつっかえ棒を見つけ,それを慎重に削除した。
見た所,集会所に大きな変化はない。
「今です」
「うん。行こうか」
一度見回りに来た冒険者をやり過ごした後,二人は集会所へと近づく。
背後の警戒をメルセに任せつつ,テュアは引き戸となっている窓に触れた。
緊迫感に包まれながら引くと,それは抵抗なく慣性のままに動き始める。
つっかえ棒はなく,音が響く様子もない。
「つっかえ棒がない。本当に消えてるみたいね,っと……!」
ある程度まで開けたテュアは,一番乗りにその窓を潜る。
窓枠に手をかけて,内側に置かれていた木箱を支えに,上半身を乗り出していく。
尻が一瞬挟まったが,少し力を込めることで,集会所内に入ることに成功する。
「メルセ,今なら大丈夫だよ」
侵入した集会所通路で立ち上がり,テュアは合図を出す。
振り返ったメルセは,辺りを警戒しながら開かれた窓に乗り出した。
しかし,次の瞬間異変に気付いて目を丸くする。
「んう?」
『オーナーと似た発声を検知。メルセ,どうかしましたか?』
「私に似たって何,その引っかかる言葉」
メルセが感情を声に出すことは珍しい。
よく見てみると,上半身を窓枠に挟んだまま動きを止めている。
嫌な予感がするも,彼女が言い出しにくそうに口を開いた。
「あ,あの。どうにか,入りたいんですけど」
何度か身体を動かすが,ある部分が挟まって中に入れないようだ。
その部分とは,メルセにとっては大きくかつ重く,必要性を感じないものだった。
「胸が邪魔で……入れない……」
「……」
沈黙が流れる。
無意識にテュアは,自身の胸元に視線を降ろした。
『つっかえ棒は取りましたが,胸部がつっかえるとは予想外でした。私の計測ミスです』
「何で私に向けて言うかなぁ」
力を込めて思い切り引っ張れば,どうにかなるものではある。
しかし,無理に入って音が響きでもすれば,それこそご破算だ。
気を取り直したテュアは,少し考えた後で彼女と視線を合わせた。
「入れないなら,仕方ないね。メルセは外で退路の確保をお願い。何かあってもなくても,声は掛けるから」
「……ごめんなさい」
「いいのいいの。気にしないで」
いざという時のためにも,見張り役は残していた方が適切かもしれない。
メルセに少し離れた場所で待機しているよう,一つ壁を挟んで告げる。
彼女も室内に入れないことを察したようだ。
気落ちしながらも徐々に遠ざかっていく姿を見届け,テュアは通路の先へと向き直る。
「中にも一人,誰かいるんだっけ?」
『はい。仕訳室前に一人,冒険者を確認しています』
裏口通路を進んだテュアは,仕訳室に続く大広間へと足を踏み入れた。
普段は村の人々が話し合いをしたり,遊びをしたりするために使われる場所だが,今は人気がなく暗闇に落ちている。
元は幽霊といった驚きを与えるものが苦手な彼女だ。
今にも何かが出そうな雰囲気をかき分け,足をそろそろと動かしていく。
「こ,怖くなーい……怖くなーい……」
大広間の扉を開け,清掃されたL字型の廊下に差し掛かる。
仕訳室はこの角を曲がった先にある。
廊下の角に身を隠しながら,テュアは先の通路を覗き込んだ。
見えるのは玄関に続く一本道の道。
左側には幾つかの引き戸があり,反対側には外の光景を見通す窓が設置されている。
そして,仕訳室に繋がる扉の横で,明かりを持った茶髪の少年が一人腰を下ろしていた。
「あの人,確か……」
『図書館に本を借りに来た冒険者です』
スケルトンの件といい,何かと縁があるヴェルムという冒険者だ。
深夜時間帯ということもあって,少し眠そうな目をしている。
だが彼相手でも見つかってしまえば,素直に通してくれるとは思えない。
陽動するため,テュアは診療所の庭で拝借した丸い小石を取り出した。
「ん?」
大広間に投げ込んだ小石の音が響き渡る。
何かが転がっていく音に反応したヴェルムは,異変を感じ取ってその場から立ち上がり,L字通路を曲がって大広間へと入っていく。
腰にはスケルトンと対峙した時と同じ剣が提げられている。
廊下向かい側の部屋から慎重に抜け出したテュアは,彼が大広間を捜索する間に,仕訳室に忍び込んだ。
仕訳室の奥には複数の机が連なり,仕訳された宝石たちが薄い木箱の中に,布を被せて置かれている。
その中でも一際大きな丸い物体が佇んでいる。
音を出さないよう布を取ると,目当ての赤く濁った宝石もとい爆弾が現れた。
唾を呑み込んだテュアは,恐る恐る手で触れる。
冷たく,ゴツゴツした石独特の硬さが伝わる。
マドの言葉通り,機能は停止しており触れた所で何も起きない。
「こ,これでいい? 大丈夫? 爆発しない?」
『問題ありません。触れたままでお願いします』
するとマドは爆弾の解析を始めた。
妨害電波は目視できないが,遠隔操作とは違い,読み込みはそれなりの早さで行われていく。
「さっきのつっかえ棒みたいに,一気に消せないの?」
『爆弾の解体には順序が必要です。ゴミ箱投下を用いた全削除は,順序関係なく各要素を即時削除していきます。そのため,先に削除してはいけない部品を削除してしまい,誤って爆発させる恐れがあります』
「な,なるほど」
『即時削除ですので,爆発したとしても影響は微小です。ただ,発生した爆発音だけは避けられるか五分なため,騒ぎを起こさないためにも解体を推奨します』
「時間はかかりそう?」
『短時間で済みます。始めましょう』
左手で爆弾に触れたまま,テュアは自由な右手で画面操作を始める。
行うことは,爆弾の起動を行う部品を削除していくことだ。
マドの指示を受け,爆弾のウィンドウを開き,必要な部品のアイコンを探し当てる。
余計な操作をして爆発させないように,一つ一つの動作を確認しながら削除していく。
ヴェルムが持ち場に戻るまでの短い時間の中,彼女は可能な限り迅速に指を動かし続けた。
『残すは後一つです』
「よし。これで,完全に止まる……」
幾つかの部品を解体し,フォルダ階層を昇り降りしながら,歯車の形をしたアイコンまで辿り着く。
これを削除すれば,爆弾騒ぎは一件落着である。
幾ばくかの安堵が生まれ,テュアは指先に部品のアイコンを纏わせる。
しかし瞬間,間近な場所で扉が勢いよく開け放たれる音が響いた。
「ひゅう!?」
静寂を打ち破る音に奇妙な声を上げるテュア。
その音は彼女がいる仕訳室から響いたものではない。
周辺の部屋を探っていたヴェルムが出したものだった。
「今,誰かの声がしたような?」
二つ部屋を挟んだ場所でヴェルムが異変に気付き,仕訳室の方を振り返る。
あまり時間は残されていない。
落ち着きを取り戻し,早々にアイコンを削除しようと向き直るが,そこで彼女は右手の指が画面から離れていたことに気付く。
「あ,あれ? 部品のアイコンは?」
慌てて画面に触れるも,更に別の事態に直面する。
画面上にあった歯車のアイコンがない。
先程まで削除しようと触れていた部品が,いつの間にか消えている。
「もしかして,私,やっちゃった……?」
『やりましたね』
「ど,どどど,どうしよう。そんなつもりなかったのに,何処かに行っちゃったぁ」
『当スキルは確かに優秀ですが,操作一つで毒にも薬にもなります。細心の注意を払いましょう』
ヴェルムが出した音に動揺した際,アイコンをあらぬ所に移動させてしまったらしい。
とにかく部品を探し出そうと指を動かすも,直後爆弾に変化が起きる。
今まで静かだったそれが,赤い光を発しながら鼓動し始めたのだ。
「えっ,何これ何これぇ! 脈打ってるけど!?」
『爆弾が起動しました。何らかの条件を満たしたようです』
「ちょ,ちょむ,これ,ど,どど,どうし……」
『落ち着いてくださいテュア。爆発まで,まだ30秒あります』
「30秒しかないよ!?」
ツッコミを入れるテュアを,マドが冷静に誘導する。
『移動した部品を探している猶予はありません。テュア,それを持って裏口から外に出てください。メルセに任せます』
「なんで,メルセ!?」
『彼女のスキルをお忘れですか? 万一のために,連れてきた筈です』
「……!」
そこでようやくマドが言わんとしていることを理解する。
多少の衝撃程度ならば爆発することはないようで,覚悟を決めたテュアは,赤く明滅を繰り返す爆弾を両手に抱える。
筋肉痛にも構っている暇はない。
そのまま来た道を引き返すため,悲鳴を押さえながら仕訳室を飛び出した。
「そこに誰かいるのかっ!?」
同時に剣を抜いていたヴェルムと廊下上で鉢合わせになる。
タイミング的には最悪で,どう足掻いても拘束される未来しかない。
だが彼の目には,彼女が別のモノに見えていた。
抱えられた爆弾が,その姿を赤黒く染め上げる。
ヴェルムに向かって駆けてくるテュアは,宛ら全身を血に染めた女の亡霊のようだった。
「いやあぁぁぁぁ!」
「うわあぁぁぁぁ!?」
衝撃的な光景に互いの悲鳴が木霊する。
すれ違いざまにヴェルムを跳ね除けたテュアは,混乱したまま大広間を抜け,裏口へ突撃する。
息を荒げて侵入した窓に近づくと,騒ぎを聞きつけたメルセが心配そうな表情で待っていた。
「テュアさん! 今の声は!?」
「ごめんメルセ! この爆弾,爆発しちゃう! だから,スキルでこれを覆って!」
窓を潜り抜けている時間もない。
爆弾の解体に失敗したことを端的に伝え,両手に持っていた爆弾を差し出す。
流石のメルセも手渡された爆弾に対して,少しばかりの間を置いてしまう。
「う,うん! やってみる! そのために来たんだから!」
だがそれも一瞬,メルセは赤く光るそれを受け取り,力を込めて自身のスキルを発動した。
眼前に地下洞窟で発動したものと同じ魔法陣が現れる。
爆弾を魔法陣の上に置いたメルセは,そのまま陣を上空へと上昇させた。
それらは集会所を軽く飛び越え,地上から離れていく。
「閉じてッ!」
100m近い高さまで移動させた後,メルセは爆弾の周りに新たな魔法陣を展開した。
周囲に被害が出ないよう,正四面体のように繋ぎ合わせ爆弾を覆いつくす。
直後,一際大きな光を放った後,内部で爆発が引き起こされた。
集会所一つは木端微塵になりそうな威力だ。
メルセはスキルを発動し続け,それら爆発の余波を防ぎきる。
それから十数秒が立ち,魔法陣の中は灰色の煙に覆われた。
新たな誘爆が起きる様子はない。
「お,終わった?」
「どうにか,なったみたいです」
手ごたえを感じたテュアの反応にメルセが返答し,スキルを解除する。
魔法陣が消え,空中には爆発痕となった煙が広がり,徐々に色を失っていく。
『有毒ガスの反応はありません。爆弾の処理は完了しました』
集会所の窓を抜け出したテュアは,風に乗って吹かれていく煙の残骸を見上げた。
後は,何事もなかったように星の夜空が広がるだけ。
経緯はどうあれ,爆弾騒ぎはどうにか一件落着したようである。
その場にいた二人は安堵の息を吐く。
「よ,良かった。一時はどうなるかと思ったけど」
「これで,安心ですね」
『機械に分類されるあの爆弾を処理できたのは,二人の力があってこそです。お疲れさまでした』
「ん? マド,機械って?」
『機械とは,人の力以外で動く複雑な構造を持つもの。発明品のようなものです』
「発明品……。そういえば,そんな単語を何処かで聞いたような……」
マドの言葉に頭を巡らそうとするも,集会所内が騒がしくなる。
外で見張りをしていた二人が,先程の悲鳴を聞きつけたのだろう。
ここにいては,余計な騒ぎを招きかねない。
「と,とりあえず早く逃げよう!」
メルセの進言もあって,テュアはその場から離れることに意識を向ける。
ゴミ箱からつっかえ棒を復活させた後は,太ももの筋肉痛に目を瞑りつつ,力を振り絞って走り出す。
暗闇に紛れて,二人は診療所へと舞い戻るのだった。
●
「おい! ヴェルム,しっかりしろ!」
「あ,あぁ……先輩……」
「どうした!? 誰かが宝石を盗みに来たのか!?」
テュア達が立ち去った後の集会所。
男女の悲鳴を聞いて,見張りを行っていた二人がヴェルムの元に駆け寄ってくる。
廊下で腰を抜かしていた彼は,剣を握りながらもその問いに返答する。
別に襲われて怪我を負った訳ではない。
仕訳室も,ただ一つを残して荒らされた様子はない。
ただ彼は,廊下で鉢合わせた赤い女の姿を思い起こした。
「赤い,赤い宝石から,幽霊が出て……その宝石を持って,消えました……」
「幽霊ィ!?」
突拍子もない幽霊の出現を告げられ,見張りの二人は互いに顔を見合わせる。
魔物という類にも幽霊のような霊的存在は確認されているが,宝石に宿った幽霊など聞いたこともない。
しかし彼らも女の悲鳴を聞いているため,ヴェルムの言葉を否定出来ず,仕訳室から消えた赤い宝石を思い出すだけだった。
後日,赤い宝石に宿った女の幽霊は,テルス村の怪談話として語り継がれることになった。




