あなたはどんな人間でせう?
「ちょっと待ってくださいね、今人間図鑑を参照しますから」
いかにも役人といった感じの男が言った。
「人間図鑑?なんですそりゃ?」
「古今東西ありとあらゆる人間が網羅されている図鑑ですよ、これを引けばあなたがどんな人間なのかすぐにわかる」
「いったい誰がそんなものを作っているんだ」
「さてねぇ、しかしお上の言うことですから。どっかの学者さんがやっているのではないですかね?」
世の中には酔狂な人間がいたものだ。人間の図鑑を作ろうだなんて。いくらページがあっても足りなかろう。と思ってその役人を見ると彼は目の前の端末に向かって何やら操作をしているばかりで、本を取り出す様子がない。
「お役人さんいったいいつになったらその図鑑とやらを取り出すのかね?」
「あんたねぇ、今時紙媒体なわきゃないでしょう。いくら紙があっても足りないよ。全部これに入っているんですよ」
と言いながら目の前の端末をぽんぽん叩く。
「なるほど道理だ」
それならばページの心配をする必要もなし、新しくページを足すのも容易なことだろう。
「んで、俺がどんな人間かわかったかい?」
「それがねぇ、おかしいんですよ。どうもあなたは人間図鑑には載っていないらしい」
「そりゃおかしな話だ、先刻あんたは古今東西ありとあらゆる人間といった。その看板に偽りがありゃしないかい?」
「そんなことはありませんよ、今まで一度だって判別できなかった人間はいないんだ」
「そしたら俺が一人目ってことになる」
「う〜む、こんなはずではないんだが…」
「とにかくどうにかしてくれないかい?このままじゃなんだか気持ちが悪いや」
「なんとかと言われても困るなぁ、こんなことは初めてなんだから」
「困るったってこっちが困っちゃうよ、だんだん心持ちがふわふわして変な感じだ」
「なんともなぁ、ちょっと上司に聞いてみますね」
そう言うと役人は奥の方へ引っ込んでしまった。さてちょっと手続きに来ただけなのに、なんだか大変なことになっちゃった。今までこんなことはなかったんだが、なんで急にこんなことになったのかしら。
役人が帰って来た。浮かない顔だ。
「どうだったい?」
「いやぁ、なんと言いますかね。どうも上役が言うには……弱っちゃうなぁ」
「焦れったいな、なんでもいいから早くいっておくれよ」
「いやね、これは上役のいったことなんですがね。どうもあんたは、人間じゃないらしい」
「そりゃ幾ら何でも暴論だ」
「そう言われましてもねぇ、上役の言うことですから…」
「俺が人間じゃないって?あんたには俺がどう見えてる?」
「そりゃあんた、見てくれは人間だけども…」
「引っかかる言い方だな、見てくれも中身も人間様よ。人間じゃなけりゃ一体なんだってんだい」
「そう言われましてもねぇ」
「その上役ってのを読んでくれないかい?」
「いやぁそれはちょっと…」
「おいおいふざけちゃいけねぇ、こちとら自分か人間かどうかの瀬戸際に立ってんだ。納得がいくまで帰らねぇからな俺は」
「仕方ないですね、しょうしょうお待ちください」