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8 収録はいりまーす

 放送部をこよなく愛している菊池先輩は、俺たちを見るなりこんな風に叱責をした。


「言い訳は聞きたくないぞ、男は黙って反省会だ」

「すいませんでした以後気を付けます!」


 直立不動ですかさず返事をした俺に、先輩もかなえちゃんも驚いた顔をする。

 彼は部長として誰よりも長く部室で生活をし、青春と言う名の部活動に全てのリソースを捧げているひとだ。

 少しでも下手な言い訳をすれば、かえってややこしい事になるのは過去の経験から俺は理解している。


「そ、そうか。時間は有限だからな。みんなを待たせているから以後気を付ける様に」

「はいそうします。みんなもすいませんでしたっ」


 かなえちゃんは何か言いたげな顔をしていたけれど、俺が強引に謝罪をしたのでひとまずそれ以上は口を挟まなかった。

 さっそく明日の収録の準備をはじめようとスクールバッグから部活ノートを取り出す。

 すると、俺に身を寄せたかなえちゃんが小声で申し訳なさそうにこんな事を言うんだ。


「何だかごめんね、わたしも悪いのに」

「先輩は下手に言い訳をすると怒るたちだからな。あれで正解なんだ」

「でも、わたしが誘ったのが原因だったし」

「気にしない気にしない。それより収録どうしよう」

「あ、ちゃんとリクエス箱から選曲して借りてきたよ」


 鞄からレンタル屋の袋を取り出したかなえちゃんが、ニコリと白い歯を見せた。


 お昼の放送を担当している部員は、それぞれどういう形で番組放送をしても構わない事になっている。

 だから経験豊富で軽妙なトークもこなせる菊池先輩みたいな三年は、だいたい進行台本だけ用意してぶっつけ本番の生放送をしたがるのだ。


「ボカロの曲と、何かの番組でエンディングに使われている曲だって」

「どっちかというと菊池先輩が得意そうなジャンルの曲だな」

「でもリクエストだからねー。ボカロはやっぱ人気だし」


 しかし俺たち他の学年は違う。


 入部したての間は先輩たちのアシスタントをするのが常、二年生になってからはじめて自分たちが主導で番組を持たされるのだ。先輩たちほど軽妙なトークスキルはない。

 そこで苦肉の策としてかなえちゃんがこんな提案をした。

 職員室の前に番組のリクエスト箱を設置して、リスナーから聞きたい曲を募って流す。


 これならば偏りがちな選曲にバリエーションをつけられる。

 たまに傷なのは、熱心にリクエストをしてくれる生徒が大体同じだという事だろうか。


「ラジオネーム☆りんりんさんか。最近このひとのリクエスト多いなぁ」

「そうだねー。でも助かるよ? あ、曲順どうしよう……」

「ボカロは最後でいいんじゃないかな、最初に真面目なのを流す様にして。それじゃ収録の準備、そっちで頼めるかな御武道(ごぶどう)さん」


 ふたりで放送卓に着席しながら、進行台本のフォーマットに曲名を書き込んでいく。

 喋るのは愛らしい声をしたかなえちゃんの役割なので、俺はミキサーの操作を担当する。

 収録の準備を新入生の女の子に振り返ってお願いすると、


「……ん。了解、わかったのです」


 いかつい名前の後輩は、むすっとした顔で返事をした。

 俺たち嫌われてるのかな。なんて最初はこの新入部員に思ったものだが、どうやらこの不愛想がデフォルトらしい。

 その間に軽く最後の打ち合わせをしたところで、いざ本番に入る。


「収録入ります。本番、さん、にい、いち、キュッ!」


 菊池先輩の大声でゴーサインが出されると、木曜番組のテーマソングがはじまる。

 かなえちゃんがゆっくりと深呼吸し終えるのを確認したところで、お互いの視線が交差した。

 イントロが終了したところで曲のボリュームを絞って、マイクの音量が上げると、


「こんにちはー、お昼の放送時間がやってまいりました。木曜日は華原かなえの担当でお送りいたします。さて、もうすぐ中間テストの時期が迫っておりますが、みなさん試験勉強の準備はいかがですか?」


 落ち着いた声音でかなえちゃんがトークを開始した。

 オープニングがフェードアウトして最初のリクエスト曲がはじまるタイミングを、後輩の御武道さんがアイコンタクトで指示する。

 久しぶりの収録で緊張したけれど、十五分程度の番組収録はつつがなく進行した。

 途中で、菊池先輩がリクエストのあったボカロ曲の説明を書いたメモを差し出してくれたり。

 そういう事がありながら収録はエンディングに向かう。


「さあ。最後の曲、いかがだったでしょうか? すでにカラオケショップでも配信がはじまっているらしいので、この曲が好きな方はぜひ歌ってみてくださいね♪ お昼休みの放送、木曜日のお相手は華原かなえがお送りいたしました。それではみなさん、午後からも授業を頑張ってくださいっ」


 テーマソングがフェードインすると、かなえちゃんの言葉で番組が締めくくられた。

 収録が終了して録音停止ボタンが押されると、菊池先輩が声を上げる。


「おつかれさまでした!」


 十数年ぶりに放送卓の席に着いたけれど、勉強と違ってこっちは案外体が覚えているものだ。

 緊張感から解放されたかなえちゃんは俺の隣で大きなため息を飛ばした後、にこやかに笑っていた。


「よし。じゃあ録音に問題が無ければこれで今日は終わりな」

「誰かドアの前の収録中のランプ消してくれ!」

「今日の台本はファイルして、顧問の先生のところに持って行ってください」


 部員のみんながいそいそと放送機材の片づけをしているのを尻目に。

 俺とかなえちゃんと御武道さんの三人で、今の録音チェックに入る事にした。


「なんだか自分の声を改まって聞くのは、いつも恥ずかしいんだよねっ」


 なんてかなえちゃんは言うけれど。

 いつも落ち着いた口調でトークする彼女の声は、学校でもそれなりに人気だ。

 問題がない事をしっかりと確認したところで、後輩女子は立ち上がると帰り支度をはじめた。

 むすっとした顔で俺とかなえちゃんを見比べて、


「じゃ、わたしはこれで失礼します」

「おつかれさまー御武道さん。気を付けて帰ってねっ」

「おうおつかれー」

「ん。おつかれさまでしたっ」


 音楽プレイヤーのイヤホンを耳に繋ぎながら、彼女はペコリとして部室を出て行った。

 いつも無表情で何を考えているかサッパリわからない御武道さんだが、それは俺が卒業するまでずっと続いた。

 この調子では、今回も謎解きするのは難しそうだな……


 そうして部室にふたりきりになった俺たちは、しばしの間無言の空間を過ごした。


「……」

「…………」


 かなえちゃんは自分の部活ノートに、今日の収録で使った曲のメモを取って下を向いている。

 俺はそんなかなえちゃんを横から観察していた。

 時折ふうっと小さな吐息を零しながら、シャーペンを走らせる。

 今日のリボンはベージュカラーではなく、紺にパープルのストライプが入ったもの。


 うちの高校は一応制定制服が存在していたけれど、リボンやスカートについては生徒が自由に選べる様になっている。

 男子は面倒なので入学時に購入したものを使っていたけれど、女子はこういうところでかわいらしさをアピールしていたのである。

 ちなみにそれを認識したのは、俺が制服屋に入社してからの事だ。


「……さてと、お待たせしましたっ」

「それじゃ戸締りして鍵を返しに行こうか」

「あと活動報告のノートもね」


 この流れは今日も一緒に途中まで下校するパターン?!

 そして毎週水曜日は、お昼の放送収録で必ずふたりっきりになる事が再確認できた。

 イエス! これは自然にかつ違和感なく、かなえちゃんと過ごせるって事だね!

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