6 思い出のひとコマになるかも知れない、青春の記録
昼休みの事だ。
三八〇円のからあげ弁当を、むかしそうしていたのと同じ様に教室でボンヤリと食べていた。
対面には椅子の向きをひっくり返した金沢がいて、いくつもの菓子パンを交互に頬張っている。
学内に流れているのは、昨日の放課後に菊池先輩が収録した昼放送用の番組だった。先輩たちが部室で録音放送しているらしい。
そして俺の視界にはクラスの派手目な女子たちと談笑するかなえちゃんの姿がチラチラと写り込んでいた。
「……お前、毎日から揚げ弁当だよな。いい加減飽きないのか?」
「特に気にならないけど、のり弁当だと味気ないしなあ」
「俺のパン、恵んでやろうか」
「運動部のお前と違ってそんなに腹減ってないし、別にこれでいいよ」
「じゃあから揚げもーらい!」
「ちょ、金沢手前ぇなにしやがるんだ!!」
華原かなえは、いつも笑顔を絶やさない女の子だった。
教室でも、明るい性格をした彼女はクラスのヒエラルキーを図式するのであれば女子の中でかなり上位に位置していると見て間違いない。
「ごめん悪い悪かった、パンやるからそんなに怒るなよ」
「だからいらないってのっ」
「てかお前、さっきから何チラチラ見てんの?」
「別になんでもねーよ。……てか、パンいらないからマジで」
上位ヒエラルキーに位置する女の子と言っても、方向性は様々だ。
校則をかいくぐって薄いメイクをしたりピアスをしたり、髪の毛を染めて見たりする女の子。
あるいは社交的で、話題の中心にいつも位置している様な女の子もいる。
かなえちゃんはそういう意味で、どちらかと言えば後者だな。
悪目立ちタイプではないけど社交的なので、どんな女子グループとも気さくに会話ができる。
だいたいクラス内のヒエラルキーというか、人気度を数値にするなら容姿、成績、スポーツ、それから社交性の項目別ってところか。
かなえちゃんの容姿は愛嬌のあるかわいい系の女子といったところだ。
かわいいと思っているのは俺の好みの問題もあるだろうが「華原さんかわいいよね」とクラスの男子が言っていた事があるので、かわいい部類なのは間違いない。
そして観察するまでもなく、社交性は問題ないぜ。
朝から俺のためにサンドイッチを作ってくれて、宿題まで写させてくれたからな!
逆か……
あと、スポーツはおっちょこちょいのタイプだと記憶していたが、学業の方は成績もそこそこよかったはずだ。
「ハァ、マジ天使……」
「?」
何とも言えない溜息を零すと、金沢が怪訝な顔をして俺の顔を覗き込んで来た。
ニヤニヤついでにこの男は、俺のから揚げを勝手にまたひとつ口に運ぶ。
「ああ、華原さんか。華原さんかわいいよね」
「いや実は日本史の宿題写させてくれただけでなく、朝からサンドイッチまでご馳走になったんだよね。ちょっと食べ過ぎた」
「ははあ、お前それで飯がいらないって言ってたんだな。腹一杯と言うより胸一杯なんだな。俺たちに宿題見せてくれるとか、確かに天使だね」
「お前も忘れたのかよ」
「見せろよな、俺たち友達だろ? モグモグ」
「……さっきから、黙ってから揚げ食うのやめろよ。だからパンはいらないから!」
俺が先ほどのパラメーターで項目チェックするとどうだろうか。
一見するとアホ面に毛の生えた様な顔だが、並みの上だと主張したい。
成績はまあ中の下なので凡庸のひと言。スポーツは少し前まで武道をやっていたのでまあ出来るほうだが、眼が悪いので球技は全滅だ。
社交性はどうかと言うと、中身がおっさんである事と営業職だった事を考えれば、アドバンテージになっている気がする。
そして眼の前にいる男、金沢は意外に高得点になるかも知れない。
テニス部に所属するレギュラー選手で、身なりも普段からそこそこ気を遣っているスポーツ系のイケメンで通る。
成績は俺よりも圧倒的に低いが、その代わりに口が達者で愛嬌がある。
今だってから揚げを俺から強奪しても、ついつい許してしまう様なところがあった。
俺はパコパコ式の携帯電話を開いてカメラモードを起動させ、自分の顔を覗き込んだ。
手鏡は持ってないのでその代用だ。
自撮り画面を見ると、そこには痩せっぽちのボサボサ髪が満面の笑みを浮かべてこちらを向いていた。
スマホの自撮りモードと違って画素数も荒いし、よけいに酷く見える。
「イマイチだな」
「何が?」
「いや何でも……」
自分的にはイケている顔だと思ったが、もしかすると壮大な勘違いをしている可能性もある。
俺は社交性を軸足にして、これから頑張っていこうと決意するのだった。
「ごちそうさまでした……」
「おう。またから揚げ弁当の時、くれよな」
「やらねーよ。というか今度返せよなから揚げ」
「パンいる?」
さすが三八〇だけあって、から揚げ弁当にから揚げは四つしか入っていない。
後はキャベツの千切りときんぴらごぼう、それから白米に漬物だ。
その内、デカい順で金沢に奪われてしまった俺はアッサリと食べ終わったのである。
まあ、かなえちゃんの手作りサンドイッチを食べたから別にいいけど。
「金沢くんと牧村くん、何やってるの?」
「親切な牧村が俺にから揚げをめぐんでくれてたんだよ」
「勝手に食べただけだろ!」
「えーお前胸一杯とか言ってたじゃん?」
「ちょ、いいから黙ってろ……」
「ふたりとも仲いいね」
ふと気が付けば、かなえちゃんがいつの間にか俺たちのすぐ側まで来ている。
この後、放送室に顔を出すために俺にひと声かけに来たのかも知れない。
「あと、なんか牧村が自撮りするんだって」
おい金沢、余計な事を言うな。
手鏡代わりにカメラ画面で顔を見ただけだっての!
「そうなんだー。なんで?」
「青春の思い出じゃないか。とりあえずピース!」
「じゃあわたしも入ろうかな。えいっ」
適当な言葉を並べる金沢にツッコミを入れるよりも早く。
そうしてかなえちゃんは、誰とでも気さくに話せるスキルをさっそく使って俺と金沢の肩に腕を回してくるではないか!
え、これみんなで自撮りとかする流れ?
俺はややテンパりながら、よくわからないうちに三人で食事風景の写真を撮る事になってしまった。
だが俺と金沢に腕を回したかなえちゃんは、必然的にブレザーの中に隠されている柔らかな果実を、俺たちの顔に押し付ける格好になるではないか!
「早くしろよ牧村」
「とってとってーっ」
「えっうん……」
パシャリ。
「……画面を見ると、そこにはリア充っぽい三人の高校生が写っていた」
「何言ってんだお前。後でその画像、メールで送ってくれよ」
「あ、わたしもお願いしようかなー。けっこういい感じにとれたんじゃない?」
どういうシチュエーションだこれ?
これからは手鏡を持ち歩くことにするか……