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39 致命的な選択ミス

 俺とかなえちゃんの関係は、いま順調に進展している。

 いい感じの雰囲気になり一緒に過ごす時間が日増しに多くなっていった。

 その結果、告白をするタイミングが自然な形で訪れて、お互いの気持ちはしっかりと確認できた。

 一緒に勉強をしたり映画館に出かけたり。

 デートを繰り返し、手を繋いだりして。

 今週末には水着選びにショッピングと、プールに行く約束も控えている。

 次のステップに進みたいという感情が自然に芽生えるのは、当然の事だろう!


「だから俺はそろそろチャンスじゃないかなと感じたわけだ。そこで思い切って『押し倒す』を選択したんだけれど、これはちょっと時期尚早だったらしい……」


 俺がそんな想いにふけながら視界の端にかなえちゃんを捉えて幸せ気分に浸っていると。

 教室で前の席に座っている金沢が、振り返って熱心にそんな言葉を投げかけてきた。

 彼はどうやら部活の後輩から借りたというPC恋愛アドベンチャーゲーム、つまりギャルゲに近頃ご執心らしい。漫画もアニメもあまり興味を示さない金沢が、珍しい事もあるもんだ。


「それでどうなったんだ?」

「残念ながらこれでスティアちゃんの攻略ルートはバッドエンドだ。俺は二次元の女の子にすら振り向かれないのかあああああっ」

「そりゃ、スティアちゃんというキャラとの親密度が足りなかったんだな」


 そのゲームの事は詳しくないが、特定のヒロインでエンディングを迎える際に致命的な選択ミスをしたんだろう。

 たぶんスティアちゃんと過ごした時間が多くなると親密度が上昇するとか、そういうゲーム仕様になっているんじゃないだろうか。

 まあ致命的な選択ミスと言っても、セーブポイントからやり直せばいいだけなんだけどね。


 それに。詳しいことがわからないいのであれば、


「ネットで攻略記事とか見たらいいんじゃないか……」

「おいおい、それじゃ初心でスーイトなドキドキ感をまったく体験できないじゃないだろ?!」


 憤慨した金沢がドンと机を叩いて俺を睨みつける。

 そんな顔をされたって、俺もギャルゲなんて菊池先輩に借りてプレイした経験がある程度だしな。

 自分で買ってやった事があるのは、大学時代に一本か二本ぐらいのものだ。


 せめてゲームの世界でだけでも幸せな恋愛生活をしたい。

 などと熱弁を振るっている金沢を呆れた顔で眺めていると、視界の端からこちらにやってくるかなえちゃんの姿が見えるではないか。


「なに熱心にお話してるのっ?」

「あー金沢のやつが、彼女を強引に押し倒そうとして嫌われたって話をしてたんだ」

「えっ? 金沢くん女の子に乱暴働いたの……」

「妙な誤解を生むような言い方をするんじゃねぇよ牧村!」


 ゲームの話とは言わずに要点だけ掻い摘んで説明したら、かなえちゃんが不思議そうな顔をする。


「そっかあ。金沢くんの彼女さんは外国のひとなんだね」

「いや、実はコイツが言ってるのはギャルゲのヒロインなんだけどね。何か攻略方法を間違えたって話をしてたんだ」

「大体、俺はスティアちゃんに乱暴なんて働いてないし?! 未遂だし?! その前に拒否されたし?!」

「じゃあ頑張ってスティアちゃんを彼女にできるといいねっ」


 ギャルゲの知識がないかなえちゃんは曖昧な返事をして、金沢を励ました。

 すると金沢は微妙な顔をしながら俺とかなえちゃんを見比べる。

 そうして何かもの言いた気に不貞腐れた表情になるのだ。


「な、何だよその顔」

「お前らは順調でいいよなぁ。俺はゲームの女の子にもフラれる男だぜ? ちきしょうめ!」

「「…………」」

「付き合いだしたんだろ? 言わなくてもわかるぜ、見てたらふたりの雰囲気が以前と微妙に違ってるからな」


 確かに、俺はかなえちゃんとの進展を金沢には報告していなかったが。

 雰囲気的にそれはバレバレだったらしい……

 隠すつもりがあったわけじゃないんだが、やっぱり見ただけでわかるものだろうか。


「わ、わたしは普段通りにしているつもりだったんだけどっ」

「そりゃもう華原さん、牧村(コイツ)の鼻の下の伸び具合とか見てたら丸わかりだったぜ。な?」


 モロバレの原因は俺かよ?!

 悪い顔をした金沢にジロリと見られて、返す言葉も無い。


「くっそー。一緒に登下校したりする以外にもデートとか行ってるんだろ?」

「こ、この前映画観に行ったりしたぐらいだよ。後は今度プールに行く約束したり……」

「映画! プール!! いやあ定番ですね。俺はイベントシーンでしか行った事ないけどよ」

「……イベント?」

「何でもないよ華原さん。ラブラブですねって言ったんだ!」

「そ、そうかなっ」


 かなえちゃんは報告しながらもひとしきり眼を白黒させて恥ずかしがっていたけれど、それは俺も同じだった。

 気持ちの上では浮かれているつもりはなかったのだが、今後は気を付けよう……。


「でもまあ、いいんじゃねえか」

「?」

「ほら、お前らがイチャイチャしているの見て、志摩やら何やらちょっかい出してくるのをけん制できると思うし」


 金沢が、不意に声を潜めて言うと、かなえちゃんは不思議そうに小首を傾げた。

 クラスの上位に占める男子たちからも好意を寄せられているという自覚は、かなえちゃんの中には存在しないのだろう。


 しかし、お調子者の金沢が言及した残念イケメンの志摩だけでなく、芹沢さん情報によれば童顔の長谷川もまた密かに狙っているという事だからな。

 恥ずかしくはあるが、ライバルたちに対してしっかりとけん制が出来ているのならばいいだろう。

 教室の前の辺りでは相変わらずクラスの上位ヒエラルキーに属する連中の盛り上がっている姿が見えた。


「いやあ華原さんは美人で人気者だからさ。牧村もライバルが多くて心配しているんだよ」

「えーっ? わたし、牧村くん以外に告白とかされた事なんてないよ?!」

「あーやっぱり親密度が足りてないって、みんな自覚してるんだな」

「親密度って何? それどういう事……?」

「いやこっちのはなしだぜ華原さん。な、牧村っ」

「お、おうっ」


 理解の及んでいないかなえちゃんに、俺と金沢は言葉を濁した。


「しかしプールかあ。ガキの頃に地元の市民プール行った事があるぐらいだな、友達と」

「あーわたしたちも市民プールに行こうって話してたんだよ」

「そうなの? あそこは温水で一年中やってるからいいよなあ、てか学校のプールより微妙に狭いけど」

「うちの高校が特殊なんだよー」


 今は連中に対して一歩リードしている実感はあるけれども。

 それより先となれば、ただデートをする以上の事をしなければならない。

 果たして、金沢の言葉ではないけれども。

 次のステップに進むことが許される親密度まで、俺たちの関係は進展しているのだろうか?


 そんな反芻を繰り返しながらかなえちゃんの様子をうかがっていると。

 先ほどまで教室の前辺りで盛り上がってた連中が、気が付けばこちらに近づいてくるではないか。


 ……不味いな、俺たちが少し悪目立ちし過ぎたのかも知れない。

 先頭を歩くのは残念イケメンで押しの強い志摩の野郎だ。それに制服を着崩した芹沢さんや、童顔ボーイの長谷川も一緒になってやってくる。


「なになに、お前ら華原とプールに遊びに行くの?」

「僕たちも今、週末どっかに遊びに行こうって話し合っていたところなんだ」

「それなら、せっかくだしみんなで一緒に行かねえか? いいよな? よし決まり!!」


 よし決まり。じゃねえっ!!!!


 相変わらず強引な性格の志摩の野郎だ。

 来なくていい面子に囲まれた瞬間、金沢などはあからさまに顔がしわくちゃになった。

 必死で笑顔を装っているつもりなのだろうが、俺にはわかるぜ。


 そうして志摩だけじゃなくて、童顔ボーイの長谷川も同意するから厄介だった。 

 少しだけ芹沢さんが助け舟を出してくれるか期待したが、微妙にニヤついているところを見ればどうやらそうじゃないらしい。


「アイツらあんなこと行ってるけど、どうするかなえ?」

「あ、わたしはその……牧村くん?」


 助けを求める様にかなえちゃんが俺に視線を送って来る。

 本当ならば毅然とした態度で断るべきタイミングであるのに、俺は気後れして口ごもってしまった。

 どうしても、むかしの高校時代からあった、上位ヒエラルキー連中に対する苦手意識が頭をもたげてしまう。


 この空気、断れそうもねえっ。

 どこで選択肢をミスったかな……?

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