38 次の約束
六月になると体育は水泳授業に移行する。
ちなみに。水泳部が強豪だからなのか、はたまた私立高校で寄付金が多いからなのか。
うちの母校は屋内の温水プールが完備されていた。
つまり梅雨時の事など一切気にせず、水泳の授業を受ける事ができるのだ。
「……でもわたし、あんまり授業の水泳って好きじゃないんだよねっ」
けれどもかなえちゃんの表情は、どんよりとした天気の様に優れない。
学校へ向かう道すがら市街地を縫う様にして自転車を走らせていると、そんな事を彼女は口にするのだ。
こりゃ昼間にひと雨来るかもしれないね。
「そうなんだ?」
「泳ぐのもそんなに得意じゃないし。後、何だか授業中ずっと視線を感じるって言うか」
「あー、それはわかるかもな……」
「やっぱり泳ぐのが下手だから、みんなの注目を集めているのかなっ」
いや、それは違うと思います!
俺は知っている、かなえちゃんが隠れ巨乳である事を。
冬服でブレザーを着用している時はあまり気にならなかったけれど、夏服シーズンになるとブラウスの胸元を押し上げる膨らみに、男子は眼のやり場に困っているわけだ。
かなえちゃんはかわいい!
これはクラス男子の何人も否定しないだろう純然たる事実だ。
しかし、そんなかなえちゃんが学校指定水着の姿になれば、注目を集めるのも当然である。
まず俺が一番ガン見したいと心の中で思っているのだからなっ。
「そう言えば、水泳の授業がはじまるのって来週からだっけ?」
「そうだね、今週まではバレー授業の続きだよ」
「あぁ牧村くんとふたりで泳ぎに行くとかなら、楽しみなんだけどなー。そうしたら牧村くんに泳ぎ方とか教えてもらえるのにっ」
ハハハッ。
かなえちゃんとプールでデートして水着姿を独占する……
ありだな。ありだと思います!
「じ、じゃあさ、」
俺は自転車を漕ぎながら、少し大きめに提案をする。
「俺もそんなに泳ぐの上手くないけど、今度の週末にでもプール行ってみる?」
「えっ?! いいの? 行きたいっ」
自転車を漕ぎながら少し大きめにそんな提案をすると、かなえちゃんが意外にも食いついてきた。
むしろかなえちゃんの方から温水プールに行きたいと前振りしたのかと思った。
「でもそういう遊泳施設って、高いんじゃないかなっ」
「んーどうだろ。市営プールならそんなにお金かからないと思うけど……」
ちなみにである。
二度目の高校生活に突入する少し前、最近肥りはじめた事を気にしていた俺は、何度かプール通いをした事があった。
結局は二、三度だけ足を運んで仕事が忙しいのを理由に辞めてしまったのだ。
けれど、市営の温水プールなら結構安いお値段で利用する事ができるのは覚えている。
「確か大人五〇〇円というリーズナブルな価格で、確か高校生も大人に含まれていたはず。一応家に帰ったらネットで調べてみるよ」
「そうなんだ?」
告白してからこっち。
最近はあちこちへデートに出かけているので、それなりに散在している。
放課後の勉強会や一緒に登下校したりするのは確かに嬉しいけれど、休日デートに出かけるのはやっぱり別格に楽しいのだ。
だからプールの利用料が安いのは俺としてもありがたい事である。
無駄遣いしなければ、もう一回遊べるドン!
「あ、でもどうしよう」
「?」
「その前に新作のかわいい水着回に行かなくちゃ」
ですよねーっ。
適当な海パンでいい男子とは違って、女の子は何かとお金がかかりますもんね。
かなえちゃんに貢ぐべく、バイトでもはじめるべきだろうかと密かに真面目な思案をするのだ。
「そうだ。牧村くんも水着選びに、その、付き合ってくれる……?」
「えっ俺も同席していいの?」
「そのう。わたしひとりで選ぶのちょっと恥ずかしくって。あかねに相談してもいいんだけど、部活の都合とか上手く併せられるかわからないし……」
おいおい。いいのかい……?
かなえちゃんにはどんな水着もきっと似合うと思うのだが、やはり清楚可憐な彼女には白のワンピースなんて素敵じゃないだろうか。
確かうちの会社にもスク水の取り扱いがあったよな。だがあれは学校用のヤツで面白みがないか、捨て難くはあるが……
いや待て。せっかくならかなえちゃんの零れ落ちそうな胸を強調するビキニも捨てがたい。
しかし、そうするとプールで他の男に、かなえちゃんの肌露出多めの姿を楽しませてしまう事になる!
「今から楽しみだねかなえちゃん!」
「う、うん。そうだね……」
これは悩ましい展開になりますよ?!
学校前の交差点で信号待ちをしている間、ちょっと興奮気味に俺が鼻息荒く返事をすると。
かなえちゃんに軽くドン引きされてしまった……




