3 家族と団らん
「十数年前の実家に戻ってくるというのは、不思議な感覚だな」
牧村家は市街地にあるどうという事のない一戸建てだ。
自転車を止めれば手狭になる小さな庭と、車庫付きの二階建て。
「かわってねえなぁ。ていうか奇麗になった」
奇麗も何もなく、俺が高校に上がるタイミングで新築を購入したんだから、この頃はまだ築年数もたってないし当然だ。
懐かしい気持ちを楽しみながらドアノブに手をかけたら、鍵はかかっていなかった。
もう家族の誰かが帰宅しているらしい。
そのままリビングに向かうと電気がついていた。
「あ、ともくんお帰りなさーい~」
ふと台所の奥から声がした。
リビングを覗いてみると、夕飯の支度をしていたらしい姉の姿が飛び込んで来た。
牧村弘美。俺の姉ちゃんはこの時、大学三年生のはずだ。
俺の記憶では数年前に結婚式を挙げた姉だが、俺が高校二年という事は姉ちゃんも当然、旧姓のまま。
義兄さんにはまだ出会ってもいない頃だろうね。
「ね、姉ちゃんただいま。今日は早かったんだな?」
「午後から休講だったからねえ。お母さんに夕飯の支度しといてって、頼まれたんだ」
パタパタとスリッパの音を立てて姉ちゃんが近づいてくる。
どう返事をすれば不自然が無いのかと、ちょっと挙動不審な態度をしてしまったが。
疑われなかっただろうか?!
すると腕まくりのポーズをして姉ちゃんがアピールしてきた。
「……今夜のメニューは?」
この当時は働き盛りだったうちの両親は帰りが遅かった。
だから、面倒見のいい姉がいつも夕飯の支度をしていたのを思い出す。
面倒見はいいんだが、どこか抜けてるポンコツなところがあるんだよな……
「ジャジャーン! 今日はともくんが大好きなハンバーグにしました!」
「またか」
「あーっ! ともくん今、またかって言った!」
「ハンバーグは好きだけど、姉ちゃんハンバーグしかまともに作れないじゃないか」
「もう、そんな事言って! ……もうすぐ準備できるけど、ご飯にする? それともお風呂にする?」
腰に手を当ててプンプン怒った姉ちゃんを見て、相変わらずだなあと思ってしまった。
「そーいうのは彼氏に言えよな。ハンバーグ焼いてる間にお風呂に入ってくる」
「ともくんの意地悪! 彼氏とかまだいないし!」
「心配しなくても姉ちゃんはちゃんと結婚できるから。俺が保証する」
「?」
姉ちゃんは不思議そうに小首を傾げていた。
「でもその前に、ハンバーグ以外のメニュー覚えような姉ちゃん」
「もうっ!」
手をヒラヒラさせながらいったん自分の部屋に戻ると、着替えを持ってお風呂場に直行だ。
脱衣所で服を脱ぎ散らしながら、洗面台の鏡をふと覗き込んだ。
以前より体が軽く感じたのは、きっとこの頃の俺が随分と華奢だったからだ。
「フンっ! 細いな俺。だが贅肉がひとつも無いぜ……」
力こぶを作ってみると、非力な腕は筋肉が盛り上がる事も無かった。
しかし顔はそれほど悪くはないな。
多少アホ面だが。かなえちゃんと並んでも、それなりに釣り合いが取れているはずだ。
たぶん、きっと。
「……ともくん、案外ナルシストだね~」
「ちょ、姉ちゃん覗くなよ。恥ずかしいだろ?!」
「洗い物はちゃんと出しておいてねっ」
何やら視線を感じると思えば、姉ちゃんがニヤニヤ顔をして俺を観察していた。
めっちゃ恥ずかしいところを見られてしまった!
いいお湯に浸かって夕飯を食べはじめたところで若返った両親が揃って帰宅だ。
俺も実家を出て独り暮らしをはじめていたし、家族四人そろって食卓を囲むのもかなり久しぶりな気分だった。
ちょっぴり感傷に浸っていると、みんなに心配されてしまった。
「ど、どうしたの、ともくん。わたしの作ったハンバーグ美味しくない?」
「あんたがいつもハンバーグしか作らないから、ともくんが悲しんでいるのよ。少しは他のメニューの練習しなさいよね」
「そうか? お父さんはひろちゃんの作ったハンバーグ大好きだぞ!」
母さんがニヤニヤしながら姉ちゃんをいじると、父さんがすかさず姉ちゃんの肩を持つ。
じゃあ明日もハンバーグにしよっかな、なんて姉ちゃんが言ったら父さんがあわてるのも、むかし通りだ。
食事が終わった後、リビングでぼんやりテレビを見ながら頭の中を整理する。
とりあえず高校時代に戻ったからには、かなえちゃんとの距離を縮めて過去の臆病な俺とオサラバ。
お付き合いをする別ルートを頑張る。
しかしかなえちゃんは東京の大学に進学してしまうんだよな……
俺は地元大学へ進学する道を選んだ。
もしも彼女と仲良しこよしの関係になった場合、この辺りはどう今後に影響するだろう?
俺が東京の大学を目指すのか、かなえちゃんが地元の大学に進学するか。
ふたりとも文系コースに進んだから、三年のクラスは一緒だった。
自慢じゃないが俺の頭の出来はあまりよくない。
よくて中の下。
成績はかなえちゃんの方が上だったはず。
かなり勉強を頑張らないと、かなえちゃんと同じ大学には通えない可能性すらある。
ぐぬぬ……
今が高校二年の五月だから、あと一年半。
いや進路を確定させるまでには、もう一年も猶予が無いかも知れない。
「そう考えると、今がちょうど人生の分岐点に立っているんのかも知れないぜ」
薄っすらと生えているアゴヒゲを撫でながら考え事をしていると。
隣に座った母さんが、胡乱げな表情で俺を見つめているではないか……
「そうね、余裕かましてるけどあんたは今が分岐点だわ。ちゃんと宿題やったの?」
「えっ」
しまった!
高校生という事はそういうものもあるのかッ。
宿題とかまったく手を付けてない。
それどころか、そもそも何が出題されているのかサッパリわからないぜ。
俺はあわてて携帯電話を取りに自分の部屋に戻った。
誰かクラスのやつにメールを飛ばして、聞き出さなくちゃいけない!