35 神様にお願い
対面席に芹沢さんが座っているので、かなえちゃんは仕方なく俺の隣へと移動してきた。
そんな姿をまるで面接官の様に芹沢さんが観察している。
「……あんたたちも、一時はどうなるかと気をもんでたんだけど。こうして見るとようやく第一歩を踏み出したってところね」
気恥ずかしい気持ちでお互いに顔を見合わせていると、芹沢さんは破顔してそう言った。
何だかんだ言っても彼女はかなえちゃんの親友だ。やっぱり心配していたのだろう。
けれども次に飛び出した言葉に、かなえちゃんがあわてる事になる。
「牧村は聞いた? この子今年のバレンタイン、あんたに渡すために手作りチョコを作ってたのよ」
「へっ」
「ちょっとあかねっ、その話今する事じゃないでしょ?!」
「今しないでいつするのよ。試作チョコまで作って頑張ったのに、バレンタインの当日あんたは風邪で休んだそうじゃないの。おかげで証拠隠滅のためにあたしが代わりに食べたんだから」
知らなかったそんなの……
バツの悪い顔をしたかなえちゃんに向き直ると、どうやらそれは事実らしい。
今年のバレンタインという事は、当然俺が二度目の高校生活をはじめる以前の出来事だ。
つまりかなえちゃんは、元々俺に好意を寄せていたという事になるんじゃないか?!
「何か色々ごめん……」
「牧村くんはその時は風邪だったんだから仕方ないよっ」
もしかすると俺は、とんでもない遠回りをして今に至るのかも知れない。
今年のバレンタインの日、俺が風邪を引いていなかったら。
かなえちゃんとは一度目の高校生活の時に恋愛をできていた可能性があるって事だ。
「恋愛ってのはタイミングがあるじゃん? だからあたしはその時に言ったのよ。タイミングが噛み合わなかったのは縁がなかったからだって。奥手のかなえが勇気を出して本命チョコ作ったのは頑張ったと思うけど、それでも渡すべき相手が風邪を引いて欠席してたのは、そういう運命なのよ」
「………」
「だから諦めなさいってね」
けどかなえは諦めてなかったみたいだけど。などと締めくくり、ニヤリと意地悪な顔をした芹沢さんである。
珍しくむくれ顔をするかなえちゃんは小動物みたいでかわいい。
しかし芹沢さんの言葉を肯定するわけじゃないが、一度目の高校生活に限ればお互いのタイミングが上手く噛み合っていなかったのは事実だ。
かなえちゃんが本命チョコを用意していたなんて今知った衝撃の事実だし、俺もそんな事を知らずに自分からアクションを起こす勇気すら持ち合わせていなかった。
たぶん一年のバレンタインで渡しそびれた事があったので、かなえちゃんは二年の時にチョコを渡すのを躊躇したんだろう。
こうして考えてみれば。
同窓会の夜にかなえちゃんが驚いた顔をしたのも、もっと早くに言ってほしかった言葉を漏らしたのも、納得がいく。
だから過去の自分を反面教師に、今度こそと積極的に行動する事は間違っていないはずだ。
決意を新たにしてかなえちゃんへ微笑みかけたところ、妙な勘違いをされてしまったらしい。
申し訳なさそうな顔をした彼女に、こんな言葉を投げかけられる。
「ら、来年は頑張ってもっと美味しいのを作るから。楽しみにしててね!」
「うン。今からすごく楽しみかも……」
そうこうしているうちに注文したものが運ばれてきて、ようやく真面目モードは終了だ。
昼食がまだだったのか、芹沢さんはさっそくレモンパイを切りわけながらニコニコ顔をしているし、かなえちゃんも恋人限定の抹茶パフェを見て嬉しそうな顔。
ただし問題は恋人限定と言うだけあって、抹茶パフェが明らかに大きいサイズという事だろうか。
「本当はふたりで『はい、あーん』とかやるつもりだったの?」
「……」
「あたしの事は気にしないで、その恋人限定☆抹茶パフェを遠慮せず食べなさいよ」
「…………」
「早くしないと溶けちゃうわよ?」
ごもっともですが、それはさすがに……
などと俺が躊躇していると、意を決したかなえちゃんが俺の方に向き直った。
スプーンで溶けはじめていた抹茶アイスをすくい、俺の口元へ運んでくるではないか!
「ま、牧村くん。あーん!!!」
えっここでやるの?!
耳まで朱色に染めたかなえちゃんに態度に、恥をかかせるわけにはいかないと覚悟を決める。
ええい俺もやけくそだ!
視界の端で芹沢さんがニヤついているのを無視してパクっと口に含んだ。
「ラブラブですねぇ、おふたりさん。見てるとこっちが胸焼けするわ」
「「?!」」
あんたがやらせる様に誘導したんだろ?!
満足げにレモンパイを食べながらウンウン言っている芹沢さんに、俺たちは心の中で揃ってツッコミを入れてしまった。
その後、芹沢さんとは今日観た映画の話を少しして、喫茶店を出たところで別行動になった。
家は俺たちの地元と同じ方向らしいが、楽器屋に寄って何かを物色してから帰るらしい。
たぶんそれは単なる言い訳で、デート中の俺たちをこれ以上邪魔しないという気遣いなのだろう。
帰り際に一瞬だけ腕を掴まれた俺は、芹沢さんに「頑張んなさいよ」と発破をかけれられてしまったので間違いない。
一度目の高校時代はほとんど接点が無かったから知らなかったけど、
「芹沢さん、親友想いのいい子だったな」
「ん? 牧村くん何か言ったかなっ」
「いや何でもないよ。これからどうしようか」
姉ちゃんは夕飯をご馳走したいから家に招待しろなんて言っていたが、雑談がてらかなえちゃんにその話を振ってみたら「どうしよう、わたし心の準備がっ」ってあわてていたからその方向は無しだ。
もし我が家に遊びに来るのなら、美容室に行ってよそ行きの服も必要らしい。
ついでに、かなえちゃんの中では料理が得意な事になっている姉ちゃんに負けない料理の腕を身に付けてから、できればお宅訪問したいそうだ……
姉ちゃん、知らない間にハードル上がってるよ!
「せっかくだから、神社にお参りしてから帰ろうか」
「この近くにあるの?」
かなえちゃんにそんな話をしながら、喫茶店からすぐ近所にある神社に立ち寄ってみた。
京都だから神社仏閣は市内の至る所にあるから、探すのには苦労しない。
教科書に出て来る様な歴史上の人物に所縁の場所がそこかしこにあるのだ。
そんな繁華街のちょっと裏側に入った場所にある小さな神社で、俺たちは手を合わせるのだが、
「牧村くんは何をお願いしたのっ?」
俺が熱心にお参りしていたのが気になったのだろう。
かなえちゃんが俺の顔を覗き込みながらそんな質問をして来たのだ。
「ええと。かなえちゃんと同じ大学に合格できます様にだよ。かなえちゃんは何をお願いしたの?」
「うーん内緒。……って言いたいところだけど、わたしも同じだよ」
そんな風にはにかみ笑いを浮かべながら答えてくれた。
本来は東京の大学に進学するはずのかなえちゃんは、俺の二度目の高校生活で地元の京都に進路を変える事になるのだろうか。
少しだけその事が気になったけれど、大切なのはお互いが納得する未来である事だ。
「じゃあ行こっか?」
「あ、うん。お願いが成就する様に明日から勉強頑張らないとなぁ」
「宿題もちゃんとやらないとねっ」
小難しく考え込んでいると、かなえちゃんに俺の手を引っ張られてしまう。
今はそれよりも、かなえちゃんと楽しくデートする事だった!
宿題の事はひとまず忘れておくとしよう。