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34 親友なるもの

 俺は完全に油断していたと思う。

 まさか休日に同級生と鉢合わせになるなんて。しかもそれが繁華街の外れにある、むかしながらの古びた喫茶店ときたもんだ。

 見るからにロック系のファッションをした芹沢あかねに、どう考えてもここは似つかわしくない。

 そんな場所に芹沢さんが何故いるんだと絶句した。


「あたしが休みの日にどこでどう過ごそうと、牧村には関係ないと思うんですケド」


 不機嫌そのものの表情で芹沢さんに言い返されてしまう。

 たまらず曖昧に「そうですね」と返事をしてしまったが、彼女は俺の事など無視をしてギロリとテーブルを睨みつけた。

 汗をかいたお冷のグラスがふたつ、おしぼりがふたつ。

 途端に彼女は俺を睨みつけると、有無を言わさぬ態度で対面に腰を下ろしてくるではないか。

 ギターのソフトケースを立てかけながら、前かがみになってテーブルに肘をつく。

 おいおい。芹沢さんはこのまま居座るつもりなのか……?


「あんたこそ、こんなところで何してたのよ」

「ええとそれは……」

「誰かと遊びに来ているとか?」


 ご名答です。

 あなたの親友であるところの華原かなえさんとデートの最中でした。

 しかし一瞬だけ躊躇して、直ぐにそれを応えなかったのがマズかったらしいね。

 猜疑の眼をふたたび俺に向けてくるのだ。


「ふうん、相手は誰なの?」


 かなえちゃんが親友の芹沢さんにどこまで俺との関係を話しているのかわからなかったので、言葉に詰まってしまった。

 だが、どのみちかなえちゃんがトイレから戻ってくれば鉢合わせするのだ。さっさと白状するに限る。


「……か、かなえちゃんと映画を見に来た帰りだよ。この辺りまで来たら喫茶店も空いていると思ってここに入ったんだ。彼女なら今お手洗いに……」

「そう。ならいいわ」


 ようやく俺の言葉を聞いて納得したのか、芹沢さんは厳しい表情を解いてメニュー表に手を伸ばした。


「まったく。あんたたちの関係がいつまでたっても進展しないから、こっちは気を揉んでたのよ」

「そ、そりゃどうも」

「まあでも? ちゃんと上手くやってんなら結構よ。かなえも人懐っこいところがあるわりに、本命には奥手なところがあるからね」

「本命には奥手。それって俺の事?」

「それぐらい考えればわかるでしょ、言わせんな。すいませーん!」


 溜息ひとつ零した後、店員さんを呼びつけて俺を見やる。

 やはりかなえちゃんは俺の事を、芹沢さんに色々と相談していたらしい。

 ただし今日の映画を見に行くという話は聞いていなかったらしく、その事を俺に確認したというわけだ。


「このグアテマラ産のプレミアムブレンド、ミルクとお砂糖無しで。それからレモンパイのクオーターサイズください」


 芹沢さんは完全に居座る気満々らしい。

 どういうわけか慣れた口ぶりで店員さんに注文を伝えると、俺の方に向き直って意地の悪いニヤニヤ顔を向けた。


「男子はみんなそうなんだよねぇ。あの子は男とも気さくに話すから、それで勘違いするヤツが結構いるのよね。牧村も同じでしょ? かなえの人懐っこいところにヤラレタんじゃないの」

「うっ。いやそういうわけでは……」

「例えばウチのクラスだとさ。グループ作ってる志摩とか長谷川とかも密かに狙ってたみたいだけど?」

「…………」


 確かにかなえちゃんは明るいし、誰にでもわけへだてなく気さくな性格なのは認める。

 だからと言って誰にでもベタベタする様な女の子じゃ断じてないのだ。お弁当をわざわざ作ってくれたり、放課後や休みの日に遊びに行った事があるのは俺だけだと、これは断言できる。


 しかし聞き捨てならない事を耳にしてしまった。

 バレー部レギュラーの残念イケメンである志摩がかなえちゃんに気があるのは勘づいていたが、童顔で成績優秀な長谷川まで彼女の事を密かに狙っていたのか?!


「志摩の事はかなえも若干、苦手意識があるみたいね。けど、長谷川は背が小さいわりに性格イケメンだし、あんたなんかと比べたらよっぽど良物件だからねぇ。まったく、かなえもこんな男のどこが良かったんだか」


 た、確かに長谷川は将来有望で間違いないからな。大手企業の一流サラリーマンになったし……


「何ブツブツ言ってるのよ。あたしの親友を泣かせる様な事があったら、絶対許さないからね?」

「それはもちろんっ」

「言っとくけど、かなえの事は応援してるけど、あんたの幸せなんてこれっぽっちも応援してないんだから」


 告白して両想いだったとか、こうしてデートに出かけられたとか。一度目の高校生活の駄目さ加減を考えれば考えるほど、奇跡か夢か幻かと今でもたまに混乱する事があるぐらいだからな。

 頬っぺたをつねっても眉毛をぬいても痛みを感じるので、これは現実だと信じたい。


「で、あんたたちどこまで進展したの? かなえったら急に恥ずかしがって、最近どうなってるのか全然聞かせてくれないんだから」


 ふたたび身を乗り出して声を潜めた芹沢さんである。

 かなえちゃんが留守の間、今のうちに俺たちの進展を事情聴取しておくつもりらしい。

 親友にも恥ずかしがって報告してないのを、俺が勝手に言ってもいいのだろうかと躊躇していると、


「ほら、早く言いなさいよ。かなえがトイレから戻って来るじゃない」

「ええと、中間テスト明けにふたりでカラオケに行ったんだが」

「それで?」

「いい感じの雰囲気になったから、この機会にと思って告白をした」

「ヘタレの癖にやるじゃん。それで?」

「そしたらかなえちゃんも俺の事が好きだって言ってくれて、お互いの気持ちを確認した」

「あんたから聞かなくても、かなえがあんたを好きなのは散々聞かされたから知ってるわよ。それで?」


 それでって、それだけだぞ……?

 この女が知りたいのは何なのだ。


「今度は映画を観に行こうという話になったから、今は観に来た帰りだ」

「ああもう、そういう事じゃなくて!」


 一瞬だけ語気を強めた芹沢さんは、すぐさま周辺を警戒した後に俺へ向き直る。

 苛立たしそうに、けれども恥ずかしそうに。

 少し頬を赤らめながら質問を続けてくるのである。


「きっキスとか何とか。ほら、どこまで進展したか聞いてんのよっ」

「いや告白して終わりだぞ。デートの時に手は繋いだけど、それ以上は何も。てか、何で芹沢さんにそれを話さなくちゃならないんだよ?!」

「……まぁそれもそうよね。でもせめて告白した時のセリフぐらい教えなさいよ。ちょうど今作ってる新曲の歌詞が浮かばないのよ」


 冗談じゃない!

 自分で作っているという曲の歌詞に、俺たちの馴れ初めなんか参考にされてたまるか。

 すこぶる不愉快な気持ちで眉をひそめると、芹沢さんは悪い顔をして会話を続ける。


「まぁそれは冗談としても、ヘタレっぽいあんたが付き合ってくださいって言えたのがビックリだわ。かなえはなんて返事をしたの?」

「あっ」

「……何よ」

「そう言えばお付き合いしてくださいって言葉は伝えてなかったな。ずっと前から好きでしたとは言ったけど」

「ハァ? それって本当に付き合ってる事になるの?! 告白したら交際の申し込みもセットでしょ?! それじゃただの彼氏未満じゃないの?!!」


 呆れた顔で説教をはじめた芹沢さんだったが、不意にそんな彼女の表情が強張ったのを俺は目撃した。

 気がつけばテーブル席の前にかなえちゃんの姿があるじゃないか。

 しかも、一見するといつもの明るい朗らかな表情だけど、眼が笑ってない?!


「あ~け~み~っ。なに牧村くんを困らせる様なことやってるの!!!!」

「ひえっ、かなえ?!」

「って言うか、どうしてここにあかねがいるのっ」

「えっあっ。あたしはたまたまスタジオで練習した帰りに、ここに立ち寄っただけで……牧村っあんたかなえの彼氏でしょ。あたしを助けなさいよ!」


 こ、交際の申し込みをしていない俺は彼氏未満らしいから、助ける義理は無いんじゃないかな。


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