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33 恋人限定!抹茶カフェ

「すごく感動的な映画だったね!」


 しばし物語の余韻に浸っていた俺たちの沈黙を破ったのはかなえちゃんだった。

 映画館を出たところで大きく伸びをすると、フレアスカートを揺らしクルリと振り返って口元を綻ばせるのだ。


「主人公の親友が死んだときは悲しい気持ちになったけど、最後は全員が報われてよかったなぁ」

「悪の組織がコテンパンにやられるアクションシーンは爽快だったな。前評判とか全然調べてなかったから、正直内容には期待してなかったんだけどな。普通に面白かった」


 さり気なく手を差し出すと、微笑み返したかなえちゃんが俺の手に指を絡ませる。

 そうして歩き出しながら今見た映画の感想を意見交換した。

 何て恋人チックなシチュエーションなんでしょう。

 アニメの感想を菊池先輩と言い合うのとはまるで違うこの幸福感。


「わたしは一応チェックしてたよぉ? だって次に牧村くんと見に来る映画はどれにしようかって」

「そうなの? じゃあ次は、今回駄目だった『君の肝臓が食べ放題』を観にこなきゃな」

「うん、そうだね!」


 映画館で受付のお姉さんに『君の肝臓が食べ放題』が満席だと言われた時は、密かに冷や汗ものだった。

 もしかすると俺がかなえちゃんに告白した事で、歴史修正の反動でも起きたのかと勘ぐった。やっぱり未来ではかなえちゃんと別々の未来に進むのだろうかと脳裏を過ったのだ。

 まあ俺ひとりが自分の過去をやり直したぐらいで、世界の歴史が大きく変わるはずもないかっ。


「どうしたの牧村くん?」

「いいや。かなえちゃんが楽しそうにしていたから、何だか俺も嬉しくなっただけだよ」

「わたしも牧村くんと一緒にいるだけで、それだけで楽しいよっ」


 かなえちゃんはやっぱりいい子だ。

 かわいいね!


 映画後の予定は特に決めていたわけではないので、ブラブラと中心地を歩きながらウィンドショッピングをする。

 時々気になる店があると、かなえちゃんが手を引いて覗きに行ったり。

 地元のアーケードとは違って、寺町通の商店街の賑わいは桁違いなうえに外国人観光客も多く国際色豊かだ。

 そうして、どこかに空いているカフェや喫茶店が無いか探していたのだが、


「日曜日だからかな。人混みですごい事になってるね……」

「京都は観光地だからな。でも西の方面に少し外れるだけで、ビジネス街に差しかかるんから休日は空いているよ。行ってみる?」

「うん。牧村くんに任せるよっ」


 地元住民という地の利を生かして、四条河原町界隈の繁華街から少し離れた場所にかなえちゃんを誘った。

 古い京町屋の街並みを散策しながら烏丸周辺までやって来ると、こちらはオフィスが集まるビジネス街になるので観光客はややまばらになる。

 小説や映画、ドラマの舞台になった様な喫茶店も近くにあるのだが、そこはやはり観光客が集まっている事を予想して今回はパスする事にした。


 しかし問題があるとすれば、俺がカフェみたいなオシャレな場所と無縁だったという事だろうか。

 社会人として俺がこの界隈で利用していたのは、ザ・喫茶店と言うべき雰囲気のお店。

 その方が観光客も少なくて都合が良かったのだけれど、いざデートで立ち寄る場所としては、もしかすると微妙かも知れないと思いはじめた。

 おおよそ好きな人とパフェを半分ずつ食べる、みたいな雰囲気の場所ではない。


「この先に行けば、コーヒーの美味しい穴場の喫茶店があるんだ。かなえちゃんはコーヒーは大丈夫だったっけ?」

「うん。ミルクは入れないと飲めないけど、コーヒーは好きだよ」

「じゃあ一応問題ないか。あんまりオシャレな感じのお店ではないけどいい?」

「うん、気にしないよっ」


 少しソワソワしてしまったのは、もうひとつ理由がある。

 この先を進めば同窓会のあの夜に交通事故に巻き込まれた現場があるからだ。

 今となってはそれが良かったのか、感謝すべきなのかもまだ判断しかねるけれども、自分が被害にあった現場付近に顔を出すのは、やっぱりいい気分ではない。

 もしあの現場近くに立ち寄って、せっかくかなえちゃんといい雰囲気だったのが「残念、夢でした!」と言われると、ガッカリ感も半端なものではなくなってしまう。


 そんな事を考えていると手汗が酷いことになっていた。

 俺は咄嗟にかなえちゃんの繋いだその手を放してしまうけれども。

 彼女ははじめ不思議そうな顔をした後、すぐにも悲しい気な表情を浮かべてしまう。


「…………」


 いかん! これはいけない!

 あわてて何か言い訳をしようと俺はおかしなことを口にした。


「突然だけど、腕組んでみない?」

「えっ、急にどうしたの」

「何かそういうのやってみたくなっちゃった」

「いいけど、ちょっと恥ずかしいねっ」


 そんな事を言いながらもかなえちゃんは、おずおずと俺の腕に手を回してくれた。

 さっきよりも胸の鼓動は明らかに高鳴っていたけれども、それは別の原因だから仕方ない。

 上手く誤魔化せただろうかと目を白黒させてしまったけれども、かなえちゃんは案外まんざらでもなさそうな顔をして、俺に体を預けてくれたじゃないか!

 災い転じて福となす!


 無事に同窓会の夜の交通事故現場を微妙に避けながら、俺たちは目的地の喫茶店へと到着した。

 俺にとっては過去に訪れた場所だが、時系列的にそこは十数年前の街並みで、それほど大きな変化は感じなかった。

 京町屋風の喫茶店も古びた外観はそのままで、そこまでの道のりでいくつか知らない店が存在していたぐらいだろうか。

 案内された席に腰を落ち着けると、かなえちゃんは楽しそうにメニューを確認しはじめた。


「この恋人限定抹茶パフェって気になるんだけど、頼んでみてもいいっ?!」

「へえ。そんなメニューがこの店のメニューにあったとは……」

「牧村くんは甘いのとか苦手?」

「いや全然、ぜひ頼んでみたいです!」


 俺が社会人時代には存在すら知らなかったデザートを見ながら、そんな提案をしてくるのだ。

 店員さんを読んで注文を頼んだところで、


「ええと、おトイレの場所は……」

「行ってらっしゃい。トイレはその先の奥にあるよ」

「ありがとう。じゃあ今のうちにいってくるねっ」


 彼女は鞄を手に取って喫茶店の奥へと姿を消してしまった。

 しかし恋人限定メニューか。これまでの俺にはまったく縁の無かった存在だ……

 この店で頼んだことがあるのは、コーヒーかナポリタンぐらいだからな。

 パフェってひとりで食べるものじゃないの?!


 身の回りの環境が変われば、自分が観る世界もまた変わるものだぁ。

 などと感慨深くメニュー表を改めていると。

 不意に誰かの気配が俺たちの席に近づいてくるのを感じて、俺は視線を上げる。

 てっきり席を立っていたかなえちゃんが戻って来たのかと思ったのだが。


「早かったね、誰か使って――」


 見上げれば、そこには胡乱げな視線で俺を睥睨している派手めな同級生の姿が飛び込んで来たのだ。

 ギターか何かの入ったソフトケースを背中に担いでいる。手に持っているのはTAB譜だろうか。バンドの練習帰りという感じのいでたちで、ジロリと睨みつけてくる。

 名前は芹沢あかね。

 かなえちゃんの親友で、軽音部に所属している女子だったはず。

 前にもこんな事があったな……


 あの時は部活の後輩女子だったけれど、派手めな女の子に猜疑の視線を向け続けられると妙な居心地の悪さを感じてしまうっ。


「ええと、何か俺にご用でしょうか芹沢さん……?」


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