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華原かなえの回想 後

 チョコの出来栄えは上々だったと思う。

 試作品を食べたあけもみ「いいじゃん」と言ってくれたし、お父さんもニコニコ顔で喜んでくれたし。


 けれども肝心の牧村くんは、バレンタインの当日いつになっても学校に姿を現さないのだ。

 朝礼が終わって授業がはじまり、授業の合間に彼の教室も覗いてみたけれど姿は見当たらなかった。

 しょうがないのでお昼休みに改めて部室へ顔を出してみたところで菊池先輩にこう言われた。


「牧村なら今日は風邪で休みだってさ」

「えっそうなんですか?」

「何か牧村に用事とかあった? 微熱があるだけでたいした事ないって連絡来てるから、メールしてみたらいいよ」

「あ、大丈夫です」


 恥ずかしいので鞄に入れて持って来たチョコを無意識に庇ってしまったので、もしかしたらその時に菊池先輩には気づかれてしまったかも知れない。

 曖昧にわかりました、たいした用事じゃないのでと返事をしたけれども本音ではガッカリした。

 牧村くん、体調大丈夫かな……

 そんな風にわたしが思案していると、菊池先輩と川上先輩が言い争いをしていた。


「ははあ、もしかして渡すものがあったんだね。もしよければ俺が代わりにもらって――」

「いやそれ、華原さんが牧村のために作ったチョコでしょ? あんたが食べてどうするのよ」

「べ、別に誰からもチョコが貰えなかったことを僻んでいるわけじゃないんだからねっ。今からでも川上から貰ってあげてもいいんだからねっ」

「やらないわよ。あんたに渡すぐらいなら自分で買って自分で食べるわよ!」


 先輩たちの様子だと、たぶんわたしの考えている事はみんなお見通しだったみたい。

 急に気恥ずかしくなったわたしは、あわてて部室を逃げ出した。

 その後、渡しそびれた手作りチョコは結局あけみと一緒に証拠隠滅する事にした。


 牧村くんは翌日、元気な姿で学校にやって来た。

 何事も無かったような顔をしていたので、少しだけ彼の顔を見ていると複雑な気分になってしまう。


「牧村、せっかくのバレンタインに休んでしまってチョコ貰い損ねたな。あっはっは!」

「いや別に渡してくれる相手とかいないんで、そこはどうでもいいんですが。それより先輩は貰ったんですか?」

「いやー貰い損ねたなあ。もしかしたらくれるかなと期待してたんだけど、俺もお前もラブコメみたいな展開はなかなかないよな! 残念だったなあ!」

「くれるひとがいないもんは、しょうがないです。でも、もしかして俺も来てたら、だれかに貰えてたかな?」


 チラっとわたしの顔を見た様な気がしたのだけれど……

 きみのために、せっかく作ってたんだぞっ。

 だからそんな彼に向けて、小声で愚痴を零してしまった。


「ばーかっ……」


 華原さん何か言った? と聞き返してくる牧村くんには教えてあげない。

 結構自信作だったから喜んでくれると思ってくれたんだけどなあ……


 こういう消化不良な出来事があったからだろうか。

 わたしはこれがキッカケになって、以前よりずっと牧村くんの事を意識する様になった。

 でもその一方で彼がどんな事を考えているのか、それはなかなかわからないままだ。

 三学期の球技大会や卒業式の準備の時はいつもと変わらない様に接してくれたと思ったけれど、何となくその距離感は少しだけ遠くなっている様な気がした。

 またあけみに相談してみたけれど、「単に女子に免疫がないだけじゃんんじゃないの」と軽く返事をされてしまう。


 自分から誘う勇気はどうしても湧かなかった。

 バレンタインの時に精一杯の勇気で一歩前に踏み出したつもりだったけれど、あの時に盛大に踏み外してしまった気がしたので、それ以上の勇気を出すのが怖かった。

 そうこうしているうちに春休みがやって来て、わたしたちは二年生に進級したのだ。


 学年が変わると牧村くんとはクラスが一緒になって嬉しかった。

 けれど、教室にいる時の彼はほとんどわたしに話しかけてこない。

 普段はいつもテニス部に所属している金沢くんと、休憩時間におしゃべりしたりお昼ご飯を食べたりしている。

 ふたりは一年の時もクラスが一緒だったみたいだ。

 それでも二年になってから部活で木曜日の番組担当を一緒にする事になったから、過ごす時間は少しだけ今までより長くなったかもしれない。


 そんなある時から、急に牧村くんがわたしの事を下の名前で呼ぶ様になったのだ。

 不意に「かなえちゃん」と呼ばれた時、急に胸の内が締め付けられる感覚に襲われて、もしかしたら聞き間違えじゃないかと思った。


 彼がそれを口にしたのははじめてふたりだけで、放課後に並んで下校したタイミング。

 いつもより少しだけ優しい顔をして、彼はわたしのスクールバッグを自転車に預かろうかと声をかけてくれたのだ。

 そうして、こう言葉を続けたのを今でも忘れない。


「かなえちゃんも、自転車通学にかえればいいのに」


 急に下の名前で呼ばれたものだから、わたしはてきめんに気が動転した。

 それってわたしと一緒に、自転車通学しようって誘ってくれてるのかなあ?

 最初は自分の早とちりかも知れないと思って、色々と言い訳を並べて牧村くんの様子を観察してしまった。

 いつもより何だか優しい彼は、気を使っているのかわたしが曖昧な返事をしたところ、話題を逸らそうと別の事を口にしはじめる。

 何となく一生懸命な彼を見ているとクスリと笑ってしまったけれど、改めて見やるととても残念そうな顔をしていたのを覚えている。


 だから、わたしももう一度だけ勇気を出してみる事にした。


「じゃあさ。晴れている日は、わたしも自転車通学にしよっかな。そうしたら、牧村くんとも長く一緒に帰れるもんねー」


 精一杯の気持ちを込めて。

 これでわたしがきみの事を好きだよって想いが伝わるとは思わなかったけれど、一緒に過ごせる時間が長くなるのは素直に嬉しい事だから。


 もしかすると。もう一度だけ頑張って踏み出した一歩は、とても大きかったのかも知れない。

 気がつけば当たり前の様に登下校を一緒にする約束をしていて、勉強の相談をしたり遊びに行く約束をしたり。

 カラオケに出かける事になった時は、今だから言うけれど舞い上がる様な気持ちになった。


 そうしてわたしは、牧村くんに告白されたんだ。

 楽しい時間を一緒に過ごして、いっぱい歌って少し休憩しているそのタイミングで。

 視線が交差した時には彼も緊張しているのが伝わって来て……


「かなえちゃんの事が好きです」


 そう言われた時のわたしは、きっと呆けた顔をしていたと思う。

 わたしも好きだよ、牧村くんのこと。そう返事を絞り出すのが精一杯で、込み上げてくる嬉しさをごまかすのが大変だった。

 下の名前で呼ばれた時から、もしかしたらそうなのかも知れないって予感はあったのだけれど。

 ぬか喜びしてあとでガッカリしたくないから、あまり先走って考えない様にしていたんだ。


 それからすぐにあけみへ報告メールをしたのだけれども、反応はイマイチだった。

 ある意味でこうなる事を想像するのは難しくなかったのだとか。けど、このタイミングで牧村くんが告白をしてきたのは予想外だったみたいだ。


『だってあいつヘタレそうじゃん?』


 そんな失礼な事をあけみは言っていたけれど、牧村くんはあけみが思っているよりずっと男らしいひとだから。

 気配りもできるし、いつも優しく見守ってくれるし。何かとわたしの事をリードしてくれるんだよ?

 ちょっと制服オタクなところがあるけれども……


 そんなここ最近の事を思い出して鏡の前でニヤニヤしていたら、突然ブルリと携帯電話が震えてわたしはてきめんに驚いてしまう。

 牧村くんからの電話だ。急いで緩んだ顔に気合いを入れて通話ボタンを押してみる。

 今日はどんなことをして過ごしてたの? と、優しい声で彼が質問した。


「今ちょうど明日着ていく服を選んでいたところだよ。制服以外だと牧村くんはどんな服が好きかなぁ?」

『え。別に俺そんなに制服は好きじゃないけど……』


 電話口でてきめんに焦る彼の声にわたしは苦笑した。

 無理に隠さなくても彼が制服好きな事はもう知っているからいいのに。

 明日の映画が楽しみだね、牧村くんっ!

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