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華原かなえの回想 前

 誰かを好きになる事を明確に意識したのは、牧村くんがはじめてだったかも知れない。

 気が付けばいつも牧村くんの事を見ていたのは事実だし、そんな彼がはにかみ笑を浮かべながら見返して来た時には心臓が止まりそうになった事もある。


 告白された時なんて、胸の奥がきゅうっと苦しくなるほど切なく嬉しかった。

 好きだと思っていたのは、わたしだけの事じゃなかったのだと知って。


「男の子と映画に行くのって、考えてみたらはじめてだよ。どんな格好して行ったらいいのかな」


 週末のお出かけを前にしてクロゼットの中を見比べた。

 少し暖かくなってきたけれど、そのせいで施設の中では冷房がかかりはじめている。

 映画館はやっぱり空調がきつくて少し寒いかも知れない。

 まだサマーセーターを着るのは早いだろうか。


 こんな風にギリギリになって慌てる事になるのなら、あけみとショッピングに出かけていればよかった。

 でもそうしたら、明日のデートで使える予算が限られてしまうからそれも難しい。


「うーん、牧村くんはどんなファッションが好きなんだろう……」


 先ほども確認したばかりだというのに、気が付けばわたしは携帯電話を開いてメールボックスを確認していた。


 朝目が覚めれば「おはよう」のメールを送信し、いつもの待ち合わせ場所で合流する。

 学校でも、教室でふと視線を感じたと思って振り返れば、彼の笑いかける姿が視界に飛び込んでくる。

 放課後は一緒に部活動をやって、下校の時は自転車で時々寄り道をしながらお家へ帰る。

 宿題を一緒にやったり勉強でわからないところを相談したり。

 今では休みの日も「なにしてた?」なんてメールが飛んできて、わたしは「牧村くんの事を考えてたよ」なんて返信を飛ばしたりするのだ。

 もちろん「おやすみなさい」のメールは告白をしてから欠かした事がない。

 でもまだ告白されたあの日を除いて「好き」という言葉を改まって口にした事は無かった。

 今でもまだ信じられなくて、気恥ずかしさから口にするのを躊躇しているわたしがいる。


 そんな牧村くんの存在を意識したのは、入学して少したってからの事だった。

 もともと中学は別々だったし、一年の時は教室も違ったから、その時点でわたしたちはお互いに接点が無かった。

 しばらくして部活動の合同説明会があった後、入部勧誘のチラシを配っていた牧村くんに呼び止められたのが、最初に彼と話した一番古い記憶だ。

 はじめは先輩なのかと思ったけれども、何でも入学してすぐに菊池先輩に勧誘されて入部してしまったらしい。


「俺も放送部に入ってみて知ったんだけど、案外楽しい場所だよ。よかったら一緒にやらない?」


 運動は得意な方じゃないから、体育会系に入部する事は考えていなかった。

 高校で最初に仲良くなったあけみからは軽音部へ一緒に入らないかと誘われていたけれど、器用な方じゃないから楽器は演奏できないと思って、それもお断りした。

 今までまあり部活や習い事をやった事が無かったわたしは、お母さんにも高校でぐらい何かやってみたらどうかと言われていた。

 ちょうどそんな折に牧村くんから熱心に勧誘されて、それじゃあ仮入部からでよければと返事をしたのが、その後親しくなっていくキッカケになったんだと思う。


 放送部がいったいどんな活動をしているのか、まるで想像がつかなかったわたしだ。

 聞けば毎日の朝礼の準備をしたり、登校時間やお昼休みに音楽を流したり。

 体育祭や球技大会、それに学園祭などで館内放送を担当するのも放送部の主だった活動なのだとか。

 他校だとスポーツ大会の放送を担当する事もあるらしいけれど、ウチの部はそこまで本格的に学外の公式行事には参加していないので、あまり難しく考える必要はないらしい。


「うちのメインはお昼休みの番組放送だそうだよ。一年の間は先輩のアシスタントをやって、二年からは自分で番組を作る事になるんだ」

「でもわたし、ミキサーなんて触ったことも無いよ……」

「大丈夫、俺も放送部に入ってからはじめて触ったから。何かわからない事があれば一緒に覚えよう」


 仮入部したての頃は、機械音痴のわたしではやっぱり無理かなと密かに諦めかけていた。

 けれど牧村くんは、そんなわたしのために一緒に遅くまで居残りして、音響機材の配線や録音の仕方を熱心に説明してくれた。

 放送部に入ったのはわたしより早かったけれど、それも十日ぐらいの違いだから誤差だと思うのに。

 牧村くんはそれぐらい熱心なんだねと感心したなあ。

 

 中でも一年生の文化祭の時の事は今でもよく覚えている。

 わたしが担当していたスピーカーがどこかで配線を間違えていて、直前まで牧村くんがチェックして修正してくれたんだ。

 大丈夫、俺が何とかするから。と、そう言った彼の事はとても頼もしく見えた。

 ギリギリで間に合った時は申し訳ない気持ちで泣きそうになっていたわたしに「お疲れさん」と彼は肩を叩いたんだけれども、あの時の事は思い出すだけでも恥ずかしいな……


 クラスにも仲良くお話しする男子はいるけれど、こんなに近い距離で話す相手はいない。

 番組収録の打合せをしている時に手が触れたときなんか、顔が真っ赤になっているのを誤魔化すのが大変だった。

 文化祭の事があってからはわたしも牧村くんの事を意識しすぎていて、気がつけば目で追いかけていた。

 そんな視線を彼は感じていたのだろうか、目が合わさると彼はある時から顔をぷいと背けてしまう様になってしまった。

 放送部の癖に、いつまでたっても音響機材の扱いを覚えないわたしに愛想をつかしてしまったのだろうか。

 嫌われてしまったのかなと思って、ショックでガッカリした時は切なかった。


 けれど、その話をあけみにしたところ笑われたんだったかな。


「牧村って誰それ? 隣のクラスのヤツ?」

「うん。同じ放送部の同級生なんだけどね……」

「ああ、あのボサっとした髪の冴えないヤツね。いやぁそれはないんじゃないかなあ。だって、目が合ったら避けられるんでしょ?」

「そうなんだけど」


 帰りの電車の中で人目も気にせず大笑いされた時はムっとした気持ちになったけれど、笑うだけ笑ったあけみに提案をされて、わたしは絶句してしまった。


「それなら試しに今度、チョコ渡してみなよ」

「チョコ?」

「そうチョコ。バレンタイン、もうすぐでしょ? あたしはバンドの仲間に配る予定だけど、あんたも渡したらいいじゃん。それでアイツの反応を見れば一目瞭然だけど、それとも誰か他に渡す予定とかあった?」

「ううん、お父さんに渡すくらいかな」


 女の子同士でバンドを組んでいるあけみは、バンドメンバーと友チョコの交換をする予定らしい。

 何となく牧村くんから避けられている様な気がしていたわたしは、はなから諦め気分だったのでチョコを渡す事を思いつきもしなかった。

 これ以上嫌われたら、放送部を続けるのがしんどくなってしまう。

 菊池先輩は優しい方だし、川上先輩や瀧脇先輩はとてもよくしてくださるので、今更牧村くんの事があっても部活をやめる事はないけれど……


「てかアイツ、見るからにモテなさそうな感じだから、かなえにチョコもらったら有頂天で喜ぶと思うんだよね」

「ちょっとあけみ、さっきから牧村くんに対して酷いよっ。彼すごくいいひとなのに!」

「いいひとなのはかなえに対してだけでしょ? この前廊下でぶつかった時とか、めっちゃ睨み返されたんですけどあたし」

「そ、そうなんだ……」


 バレンタインチョコかあ。

 クラスの男子とかに配り出すとキリがないので今年はしないつもりでいたんだけど。

 地元駅に到着した電車から降りる時、あけみに背中を押されてわたしはチョコを渡す決心をした。


「大丈夫だって。アイツ絶対に喜ぶから。手作りわたしなさいよねっ」


 あけみに勧められるまま手作りチョコに挑戦してみる事にしたのだけれども。

 バレンタインの当日、牧村くんは風邪で学校をお休みしていた。


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