2 帰り道を一緒に歩くだけのミッション
高校時代に憧れていたシチュエーションがあった。
女の子と約束して、一緒に帰る事だ!
それが意外な形であっさりと成就しようとしている。
「何でも言ってみるもんだな。しかもあっさりOKが貰えるとは」
かなえちゃんが職員室へ部室の鍵を返しに行っている間、俺は先回りして駐輪場に向かった。
見覚えのあるこの自転車で、三年間いつも通学していたんだよな。
すでに粗大ごみに出してしまったコイツと、残りの高校生活をふたたび送るわけか。
何だか感慨深い気持ちになる。
パっとしなかった俺の高校生活をもう一度やり直す。
結局、かなえちゃんとも部活の三年間で偶然以外で一緒に帰った事もなかったしな。
だが今ならそうじゃない。
大人になった今の俺は社交辞令も多少は身に付けているし、気軽に軽口を叩ける様になっていた。
アラサーになっても落ち着きがないと職場の同僚に言わた事もあったけど、今は高校生なのでそれも気にする必要が無かった。
高校時代に戻って、もう一度「あの頃のかなえちゃん」を見たら、今度こそやり直してやるという気持ちが強まっていくのが分かった。
通用門の外に出てしばらく待っていると、かなえちゃんが小走りに駆け寄ってくるのが見える。
やっぱ、かなえちゃんかわいい!
「牧村くんお待たせっ」
「いや、今来たところだから」
まるで付き合い始めたばかり恋人みたいな返事を口にすると、彼女はおやっという顔をした。
高校時代には絶対にできなかった切り返しだが、俺も無駄に齢を食ったわけじゃないしな。
恋愛経験が乏しくても、職場の女性と日常会話をするぐらいの耐性は身に着けている!
「あっ、荷物預かろうか」
「じゃあお願いしようかな。何だか今日の牧村くん、優しいねー?」
「い、いつも通りだと思うぞ!」
やべえ、中身がいっきに老けた事がバレるところだった。
自転車の前かごにかなえちゃんのスクールバッグを入れながら、あわてて言い訳をした。
少し距離感を考えた方がいいかも知れないぜ……
「わたしもさ。電車の待ち時間とか考えると、自転車通学の方がいいかなってたまに思うんだけど」
「それじゃかなえちゃんも、自転車通学にかえればいいのに」
「でもほら、雨が降ると大変なんだよねー。自転車だと」
お互い家の方角は一緒なのだが、かなえちゃんは駅前の徒歩数分圏内にあるマンションに住んでいたから、三年間電車通学だったはずだ。
一方の俺は駅からだいぶ離れているので、駅までの時間と電車の待ち時間を考えると自転車の方が早い。
「それに荷物濡れたりすると大変じゃない」
「この鞄は防水加工されてるから、ある程度は中身も濡れないんだぜ」
「そうなの?」
「この前、ノートパソコン入れて実際に使ってみたんだけど、ぜんぜん大丈夫だったもんなあ」
うちの会社では客先を営業周りをする時に、デモンストレーションを兼ねてスクールバッグを使う事があるんだよな。
実際ヘロヘロのポリエステル素材に見えて案外丈夫で防水性もある。
しかも一般的なビジネスバッグよりも収容力が備わっていて、さすが学校用だと感心した事があるぐらいだ。
教科書や参考書をたくさん放り込んでも収められる設計になっているわけである。
「ちなみに最近はこのタイプよりも、リュックタイプの方が売上がいいんだよな。買い替え時かもしれないね」
「……そうなんだ?」
「バカみたいに売れるからウチも在庫切らしちゃってさあ。年末には発注しておかないと繁忙期には間に合わないんだよね、これが……」
「…………?」
しまった、かなえちゃんが不審な眼で俺の顔を覗き込んでいる!
何で男子高生が営業スマイルで制服屋トークをおっ広げてるんだよ。
学校から駅まで数百メートルしかない。貴重な時間を使ってなんて無駄な会話しているんだ俺は!
「まあでも?! 鞄の中身は濡れなくても人間は濡れるしな! かなえちゃんは駅前に住んでいるから、自転車より電車通学の方が便利だよね。学校から駅までの道のりも商店街はアーケードだしな!!」
「う、うん。ほとんど濡れずに通えるからねっ」
強引に話題を反らすと、かなえちゃんは曖昧な表情を浮かべて返事をした。
けれども、不思議そうな顔をしながらも彼女はこんな言葉を続ける。
「じゃあさ。晴れている日は、わたしも自転車通学にしよっかな」
「?」
「そうしたら、牧村くんとも長く一緒に帰れるもんねー」
「え、それって……」
どういう意図でそんな言葉を口にしたんだろうか。
彼女がニッコリと邪気のない顔をしてそんな事を言うもんだから、俺はしばしのあいだ見惚れてしまった。
「ま、牧村くん前! おじさんにぶつかるよっ」
「うわっと、やべえ。すいません!!」
駅へと向かうアーケードの中。
俺はあわてて自転車を避けようとして、ズッコケそうになった。
そうなんだよ。
むかしからかなえちゃんは、誰にでもわけへだてなく気さくな性格だった。
俺なんかにも積極的に絡んできてくれたものだから、彼女の事ばかり見ていたんだよな、気が付けば。
高校三年の時もクラスが一緒だったから、教室でもよく雑談していた。
けど何もなかったんだよそこから先が!
俺が臆病だったから、一歩が踏み出せなかった!
だが今は違うぜ……
やり過ぎない様に距離を測りながら、もう一歩踏み出す。
「自転車通学の申請するなら、明日の放課後付き合うよ」
「んーそうだねぇ。じゃあお母さんに相談してみようかなあ、自転車はあるから」
よし!
定期券が無駄になるからと拒否されるかとも思ったが、上手くいった。
あっという間に学校から駅までの道のりは終わってしまったが、今回は十分な収穫があった。
「じゃあまた明日」
「牧村くんも気を付けてねーっ」
笑顔で手を振ったかなえちゃんを改札前で見送って。
彼女の姿が見えなくなったところで、俺は密かにガッツポーズを取った。
さようならむかしの俺。
こんにちは新しい俺。
「これだよ、これがやりたかったんだよ俺は!」