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28 電車通学の楽しみ方

 告白をした後に生活が劇的に変化をしたかと言えば、そうじゃない。

 あたり前の様に学校は毎日あるし、部活や勉強も当然しなくちゃならないからやる事は今まで通りだ。

 ただ少しだけ、お互いの距離感が変わった事だろうか。


「なんかこの時間にホームに並ぶの、凄く新鮮だな」

「うふふ、そう?」

「いつもどこから電車に乗り込んでるの?」

「自動販売機の前辺りかな。そこで乗り込むと、改札口のすぐ前に降りられるから」

「おっけー。じゃあそこから乗ろうか」


 社会人時代は始業時間が遅かったので、モロに通勤ラッシュに巻き込まれる事は無かった。

 してみると、午前七時前の地元駅がこんなにも混雑している事を失念していた。

 横に並んだかなえちゃんは、毎日この電車で学校の最寄り駅まで通っていたのか。雨の時にたまに利用するならともかくとして、これがずっと続くのかと思えばゲンナリするぜ……


「でもほら、三駅だけの事だからそんなにしんどくないよっ」

「逆にそれだと、電車の中で勉強とかする暇はないよな」

「うん、あんまり参考書とか広げられるスペースも無いからね。単語帳のチェックとか、あけみと雑談してたらあっと言う間に着くよ」

「そうか、今までは芹沢さんと一緒に通学してたんだっけ?」

「一緒なのは帰りだけね。軽音部は朝練とかやってないからね」


 スクールバッグを肩に担ぎ直しながら、かなえちゃんはニッコリ笑ってそう教えてくれた。

 芹沢あけみと登校していたわけではないと知って、少し安堵した。

 見た目がちょっと派手めな、渋谷系女子高生とでも言うのだろうか。芹沢さんとバッタリ駅で遭遇したりすると、俺たちの関係を知ってからかわれるんじゃないかと想像したのだが。


「あけみはいつもギリギリに学校に滑り込みしてるから、この時間帯にはいないよ」

「そうなんだ?」

「あの子、朝弱いタイプみたいだから。その点うちの部はみんな朝早く登校するよねー」

「無駄にな、無駄に。菊池先輩なんて、朝礼は部室でサボる癖に毎日一番なんだぜ。本末転倒だろ」


 ふふっそうだね。なんて控えめに笑うかなえちゃんの表情に満足感を覚えたところで、駅の構内放送が耳に入った。

 まもなく電車がホームへやって来る。


 空模様は相変わらず灰色の雲に覆われてしとしと雨は降り続いていたけれど、何となく気分のいい朝だと思った。

 自転車だけでなく、一緒に電車通学するのはこれがはじめてでやはり新鮮な感覚だ。

 劇的な変化は確かにないけれども、少しずつあたらしい日常に移り変わっていく様は嬉しいに決まってるじゃないか。


「うわぁ満員電車じゃないか」

「牧村くんは苦手?」

「まあ慣れてないから、ちょっと……」


 八両編成の古びた各駅停車がホームへ滑り込んでくる。

 ドアが開くと降りる乗客はまばらで、その代わりに乗り込む人間は倍以上だ。

 先頭に並んでいた俺たちは、上手い具合にスペースを見つけて反対の降車扉横に陣取る事ができた。

 

「うへっ。中はかなり湿気が酷いな、これエアコンかかってるの?」

「どうだろうねー、ひとが多いから効いてないだけかもしれないけど。もう少し先になったら、寒いぐらいガンガンにかかってるよ」


 電車が動き出してガタンと軽く揺れると、必然的に俺はかなえちゃんと密着する事になる。

 彼女の身長は俺より目線ひとつ低い程度だから、たぶん一六〇数センチといったところだろう。

 これ以上、意図せぬ密着をしないためにモゾモゾと吊革を探った。

 オンボロの各駅停車は加速をはじめると適度に揺れやがり、俺の必死の抵抗を台無しにする様にかなえちゃんに触れさせようとするじゃないか!

 湿気のせいで変な汗は額に浮かび上がって来るし、これじゃまるでハァハァ興奮した変態みたいじゃないか。


「確かにこの込み具合じゃ勉強してる余裕ないね」

「……でも牧村くんがいるから、窮屈な電車も嫌いじゃないよ」

「えっ?」

「な、何でもないかなっ」


 かなえちゃん好き!


 だが満員電車は恐ろしい場所だ。

 下手に両手を自由にさせていると痴漢と間違われる可能性もある。

 妙なタイミングでかなえちゃんに振れる事があってはいけない。

 吐息が首筋にかかるこの密着空間は密かに幸せの楽園そのものだったが、俺たちはまだ手を繋いだことしかない程度のウブな関係なのだ。


「あ、そうだ。今度の週末、電車で街まで遊びに行く?」

「いいよ。わたしちょうど見たい映画とかあったんだ。ついでにお買い物いこっか」

「映画って、かなえちゃん普段何見てるの」

「ホラーとかかな……」


 うまくスクールバッグを前に移動させて、お互いの間に挟む様にした方がいいだろうか。

 などと考えると、オンボロ電車にブレーキがかかったらしい。

 それがかなえちゃんの着たニットに鞄を押し付けられる事になってしまい、彼女の胸元が(いびつ)に歪んだのだ。


「ま、牧村くん……?」

「ごめん、鞄が邪魔だったかな」

「ううん気にしないで」


 かなえちゃんは気にしなくても、俺は眼の前にある歪にゆがんだ胸元を凝視してしまう。

 咄嗟に吊革を掴んでいた手を離すと、降車ドアを押さえてこれ以上彼女に接近しない様に頑張った。


 ドンっ!


「……」

「…………」


 するとどうでしょう。

 これはいわゆる壁ドンというシチュエーションに早変わりしたわけである。

 俺の腕の中に、意外と着やせするタイプのかなえちゃんの体が包まれている様な態勢だ。

 しかも顔の距離が近いせいで、彼女も赤面しながら上目遣いしているのがよく観察できるではないか。

 話題を戻せっ。


「ほ、ほ、ホラー映画が好きなの?」

「怖いもの見たさってないかな。わたし独りで夜中、お布団被ってDVD見るの好きだよ。牧村くんは何が好きなのかなっ」

「ラブコメとかの恋愛もの。見終わった後に、胸がキュンキュンする切ない感じが好き」

「牧村くん意外と乙女だね、ふふっ。でもその気持ちはちょっとわかるかな」


 わたしも今、ドキドキしているよ?

 なんて耳元に吐息のかかる距離でささやかれたものだから、俺の鼓動は爆発寸前まで加速した。


「じゃあ週末。恋愛映画、見に行こっか」

「おっけー。でもその前に中間テストの返却がはじまるんだよなぁ」

「平均点、どっちが上か勝負する?」

「いや絶対に俺が負けるし」


 三駅ばかりの短い電車通学の時間を追えて、俺たちは学校から最寄りの駅に到着した。

 告白した事で生活に劇的な変化はまだ訪れていないけれど、少なくとも俺たちの心の距離感は大きく変わった。

 まだ登校する生徒がまばらなのをいい事に、学校に続くアーケードを肩の触れ合う距離で歩いている。

 さすがに手を繋ぐ勇気はなかったけれど、ちょっとだけそれも意識した。


「そう言えば『君の肝臓が食べ放題』という映画がよかったって、あけみに聞いたよ。原作の小説もすごく泣ける物語で、見終わった後は焼肉が食べたくなるんだって」

「あ、俺もその映画知ってる。五〇万部の大ヒットしたやつだろ、本屋で見たわ」


 アーケードを抜けて交差点で信号を待つ間。

 降り続く梅雨時の空は憂鬱だったけれど、それも悪くない気がした。

 今度はふたりでひとつの傘なんてシチュエーションも楽しんでみたいね!!


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