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26 そうして触れた指は絡み合い、

活動報告を更新しました!

(他、前話投稿パートの後半を加筆修正しました)

「まだこれが現実だとは、にわかに信じられないぜ……」


 こんな男のどこを好きになる要素があるのだろうかと、我ながら聞いてみたい気持ちになる。

 学校では目立った存在ではなかったし、社会人になってもたいした違いはない。

 独り暮らしをはじめた当初は、手料理に凝っていた時期もあった。だがそもそも振舞う相手がいないので寂しくなって誰にもその事は言っていないのだ。

 何か自分の好感ポイントを探してみたが、せいぜい人畜無害である事だけだろうか。


「相変わらず冴えない顔だ。だが少し自信が伺えるな……」


 鏡を見ると、そこには鼻の下を存分に伸ばしたニヤケ面の猿がいた。ウホ!

 カラオケ屋の男子トイレからそそくさと出てくると、帰り支度を済ませたかなえちゃんが入口で待っていた。


「ごめん待たせたかな?」

「ううん、わたしも今出てきたところだよ」


 予定よりも少し時間が早いけれど、緊張して間が持たせられない俺たちは場所移動する事になったのだ。

 まるで高校生染みた初々しさだと心の中で思ったが、よくよく考えれば俺たち今は高校生なので間違っちゃいない。


「それより、おトイレで何か独り言いってた? 聞こえてきたんだけど」

「気のせいじゃないかな。きっと気のせいだよ」

「えーっ、信じられないとか言ってたじゃん」


 聞こえてたんなら先に言ってくれ!

 せっかく心を落ち着かせていたところなのに、少し上気した表情で俺を見上げていたかなえちゃんはクスリと笑っていた。


「でも、まだ信じられない気持ちなのはわたしもだよ」

「え、そうなの」

「だって。急に牧村くんがわたしの事、下の名前で呼び出したりするから。もしかしてそうなのかな~って密かに思ってたんだけど……」

「もしかしてって?」

「意地悪っ。牧村くんもわたしの事を見てくれてるのかなって。でもほら、勘違いだったらすごく恥ずかしいじゃん。だから怖くてわたしからは確かめられなかった」


 清算を済ませに受付へ歩き出すと、肩でかなえちゃんが軽くポンと触れてきた。

 やっぱり俺が彼女の事をかなえちゃんと下の名前で呼びだしたのは、もっと後のタイミングだったのか。

 けれどもそれが、どうやら彼女の意識を加速させたらしい。結果オーライだ!

 

「それと前はもっと、よそよそしい時期があったでしょ牧村くん。だからちょっと嫌われたのかなとか思ってた」

「いやそんな事は全然無いよ! ……ただ気持ちを伝える勇気が無くて、どう接していいかわからなかっただけだから」

「うん。今なら何となくわかるよ」


 臆病だった当時の俺は、彼女を見ているだけで満足していたからな。

 人生も二度目となればそれで満足できるはずがない。しかもようやく想いを伝えたところで俺は交通事故に合ってリセットになってしまったのだから。


「やっぱり告白するって覚悟がいるじゃん? 俺も嫌われてたらどうしようって、今日ずっとドキドキしっぱなしだったから」

「じゃあ、今日は覚悟してくれたんだねぇ?」

「そ、そういう事かな」


 照れ隠しにぶっきら棒な言葉でそう言って、カウンターで清算を済ませる。

 高校生だから仕方がないが、お会計はふたりで割り勘だ。

 小銭の単位まで合わせる必要があるのかと思ったが窘められた。


「今後の事もあるから、そういうところはしっかりしないとねっ」

「ウン……」


 職場の後輩だったりすれば奢るのが当たり前になっていたけれど、この辺りの感覚はひとによって違うからな。それに、かなえちゃんは後輩ではなくて同級生だ。

 彼女の口にした「今後の事」というフレーズが妙に心地よくて、告白だけじゃなくこの先に未来が続いているんだと予感する。


「わたしはね、牧村くんが放送部に誘ってくれたことが嬉しかったんだ」

「一年の時か?」

「そうだよー。部活どこにしようか迷ってたし、あんまり運動神経もいい方じゃないから体育会系はしんどいなあって思ってたの」


 帰りのエレベータを待ちながら、並んだかなえちゃんがそんな事を言った。


「お母さんは高校ぐらい部活やったら? って言ってたんだけど、そのタイミングで誘われたから」

「俺は入学してすぐに菊池先輩に勧誘で捕まえられたからな。新入生が他にも欲しくて、必死だったんだ」

「えーっそれだけでわたしに放送部のビラを渡したの?!」


 懐かしい当時の思い出をふたりで答え合わせする。

 エレベーターが到着して乗り込むと、行きの時よりもお互いの距離はさらに縮まった気がした。

 今はもう互いの指が触れそうな距離感で、ふたたび高鳴りはじめる鼓動にドギマギする。


「わたしの苦手な機材の事とか色々教えてくれたでしょう。一緒に居残りしたりしてくれたし」

「まあ一年は俺とかなえちゃんしかいなかったから、多少はね」

「でも急に下の名前で呼ばれた時は、ドキリとしたんだよ?」


 気が付けばかなえちゃんの指先が俺に振れていた。

 そうして互いに顔を見合わせて、おっかなビックリその指を絡めてみる。


「俺も今すごくドキドキしてる」

「うん……」


 嘘でも夢でもない。

 おっさんになった俺が二度目の高校生活を通して、初恋の相手に告白をしたその結果。

 ちゃんと絡み合った指先に温もりが感じられて、かなえちゃんが俺を見上げている。

 少しだけ大胆なお互いの行動に照れて、揃ってはにかんだ笑いを浮かべたところで、不意にエレベーターは二階で止まった。

 チーンとベルが鳴って扉が開いたその先には、


「あれ? 牧村と華原さんがどうしてここにいるの?」

「……げっ」

「か、川上先輩こんにちはっ」


 放送部の三人の先輩がこちら凝視していたのだ。

 川上先輩は驚いた顔で、菊池先輩は呆れた表情だ。

 瀧脇先輩だけは無表情に視線を外していたけれど、見てないぞというポーズは今さら何ら意味がない。


「てか何、あんたらふたりとも付き合ってたの?」

「手を繋いでいるの見りゃわかるだろ。デート中に邪魔してやるな」

「マジで? マジだ!」


 言葉にして指摘されるとこれほど気恥ずかしい事はない。

 俺もかなえちゃんもあわてて絡まった指を外してエレベーターの脇に寄ったけれど、後の祭りだ。


「せ、先輩たちはボーリングに来てたんですか?」

「そうよー。あんたたちが参加しなかったから、このふたりで我慢してやったのよ」

「悪かったな我慢させて、そのわりにはお前も楽しんでたじゃないか」

「たまのストレス発散だからね! もう今日はストライク連発よ?」


 上機嫌な川上先輩とたしなめる瀧脇先輩に絡まれていると、その隣で菊池先輩がかなえちゃんに耳打ちをしていた。


「……何だよ。華原さんたちが駅の近くでデートするのかと思って、わざわざ離れた場所に来たのに」

「わ、わたしもここなら駅から離れているから誰もいないかなと思って、こっちにしたんですっ」

「このタイミングで顔合わせるとか間が悪かったな」

「……恥ずかしいところ見られちゃいましたっ」


 俺とかなえちゃんが顔を見合わせて、バツの悪い顔をした。


 しかし、こんなに早く部活のみんなに目撃されてしまうとは思いもしなかったぜ。

 大学時代の事だが、彼女と同棲していた友達がスーパーで手を繋いで買い物をしていたところに、バッタリ遭遇した事があった。

 今の菊池先輩たちはまさにその時の俺の気分だろう。


「俺たちはこれから帰るから、お前らは楽しんでくれ。また来週な」

「えーっ、みんなでファミレスかどこか行ってだべろうよー?」

「お前は少し遠慮というのを覚えた方がいいぞ、川上」


 三者三様の反応をした先輩たちと、施設のエントランスホールで別れる。

 さり気なくふたりきりにしてくれようとする菊池先輩の気遣いに感謝をしていると、ふと俺たちふたりに近寄って来て最後に余計な事を耳打ちしやがった。


「……それと、これでもう牧村はギャルゲーから卒業だな。おめでとう!」

「うるさいよ! いまここでその話する必要ないですよね先輩?!」

「ごめんわざと」

「ちょ?!」

「だからさ、選択には失敗するなよ?」


 声の大きなオタク先輩はゲラゲラとひと笑すると、三年の同級生たちのところに退散していった。

 けれどもそれが菊池先輩なりのエールだってのはわかってる。

 恋愛ゲームは選択に失敗してもやり直せるが、現実はそうもいかないのだから。


「牧村くんギャルゲー好きなの?」

「いいえ特に。強いて言えばかなえちゃんの方が好きかなっ」

「もうっ……」


 二度目の高校生活という遠回りをしたぶん、これから先の選択は間違えないようにしたい。

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