25 よかった
運ばれてきたミラノ風料理を、取り皿に小分けにしたり直接シェアしたり。
一時間足らずを俺のどうでもいいトークでにぎやかした後に、いよいよ本命のカラオケだ。
「牧村くんは、いつもどんな歌うたうのかなっ」
「んー最近だとドラマの主題歌とか? やっぱり耳にする機会が多いと好きになるじゃん」
「そうだよね、放送で流した曲なんかは、それがキッカケで好きになる事あるよね」
ただこはこれで問題があって、考えてみると誰かと被る率が非常に高かった。
実はカラオケに誘ってみたものの、普段からしょっちゅう足を運んでいたわけではないので持ち歌が少ないのである。
社会人になってからは、職場の呑み会の流れで行くぐらいだったしな……
「後はボカロの曲かな、好きで家ではよく聞いてるよ。案外歌詞がよかったりしない?」
「するするー」
「あとタダで視聴できるし、動画サイトでエンドレスループしてるわ」
「わたしはお気に入りの歌手とか、普段聞いている曲を歌うかな」
そんな会話を挟みながら、階下のカラオケ屋まで階段で降りて受付に移動。
三時間コースを選択して、指定された部屋まで俺たちは並んで向かった。
途中、ドリンクバーで調子に乗ってジュースを混ぜたところ、かなえちゃんにお叱りを受けてしまった。
「駄目だよ牧村くん。それ、責任もってちゃんと飲まないと」
「は、はいっ」
めっ、と叱りつける彼女の姿がちょっとかわいかったので、返事はつい曖昧なものになる。
そうして部屋まで到着して、さっそくかなえちゃんは選曲をはじめた。
お先にどうぞと勧めてみると、俺たちが高校時代に一躍有名になった歌姫の曲をチョイスする。
部活のみんなでカラオケに来た事は度々あったが、ふたりきりとなればもちろんはじめての事だ。
リラックスした様にL字シートの奥の席に座った彼女が、モニタの歌詞を追いかけながら熱唱する様をしばし見惚れてしう。
決してずば抜けた歌唱力ではない。
けれど、普段の涼やかな声とは打って変わって熱のこもった歌声は新鮮だ。
たまらず曲の終わりに手を叩いてみれば、彼女は途端にいつもの愛らしい表情を浮かべた。
気恥ずかし気に「牧村くんもどうぞっ」とマイクを渡してくれたその顔は、暗がりにあっても俺をいつも以上にドキリとさせたのだ。
それからしばらく交互に曲を入れながら、俺たちは満足行くまで歌って発散した。
さすがに喉が疲れてきて、水分補給をしつつ休憩タイムだ。
案外むかしの曲は覚えているもので、俺も曲名リストのカタログをめくりながら、懐かしい気持ちになりつつ選曲したものだ。
楽しくなってきたものだから、そのまま勢いで絶叫しまくったぜ。
「牧村くんも、結構いろんな曲を知ってるんだねっ」
そんな俺がセルフミックスなジュースを口にしてひと息ついていると、かなえちゃんは嬉しそうに声をかけてくれた。
「何曲か自信なかったけど、思ったより歌えたから俺もビックリだよ。かなえちゃんも歌上手だったから聞き惚れちゃった」
本当は惚れ直したと言いたいところだけれども。
薄暗いルームで彼女を観察すると、今の言葉だけでも所在無げな表情で視線を泳がせていた。
「またまたっ。菊池先輩とか川上先輩みたいに歌えないし」
「でも先輩たちはオタクだからアニソン中心だからな。色んなジャンルを歌ったり聞けたりしたから今日は楽しかった。川上先輩は上手いけど、ネタに走るところあるし」
「うんそうだね」
「けどさ、」
「?」
「かなえちゃんは気持ちを込めて歌ってたから、聞いてる俺も一緒に感情移入できたよ」
「……そ、そうかな? ありがとう」
初恋とか恋愛とか、彼女のチョイスした女性歌手の歌には、いくつかそういう歌詞の曲があったのは事実だ。
考えてみれば失恋をテーマにしたものは今日歌っていなかった。
それが意図した選択だったのか、それとも何も考えずにチョイスしたのかまではわからない。
空になった安っぽいグラスを両手で握りしめていた彼女は、それをモジモジしながら俺を上目遣いでチラ見して来た。
愛らしいその仕草は、戸惑った時にする彼女の癖だろう。
でもその戸惑いは否定的な雰囲気は流れていない気がして、同窓会の夜に見せた表情を想起させた。
「「…………」」
何処かの部屋から漏れ聞こえる曲は、男性の熱唱するラブソングだった。
おあつらえ向きの雰囲気に、今が告白するチャンスだと自分に言い聞かせる。
予定ではカラオケの後に帰り道でなんて思っていたけれど、後回しにして後悔する様なことは二度目の高校生活にあってはならない。
今度こそと決意を持ってかなえちゃんの表情をじっと見返すと、緊張した彼女もこちらを見返してくるのだ。
「ど、どうしたの牧村くん」
「今日はちゃんとカラオケ来れてよかった」
「わたしも、だよ?」
むかしの高校時代なら、誘うどころか声をかけるのも臆病になって躊躇していたぐらいだ。
それが断られもせず会話も当たり前の様にできて、今も眼の前にかなえちゃんがこちらを見ているなんて驚きだ。
同窓会の夜、かなえちゃんは「今さらそういう事を言うかなぁ」なんて零していた。
そういう事は十年前に教えてよと言われた時は、まったくその通りだと思ったものだ。
体感にすればほんの十日程度前の事だから、今も鮮明にその言葉は脳裏に刻まれているぜ。
「また一緒に遊びに行きたいねっ。まだ時間残ってるから気が早いけど……」
「そうだね。今度は別の場所にも色々と行ってみたい。けどその前にさ、少しだけ真面目な話いいかな」
「うん。ど、どうぞ?」
大きく深呼吸をして居住まいを改めると、同じ様に緊張した彼女が息を呑むのがわかった。
今さら気の利いた言葉は思いつかない。だから勢いに任せて言葉を口から紡ぐ。
「……かなえちゃん」
「は、はい!」
「俺、かなえちゃんの事が好きです。ずっとむかしから大好きでした」
少し大げさな言葉かもしれないけれど、ずっと伝えたい気持ちだったのは嘘ではない。
その気持ち、本当は十何年前の高校生活の時に伝えたかった言葉だけれど、二度目の高校生活でようやく伝えられた。
意を決した俺の言葉に彼女がどんな反応をするのか、今はそれだけが不安だった。
決して悪い雰囲気じゃなかったし、彼女も楽しそうにしていたのは事実だ。
そんな風に思っていたところで、意外な反応が返って来る。
「よかった」
「?」
「好きだと思っていたのは、わたしだけじゃなかったんだねっ……」
もしかしたら今、俺はものすごく間抜けな顔をしているかも知れない。
その返事にニヤけているのか、あるいは驚いているのか、何れにしてもそんな感情がない交ぜになっていただろう俺の顔を見たかなえちゃんは、今までに見たことがない様な安堵の表情を浮かべて、
「わたしも好きだよ、牧村くんのこと」
はにかんだ笑みでそう続けたんだ。