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24 心地よい気恥ずかしさを楽しむだけのミッション

 ホームルームが終わると胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 そのまま何気ない感じで、いつも通りを装いながらふたりで駐輪場に向かう。

 金沢は今日から部活再開とかですぐに教室から姿を消してしまったし、誰も俺たちの事なんか気にしちゃいないはず。

 何気ない会話を挟みながら自転車を走らせ、いつもとは違う方角に俺たちは向かったのだ。


 アミューズメント複合施設の場所は、学校前にある交差点を右折して広い公園を抜けた先にある。

 自治体の体育館や運動場、幼稚園などを脇に見やりながら河川敷の遊歩道に沿って抜けた先に、施設の屋上からニョキリと付き出したボーリーングピンのランドタワーが視界に飛び込んで来た。


「ここに来るのも久しぶりだよなぁ」


 たぶん体感で十数年近くは訪れていなかった場所だ。

 横断歩道を挟んで大通りの向こう側に見える施設を見上げながらそんな事を俺が口にすると、側らのかなえちゃんがニッコリ微笑を浮かべながら俺に返事をする。


「あーそう言えば。卒業した先輩たちと来たのが最後だから、もう三か月前になるんだよね?」

「もうそんなになるのか」

「うん。あの時は、川上先輩が大はしゃぎで大変だったよねぇ。後は焼肉屋さんで先輩気分悪くなったりして」

「あったあった。食べ過ぎなんだよ川上先輩は、無理して食べれないのにお皿一杯に盛るから」

「ふふっ。でも川上先輩らしいと言えば、らしいよね」


 俺にとっては十余年前の出来事だけれど、かなえちゃんにとってここに来るのはほんの三か月振りの話だ。

 高校を卒業してしまうと、家から反対方向にあるアミューズメント複合施設はちょっと遠い場所で、結局それ以来になっていた。

 ふたりの間にある「久しぶり」はそんな次第で意味に齟齬があったけれど、不思議と会話は成立しているから面白い。


「去年の先輩は一杯いたからね。みんな一気に卒業しちゃって、川上先輩も寂しかったんだと思うよ」

「あのひとは賑やかなのが大好きなタイプだからな。逆に瀧脇先輩は男泣きしていたし、菊池先輩なんかいつも通りだったもんな追い出しパーティーの時も」

「そう考えると、今年の三年生の先輩はみんな個性があるよねーっ」


 青信号になって自転車を押しながら、俺たちは会話を続けた。

 今日だってそれぞれ違った反応を見せていた三年の先輩たちの話をしながら、横断歩道を渡ると自転車置き場に向かって、施設のエレベーター前に来た。


「お昼ごはんどうする?」

「カラオケは後にして、先に何か食べようか」

「そうだねー。ここってファミレスとバーガー屋さんが入ってたんだっけ?」

「パスタの安いお店だよね。そこにする?」

「うんわかった。カラオケ屋さんで注文すると、ちょっと高いもんねっ」


 他愛ない会話をしながらエレベーターを降りてくるのを待つ。

 乗り込んでみると、他のお客さんも入って来て少しエレベーターの中は窮屈になった。

 自然とお互いの距離が狭まって、合服のニットセーターを着た彼女と俺の体が密着する格好になった。


「……」

「…………」


 二階にボーリング場の受付があって四階にはダーツのできる漫画喫茶や喫茶店、六階がカラオケ屋の受付。

 俺たちはそのまま最上階の食事エリアまで昇る事になるが、途中で他のお客さんたちが下りるまでの間、無言の時間が続いた。


 時刻は平日の正午過ぎだ。

 暇をしている主婦友らしい数人や学生っぽいひとたちがいる他に姿は見えない。

 ふたりだけがエレベーターに残されると、急にお互いを意識してしまう空間が出来上がりだ。

 どちらも俯いていたけれど、チラチラと顔を確認する。

 ついでにふたりだけの空間になっても、互いの服は触れ合う程の距離のままだった。

 チーンと食事エリアへ到着するベルが鳴ると、心地の良い気恥ずかしさのまま俺たちは外に出る。


 ミラノ風を謳うファミレスに入店すると、店員に案内されるままテーブル席に向かった。

 奥の席をかなえちゃんに勧めながら、メニュー表を開いて彼女の席に差し出した。


「何にしよっかなぁ……牧村くんはどうする?」

「俺はペンネアラビアータとこのほうれん草のサラダ、あとドリンクバーで」

「えっ、もう決めたんだ?!」

「外食する時はいつもここだったからね、次はこれ食べようってだいたい決めてるんだ」

「へーそうなんだ。じゃあ、ご家族とよく来るの?」

「そ、そんな感じ」


 少し驚いた顔をしながら小首を傾げて質問されると、俺は曖昧に返事をした。

 よく来ていたのは営業周りや事業所挨拶をしていた社会人モードの時で、それは高校時代ではない。

 つい油断すると過去と今が曖昧になって、余計な事を口走ってしまうのは相変わらず悪い癖だ。


「じゃあ何かお進めはある?」

「ここの日替わりランチは結構安くて美味しいから悪くないよ。それか、単品でシェアする?」

「あーそれもいいかも、じゃあわたしと半分こしようかっ。これとこれが気になったんだよねー」


 かなえちゃんは俺の提案したシェアに興味をひかれたらしく、メニューのいくつかを指さしながら楽しそうに思案していた。

 けれども、何とか妙なボロを出さずに済んだと内心で息を呑み込んだところで。

 ふとかなえちゃんが俺に向き直って、こんな事を口にしたのである。


「牧村くんって、すごく大人だよね」

「へ? どうして……」

「さり気なくテーブルの奥の席にリードしてくれたり、メニュー表を開いて先に見せてくれたり」

「そっそうかな」

「何だろう、マニュアルとか読んで勉強してきました! って感じじゃなくて自然だったから、わたし驚いちゃった」

「……」


 いや、社会人モードで何気なくそうしただけなんだけど。

 それが好感に繋がったのならいい事です。かえってやり過ぎだと思われたら大失敗です。

 恐る恐る彼女の顔を見やれば、


「わたし、あんまりこういう場所に来た事ないからさ」

「友達とも?」

「んー、あけみと来るぐらいかな? あけみも部活忙しいから、最近あんまり一緒に出掛けてないかも」

「ファミレスなんて、何回か通ってれば慣れるよ。むしろ俺はシアトル系のコーヒーショップとかの方が苦手かな」

「スター何とか、とか?」

「それ系それ系っ」


 笑って返事をしたら、彼女も笑い返してくれた。

 少しの間メニューと睨めっこしていたかなえちゃんだけれど、「よし決めたッ」と俺に向き直ったのを見て、呼び出すボタンを押す。

 店員さんに俺とかなえちゃんの注文を伝えていると、何やら俺の顔を眺めていた彼女が独り言を口にした様だった。


「……うん。やっぱり牧村くん、ここ最近変わった気がする。それともわたしが変わったのかな」

「ん、どうした? 注文間違ってたかな」

「なっ何でも無いよ牧村くんっ。わたしもドリンクバーお願いします!」


 珍しくあわててみせたかなえちゃんが、妙にわざとらしく視線を宙に泳がせていた。

 そういうところもかわいいね!

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