23 これはイケるんじゃね?
さて、最終日となった中間考査である。
頭の中が真っ白になる様なことは無かったし、はなからわからない問題は思い出し様も無かったけれど、それ以外は答えが何とか解けた。
各科目とも今のところは何とかまずまずの感触といったところだった。
数学は、まあ受験に関係ないし、ほどほどにね……
席が近いお調子者の金沢なんかは、試験開始三〇分が経過したら即座に答案を提出して教室から逃げ出していた。
あれはサクサク解答したと言うよりは、はなから諦めていた人間の行動に見える。
そうして最後の四時限目の解答用紙を先生に提出、廊下に出たところでかなえちゃんと顔を合わせた。
「最後の問題わかった?」
「後白河法皇だろ。川上先輩の言った通りだった、やっぱり試験に出たな」
「ホントだねー。木下先生は試験に出るところがわかりやすいって聞いてたけど、まさか出るとは思わなかったっ」
「まんま川上先輩が言ってた通りだったもんなぁ」
後で川上先輩にお礼言わないとね、なんてふたりでお喋りをしながら放送室に向かう。
むかし懐かしい感覚と言うべきだろうか。
早めに答案用紙を提出して教室を出ると、その足でいつも部室に移動して答え合わせをしたり、あるいは次の試験勉強をしたり。
他の部活の連中も、たぶん似たような事をやっているはずだ。
「でも、ようやくこれで解放された―。俺なんか一生分の勉強したみたいな気分だ!」
「確かに牧村くん、いつもより頑張ってたよね」
「でも来年は受験だから、もっと勉強しないといけないんだよな……」
「そうだねえ。進路も決めなくちゃいけないし、でもひとまずご褒美が欲しいかな。頑張ったわたしたちにご褒美っ!」
放送室に繋がる体育館ステージ脇の階段を昇りながら、かなえちゃんは振り返って俺に笑いかけた。
カラオケに行く約束、かなえちゃんも楽しみにしていたのだろうか?
軽やかな足取りで階段を昇りきって部室の扉に手をかける姿は、とても嬉しそうに見えた。
それがテストから解放された喜びばかりではないと、信じたいぜ。
「どこのお店に行こっか?」
「駅前かスポーツ施設に入っているところか、どっちかだよな」
「ゆっくりするなら駅前より、スポーツ施設の方がいいかも知れないねっ」
できればいい雰囲気でふたりきりの時間を作りたい。
などと思っていると、かなえちゃんの方からスポーツ施設に入っているカラオケ屋の方をご指名してきた。
あそこはいわゆるアミューズメント複合施設で、カラオケ以外にもボーリングやビリヤード、ダーツの他にバッティングセンターも入っていたはずだ。
「ファミレスも近くにあるから、そっちの方がいいか」
「でしょう? 駅前の喫茶店とか高そうで、ちょっと入りにくいんだよね~」
「たいして値段かわらないと思うけど、確かに長居するならファミレスの方がいいよな」
「うんそうだねー」
かなえちゃんが放送室の扉を開けると、そこには先客がすでにいた。
ポータブルの音楽プレイヤ―で曲を聴きながら、御武道さんが音楽雑誌をペラペラめくっているところだった。
不意に視線を上げた彼女が、俺たちに挨拶を飛ばしてくる。
「ん。先輩方お疲れ様です」
「おつかれー。御武道さんははじめての中間だったけど、テスト大丈夫だった?」
「まあ、想定の範囲内というか、たぶんいけたと思います。華原先輩はいかがでしたか」
「どうかなー、自信ないけど頑張ったよっ」
「先輩ならきっと大丈夫ですよ。そこを行くとミギー先輩は駄目そうですね、自信満々な顔をしていますが後で恥をかくパターンにならなければいいですね」
決めつけるんじゃねえ!
後、俺の右手に話しかけるなっ。
「ねえねえ、ミギー先輩って牧村くんのこと?」
「んっそれはですね。最近先輩の様子がおかしいので、きっと右手の寄生生物に本体を乗っ取られたに違いないと、わたしは思うわけです」
「御武道さん面白い事を言うねっ。確かに最近の牧村くんは積極的だなーって思うけど」
「そうでしょう。わたしも同意します」
どうやらふたりはヒソヒソ話をしているつもりらしいが、俺の耳にはしっかり届いている!
ジロリと御武道さんを睨みつけると、不機嫌な顔に僅かな笑みを浮かべて睨み返されてしまった。
そんな感じで試験終了の時間まで数十分を雑談しながら過ごしていると、三々五々と部員たちが集まって来た。
「テストおつかれー! お前らどうだった?」
「あんたじゃないんだから、問題なしに決まってるじゃないのっ」
「そうだな、菊池はもう少し真面目にやるべきだ」
「うるせー。次回も勉強の面倒見て下さい、よろしくおなしゃす!!」
「嫌よ。毎回付き合わされる身にもなってちょうだい……」
三年の先輩たちは中間考査終了で、つかの間の浮かれ気分だった。
普段から勉強漬けな受験生のみなさんは、こんな時ぐらいは羽目を外したいのかも知れない。
しかし問題は、ハッチャケ気味の川上先輩が妙な提案を口走った事である。
「この後、放課後どうする?」
「今日は部活無いから、ご飯でもみんなでいこうかー」
「俺は帰りに予約していたブルーレイ受け取るだけだし暇だけど。三年だけで行くのか?」」
「あんたたちは、予定どうなってるのかしら」
俺たち後輩に振り返った川上先輩が、ニコニコ顔でそう質問した。
しまった! こんな展開になる事を、まったく想像していなかった!
川上先輩は「当然来るわよね?」という顔をして俺たちの顔を見比べている。
あわててどう返事をしていいのか曖昧な顔で口をモゴモゴさせていると、かなえちゃんも微妙な表情でチラチラと俺の方を見てくる。
ここで不細工な事は出来ない。
女の子に言わせるのは、それこそ恥ずかしい話だ。
後でバレてどの道茶化される事を考えれば、さっさと言っておいた方がいい。
そう覚悟すると気持ちがいくぶんか楽になった俺は、三年の先輩たちに向き直って白状した。
「あー俺とかなえちゃんは、この後ちょっと出かける予定してました」
「そうなん? じゃあちょうどいいじゃん、一緒に合流して食事ができるねえ。みんなと過ごした方が楽しいし!」
しかし川上先輩は一筋縄ではいかない強者だった。
予想外の切り返しをして満面の笑みを浮かべると、ボーリング行くのもいいね! とか言い出す始末である。
川上先輩には後白河法皇のお礼があるが、どうしたものか……。
そんな風に次の言葉をどう口にするか思案していると。
菊池先輩が俺とかなえちゃんにアイコンタクトを送り、納得顔をした。
「川上、三年だけで行こうぜ」
「何でよ?! みんなで行った方が楽しいじゃんっ」
「いや空気読もうぜ、な?」
菊池先輩は気遣いのできる立派なひとだ。
納得がいかなさそうな顔をしていた川上先輩だけは、未練タラタラの顔で「ちぇー」と言っていたけれど、瀧脇先輩も俺たちふたりを見比べてニヤリとしていた。
めっちゃ恥ずかしいんですけど!
頑張れよっていう顔マジでやめてください。
傍らのかなえちゃんも気恥ずかしそうにシュンとしたかおをしているじゃないか。
「ご、御武道さんは一緒に行くわよね……?」
「すいません。自宅でお昼ごはんの用意があるので、今日は帰りますね」
すげなく御武道さんにもフラれた川上先輩は、みんなノリ悪いぞー! と叫んでいたけれども。
いいタイミングで試験終了のチャイムが鳴って、解散と相成った。
「何か改まるとドキドキするねっ」
「でもさ、ほら。誤魔化したら後でもっと茶化されるからなぁ」
「うんそうだね。牧村くん切り出してくれてありがとっ」
教室に戻る途中、不意にそんな事を彼女が言った。
もう完全にこれはいける雰囲気だ。
いくら鈍感で経験値の足りない俺でもわかるぞ!
「んーっ、今日は何歌おっかな?」
はにかんだかなえちゃんが思案して駆け出す姿を、俺は追いかけた。