22 中間考査
中間考査は週明けの月曜日からはじまった。
最後の大詰めだと思って土日もしっかりと復習に時間を当てた。
しんどくなった時は、かなえちゃんとメッセージのやり取りをして励まし合ったり!
その甲斐もあってか、万全とは言えないがそこそこ試験の解答はできたはず。
だと思いたい!
そして最終日の水曜。
いつもよりも少し早めに起きた俺は、リビングで今日のテストの範囲と睨めっこをしていた。
一番苦手な理数系科目の中でも特に問題の数学、こいつが最終日に残っていやがる……
「ともくん体調大丈夫? ちゃんと睡眠しっかり取った?」
「んー普通かな。いつもと同じ時間だけ寝たけど、起きたら急に不安になった」
「むかしはよく一夜漬けで勉強してたけど、今回はしなくても済んだんだね」
よしよしっ。
ソファで数学の問題集を確認していると、背後から姉がやって来て頭を撫でられてしまった。
髪型が崩れるのでやめてくれと抵抗したが、いいじゃないのと続けられてしまう。
「あーわかった! ともくん彼女さんと勉強会してたんでしょ?」
「べ、別に放課後部室でちょっとやっただけだし」
「そっかぁ、彼女さんにいいとこみせたいもんね。そりゃ勉強にも身が入るかぁ」
「まだ彼女じゃないし、勉強はちゃんと自分のために頑張ってるの!」
「理由はどうあれ、学校を頑張るのはいい事だよっ」
姉ちゃんには何を言っても無駄だ。
ニコニコしながら肩をポンと叩かれて、妙に励まされてしまった。
「今日がテストの最終日だっけ? 終わったら彼女さんとデートかなぁムフフ」
「だから彼女じゃないってば! でも、試験終わったらカラオケ行こうって約束してる……」
「やるじゃんともくん。キャーそれじゃ今夜こそお赤飯炊かないと!」
「わかったから姉ちゃん勉強の邪魔しないでくれっ。話しかけられたら数式が頭から零れ落ちる!」
今日の試験が終われば、かなえちゃんと約束していたカラオケだ。
ふたりきりでカラオケだ!
本当はオシャレなバーにふたりきり、という雰囲気で告白をしたいのだが。
それはさすがに高校生には年齢的に難しいからカラオケで我慢しなくちゃいけないのだ。
よし、最終日もご褒美のために乗り切るぞ!!
「うふふっ。頑張ってね、試験も告白もっ」
「えっ、今なんて……」
姉ちゃんどうしてそれを?!
驚いた俺がガバリとソファから振り返ると、ウィンクひとつ飛ばしながらキッチンに入っていく姉の姿が見えた。
「まるわかりだよ。そんな深刻な顔しているもんから、カラオケにデート行った流れで告白かなあって」
「ちょ、えっ。嘘でしょ?!」
「へへーん、お姉ちゃんには何でもお見通しだよっ」
「うるせえ! 行ってきます、赤飯はいらないからっ」
いたたまくなった俺は、顔を真っ赤にして問題集をスクールバッグに放り込んで家を飛び出した。
俺も社会人になってから多少は感情を顔に出さないスキルが身に付いてたと思ったが。
やはり四六時中顔を合わせてる家族には、隠し通すのが難しいのかも知れない。
かなえちゃんを迎えに自転車を走らせながら、必死にクールダウンしようと心に念じる。
「やばい太陽が眩しい。だいぶ暑くなったな……」
五月下旬に差しかかったからか、それとも俺が気恥ずかしさで火照っているからか。
額に噴き出す汗に不快感を覚えながら、通勤通学に向かうひとびとを尻目に加速した。
人生ではじめて真面目に試験勉強に取り組んだかもしれない。
むかしは勉強するのが嫌で嫌で、ついついギリギリまで現実逃避をしていた。
それで直前になってから頭の中に詰め込もうとして、テスト本番で頭が真っ白になるなんてこともあった。
大学入試の受験勉強からして、あまり無理をせず自分の手の届く範囲で妥協したぐらいだ。
だが人間は成長する生き物だからな。
一度目の高校生活に比べればずっと集中しで勉強できたのは不思議だ。
かなえちゃんに引っ張られてというのは確かにあっただろうけれど、目的がしっかりあるからなだろうかね。
むかしと同じことをやっていたのでは、未来はかわらないからな。
そんな事を想いながら駅前のロータリーに自転車を滑り込ませると、すでに到着していたかなえちゃんの姿が見えた。
熱心に手元を覗き込んでいるなあと思えば、ブルリと俺の胸元が震えた。
「あ、牧村くんおはよ。ちょうど今メール飛ばしたところだよ」
「ごめんちょっと遅刻だった?」
「ううん、先に着たよって送っただけだから」
ニッコリと笑いながら手に持っていたケータイを、彼女はニットカーディガンのポケットに仕舞い込む。
かなえちゃんの態度はいつも通りだった。
特に中間試験中だからと難しい顔をしている様子も無い、さすが上位成績者の余裕だろうか。
いや、むしろ試験の後にカラオケへ行く件。ちゃんと覚えてくれてるかな?
などと思いながらかなえちゃんの顔をチラ見していると、
「あー、もしかしてギリギリまで勉強してた?」
「いやあ、それがギリギリまで姉ちゃんに足止めされてたからかな。質問責めにされちゃって……」
「質問責め? どんな感じに?」
「いやええと、忘れた……」
さすがにかなえちゃんの事をと言うのは恥ずかしい。
そそくさと「学校行こうぜ」と声をかけて自転車を走らせ、俺はふたたび体が熱くなるのを誤魔化した。




