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21 その答えは後白河法皇です

 誰かがかなえちゃんに告白するという未来を、俺はあまり現実味を持って考える事が無かった。

 いくつか理由はあるが、ふたりの関係が傍眼に見てもすこぶる良好だと言われて、油断していたのは確かだ。


「だが現実は甘くないらしい」


 アイドル育成ゲームのキャラクターソングが流れる放課後の放送室で、俺は誰もいないのをいい事に盛大な溜息をひとつ零した。


 少なくとも御武道さんや金沢、それに生暖かい眼でいつも見守っていた菊池先輩。

 この三人は、俺とかなえちゃんの関係が変化(、、)した事を理解してた節があった。

 後輩女子の御武道さんなどは、いつ俺の中身が入れ替わったのだと非常に鋭い勘を発揮していたぐらいだ。


 もうしばらくタイミングを待っていれば、何れ確実に告白に適したタイミングが訪れるんじゃないだろうか。

 同窓会のあの時の様に、条件さえそろえば勢いに任せてヘタレの俺でも告白ができる。

 などと、むかしの俺とかわり映えの無い事をしていれば、誰かに先を越されてしまう事になるだろう。


「絶対、関係は悪くないはずなんだよな。そうじゃなきゃあんなに豪勢なお弁当なんて作って来てくれるはずがない!」


 確信を持って俺が独り言を口にしたところで、ガチャンと扉が開くくぐもった音が聞こえた。

 続いてペタペタと上履きを響かせて階段を昇る音が近づいてくる。

 授業を終えた部員の誰かが、放課後の部室に顔を出しに来たんだろう。


「おいーっす。何だ牧村ひとりか、華原さんは?」

「食堂に飲み物を買いに行っていますよ。先輩、今日は特別補習ないんすか」

「中間前の一週間は、部活と一緒で休みだぞ。それに俺は入試先を絞り込んだから、今後は補習受けなくていいからな」

「そうなんすか? 羨ましい、どこ受けるんですか」

「んー美大かな。今後は補習の代わりにデッサン教室に通う事になると思う」


 スクールバッグを折り畳み机にドサリと乗せたのは、部長の菊池先輩だった。

 先輩はさも当然という風に、俺がかなえちゃんと行動を共にしていたと思ったらしい。

 部室内に流れているキャラソンを耳にして「いいセンスだ」などと呟いた彼は、そのままロッカーの漫画を入れ替えはじめた。


「デッサン教室なんか通うんですか。本格的ですね」

「今までも通ってたんだけどな、本格的に受験対策ってわけだ」

「知らなかったそんなの」

「だって言ってなかったモン、能ある鷹は爪を隠すのさ。お、この本持って帰っていいか?」

「それもう読んだんでいいっすよ。いつもありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 古い本を持って帰り、新刊を部の福利厚生と称して置いていく。

 先輩らしいと言えばそれまでだが、微妙に部室に置きっぱなしになっている本が増え続けている。

 卒業までには倍に増える未来を俺は知っていた。


「お前らは今日も勉強会か。ふたりで勝負でもしてるのか?」

「テストの点数を賭けて? それいいですね、やってみようかな」

「絶対お前の方が負けるんじゃないのか、やめとけやめとけ」

「何でですか、俺だってかなえちゃんと同じ時間だけ勉強しているんだから、勝負はわからんですよ」

「お前それ、自分の脳みその中身を確認した後も言える?」


 失礼だな先輩!

 隣のイスに座った菊池先輩をギロリと睨み返すが、先輩はニヤニヤ顔を隠そうともせずにズイと顔を近づけてきた。


「牧村と華原さんじゃ経験効率が違うからなぁ。お前の場合は華原さんと一緒にいるのが幸せで、勉強に身が入ってないんじゃないのか」

「ぐっ図星です……」

「そんな冗談はともかくとして、わからないところがあれば俺に聞きなさい」


 ドヤ顔でそんな事を言った先輩は、広げられた問題集に視線を落とした。

 それでは試しにとプリントの一枚を示してこの問題がわからないんですがと質問をすると、


「なるほどわからん!」

「わからないのに聞きなさいとか言ったんですか……」

「べ、勉強は自分でやらないと身に付かないんだぞ牧村。精進しなさい」

「本当にわからないんですか……」


 形勢が悪くなったと感じた先輩は、背中を見せて声優雑誌で顔を隠してしまった。

 何なんだよ先輩は!

 俺が心の中で憤慨しているとガチャリと部室の扉が開いた。

 ひょっこりと顔を出したのは、売店にジュースを買いに行っていたかなえちゃんだ。


「あ、菊池先輩お疲れ様です」

「やっほーみんな。集まってる集まってる」


 その後ろから川上先輩や瀧脇先輩たちもひょっこり顔を出す。

 特に部活が無くても放課後になるとひとが集まって来るのが放送部のいいところだった。

 ゆるーい部活なのもあって、思い思いにみんなここで時間を過ごすのだ。


「おうお前らお疲れー。華原さん聞いてよ、牧村のやつがわかんない問題があるみたいだから助けてやってよ」

「わからないところですか? はい牧村くんジュース、これでよかったかな?」

「え、俺のも買ってきてくれたの? ありがとう、お金どうしよう」

「今度何か奢ってよ。それで、どこがわからないの?」


 途端に騒がしくなった部室で、みんなして俺のわからない問題をああでもないこうでもないと解きはじめる。

 俺がわからないのはさておいて、受験を控えている先輩たちもわからないってのはいかがなものか。


「確かこれは後白河法皇だったと思うよ。あんたたちの日本史の担当って木下先生だよね? 確か後白河法皇の愛人説を授業中に力説していたから、間違いないと思うわ」


 などと途中でふと思い出したらしい川上先輩が、プリントを眺めながら教えてくれた。

 その後はしばらく担当科目の教師談義に花を咲かせて、俺たちも真面目にテスト勉強へと戻った。


 かなえちゃんが買ってきてくれた紙パックのフルーツ牛乳を口にしながら、傍らに視線を向けると。

 髪の毛を耳にかけながらプリントと睨めっこしている彼女の横顔が見えた。


 気の利く女の子だと改めて思った。

 むかしの俺はよくこのフルーツ牛乳を買っていた気がする。そういうところを見ていたから「これでいいよね?」と買ってきてくれたんだろう。

 真面目に数学の問題を解いている横顔も確かにかわいいけれど、それ以上にこういう気遣いをされるとそりゃ好きになっちゃうよな。


 どうやら密かに好意を寄せているらしい同じクラスの志摩も、同じ様なところで恋の琴線に触れたのかも知れない。


 問題を先延ばしにするのはやめだ。

 告白はする。

 けどテスト期間中にするのでは、中間考査どころではなくなってしまうだろうから、それをするのはテスト明けにするとしよう。

 いきなり呼び出してやるのは、ちょっと今の俺じゃ度胸がいるかも知れない。

 何気なくふたりきりの時に自然な形でできたらいいな。


「んーっ。よし終わり! 答え合わせしないとっ」


 ぼんやりとそんな事を考えていると、両手を上げて伸びをしたかなえちゃんがこちらに向き直った。


「どうしたの牧村くん?」

「中間テスト終わったら、どっか遊びに行きたいね」

「そうだねー。頑張ったぶんやっぱりご褒美欲しいよね」


 じゃあ、と俺は小声でかなえちゃんに耳打ちした。


「カラオケでも行って思いっきり発散でもする?」


 たぶん自然にそんな提案ができたと思う。

 するとかなえちゃんは一瞬だけ部室を見回してから「いいねそれ」と俺だけに聞こえる声でニッコリ返事をした。

 菊池先輩は声優雑誌をめくって自分の世界に入っている。

 それから川上先輩はスナック菓子を食べながら瀧脇先輩とオセロをやっていた。

 この会話は誰にも聞かれていない。


 それはどう解釈したらいいんですかね?!

 ふたりきりという風に受け取ってもいいんですかね?!


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