16 最近キャラ変えた?
当たり前と言えば当たり前のことであるが、
かなえちゃんと自転車通学を始めてからの数日が過ぎると、やはりその小さな異変に気付いた人間が身近に現れた。
「牧村、お前いつから華原さんと付き合いはじめたんだ?」
最初にその事を口にしたのは、お調子者の金沢だった。
水曜日のお昼休みの事だ。
川上先輩と瀧脇先輩のペアのお昼放送が教室のスピーカーから流れてくるのを聞きながら、訳知り顔の金沢が身を乗り出した。
「隠してもためにならんぞ。で、付き合いはじめたのはいつからなんだよ」
数日前たまたま放課後に、俺が自転車を押してかなえちゃんと並んで駅に向かっている姿を目撃したそうだ。
はじめは部活帰りだろうぐらいに思っていたらしいが、その後日は学校の前にあるお弁当屋で一緒にから揚げ弁当を購入している姿を見るに至り、「ははぁこれは」と顔がニヤけたそうである。
「別に付き合ってないけど、何で?」
「え。でもお前ら、一緒に登下校してるよなッ」
「してるけど」
「この前なんか揃って弁当を買ってたじゃないか!」
「でも昼休みは別々に食べてたろ?」
「言われてみれば確かにそうだが……」
盛大にからかうつもりだった金沢は、アテが外れて俺の態度に戸惑っていた。
「意味がわからねえよ、じゃあお前らの関係は何なんだよ!」
「クラスメイトか部活仲間じゃねえの?」
「だったら何でいつも一緒に登校しているんだよ。あれはちょっと仲がいいだけの関係が作れる雰囲気じゃなかったぞ。俺なんか声をかけるのも遠慮しちゃったもんね!」
そりゃあ悪いことをした。
から揚げ弁当を食べる手を止めて申し訳なさそうな顔をすると、金沢も総菜パンを食べる手を止めてゲンナリした顔になる。
「傍から見てたら、あのイチャイチャぶりはもう付き合ってるとしか思えない感じだったぞ」
「それ本当か?!」
「おい、食べながら喋るなよ。米粒巻き散らすなっ」
今度は俺が身を乗り出す番だ。
周りからそういう風に思われているというのは、ちょっと嬉しい出来事じゃないか。
自然に親密な関係になっているという証拠だ。いいね!
「実際のところどうなんだよ。お前、華原さんの事が好きなんだろ?」
「そりゃ、好きに決まってるだろ。あんないい子はなかなかいないからなぁ」
「そこはアッサリ認めるのかよ! いや、華原さんがいい子なのは俺も同意だけど」
たぶん一度目の高校生活なら「好きなんだろう?」なんて質問をされれば即座に否定していたと思う。
こういう噂は学内でのヒエラルキーが高くても低くても、噂好きの手を借りてすぐに広がる。
実際、冴えない最下層に位置した当時の俺みたいなのでも、誰それが誰べえに告白したとか付き合いだしたとか、その手の噂は耳に届いていたからな。
下手に警戒して全面否定でもしようものなら、周りの人間が面白がってすぐに噂を広げてくれただろう。
だからだろうか。
案外に俺がアッケラカンとした返事で自分の気持ちを暴露したものだから、何か珍しいものでも見つけたような顔をして金沢がこちらを見返してきた。
「つまりどういう事だってばよ……」
「まだ告白とかは別にしていない。今はちょっといい感じかなと思っているので、距離を詰めているところだ。後は成り行きに任せている」
「めっちゃいい感じに見えてる。その点は俺が保証する! で、いつ告白するの?」
「そ、そうかありがとう。告白はそのうちにな……」
金沢、お前はいいヤツだ。
ただ彼が危惧している様に、いい感じのまま放置していたら告白のタイミングは逸してしまうだろう。
今はまだ五月だから登下校の時など接点はいくらでもある。
しかし夏休みがはじまってしまえば休み期間中、熱心に部活をやっていない俺たちは、会う理由が必然的に激減してしまうのだ。
それでもどこかに安心感の様なものがあるのは何でだろうかと言うと。
タイムリープする直前のあの日、同窓会のあの場で見せたかなえちゃんの予期せぬ好意に、何かこれから先上手くいくという確信めいた感触があったからだろう。
「何かお前さぁ、雰囲気変わったよな? ていうか最近キャラ変えた?」
「そ、そうかな? 別に変わってないと思うぜっ」
「何か妙に堂々としてるし、大人の余裕みたいなのぶっこいてる様に見えるし」
まるで髪型変えた? みたいなノリで話題を向けてくる金沢にギクリとしてしまう。
中身が急激におっさんになった事は、例え悪友の金沢に話しても信じられないだろうきっと。
「よォ相棒、頼むから俺を置いてひとりで大人の階段を昇らないでおくれよ……」
「何言ってるんだお前。口に食べ物を入れながら喋るんじゃねえ!」
「うるせぇ! 俺はお前を見損なった!!」
パンの粉を巻き散らしながら金沢が非難の声を上げると、たまらず俺は弁当を持ち上げて避難の態勢になった。
馬鹿な事をやっていると、教室の反対側でクスクスと笑う女子たちの姿が飛び込んで来た。
そのグループの中にはかなえちゃんの姿もあって「ふたりとも仲いーねっ」なんて野次まで飛ばしてくる。
さすがに自分の事をヒソヒソ話されているとは思わなかったんだろう。
ついでに罪悪感を覚えたらしい金沢は、微妙な作り笑いを浮かべて誤魔化しにかかっていた。
考えてみれば当たり前の事だが、クラスでいち早く金沢がその変化に気が付いた様に、それ以外の俺の生活空間でも同様のケースはあった。
姉ちゃんなどは「ともくんが色気づいた!」という解釈で受け止めていたし、部活ならば菊池先輩がここ最近いつも意味深な笑みを浮かべて生暖かくこちらを見ている。
だいたい菊池先輩は誰よりも早く放送室にやって来るのだから、俺とかなえちゃんが揃って登校してくるところを近頃頻繁に目撃されている。
先週末などは、体調を崩した俺を家まで送るのにわざわざかなえちゃんが志願した。
ここまで来れば俺たちふたりに何か進展があったと、菊池先輩も理解しているのだろう。
そうしてもうひとり、気が付けば俺の事ををジっと観察している存在がいた。
普段は無愛想で何を考えているのかわからない、時々口を開くとぶっきら棒な物言い。
そして今も値踏みする様な視線をこちらに向けて押し黙っているのだ。
一年放送部員の御武道りんである。




