15 から揚げ弁当を二つ注文するだけのミッション
週が明けて月曜日。
いつもより熱心に髪の毛をセットした俺は、姉ちゃんにからかわれながら家を出た。
体調は完全に復調したと見えて、ベダルをこぐ足も軽やかだぜ。
予定よりも少しだけ早く駅前ロータリーに到着した俺は、時計を確認して本屋の前までやって来た。
まだかなえちゃんの姿はどこにもなく、日曜のうちに買っておいたお礼の品を忘れてないか、もう一度だけ確認した。
「よし、忘れ物無し!」
地元の駅前などに数か所お店を出しているケーキ屋のマカロンだ。
無難と言えば無難だが、けれど実際に食べてみたらなかなか美味しかった。
タイムリープする以前から店の存在自体は知っていたけれど、ケーキ以外を購入したのは今回がはじめてだ。
シュークリームやプリンを購入していくお客さんが多かったので、今度俺も試しに買ってみたいなと考えていると。
予定の時刻になって視界の端に華原かなえの姿が飛び込んで来たのである。
「おはよう牧村くん。ニコニコしてるけど、何かいい事でもあったの?」
「いや、かなえちゃんが自転車に乗っている姿を見たのははじめてだから珍しくて」
「わたしだって自転車ぐらい乗るよ! そんなに運動音痴じゃないし……」
あまり考えなしにそんな言葉を口にすると、彼女は少し照れくさそうな顔をして返事をした。
そうして忘れないうちに、お礼の品をスクールバッグから取り出す。
贈答用にラッピングしてもらったそれを見せると、彼女は「あっ」と声を漏らしながら俺の顔を見返した。
「はいこれ。つまらないものだけど、いつもありがとうのお礼を込めて」
「ありがとうっ。駅前のショコラティミラノのものだよね? わたしあそこのお菓子好きなんだ!」
どうやら彼女は俺の購入したケーキ屋をご存知だったらしい。
自転車を止めて両手で受け取った彼女は、満面の笑みを浮かべて俺にそう返事をしたのだ。
何だか朝から笑顔を振りまかれると、こっちまで幸せ気分が一杯だ。
「マカロンにしたんだけど、姉ちゃんがあそこのは美味いって言うから。たぶん間違いないかなって」
「そうだねー。わたしもあそこのプリンは凄く美味しかったから、いつもご贔屓にしているよっ」
「じゃあ俺も今度買ってみるわ」
「試してみるといいよ。それと、あそこのカシスケーキも凄く美味しいからオススメ」
やはり眼を付けていたプリンは人気らしいね。
じゃあ行こっかとかなえちゃんが自転車を走らせはじめたので、俺もそれを追いかけた。
他愛もない学校の出来事を会話しながら、通勤通学のひとびとを避けつつ学校へ向かう。
最初は駅の高架に沿ってしばらく移動した後に、近道になる市街地のルートを彼女に教えながら部活の今後についてやテスト勉強の話を交えて。
その途上に何度かクラスの連中を見かけたので軽く挨拶をしながら、ほんの二〇分もかからずに学校の通用門側に到着した。
「思ったより早く到着したからビックリ」
「今日はこれでもゆっくり走ってたと思うけど、急げばもう少し早く着くよ」
「もしかして牧村くん。お弁当買って来てないからいつもより早かったんじゃないの?」
「あ、やっべ」
お昼休みのお供、三八〇円のから揚げ弁当の事をすっかり忘れていた。
学校前にあるウチの生徒向けにやっているお弁当屋で、飽きもせず毎日購入しているアレである。
イソイソと駐輪場に自転車を止めると、ふたりして通用門を出てお弁当屋に向かった。
「牧村くんいつも同じお弁当だよねぇ」
「安いからな。これより安いのにノリ弁があるけど、そっちは味気ないし」
「毎日それだと飽きたりしない?」
「から揚げに罪はないんだけど、たまにどうしようもなくから揚げが憎たらしくなる事がある」
笑ってそんな返事をすると、うーんと思案気に小首を傾げるかなえちゃんが見えた。
「まァから揚げは好きだし、それでも飽きた時は学食で食べる事にしてる」
「えっ。でも牧村くん、学食でもから揚げ定食食べてるよね?」
「そうだっけ。ってかよく見てるねかなえちゃん……」
自分でも記憶に無かった行動だけにちょっと驚いてしまった。
かなえちゃんは何でその事を知っているのだろう、とね。
「牧村くんはよっぽどから揚げが好きなんだなーと思って見てた」
「いや、たぶんハンバーグの方が好きだと思うけど」
「そうなんだ? でもあんまり偏ったものばかり食べてるとだめだよ。たまには違うものも食べないと」
ちょっと怒ったような顔をしたかなえちゃんもかわいい!
そうしながら何か思案の続きをしているらしく、少しだけ小難しい顔で「ハーンバーグ、から揚げ」と言っていた。
彼女のそんな姿をチラ見しながら弁当屋までやって来ると、
「から揚げ弁当ください」
「あ、ふたつお願いしますっ」
カウンター越しに俺が注文したところでかなえちゃんも声を揃えた。
ビックリして振り返ると「今日はわたしも」とニッコリ微笑を浮かべている。
「ちょっとお勉強のために、ね」
「お勉強? 弁当の?」
「うん。牧村くんが食べているから揚げは、どんな味付けなのかなって。お菓子のお礼もしないといけないし、今度お弁当作って来るから!」
ニコニコ顔でマカロンの収まったスクールバッグをポンと叩いて彼女が言った。
マジですか?! と驚いていたところに、炊き立てのごはんを盛りつけたお弁当を店員のおばちゃんがふたつ差し出す。
「はいお待ち。から揚げ弁当ふたつね」
「おばちゃんありがとーっ」
そう言えば、彼女はお昼の番組担当がある時はお弁当、それ以外は学食を利用していた気がする。
あわてて代金を支払って俺たちは学校へ引き返した。
俺がお礼に渡したマカロンは、お弁当になって返って来るらしい。
やったぜ! と小さく心の中でガッツポーズをしていたら、先に信号待ちをしていたかなえちゃんに呼ばれた。
「牧村くん、信号変わったよっ」




