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12 初恋は好きだよと言えずに

 金曜日はいつもより寝覚めの悪い朝だった。

 気だるさの残る体を動かして、どうにか鳴り続ける目覚ましを止める。

 時刻は六時ちょうど、モソモソと布団を抜け出して身支度に取りかからなくてはいけない。


「……何か今日は体がフワフワしているな。気のせいか?」


 昨夜は意味不明の数式と格闘して宿題を終わらせたところまでは記憶がある。

 けれども、気が付けば授業の復習を放棄して、勝手に就寝してしまったらしいね。

 きっと昨日一日をかなえちゃんのジャージで過ごしたものだから、幸せの記憶がまだ体に残っているのかも知れない。

 などと顔を洗って歯を磨き終えた後にリビングへ顔を出すと。


「ともくん。あんた顔が赤いけど大丈夫?」


 母親にそんな指摘を受けてしまった。

 べっ別に朝からかなえちゃんの事を考えていたわけじゃないんだからねっ。

 むしろ、ここ最近は四六時中考えているんだからねっ。


「お母さん、ともくんは彼女さんにお熱なんだよー」

「ひろちゃんも馬鹿な事言ってないで、さっさと朝ごはんを済ませちゃいなさい。ふたりとも遅刻するわよ?」

「はーいっ」


 俺も姉ちゃんも母親に急かされて、急いで朝食に取りかかった。

 パンとハムエッグと温野菜のサラダ。昨日の残り物で済ませる事もあるけれど、今日は違うらしい。

 しかしサラダとパンを少しかじっただけで、不思議と腹一杯になってしまった。

 食べ盛りの年頃のはずだが、今日はそういう体調なのだろうか。

 ボンヤリしていると、いつもの登校時間が迫って来る。


「ともくん、朝ごはんまだ食べ終わってないよ?!」

「悪りぃ、時間やばいんでもう行くわ! 姉ちゃん適当に食べてくれ!」

「こんなに一杯食べれないよ~ッ」


 俺はあわててスクールバッグを引っ掴むと自転車に飛び乗った。

 来週になれば、いよいよかなえちゃんも自転車通学をはじめる事になるからな。

 ふたりで登校しようなんて約束をしたけれど、これは一度目の高校生活ではありえなかった出来事だ。

 交差点で信号待ちの間。

 ふとそんな過去からの変異にドキドキを感じていると、信号はとっくに青になっているではないか。


「あ。やべ、本格的に遅刻しそうだ……」


 あわてて自転車を急発進させるけれど、こんな日に限って自転車がズッコケそうになったりと危うい事を繰り返しながら七時ギリギリに学校に到着した。

 やべえな。かなえちゃんの事ばかり考えていたら、交通事故に巻き込まれてしまうかも知れない。

 前回は運よく高校時代にタイムリープできたが、次もまたそうなるとは限らない。

 気を引き締め直して、放送室の扉を開く。


「おはようございます!」


 当たり前の様に部室でくつろいでいた菊池先輩は当然として、かなえちゃんや他の部員たちの姿もあった。

 どうやら俺が最後に登校してきたみたいだ。


「おう! 今日はやけにあわててるな、寝坊でもしたか?」

「そんなもんです。復習が終わらなくて遅くまで勉強してたもんだから」

「まったくよく言うぜ、どうせこの前貸したギャルゲを遅くまでやっていたんだろ」

「先輩と一緒にしないでくださいっ」


 菊池先輩がそんな事を言うものだから、かなえちゃんが疑いの眼を向けているじゃないか!

 俺はそもそも家庭用のゲーム機は持っていないんだ。

 いや待て、むかし先輩から借りていたギャルゲはパソコン用のソフトだったか……

 などと色々と思考を巡らせていると、先ほどから猜疑の眼を続けていたかなえちゃんが俺の顔を覗き込んでく。

 あまりのもズイと不用意に距離を詰められたものだから、俺はときめいてしまった。


「あのう、牧村くん?」

「お、おはよう。俺は二次元と三次元の区別がつかない男じゃないし、やっぱり女の子はリアルの方がいいなって思っているタイプなので安心して――」

「ううん。そうじゃなくって。もしかして熱があるんじゃない? なんだか顔も赤いし、少しぼうっとしているけれど……」


 不意に俺の額へと手を伸ばした彼女の挙動に、俺はたまらず胸の鼓動が高まる。

 疑いの視線だと思われたそれは、どうやら俺を心配しての事だったらしい。


「ほら、ちょっと熱っぽい感じがするよっ。昨日の雨で風邪引いちゃったんじゃないの?!」

「そ、そうかな? 気のせいかと思うけど」


 たぶん熱っぽく感じたのは、かなえちゃんの手が俺の額に振れたからだよ。

 そんな風に俺は解釈していたけれども。

 朝礼前にかなえちゃんに保健室へ連れていかれて、熱を測ったところ。

 確かに三七度ちょいの微熱があった。

 

 かなえちゃんのぬくもりを感じているとか馬鹿な事を言っていたが、あれは大間違いだ。


「ただの風邪じゃないかこれ?!」

「うん、完全に風邪だよ牧村くんっ」


 自分が風邪だと認識した途端、急に気だるさが寒気へと変化したのである。

 調子は急にイマイチになったが、熱はたいした事もなかったのでそのまま授業を受けた。

 明日はどうせ土曜日だし、寝て過ごせばすぐに治るだろう。

 中間テストの直前に体調を崩すとか、最悪だぜ……


 そんな俺だけれども、やっぱり天使は存在したのである。

 放課後になってフラフラになりながら放送室へ顔を出したところ、菊池先輩にこんな事を言われる。


「牧村お前、今日はもう帰れ。な?」

「ううっ。いいんですか?」

「あーっ誰かコイツの家の近所のヤツとかいないかなあ。ちょっとこのままひとりで返すのは心配なんだよなーっ」


 先輩は声の大きい重度のオタクだが、気遣いのできる尊敬できるひとだ。

 同時に帰宅命令が出されたところ、そんな前振りをする。

 するとおずおずと、気恥ずかしそうにかなえちゃんが小さく挙手をした。


「あのう先輩。わたし家の方向が同じなんで、牧村くん送っていきますね」

「おうわかった。そうしろそうしろ、責任をもってこいつの家まで送り届ける様に。テスト準備期間のお前らの番組収録は俺がやっておくから安心していいぞ。しっかり体を治す様に!」


 相変わらず大きな声の先輩は、かなえちゃんにそう伝えながらニヤニヤ顔を隠そうとしない。

 どうやら俺がかなえちゃんに密かな想いを抱いている事をお見通しの様だった。

 でもこういう時に茶化そうとしないあたり、先輩は芯の部分で真面目なひとなのだ。


「すんません先輩。かなえちゃんも、ごめん……」

「おいよかったな牧村、華原さんが付き添ってくれるぞ」

「気にしないでいいよ。じゃあ行こっか」


 騒ぐほど体調が悪かったわけではないけれど、気遣いをしてくれた部員のみんなには感謝しかない。

 かなえちゃんは俺の鞄を代わりに持ってくれて、ふたりそろって部室を退出する。


「やっぱり昨日の雨で体調崩したんだよっ」

「そうかな、そうかもな」


 そうして俺は、ふと思い出したんだ。華原かなえという女の子をどうして好きになったのか。

 十数年前のあの日も、俺は風邪を引いて微熱があったのだ。そしてあの時も放課後に彼女が帰りに付き添ってくれた。


「大丈夫? フラついたりはしない?」

「ちょっと気だるいぐらいかな。明日が土曜日でよかった」


 華原かなえという女の子はそういう気遣いのできる女の子だ。

 女子に免疫の無い当時の俺が、優しくされたら惚れてしまうのも当然じゃないか。

 ただ、当時の臆病だった俺は好きだよと言えずに、たいしたお礼もせずに終わってしまった。

 免疫が無いのは今も同じで、俺の顔を心配そうに覗き込んでいる彼女にドキドキが止まらない!


 きっと体の芯が熱く感じられるは、風邪だけが理由ではない。

保健室で養護教諭が内服薬を出すなどの医療行為をするのは違法らしいですね。

ご指摘を頂いたため、先生がお薬を出すシーンの一文はカット致しました。

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