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11 甘い抱擁(の様な気分)

 翌日はいつも通りの六時に起床。


 窓の外を見ればあいにくの雨模様で、自転車通学の欠点を思い知らされてしまった。

 しかしチンタラしてしまえば朝の部活に間に合わないので、そこから四〇程かけて身支度と朝食を手早く済ませる。

 傘を差して出るか、カッパを着用するかしばし逡巡する。

 が、霧雨の様な雨だったのを見て傘を選択した。


 玄関口でまだ出かけていない家族に向かって大声で挨拶をする。


「それじゃ行ってきます」

「あーっともくん、待って待って。わたしも一緒に出る~」


 するとリビングから顔を出した姉が俺を呼び止めた。

 ブラウスの上にホワイトクリームのカーデを着込んで、ロングスカートを揺らしながら玄関へやって来る。

 姉ちゃんはどうやら自転車通学を諦めて、駅まで徒歩らしいね。


「もうっ。天気予報では今日は晴れだって言ってたのに、いきなり雨が降り出しちゃうし」

「早くしてよ姉ちゃん。俺、学校に遅れちゃうだろ」

「女の子にはもっと優しくする! お姉ちゃんのスカートが濡れないか心配するとか、そういうのないの~? そんなんじゃ彼女さんに嫌われちゃうぞっ」

「彼女とかいないかし、姉ちゃんは彼女じゃないから心配なんかしないから」

「そんな事言ってー。またまたぁ」


 どうやら姉ちゃんは昨日俺が口走った件を、興味津々に聞き出そうとしている様だ。

 あの時はデートみたいなもん、なんて言ったけれども。

 かなえちゃんと帰りが一緒になった程度の事で、デートと呼べるような内容ではなかったからな。


「昨日はどうだったの?」

「帰りに学校前の駅まで一緒に歩いて、途中でレンタル屋に寄り道しただけ」

「そっか。じゃあまず第一歩だね! ともくんが彼女さんをウチまで連れてきた時は、お姉ちゃんが腕を振るって料理をご馳走しなくっちゃ~」


 どうせハンバーグだろ?

 なんて気恥ずかしさから茶々を入れてみると「んもうッ」と姉ちゃんは怒りだした。

 ブーツを履いて出かけるつもりらしいが、靴紐が面倒そうでわたわたしている。


「でもよかった。ともくんがちゃんと青春してるみたいで」

「何だよそれ……」

「だってともくん、高校に入ってからウチに友達とか連れてきた事全然ないでしょ? お姉ちゃん心配してたんだー」

「まあ、そうだけど……」

「ちょっとこれ持っててね! あ~もう。ブーツ面倒~ぅ」


 押し付けられたトートバッグを受け取ると、教材の詰まった中身は重たかった。

 俺が大学生だった頃は完全に遊び惚けていたものだけど、俺と違って姉ちゃんは勉強熱心なのだ。


 記憶を振り返ってみれば、確かに高校時代に友達を家まで連れてきた事は無かったと思う。

 三年間クラスが一緒だった金沢も家の方向が反対側なので、遊ぶ時は繁華街で待ち合わせする事が多かったしなぁ。


 あと、言えに誘っても遊ぶものが無いのである。

 俺の部屋には家庭用ゲーム機もない。

 あるのは古臭い父親からお下がりでもらったノートパソコンだけで、それもインターネットをするか、歴史物の戦略シミュレーションゲームを延々ひとりプレイするだけの用途だ。

 漫画が何冊かカラーボックスに刺さっているだけで、他には何もないのである。


「じゃあさ。勉強会とか言って誘ったらいいんだよ」

「なるほど勉強会。ふむ、その手があったか……」

「勉強会しようって言ったら、ちゃんとした正当な誘い文句になるでしょ? 隣の部屋にはお姉ちゃんがいるから安心だって言えばいいよ。うふふ」


 俺が想像していたのは金沢と家で遊ぶことだったが、どうやら姉ちゃんは女子限定の想像を働かせていたらしい。

 勉強熱心と言えば、もうすぐ一学期の中間テストがはじまるんだったか……

 高校の授業をさっぱり意味不明なので、今回のテストはかなり危機感がある!


「おまたせともくん。駅まで一緒に行かない? たまにはともくんと一緒がいいなー」

「まあ少しなら時間はあるしいいけど、鞄は自分で持ってな。カゴに入れると濡れるから」

「ともくん、いつも朝早くに学校行ってるよね。放送部の部活って、朝から何か活動忙しいの?」


 傘を広げて肩に担ぎながら、自転車を押すと姉ちゃんが隣に並んだ。


「朝は登校用のBGMをかけて朝礼の準備をするだけかな。まあ部員全員が朝早く行く必要はないんだけど」

「ふ~ん。じゃあ何で毎日早くいくの?」

「今の部長が放送部一筋のひとでさ。だから先輩が先に来ているのに、後輩が遅れて行くのもアレだろ。ま、あまった時間に宿題とか勉強やったり、無駄ではないさ」


 かなえちゃんにノート写させてもらったりね。あとサンドイッチ!


「そうなんだ。てっきり彼女さんが朝早くから登校しているから、少しでも長く一緒にいたいからともくんも朝早いのかと思った!」

「べっ別にそういう理由なわけじゃないんだからねっ。少し当たってるけど……」

「ほら、やっぱり当たってる♡」


 どんよりした空模様だが、それなりに順調にリスタートをきった高校生活に俺は満足だ。

 だから雨だろうが特段悪い気はしない。

 けれども、姉ちゃんはやっぱりロングスカートの裾が水たまりの跳ねで汚れないか気にしているらしい。

 そんな事なら短いスカートにすればいいのにと思ったが、よく考えると姉ちゃんがロンスカ以外を身に付けているところを見た事がない。


「姉ちゃんこそ、彼氏とか作らないの?」

「大学に通学するだけでヘトヘトだよー。女子大だからかな。合コンとかも全然誘われないし、わたしイケてないのかな~?」


 クルリとその場で回転して清楚系おっとりお姉さんをアピってくるが、自分の姉にどう反応していいかわからなかった。

 自宅から距離のある大学だし、通うだけで大変なのもわかるけどね。


「わたしのぶんも、ともくんは彼女さんと頑張ってね!」

「いや、俺まだかなえちゃんとは付き合ってるわけじゃないから。これからだから」

「じゃあこれから頑張れ!!!」


 地元駅の高架下まで姉を送り届けると、俺は時間を確認して学校に向かう事にした。

 けれども、もしかしたら華原かなえの姿が見えないだろうかと、少しだけ期待して駅前ロータリーをグルリと見回す。

 残念ながらカラフルないくつもの傘が視界に飛び込んでくるだけで、彼女の姿は見つからなかった。

 雨天で視界も不明瞭だし仕方がない。

 まごまごしていると学校到着が遅くなるので、俺は諦めて霧雨の中を自転車で走り出した。


 そうして濡れネズミになって学校まで登校したところ、部室前でかなえちゃんとばったり顔を合わせたのである。

 やはり雨だからいつもより早く登校していたに違いない。


「おはよう、びえっくしょい!」

「お、おはよう牧村くん。もしかして自転車で来たの?」

「ああうん。たいした雨じゃないと思ったんだけど、ちょっと失敗だったな。びえっくしょい!!」

「ビショビショだよ?! 服脱いで、乾かした方がいいよっ」


 ひとまず部室に入ると、心配顔のかなえちゃんはハンカチを取り出した。

 俺のブレザーの袖を丁寧に拭いてくれる彼女に、俺は感涙しそうになってしまった。

 視界の端には一番乗りを果たしたらしい菊池先輩のニヤニヤ顔と、ぽかんと口を開けてこちらを凝視している御武道さんの姿が写り込んだ。

 御武道さんの油断した顔を見るのは珍しいが、菊池先輩に対しては反応するとややこしい事になりそうなので無視する。


「びえっくしょい!!!」

「だっ大丈夫? ジャージ貸してあげようか?」

「うンっ……ズビっ」


 お言葉に甘えた俺は、その日かなえちゃんのジャージを借りて授業を過ごす事になった。

 何だかかなえちゃんに包まれている様な気分になるのは、彼女が使っているシャンプーか何かの匂いを感じられるからだろうか。

 午後から少し気温が上がって少し暑くなったが、でもそんなの関係ねぇ。

 その日は幸せな気分が続き、授業どころではなかった。

 かなえちゃんのぬくもりを感じたのだ。

 ゼッケンに「華原」と書かれているから、尚更だ。


「あ。洗って返すから!」

「いいよ別にこのままでも。気にしないで!」


 もし彼女が一日俺の身に付けていたジャージを着用したら、俺が間接的に抱擁した事になりはしないだろうか。

 放課後の男子トイレでそんな妄想が沸き起こる。

 鏡を見ると、そこには童貞臭い顔をした若者がニヘラ笑いを浮かべていた。

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