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10 わかものたち

 チラリと階段に座ったふたりの男に視線を向けた。

 見れば年齢は二十歳そこそこといった感じで、大学生ぐらいの風体だった。


 いかにもモテなさそうな彼らは、十年前の俺の姿に被るものがあった。 何だか居たたまれない。

 そんな男たちの一方が、心底悲しそうな顔をして言葉を漏らすのである。


「いいよなあ。俺なんて男子校だったから出会いも無かったぜ」


 するともう一方の男はあからさまにいやそうな顔をして、相方の言葉を即座に否定する。


「……何を言ってるんだお前は? 男子校ってのは恵まれてるんだぞッ」

「?」

「いいかよく聞け、言い訳ができるというのは幸せなんだ」

「どういう事だよ……」

「世の中にはな、」


 語気を強めて否定した男の言葉に、俺とかなえちゃんまで顔を見合わせてしまった。

 自転車を押す力を弱め、聞き耳を立ててしまう。


「俺みたいに共学に通っていたにもかかわらず、三年間女子と業務連絡以外で会話しなかった人間もいるんだ。共学は生徒の半分が女子だぞ。にも関わらず、にも関わらずだッ」

「!!!!!」


 何という説得力だろうか。

 たまらず俺まで絶句してしまったじゃないかおい!


「なァ。そういうヤツは、いったいどう言い訳したらいいんだよ……」

「……お、お前っ」

「だから男子校出身のお前はまだ救いがあるんだ。言い訳ができるってのは、そういう事だ」

「…………」


 その言葉はグサリと俺の心に突き刺さった。

 俺は確かに共学の高校に進学しながら、高校時代まともに彼女も女子の友達すらもできなかった。

 せいぜいクラスで席で近くになった女の子と必要最低限の会話をするか、部活でかなえちゃんと連絡事項で会話をした程度の経験しかなかったのだ。

 やはり彼らは十年前の俺の姿だ。

 きっと大学でも、高校時代の呪いから解放されずに苦しんでいる事だろう。


「嗚呼、俺も青春がしたかったッ」

「今からでも遅くないぜ。青春を取り戻そうぜ」

「好きな子とかいるのか?」

「いない。けど、いても告白する勇気ない……」

「じゃあ今度、バイト代入ったらいつものガールズバー行こうぜ。な?」


 そうだその調子だ頑張れお兄さんたち!

 と思ったのもつかの間、ガールズバーというフレーズを耳にして俺はズッコケそうになった。

 違うそうじゃない!


「ね、ねえ牧村くん、ガールズバーって何?」

「女の子がカウンターの対面で接客をしてくれるバーだよ。俺は宗教上の理由であんまり行った事がないけれど」

「ふうん。って、えっあんまり……?」

「いやまったくないかな……!!」


 肩を寄せたかなえちゃんに小声で説明する際。

 つい中身がおっさんのままで返事をしてしまったではないか。

 余計なことを口走って、かなえちゃんは完全に猜疑の眼をこちらに向けていた。


「高校生の俺たちには関係ない場所だよな。何か噴水の周りは蚊も多いし行こっか」

「そ、そうだね。高校生はバーとか行かないもんねっ」


 だから、だからそんな顔で俺たちを見るな。

 俺だって、元はあんたたちの同士だったんだぞ?!


 けれども今の俺は二度目の高校生活を送っている。

 あの頃の俺を反面教師にして、二度と同じ過ちを繰り返さない。

 俺は強く心の中に誓った。


 今の精神状態の俺なら、絶対女子にもっと優しくできるし、変な黒歴史なんて作らない!

 たぶん、きっと。


「なあ、あのふたり、付き合いはじめたなっかりかな?」

「そうだな。お互いにチラチラ目線を送ったりして、新鮮な感じだったぞ」

「女の子かわいかったなぁ。俺も頑張ったらワンチャンあるかな……」



 めっちゃ聞こえてるんだよ、あんたたちの会話!

 完全に赤面したかなえちゃんは、俯いたままで小走りに公園の外に出て行く。

 付き合いはじめたばっかりという言葉に反応したんだろうか。かわいいってフレーズの方だろうか。

 俺はあわててかなえちゃんの後を追うと、なかなか眼を合わせてくれない彼女の姿を無言で観察した。

 

 やっぱりかなえちゃんはかわいい!

 照れるところも初々しくて、やっぱり彼女の事が好きだと俺は再確認をしてしまう。


「それじゃ、今日は色々とありがとねっ」

「うん。じゃあまた明日部活で。自転車通学のシールはいつもらえるんだっけ?」

「今週中に担任の先生に渡してくれるって、事務室のひとが言ってたよ。来週からわたしも自転車通学だねー」


 先ほどの事があったからだろう。

 少し朱色に染まった頬を気恥ずかしそうに伏せて、かなえちゃんは小さくそう返事をした。

 じゃあね、と手を振り改札に消える彼女を送って。

 俺は満足気にその姿が電車の中に吸い込まれるのを見届けた。


 初々しい恋人同士と勘違いされた事が、少しばかりかなえちゃんに意識を芽生えさせたんじゃないだろうか。

 明らかに気恥ずかしそうにしていた彼女だけれど、まんざらでもない態度だったと思ったのは俺だけだろうか。

 無理にここで押すよりも、時間をかけてそんな関係を受け入れてもらう事に終始した方がいいかも知れない。


 色々なことを考えながら、俺は市街地を抜け数十分を経た先にある実家を目指した。

 ペダルをこぐ足取りは自然と軽やかに、大人になってからの言葉にできない焦りの籠もった恋愛欲求とは違う何かを体に感じながら走り抜けたのである。


 来週からは自転車通学でかなえちゃんと一緒にいられると思うと、今から楽しみでしょうがない気持ちになったのである。

 あの気恥ずかしそうにした彼女の表情、ワンチャンあるで!

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