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プロローグ

 それは十年越しの再会だった。


 旧友たちで込み合っている同窓会の居酒屋でのこと。

 俺は懐かしい顔ぶれの中に遅れて到着した、彼女の存在を発見したのだ。


「遅れてごめんねー。うわぁ懐かしい顔がいっぱいっ」


 彼女の名前は華原かなえ。

 少し明るく染めたウェーブの髪を、後ろでまとめていた。

 柔らかな表情は十年経ても変わらない、そんなかわいらしさが残っている。

 初恋の相手がこちらに近付いてきて、俺はたまらずドキリとした。


「えっと、お隣いいですか?」

「ああもちろん! ちょっと待って、スペース空けるから……」


 しばしの間見とれていると、居酒屋の隅で小さくなっていた俺の側まで来るじゃないか。

 彼女が、ニッコリと笑った。

 あの表情、懐かしい!


「すいません。って、……あれ、もしかして牧村くん?!」


 もしかしなくても、部活も一緒だった牧村智也なんだなぁ。

 どうやら、俺の事を思い出すのに時間がかかったらしい。驚いた表情をした彼女にちょっとだけ照れくさい気持ちになりながら、思い切ってむかしの様に下の名前で呼んでみる。


「や、やあ久しぶり、かなえちゃん」

「本当に久しぶりだねっ。牧村くんはすっかり男らしい顔になったから一瞬わからなかったの」

「オッサンになったの間違いじゃないか?」

「アゴヒゲなんか蓄えちゃって、確かに貫禄は出ているかもね」

「いやあ、ハハハ。ビールでよかったかな?」


 やばい、やっぱりかわいい。

 この十年で俺はすっかりオッサンになってしまった。

 けどかなえちゃんは、十年経ってもかわらない。

 そんな馬鹿な事を考えながら彼女のグラスにビールを注いでいると、


「牧村くんは地元就職したんだっけ?」

「しがないアパレルの営業だよ。メーカーの工場を行ったり来たりするのが仕事さ。かなえちゃんは確か……」


 確か、華原かなえとは成人式で顔を見たのが最後だった。

 東京の大学に進学して、そのまま在京の大手メディアに就職したと噂に聞いた。

 そんな彼女が同窓会に参加する事を聞いて、俺は密かに楽しみにしていたのだが、


「在京テレビ局勤務ってすごいよね」

「……うん、まあそうねえ。念願かなって局に就職はできたんだけど」

放送部(うち)からメディア関係者にガチで進んだ人間って、かなえちゃんだけだよ」

「その事なんだけど、」


 何しろかなえちゃんは俺の初恋の相手だ。

 当時から明るい性格で誰にでもわけへだてなく気さくな性格。そして何よりかわいい!

 ほがらかな笑顔が印象的で、ニコっと白い歯を見せた表情がたまらなく好きだったんだよなあ。


「実はこの春、思い切って退職してきましたー!」

「嘘だろ?!」

「本当だよ、色々あって心機一転。地元で新しい仕事、探そうかな~って?」

「…………」


 牧村くんの会社、求人出してない?

 なんて悪戯っぽい表情を浮かべたかなえちゃんに、俺は絶句してしまった。


 彼女が急に同窓会に出席できることになったと聞いた時は、確かに俺はぬか喜びをした。

 けれどその理由が、退職して地元に戻って来たからなんて……

 かなえちゃんに何があったのか。どうしてテレビ局をやめてしまったのか気になった。


 ま、まさか上司と不倫をして職を追われたとか?!


「ははあん。何かよからぬ想像をしているね、牧村くんっ」

「してないしてない。大変だったんだねって思っただけで別にっ」


 曖昧な返事をしながら俺は言い訳をした。

 すると彼女はグラスを片手に、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。

 距離が近いよっ!


「たぶん、牧村くんが想像している様な事は何もないからね。ただ八年間続けてきて、思った様な仕事じゃないって事にようやく気づいただけ」

「宝くじは買ってみるまで、結果はわからないもんな……」

「そうそう。就職決まった時は一等賞が当たったと思ったんだけどなー」


 ま、しばらくはリフレッシュしながら自分を見つめるよ。

 そんな風に彼女は笑って縁を摘まんだグラスを揺らして見せる。


「で、牧村くんはどうなのっ」

「俺?」

「ほらさ。みんな意外に結婚しているひとがいなくて、びっくりしちゃった」

「最近は晩婚化、少子高齢化なんて言われているからね……」

「牧村くんはすでに結婚してたり?」

「お、俺は独身だよ!」


 密かにかなえちゃんの左手薬指に視線を送りながら、俺は返事をした。

 俺と同じでかなえちゃんも結婚はしていない様だ。


「でも将来を約束している相手とかいるんじゃないのぉ? わたしたちもそろそろ、いい歳だしっ」

「残念ながらそういうお相手は特にいないんだなぁ」

「わたしも同じだよ。仕事ばっかり忙しくって、いい相手も見つけられなかったし」

「……じゃあさ、俺が立候補しちゃおうかな」


 なんちゃって。


「えっ? またまたぁ……本気?」


 酒の勢いか、その場の勢いか。

 気分が高揚した俺はそんな軽口を叩いてしまった。

 ふと口を突いて出た言葉に、かなえちゃんが驚いた顔をしていたのだ。


 ええい、ここまで来たら勢いで最後まで言うぞ!

 俺は旧友たちが酒杯を重ねてそれどころじゃないのをグルリと確認してから、


「実はさ、俺。むかしかなえちゃんが好きだったんだよね……」

「……今さらそういう事を言うかなぁ」


 ちっともそういう態度を見せなかったくせに……

 そんな悪態を付いてちょっと不貞腐れた様な顔をするかなえちゃん。

 所在なげにおしぼりを手に取ってニギニギしている所を見ると、ドン引きされたわけではない様だ。

 大きな目を白黒させて、彼女が動転しているのは間違いなかった。


「そういう事は十年前に教えてよねっ。あれ、高校時代だから十二年ぐらい前かなっ?」

「ま、まあ気が向いたら考えておいてよ、これ俺の名刺ね。暇な時にいつでも連絡してくれたら嬉しい」

「う、うん……」


 そんな風に言って、俺たちは席替えをした。

 世話好きの幹事がどうでもよい演説をしたり、恩師に献杯をしてみたり。

 しばらくご歓談の時間を過ごした後に、宴もたけなわになった。


「はーい、二次会に行くひとはこっちに集まってください! お会計がまだのひとは受付で!」


 それから。

 再びかなえちゃんと顔を合わせることなく、二次会のお店に移動する事になった。

 俺は名刺を渡したけれど。

 彼女の連絡先は手に入れられずじまい。


 十年越しの再会にして俺の告白、失敗。

 というかどうして高校生活でこれが言えなかったんだ!

 酒の力とその場の勢いがあったからできた事だが、それにしても明らかに。


「勇み足過ぎた……」


 三十路になるまで恋愛経験の乏しかった俺は、見事に暴走して失敗してしまったわけだよ。


「くそっ、まだだ。まだ諦めんよっ」


 往生際悪く、最後にもう一度。

 居酒屋をぐるりと見まわしてみる。

 だが、かなえちゃんは二次会に参加する集まりに姿が無かった。

 どうやらこのまま帰宅するらしい……


 俺の青春を取り戻すチャレンジは、あっけなく終わりを告げた。

 そう思って手を振っているお調子者の幹事役について行きながら居酒屋の外を出たところで。

 ブルリと俺のスマホがメッセージ着信を知らせてた。

 

 誰だろうとポケットをまさぐると、ロック画面のポップアップにこう書かれている。


『この後ふたりで抜け出して、呑み直さない? byかなえ』


 ……?

 …………!

 っよっしゃああああああああああああ!

 たまらず俺は叫びをあげた。もちろん心の中で!


『俺でよければよろこんで! 地下鉄の出入口わかる? そこで待ち合わせしようか』


 妙な嬉しさと気恥ずかしさが同居する中で、俺はいそいそとスマホで返信を飛ばした。

 そうして密かにかなえちゃんの姿を探してみると、視界の端にニッコリ微笑を浮かべてうなずいた彼女の姿が飛び込んでくる。


 OKサインだ!


 みんなには急な用事が入ったと、ありきたりな理由を並べて二次会のお断りをする。

 そのまま少しの間だけ旧友と雑談をした後で、先に待ち合わせ場所に向かった彼女のところへ向かう。

 途中でスマホがまたブルブルとメッセージ着信を知らせる。


『さっきは急に告白されちゃったから、わたしドキドキしちゃったよ』


 今なら時効だと思って口を滑らせてしまったのだ。


『ごめん、嫌だった?』


 あわてて立ち止まり返事を送る。

 浮かれていて、歩きスマホで事故ったら元も子もないからな!


『……ううん、嫌な事はないよ。ビックリしただけだから』

『俺もビックリしたよ。ふたりきりでって、誘ってくれたから』

『せっかくだから、色々お話ししたいと思ったの。そっちこそ、迷惑じゃなかった?』

『いいえ、全然!』


 心臓がバクバクとしはじめたじゃないか。

 それは決して軽く酔っているからだけじゃないはずだ。


『わたし、地元離れてたからお店とかあまり詳しくないけど、牧村くんはこの辺り詳しい?』

『この辺りでいくつか行った事があるバーがあるから、そこにしようか』


 けど俺が浮かれているの、かなえちゃんにまるわかりじゃないだろうか。


 十数年ぶりに初恋の相手と改めて親しくなれるチャンスなんだ!

 ここでいい雰囲気になって、前に進みたいぜ!

『お任せコースで』

『お任せ下さい、お嬢さま』

『お嬢さまって齢じゃないし、じゃあよろしくねっ』


 赤信号の交差点を挟んで向こう。

 地下鉄の出入口前にかなえちゃんの姿を目撃した。

 彼女も俺の姿を確認して、軽く手を振って返事をしてくれる。


「あ、いたいた」


 青信号になると大勢が一斉に交差点を渡りはじめる。

 俺もしっかりと青信号を確認して、かなえちゃんの方に歩き出した。

 すると反対からも、かなえちゃんが小走りにこちらへ向かってくるじゃないか。


「俺だけが浮かれてるわけじゃなくて、よかった」


 そんな安堵を浮かべた次の瞬間だ。

 ふと俺の耳に、けたたましい車のクラクションと、急ブレーキを響かせる音が飛び込んでくる。

 あわてて視線をさ迷わせると、交差点の横断歩道に向けて、ワンボックスカーが突っ込んでくるじゃないか?!


「ちょ、あぶなっ」


 今日は週末だった。

 家路に急ぐためか、夜を徹して遊ぶ目的なのか。多くの人々がこの界隈に集まっている。

 一瞬の間その光景を目撃して体が硬直していた。

 けれどもそのワンボッスカーが向かう先には、同じ様に体を硬直させた華原かなえがいるのだ!


「!!!!」


 互いの距離はほんの数メートルだ。

 その先で固まっている彼女を助けるために、気が付けば俺は走り出していた。


 せっかく十年ぶりに初恋の相手と再会したんだ。

 これから少しでも距離を縮められる。

 何となくこの先上手く行きそうな予感もしていた。

 その矢先に、交通事故なんてシャレにならないぜ!!!


「かなえちゃん!!」


 車が華原かなえに衝突するよりも早く、俺は彼女を思い切り突き飛ばす事ができた。

 体当たり気味にぶつかった瞬間、かなえちゃんの驚いた表情が飛び込んでくる。

 よかった、これでかなえちゃんは助けられた。


「牧村くん?!」


 けれどもその代償に、俺はワンボックスカーに跳ね飛ばされてしまったのだ。

 すさまじい衝撃に体が潰されそうになる瞬間。

 髪の毛を振り乱しながら、尻もちをついた彼女が叫んでいる姿を最後に目撃した気がする。


 俺の初恋リベンジ、成就せず。

 あっけない幕引きすぎやしませんかねえええええ?!!




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