死にかけの人間と死にかけのドラゴン
訓練所での俺の1日は早朝のランニングから始まる。大き過ぎるくらいの庭を1人で黙々と走る。オルガさんいわくレベルが低い内は何をやってもレベルアップに繋がるらしい。
ランニングを終えると一度シャワーで汗を流し朝食を取る。オルガさんは過剰なまでに規則に厳しい。朝食はみんなで食べないと行けないし、五分遅れると朝食は抜きになってしまう。
朝食の後は木刀で剣の扱い方を教わる。早くここから出て生きたい俺は人一倍努力をした。モンスターとも何回か戦った。
【吸収】は手で触れたものを吸収する。俺が吸収したモンスターはゴブリンを五体ほど。そのおかげHPが少しだけ上がった。このスキルは使いようによっては誰よりも早くレベルアップする事ができる。
さんなこんなで1ヶ月。全員のレベルが20前後になったかろオルガさんのサポートを受けながらもクエストを受ける事になった。
クエストの内容は。シーク王国の近くの森でモンスターの群れが確認されたので、討伐してくれとの事。ゲームなんかでは最初の難関といったところか。
強いモンスターは居ないらしいが油断すれば死ぬ。俺は弱いので一瞬の油断も出来ない。森まで馬車で数十分。何度かきた事があるので少し気が緩んでしまう。
森に到着するとオルガさんは招集をかけた。
「モンスターの群れに遭遇すればすぐに戦闘だ。まとまって動くように。前衛と後衛の役割を忘れるな。怪我はすぐに治すように。何かあったら何でもいいからデカイ声を出せ。良いな!」
オルガさんは優しい人だ。優し過ぎて過保護に思える時もある。ただ、それだけ心配してくれてると思うと何も言えない。この人が教官で良かったと思う。
前衛が後衛を守る形で円を作り移動する。最後尾にはオルガさん。これならいくら数がいても負ける事はないと思う。
しばらく歩くとモンスターの群れを発見した。向こうもこちらに気づいたらしくいきなり全力疾走してきた。モンスターには理性がない。本能のままに襲ってくる。しかしこちらの方が強い。
ハヤミハヤト。【超能力強化】と言うスキルを持っている。名前の通り能力を強化する。シンプルなスキルだが恐ろしく強力だ。
コンゴウリキヤ。持っているスキルは【怪力】。こちらも名前の通り怪力を出す。ハヤミと違って強化されるのは腕力だけだ。まぁ、大剣を振り回すしか能のないコンゴウらしくスキルだ。
ワカバヤシケンタ。スキルは【隠密】。自身が攻撃するまで姿を隠す。それだけでなく匂いや足音なんかも消すらしい。
この3人が基本的な主力だ。俺は中の下ぐらいの強さ。何しろ吸収するものが無い。だがここで、できるだけ多くのゴブリンやコボルトを吸収する。
倒した奴や、近くに転がってきた奴。手当たり次第に吸収していく。6体ほど吸収した頃にはもう戦闘は終わっていた。
「お前ら!よくやった!モンスターの死体は国の人間がやってくれる。俺たちは帰るぞ!」
オルガさんの呼びかけで俺たちは馬車に乗っていく。
「イカルガ、モンスターの数が少ないがもしかしてお前か?」
「…まずかったですか?」
「良いや、お前が強くなるなら構わん」
ホント良い人だ。俺の人生でオルガさんほど人間が出来た人は見た事がない。
馬車でに乗り込み森を抜け、後は道沿いに走るだけ。そんな時だった。
「…お、おい!何だあれ!」
ワカバヤシの悲鳴にも似た叫びを聞いた俺たちは空を見上げる。そこには巨大な黒いドラゴンが飛んでいた。
「ドラゴンだと⁉︎何でこんなところに。た、とにかく急げ止まれば死ぬぞ」
死ぬのか?あいつに食い殺されるのか?嫌だ、絶対に嫌だ。こんなところにまで来て死にたくはない。
「なぁ、誰かが囮になれば助かるんじゃないか」
コンゴウが震えた声でそんなことを言い出した。すると馬車に乗っていたオルガさん以外がじっと俺の方を見る。
「馬鹿野郎!そんなことできるわけ無いだろ!」
オルガさんの叫びで皆正気を取り戻したみたいだ。良かったこれで生きれるかもしれない。そう思った時だった。
「………えっ?」
俺は肩を強く押された。体制を崩し馬車から落ちる。俺は俺を落としたやつの名前を叫ぶ。
「ハヤミィィィィィィイイイイイ!」
ハヤミハヤトはその口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
俺は絶望した。馬車に乗っている全員が誰も俺を助けようとしなかったからだ。オルガさんは悔しそうに歯を噛み締め。その他は全員が目をそらすか、これで助かったと安堵している奴までいた。
「クソ!クソックソックソ!」
クズしかいなかった。俺の命なんて何とも思っちゃいなかった。
「良いさ…やってやる。精一杯時間を稼いで、あの世で俺のおかげで生きていられるんだぞって笑ってやる」
黒いドラゴンが俺の前に降り立つ。ドラゴンの攻撃手段は前足の踏みつけ、前足のなぎ払い。尻尾による攻撃、噛みつき、おそらくこの誰かだ。
この中で一番確実なのは前足のなぎ払いか尻尾による攻撃。よって俺の取るべき行動は全力でしゃがむ事!
「フッ!」
短く息を吐き素早くしゃがむ。黒いドラゴンの行動は前足のなぎ払いだった。よし!まだ生きてる。そう思った時だった。
《ほう、今のを避けるか》
俺の頭の中におばあちゃんのような声が響き渡る。何だ今の?どこから。
《儂じゃ。お前の目の前におる》
「お前が喋ってるのか」
《その通り》
これはたまげた。まさかドラゴンが喋れるとは。俺は好奇心を抑えきれずドラゴンの顔を見つめる。その時ふと思った。
「お前、どうして死にそうな顔をしてるんだ」
《なぜそれを知っている》
なぜって、俺は知っているからだ。クラスメイトにボコボコに殴られ。満身創痍の状態で家に帰り。洗面所で顔についた泥を洗い落とす男がそんな目をしているからだ。
「お前と同じ目をした男を、俺は知っているからだ」
《人間、儂は同じになら殺されても良いかもしれぬ》
「なぜ、そんなことを言う」
《儂は性質上、空を飛ぶだけで人間を殺してしまう。儂はもう嫌なんじゃ人間を殺すのは。それにもう、疲れてしまった》
その台詞はもしかしたら俺が言っていたかも知れないと思った。こいつはもしかしたら一番可哀想なモンスターなのかもしれない。
《おぬしにこれを託そう》
そう言ってドラゴンの胸から真っ黒な球体の何かが出て来た。俺がそれを掴むとドラゴンな体は大きな音を立てて崩れて言った。
《これは儂の心臓、魂とも言えるな。人間おぬしが欲しい武器を思い浮かべろ》
コクリと頷き俺は武器をイメージする。俺が思い浮かべるのは刀。本でしか見た事はないがあれは日本人なら誰しもが憧れる武器だと思う。
俺が刀をイメージしているとドラゴンの心臓は形を変え俺の思い浮かべていた刀になった。
《この刀と呼ばれる物はおぬしが使え》
「ありがとう。お前の名前を聞いて良いか?」
《儂に名前などない》
「なら、お前はセツなんてどおだ」
《儂はもうじき居なくなる。何でも良い》
「じゃあ決まりだな。よろしくセツ」
俺はセツの刀身を見るため鞘からセツを抜く。セツは真っ黒だった。刀身も柄も鞘も。全て真っ黒だった。
《最後にお願いだ。この刀で人を傷つけないでくれ》
「分かった。この刀は人を守るために使う」
《…ありがとうシズク…》
それから俺の頭の中にセツの声が聞こえる事はなかった。どおして俺の名前を知っているとか、そんな事はどおでもよかった。今は俺に似たドラゴンとの分かれが悲しかった。
シーク王国は大きな壁に囲まれた王国です。訓練所はその隅にあります